連帯ギミック
完璧なスナップショットの処理で即死の視線ギミックをねじ伏せ、俺たちは一切の淀みなく攻撃を継続していた。
戦闘開始から、およそ十分が経過。
レベル88の『氷華の魔女』が放つ猛攻は苛烈を極めたが、レベル79というかつてない高水準のステータスに到達した俺たちの敵ではなかった。
ルナの剣とモードレッドの紅雷が装甲を削り、ガウェインが完璧にヘイトを固定する。俺の《戦陣軍師》のバフがパーティの火力を底上げし、危なげなく戦線は維持されていた。
そして、魔女のHPバーが『50%』の大台を割った、その瞬間だった。
魔女の身体がフッと掻き消え、闘技場の中央へと強制移動した。
同時に、彼女の身体が絶対防御の分厚い氷塊に包まれ、一切のダメージが通らなくなる。
『……凍てつく連鎖。逃れられぬ死の舞踏を』
ピロリンッ、という不吉な電子音が連続して鳴り響いた。
俺たち四人の頭上に、それぞれ青白い氷で形作られた『サイコロの目』のようなマーカーが点灯したのだ。
ルナの頭上に『1』。
ガウェインの頭上に『2』。
俺の頭上に『3』。
モードレッドの頭上に『4』。
「な、なんだこれは? 頭に数字が浮かんでいるぞ!?」
モードレッドが、自らの頭上の『4』の数字を見上げて戸惑う。
「連帯ギミック――通称『リミットカット』だ!」
俺は魔導書を持つ手を震わせながら、最悪のギミックの到来に歯噛みした。
「いいか、全員よく聞け! ボスがその頭の数字の順番通りに、ターゲットに向かって超高速の『直線突進攻撃』を仕掛けてくる! 突進の軌道上に他の奴が巻き込まれたら、その時点で二人とも即死して全滅だ!」
「なんだと!? 順番に狙われるというのか!」
「そうだ! 一人でも処理位置を間違えれば、連帯責任でパーティが崩壊する死の大縄跳びだ!」
誰か一人でもパニックになり、適当に逃げ回れば、突進の巻き添えを食らって終わる。
極限のプレッシャーが絶対零度の闘技場を包み込む。
だが、軍師としての俺の脳内では、すでにこのギミックを完封するための『散開マニュアル』が組み上がっていた。
「全員、俺の指定した座標へ動け! 『1番』のルナと『3番』の俺は北東へ! 『2番』のガウェインと『4番』のモードレッドは南西だ! 突進を受けたら、すぐに前衛と後衛で立ち位置を入れ替われ!」
俺の矢継ぎ早の指示に、三人の騎士とアタッカーは一瞬の躊躇もなく、指定された方角へと氷床を滑るように駆け出した。
「まずは1番! ルナ、来るぞ!」
「はいッ!」
北東に陣取ったルナに向かって、氷華の魔女の分身が神速の速度で突進を放った。
ズバァァァァァンッ!!
「くっ……!」
直撃を受けたルナの身体が大きく吹き飛ばされる。レベル79のステータスであっても、HPが半分以上削られるほどの凄まじい威力だ。俺は南西に走りながら《神聖なる息吹》を飛ばし、即座にルナのHPを戻す。
「ルナ、内側に退避しろ! 次は2番、ガウェインだ!」
「来い、魔女めッ!」
南西に陣取ったガウェインが、大剣を構えて突進を真正面から受け止める。凄まじい衝撃波が氷床を削るが、タンクの彼には余裕のダメージだ。
「ガウェイン、退避! 次は3番、俺だッ!」
俺は北東の最前列へと躍り出た。
かつての俺であれば、この瞬間は死と隣り合わせの極限の綱渡りだった。初期装備の『布の服』の脆弱な防御力では、タンクの無敵技をコンマ一秒の狂いもなく合わせなければ、風圧だけで即死していたからだ。
だが、今は違う。
突進が迫るコンマ一秒前。俺は右腕の機装のロックを強制解除し、コマンドを叩き込んだ。
「――《機装変形:重装騎士》ッ!!」
ガシャンッ! と巨大な大盾が展開されると同時。
俺の全身を包んでいた漆黒の外套が、まるで意志を持つ流体金属のように波打ち、一瞬にして分厚く強固な『重装甲』へとその姿を変貌させたのだ。
妖妃モルガンが己の命と引き換えに俺に遺してくれた、ロールに合わせて最適な形状とステータスへと変形する究極の遺産――『成長型防具』。
ドゴォォォォォンッ!!
魔女の超高速の突進が、俺の大盾に激突する。
かつてであれば骨が砕け、内臓が破裂するような衝撃が仮想肉体を貫いていただろう。
だが、漆黒の重鎧がそのすさまじい運動エネルギーを完璧に吸収し、分散させた。俺のHPは、わずか一割程度しか削られていなかった。
「……ハッ! 全然痛くねぇな!」
俺は盾越しに魔女を弾き返し、不敵な笑みを浮かべた。
同レベル帯のトップタンクに匹敵する、いや、それ以上の圧倒的な防御力。モルガンの遺した想いの重さが、見事に俺の命を護り抜いてくれたのだ。
「ありがとよ、モルガン! おかげで無茶ができるぜ!」
「最後、4番! モードレッド、受け止めろ!」
「フン、他愛もないわッ!」
南西で待ち構えていたモードレッドが、真紅の剣で最後の突進を弾き返し、完璧なタイミングで処理を完了させた。
死の大縄跳びを、誰一人欠けることなく完全無傷で凌ぎ切った。
四連続の突進が終わり、闘技場の中央に氷華の魔女が再び実体化する。
超高速の連続攻撃の反動か、彼女を覆っていた絶対防御の氷塊がピキピキと音を立てて砕け落ち、魔女は肩で息をするように大きくよろめき、その場に硬直した。
「……隙だらけだぜ、魔女殿」
俺の三白眼が、獰猛な狩猟者の光を帯びる。
「ギミック処理後の長時間の硬直! これが、俺たちに与えられた最大の攻撃チャンスだ! 全員、ありったけの火力を叩き込めッ!!」
俺の号令と共に、ルナ、モードレッド、ガウェインの三人が一斉に魔女へと殺到する。
だが、俺はただ後方からバフを掛けるだけの傍観者で終わるつもりはなかった。
「俺も行くぜ! ――《機装変形:抜刀術士》ッ!!」
右腕の大盾が光の粒子となり、鋭利な『刀』へと変形する。
同時に、漆黒のアモルファス・アーマーが重装甲からスルスルと形を変え、機動性と攻撃力に特化した、無駄のないスタイリッシュな剣士の装束へと変貌を遂げた。
回復と支援の裏方から、一瞬にしてバースト火力を叩き出す近接アタッカーへの転身。
人間の処理限界を超える【古代変形機装】の真骨頂だ。
「いくぞ!」
「はいッ! 《穿空の絶華》!」
「《叛逆の紅雷》ッ!」
「ウォォォォ!《重撃の剣》!」
三人の猛攻が魔女の氷のドレスを粉々に粉砕した直後。
俺は刀を鞘に収めた静かな構えから、蓄積した魔力を一気に解放し、神速の居合を放った。
「《紫電一閃》ッ!!」
四人の特異点が放つ、極限の集中砲火。
その圧倒的な破壊力の波状攻撃が、氷華の魔女の身体を深々と斬り裂き、絶対零度の闘技場に甲高いクリティカルの破砕音を連続で響き渡らせた。
ボスの残り50%あったHPバーが、まるで滝のようにゴリゴリと削り取られ、一気にレッドゾーンへと突き落とされていく。
「ありったけをぶちこめえ!!」
理不尽な死のギミックを完璧な指揮でねじ伏せ、最強の装備と仲間たちの刃で反撃する。
その最高に痛快なカタルシスが、凍てつく迷宮を熱狂の炎で激しく焦がしていた。




