暴かれた秘密
『……熱、が……。永遠の氷晶が……溶け、ていく……』
魔女は感情の欠落した声で最期の言葉を紡ぎ、そして、パリンッという美しいガラスの破砕音と共に、無数の光と氷の粒子となって闘技場の空へと散っていった。
ピロロロロンッ!!
極光の空の下に、戦闘の終わりを告げるファンファーレが鳴り響く。
『World First Clear!! —— 氷華の魔女 討伐完了』
「……ふぅ。見事な一撃だったぞ、ルナ」
俺は右腕の機装のロックを解除して元の布の服へと戻り、深く、心地よい疲労の息を吐き出した。
「アイズドさんの完璧な指示があったからです! スナップショット……少しだけゲームのシステムが分かってきた気がします!」
ルナが額の汗を拭いながら、満面の笑みで振り返る。
「うむ。恐ろしいギミックであったが、見事に乗り越えたな」
「ああ。アイズドのあの異常な指揮がなければ、我らは最初のギミックで氷の彫像になっていただろう。……流石だ」
大剣を背に収めたガウェインと、真紅の甲冑を鳴らしたモードレッドが、誇らしげにこちらへ歩み寄ってくる。
俺たちは互いの健闘を称え合い、ハイタッチを交わした。
だが、余韻に浸っている暇はない。魔女が消滅した闘技場の中央に、一つのアイテムが青白い光を放ってふわりと浮かび上がっていた。
俺は歩み寄り、そのアイテムを手に取った。
それは、透き通るような深い蒼色をした、涙の滴の形をした宝石だった。
『深淵を覗く者の涙』。
マーリンが提示した、レベル上限解放のための三つの鍵。その最後の一つだ。
「……揃ったぜ」
「や、やりましたねアイズドさん! これで上限開放のアイテムが!」
ルナがピョンピョンと飛び跳ね、嬉しそうに剣を振ってみせる。
蒼色の軽装鎧に身を包んだ彼女の笑顔は、この極寒の地下遺跡の中で太陽のように眩しかった。
「ああ。これでレベルさえ上がっちまえば、そこらのカンスト連中に絡まれてもレベル差の暴力で泣き寝入りすることはない。……モードレッド、ガウェイン。あんたらの協力がなけりゃ、ここまで来れなかった。恩に着るぜ」
俺が振り返って礼を言うと、二人の円卓の騎士も力強く頷いた。
「気にするな。我らも、久々に血が沸き立つような良い戦いができた」
モードレッドが真紅の甲冑を鳴らして誇らしげに腕を組む。
「うむ。お前たちのような規格外の戦士と共に戦えたこと、騎士として誉れに思うぞ」
ガウェインも大剣を背に背負い、無骨な顔に満足げな笑みを浮かべた。
俺たちは、あの理不尽な『憤怒の竜』を討ち倒すための最低条件である、レベル90という土俵への道がついに開かれた喜びに酔いしれていた。
「よし、ならさっさと上限解放だけしに行こうぜ。クソ寒くて陰気な氷のダンジョンとは、これでおさらばだ」
俺たちは踵を返し、遺跡の最奥から入り口の石扉へと向かった。
分厚い石の扉に手を掛け、重々しい音を立ててそれを押し開く。
外には、再び猛吹雪の吹き荒れる『極光の氷原』が広がっているはずだった。
――しかし。
扉の隙間から見えた光景に、俺の全身の血の気が一瞬にして凍りついた。
「……な、なんだこりゃあ」
極光に照らされた氷原。
そこには、雪と氷の世界には到底似つかわしくない、おびただしい数の『松明の炎』と『魔法の光』がひしめき合っていた。
百人、いや、数百人は下らない。完全武装したプレイヤーの群れが、遺跡の入り口を取り囲むようにして、密な包囲網を敷いていたのだ。
『おい、出てきたぞ!!』
『あいつらだ! 間違いない、あの重鎧のスキンと、白銀の髪の女だ!』
『隣にいるのは未知のNPCじゃねえか! どうやってあんなの連れ回してやがる!』
殺気と欲望に満ちた怒号が、吹雪を掻き消して飛んでくる。
彼らの所属を示すエンブレムには、大手企業勢のギルドマークや、見覚えのある『白騎士団』の残党のマークすら混ざっていた。
「なっ……なんで、俺たちの場所がバレてる!?」
俺は咄嗟に身を隠そうとしたが、扉を開け放ってしまった以上、完全に手遅れだった。
おかしい。絶対にあり得ない。
特定がこんなに早いわけがない。
さらに言えば、この遺跡は「近づくだけで即死するバグエリア」として、カンスト勢からは完全に敬遠されていた場所だ。俺たちがここへ入ったタイミングで、これほどの大群が待ち伏せしているなど、物理的に不可能だ。
「アイズドさん! 外の人たち、なんだかすごく怒ってましたよ!?」
ルナが剣に手を掛けながら、不安そうに俺を見上げた。
「アイズド、どういうことだ。あいつらは狂王の残党か?」
「いや、違う。俺たちと同じ『プレイヤー』だ。……クソッ、どうなってやがる」
俺は震える手でシステムメニューを開き、空中にブラウザを立ち上げた。
情報戦において、この不可解な事象の原因を特定しなければならない。俺は焦燥感に急かされるまま、SNSと公式フォーラムのトレンドワードを検索した。
『上限解放』『極光の氷原』『即死エリア突破』『謎の4人組』。
関連ワードが、尋常ではない勢いでタイムラインを滝のように流れていく。
(……情報源はどこだ。どこから漏れた?)
目を血走らせてリンクを辿っていくと、すべての情報の震源地となっている『一つの動画』に行き着いた。
すでに数百万回以上再生され、現在進行形で凄まじいバズを巻き起こしているその動画のタイトル。
【EHO】極寒の即死バグエリアに全裸で特攻してみたwww(※放送事故あり)
「……は?」
俺は息を呑み、その動画を倍速で再生した。
画面に映し出されたのは、どこにでもいるような底辺の動画配信者だった。
彼はウケを狙ってか装備をすべて外し、猛吹雪の『極光の氷原』でブルブルと震えながら、自撮り視点で実況を行っていた。
だが、その配信者がカメラに向かっておどけている、その後ろの背景。吹雪の向こう側の『即死結界』の前に、四つの影が偶然、バッチリと映り込んでいたのだ。
漆黒の鎧を着た俺。蒼色の軽装鎧と白銀の髪を持つルナ。そして、真紅の甲冑のモードレッドと、漆黒の巨漢ガウェイン。
動画の中の俺たちは、何食わぬ顔でアイテムを掲げ、そのまま結界をすり抜けて遺跡の中へと入っていった。
『……えっ? ちょ、今の何!? NPCとプレイヤーが、即死せずに中に入っていったんだけど!? 放送事故!?』
動画のコメント欄は、完全に大炎上状態になっていた。
『あのNPC、威圧感やばくないか!?』
『隠しダンジョンだ!!』
『特定班急げ! すぐに氷原に向かえ!!』
……再生が終わったウィンドウを前に、俺は完全にフリーズした。
「神話の秘密が……こんな、ただの承認欲求の塊の『配信動画』の映り込みで暴かれたっていうのかよ……!」
俺は両手で顔を覆い、天井を仰いだ。
古代の伝承を紐解き、種族の壁を越えたクラフトで神話のアイテムを作り出し、そして辿り着いた世界の深淵。そんな重厚で非日常的な『神話の探索』が。たまたま近くで自撮りをしていた配信者の動画という、あまりにも現代的で日常的な『ノイズ』によって、全世界に暴露されてしまったのだ。
「おい、中の連中! 逃げ場はねぇぞ!」
遺跡の外から、下劣な脅し文句が飛んでくる。
「大人しく上限解放のアイテムとギミックの情報を全部吐け! 独占は許さねぇぞ!」
「さっさと出てこい! 抵抗するなら、PKしてでもインベントリから奪い取るからな!」
数百人のカンスト勢(レベル80)が、武器を構えてジリジリと遺跡の入り口へと距離を詰めてくる。
ルナが白銀の剣を抜き放ち、モードレッドとガウェインも殺気を放って前に出ようとした。
「待て。武器を収めろ、三人とも」
俺は彼らを制止し、右腕の機装をカチャリと鳴らして不敵な笑みを浮かべた。
「アイズドさん?」
「アイズド、あんなふざけた輩の言葉に従うつもりか!?」
「バカ言え。あんなハイエナどもにくれてやる情報なんて一ミリもねぇよ」
俺は余裕たっぷりに腕を組み、遺跡の入り口から外のプレイヤーたちを見下ろした。
焦る必要は全くない。なぜなら、この遺跡の入り口には、カンストプレイヤーを無条件で排除する『99999ダメージの即死結界』が張られているのだから。
「おいおい、そんなに殺気立ってどうした、企業勢のプロ様たちよ」
俺は拡声器代わりに魔力を乗せ、外の連中を挑発するように鼻で笑った。
「情報を寄越せ? PKする? はっ、笑わせるな。やれるもんならやってみろよ。……お前らの立ってるその場所から一歩でも踏み込んでみろ。この『即死結界』で、まとめて雪ダルマのオブジェにしてやるぜ」
俺の堂々たる挑発に、外のプレイヤーたちが一瞬だけ怯み、足を止めた。
彼らもこの場所が「近づけば即死するバグエリア」だということは知っている。俺の自信満々な態度を見て、見えない壁の存在を思い出したのだろう。
「ふっ……見ろよルナ。あいつら、ビビって一歩も動けねぇぞ。俺たちはこの安全圏から、高みの見物ってわけだ」
俺はドヤ顔で腕を組み、勝ち誇ったように笑った。
さあ、どうするハイエナども。指をくわえて見ていることしかできない絶望を味わうがいい。
――しかし。
群衆の中から、一人の重装兵のプレイヤーが、「ええい、くそっ! やってやらぁ!」とヤケクソ気味に突撃してきた。
(バカめ、自ら即死判定に突っ込むとはな)
俺は99999のダメージ表記がポップアップする瞬間を、ニヤニヤと待ち構えた。
ダッ、ダッ、ダッ……!
重装兵のプレイヤーが、俺たちが結界を通過した境界線を、勢いよく踏み越える。
………………んんん???????
ダメージ表記が出ない。
重装兵のプレイヤーは、何の障害も受けることなく、そのまま遺跡の入り口の階段までドカドカと走り込んできたのだ。
「えっ……? 俺、死んでない……? 死んでないぞ! 結界が消えてる!!」
重装兵のプレイヤーが、己の身体をペタペタと触って歓喜の声を上げた。
「――――は?」
俺の顔から、一瞬にしてすべての表情が抜け落ちた。
「結界が消えてるぞォォォォッ!!」
「突撃ィィィィッ!! 情報を持ってる奴らを逃がすなァァァッ!!」
その声を聞いた数百人のハイエナたちが、一斉に血走った目を輝かせ、雪崩を打って遺跡の入り口へと殺到してきたのだ。
(う、嘘だろ……ッ!?)
俺の脳内で、冷や汗と共に論理回路が猛烈な勢いで回転し、一つの絶望的な結論を弾き出した。
(俺たちが『クリア』しちまったから……このダンジョンへの入場制限(即死結界)も、システム的に『解除』されちまったってことかよッ!?)
クリアしたダンジョンのギミックが停止するのは、RPGの基本仕様だ。
なぜそんな初歩的なことに気づかなかったのか!
先ほどまでのドヤ顔と余裕が、ブーメランとなって俺の鳩尾に深々と突き刺さる。致死量レベルの羞恥心と焦燥感が、俺の全身を駆け巡った。
「アイズドさん!! 来ますよ!!」
ルナが慌てて剣を構える。
「迎撃するぞ、ガウェイン!」
「おうッ!」
数百人のカンスト勢が一斉に魔法の詠唱を開始し、前衛職が武器を振りかぶって飛び込んでくる。
いくら俺たちがレベル81になったとはいえ、そして円卓の騎士がレベル90超えとはいえ、この狭い空間で数百人から一斉に魔法を撃ち込まれれば、防御する間もなく削り殺される。それに、余計な乱戦に巻き込まれて時間を無駄にするわけにはいかなかった。
「バカ野郎、相手にしてる暇はねぇ!!」
俺は悲鳴のような声を上げ、インベントリを乱暴に操作して白磁のアイテム――『白狐の羅針盤』を引ったくり出した。
「全員、俺にくっつけェェェッ!!」
「わわっ!」
「な、なんだアイズド!?」
俺はルナの腕を強く引き寄せ、モードレッドとガウェインの肩をガシッと掴んだ。
そして、羅針盤の魔石にありったけの魔力を流し込む。
「情報をよこせェェェェッ!!」
ハイエナの先頭集団が、俺たちに向かって剣を振り下ろした、まさにそのコンマ一秒前。
ピシャァァァァァァァンッ!!
俺たちの足元に展開された白銀の魔法陣が、眩い光の奔流となって俺たち四人を完全に包み込んだ。
剣の刃は虚空を切り裂き、数百発の魔法弾が遺跡の壁に無駄に着弾して爆発を引き起こす。
「ふはははっ! じゃあな、ハイエナども! お前らはそこで、空っぽのダンジョンでも拝んでな!!」
俺は光の中で中指を立てて、負け惜しみ全開の捨て台詞を吐き捨てた。
直後、俺たちは光の粒子となって、数百人の暴徒がひしめく極光の氷原から、完全に転移・離脱を果たしたのだった。




