死の視線
「ウォォォォォォォォッ!!」
漆黒の巨漢・ガウェインの《ウォークライ(挑発)》の咆哮が、絶対零度の闘技場をビリビリと震わせた。
レベル88の深淵の守護者――氷華の魔女のヘイト(敵視)が、完全にガウェインへと固定される。
『……静寂を乱す、愚かな熱よ。凍りつきなさい』
魔女が無機質な声で宣告すると同時、闘技場の天井から無数の巨大な氷柱が、ミサイルのようにガウェインへと降り注ぐ。さらには足元の氷床から鋭い氷の棘が突き出し、逃げ場を塞ぐ凶悪なコンボ攻撃が展開された。
「フハハハッ! この程度の冷気、我ら円卓の騎士を止めるに足るものかッ!」
だが、ガウェインは一歩も退かなかった。
レベル92という圧倒的な基礎ステータスから放たれる漆黒の闘気が、足元の氷の棘を容易く粉砕する。身の丈を超える大剣を軽々と振るい、頭上から降り注ぐ氷柱を次々と叩き割っていく。
「遅い遅い! その程度の魔法で、私を捉えられると思ったか!」
ボスの側面に回り込んだ真紅の騎士、モードレッドが不敵に笑う。
彼女のレベルはさらに上の『93』。氷床の滑るギミックを完全に無視し、むしろその慣性を利用して魔女の死角へと滑り込む。放たれた《叛逆の紅雷》が、ボスの絶対零度の装甲をいとも容易く打ち砕いた。
「ルナ、今だ! 私の雷の跡を狙え!」
「はいッ!」
モードレッドの作った隙に、ルナが白銀の片手剣を構えて神速で飛び込む。《孤影の絶華》が、装甲の割れ目を的確に貫き、パリンッというクリティカル音を響かせた。
後方から《戦陣軍師》の魔導書を開き、バフと回復を飛ばしながら、俺は内心で深い安堵と感嘆の息を漏らしていた。
(……強い。あまりにも頼もしすぎる)
レベル88のボスに対し、レベル92と93の騎士たち。そのステータス差がもたらす余裕は圧倒的だった。
ガウェインはボスの強攻撃を涼しい顔で受け止め、モードレッドはボスの反撃を先読みして潰している。
四人の完璧な連携の前に、氷華の魔女のHPバーは目に見えてゴリゴリと削られていく。
開始からわずか数分。ボスのHPが『80%』のラインを下回った、その瞬間だった。
魔女の身体がフッと掻き消え、闘技場の中央へとワープ(強制移動)した。
『……その瞳、永遠の氷晶に閉じ込めましょう』
氷華の魔女が両手を広げると、彼女の背後に、巨大で禍々しい『紫色の眼』の紋章が空中に浮かび上がったのだ。同時に、魔女の頭上に長い詠唱ゲージが表示される。
「全員、動きを止めろ! 『視線ギミック』だ!」
俺の切迫したコールに、前衛の三人がピクリと反応する。
「視線……ですか!?」
「ああ! 詠唱が完了した瞬間にボスの方を向いていると、『石化』のデバフを受けて問答無用で即死する! 目を合わせるだけで死ぬ、極悪な初見殺しだ!」
「なんと……! 見ていれば死ぬというのか! ならば、すぐに背を向けねば!」
ガウェインとモードレッドが驚愕し、即座に武器を引いて魔女に背を向けようとした。
「待てッ! まだだ、まだ振り向くな!!」
俺の怒号が、闘技場に響き渡った。
「アイズド!? 何を言っている、背を向けねば死ぬのだろう!」
「俺のカウントに従え! ギリギリまで攻撃の手を止めるな! 一発でも多くスキルを叩き込め!」
MMORPGにおいて、視線ギミックのために数秒間も背を向けて攻撃(DPS)を止めるのは、効率を落とす愚の骨頂だ。
ここで重要になるのが、オンラインゲーム特有のシステム仕様――『スナップショット(判定確定のタイミング)』の理解である。
「いいか! システムの『石化判定』が確定するのは、魔法の派手な光のエフェクトが来るタイミングじゃない! ボスの頭上にある詠唱バーが消えた瞬間の『1フレーム』だけだ!!」
俺の叫びに、ルナがサファイアブルーの瞳を輝かせて力強く頷いた。彼女は俺の言葉を完全に信じ、魔女の目が妖しく光り輝いているにも関わらず、一切の怯みなく剣を振り続けている。
(……この小僧、本当に正気か?)
ガウェインとモードレッドも一瞬戸惑ったが、すぐに彼らも俺の異様なまでの確信に満ちた声を信じ、恐怖をねじ伏せて攻撃と防御を継続した。
迫り来る死のカウントダウン。
魔女の目が極限まで紫色に発光し、詠唱バーがあと僅かで満ちる。
「3……2……1……反転!!」
俺の号令と全く同時のタイミングで、四人全員がクルリと踵を返し、魔女に完全に背を向けた。
直後。ピシィィィィィンッ!! という鼓膜を劈くような高音と共に、闘技場全体が紫色の閃光に包まれた。俺たちの背後で、魔女を見ていた闘技場の氷柱が、瞬時にくすんだ石の塊へと変貌していく。
「よし、戻れ(前を向け)! 殴り続けろ!!」
「えっ、もういいんですか!?」
「ああ! エフェクトが残ってても、システム上の判定はすでに終わってる! 攻撃を再開しろ!」
振り返ったルナとモードレッドが、すぐさま魔女へと斬りかかる。
「……信じられん。あの死の光を背に受けながら、もう斬りかかっているだと……!?」
ガウェインが、大剣の裏で戦慄の声を漏らした。
「これが俺たち開拓者のやり方だ。1フレームの無駄も許さねぇ」
俺は魔導書を開き直し、ニヤリと不敵に笑った。
「まだまだHPは残ってるぞ! このまま一気に削り切る!」
完璧なスナップショットの処理と極限の連携により、俺たちは恐怖のギミックを完全にねじ伏せ、深淵の守護者を着実に追い詰めていった。




