詐欺師のネタばらし
世界樹の炉が、星が爆発するような圧倒的な閃光を放ち、地下都市の工房エリア全体を眩い白銀で染め上げた。
だが、その光は決して破壊をもたらすものではない。数千年の時を超えて融合した二つの技術が、システムという名の理不尽な壁を打ち破り、新たな『奇跡』を生み出した産声だった。
光がゆっくりと収束していく中、俺たちは息を呑んで炉の中心を見つめた。
そこには、今まで黒い灰になっていたはずの素材たちの代わりに、一つの一握りほどの結晶体が静かに浮かんでいた。
透き通るような黄金色の結晶の中に、まるで生きた世界樹の葉脈が脈打っているかのような、温かく神秘的な輝きを放つ宝石。
ピロロロロンッ!!
突如として、俺とモチモチきなこもちの視界に、黄金色の豪華なファンファーレと共にシステムメッセージが展開された。
『World First Craft!! —— 未知のアイテムの作製に成功しました』
『【忘却された世界樹の琥珀】が、アイテムデータベースに新規登録されます』
「……お、おおっ」
きなこもちは、ハンマーを持ったまま震える声で呻き、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「できた……できやがったぞ! 俺たちの手で、神話のアイテムを一から創り出しちまったんだ!!」
「うむ……見事じゃ!見事じゃドワーフの若き名工よ! お主のハンマーの冴え、この老いぼれの魂が震えたぞ!」
フェネキア族の老職人も、杖を放り出してきなこもちに歩み寄る。
「長老さんこそ、最高の魔法だったぜ! あんたが合わせてくれなきゃ、一瞬で灰になってた!」
種族も、システム上のNPCとプレイヤーという垣根も完全に越え、煤だらけのドワーフの職人と、皺だらけの狐人族の老人が、互いの健闘を称え合い、力強く抱き合って男泣きを始めた。
「やりましたね! アイズドさん、きなこもちさん!」
ルナが感極まったように声を上げ、俺の隣でピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。
「ああ。最高の仕事だったな」
俺は深く息を吐き出し、胸の奥底から湧き上がる強烈な達成感に浸っていた。
莫大な資金を溶かし、神経をすり減らし、絶望的な徒労感に苛まれながらも、俺たちはついに『最適解』のないパズルを解き明かしたのだ。クソAI『アルファ』が用意した理不尽な死に機能を見事にハックし、誰も見たことのない景色を自らの手で切り拓いた。
「よくやったぞ、お前ら! 今日は一族を挙げての祝いじゃ!」
いつの間にか、工房エリアには無数のフェネキア族の民たちと、キャメロットから避難してきた人間や獣人たちが集まっていた。彼らは歴史的なクラフトの成功を拍手と歓声で讃え、族長セレンの合図と共に、次々と樽酒やご馳走を広場へと運び込み始めた。
かくして、空を抱く地下都市の広場では、種族の壁を完全に取っ払った盛大な『歓喜の宴』が幕を開けたのである。
***
宴の熱気は、数時間が経過しても全く冷める気配がなかった。
広場の中央では、きなこもちがフェネキア族の若者たちに囲まれ、ジョッキ片手に今回のクラフトの苦労話を武勇伝として語って大ウケしている。ルナもキャメロットの住人たちと一緒に、美味しそうな料理を次から次へと頬張り、満面の笑みを浮かべていた。
俺は喧騒から少し離れた世界樹の根元に座り込み、もらった果実酒のグラスを静かに傾けていた。
(……プロの軍師だった頃なら、こんな無駄な時間は絶対に過ごさなかっただろうな)
俺は、楽しそうに笑い合う彼らの姿を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。
当時の俺なら、アイテムが完成した瞬間に「よし、次だ」と号令をかけ、余韻に浸る暇もなく次の狩りや解析へとチームを走らせていたはずだ。宴会などという、ステータスにも経験値にも寄与しない『無駄な時間』は、徹底的に排除するのがプロの最適化だった。
だが、今の俺は、この『無駄』がたまらなく愛おしかった。
寄り道をし、失敗に頭を抱え、仲間と試行錯誤し、そして苦労の末に得た達成感を、共に酒を飲み交わして喜び合う。
これこそが、MMORPGというゲーム本来の『遊戯』の形ではないか。
システムに追われるのではなく、自らの足で世界を踏みしめているという実感が、心地よい疲労と共に俺の胸を満たしていた。
『――やあやあ、見事なものだね。随分と順調そうじゃないか』
その時。
俺の感傷的な気分を完璧にぶち壊す、間延びした素っ頓狂な声が足元から聞こえてきた。
視線を落とすと、そこには白いフワフワの毛並みを持つ、犬のような猫のような小動物――夢魔の魔術師マーリンが、短い尻尾を揺らしながらちょこんと座っていたのだ。
「……おう。よくもまあ、どの面下げてひょっこり現れやがったな」
俺はグラスを静かに地面に置き、一切の表情を消した真顔で、マーリンを見下ろした。
俺の背後から、先ほどまでの穏やかな空気とは打って変わって、ドス黒い、怨念のようなオーラが立ち昇り始める。
『おやおや? どうしたんだい、狂気の軍師君。見事、理外の創成を成功させて、神話のアイテムを手に入れたっていうのに、そんな怖い顔をして……』
マーリンが首を傾げた、その瞬間。
俺の右手と左手が、光の速度で伸びた。
「ふぎゃむッ!?」
俺はマーリンのモフモフした両頬を、両手でガシッと容赦なくつねり上げた。
『いっ!? いだい! いだだいっ!? なにするのさ!』
「てめぇ……よくも抜け抜けと『順調そうじゃないか』なんて言えたもんだな」
俺は頬をつねったまま、ギリギリと左右に引っ張り、怨嗟の声を絞り出した。
「おい、マーリン。あんた、『星天の脈石』のことを何て言ってたか覚えてるか?」
『ふひゃぁ? ほ、ほしたんの……みゃくひし……?』
「『何しろ、数千年前の神話の時代から誰にも見つけられていないアイテムだからね。ネットの海をどれだけ探したって、答えはどこにも載ってないよ』――だと!?」
俺は過去のマーリンの言葉を完璧にトレースして言い放ち、さらに両頬をグゥゥッ!と引っ張った。
『あだだだだだッ!! ちぎれる! 夢魔のほっぺがちぎれちゃう!!』
「神話の時代から見つかってない幻のアイテム? ネットに答えが載ってない? ……当たり前だ!! ただの戦闘職が拾わない1ゴルドのゴミ素材だから、誰も話題にすらしてなかっただけだろうが!!」
俺の脳内に、グレイム領の書庫で「真実」を知った時の、あの致死量の羞恥心が鮮明に蘇ってくる。
「俺がどんだけ顔から火が出る思いをしたか分かってんのか! あやうく『まだ見ぬ未知の世界』とかいうクソ恥ずかしいポエムを胸に刻んだまま、一生世界中を彷徨い続けるところだったんだぞ!」
『ご、ごめんて! ちょっと意地悪しすぎたよ! だって君、プロゲーマーの性で、レアアイテムだって勝手に思い込んでワクワクしてたから、つい水を差すのが可哀想になっちゃって……!』
「この詐欺師の毛玉野郎が! 全部お見通しでニヤニヤ笑ってやがったな!」
俺がさらに両手でグリグリとマーリンの頬をこね回していると、騒ぎに気づいたルナが、串焼きの肉を手にしたまま小走りでやってきた。
「あ、マーリンさん! いつの間に来てたんですか?」
「ルナ、こいつは今『お仕置きタイム』の真っ最中だ。あと五分はこの毛皮をむしり取ってやる」
『た、助けてお嬢さん! この軍師君、目が完全に本気だよ!』
涙目でジタバタと暴れるマーリンを見て、ルナはクスッと笑った。
「まあまあ、アイズドさん。マーリンさんのちょっとした意地悪のおかげで、私たちはこうしてフェネキア族の皆さんとまた会えて、きなこもちさんとも一緒にすごいクラフトができたんですから。結果オーライですよ」
「……チッ。お前がそういうなら、仕方ねぇ」
俺は渋々マーリンの頬から手を離し、乱暴に頭を撫で回してやった。
『ぷはぁっ……! ひ、ひどい目に遭った。現実で疲れてるからって、八つ当たりが過ぎるよ……』
マーリンは涙目で頬をさすりながら、毛並みを整え直した。
「で? ただ遊びに来たわけじゃねぇだろ。何の用だ」
俺が腕を組んで見下ろすと、マーリンはコホンと一つ咳払いをし、真面目な瞳で俺たちを見上げた。
『……謝罪の証と言っては何だけどね。君たちが探している、最後のアイテム。……『深淵を覗く者の涙』について、僕の方から情報を出そうと思って来たのさ』
「!」
俺とルナは顔を見合わせた。
「おい、フェネキアのじいさんは『クラフトじゃ作れない、絶望に立ち向かう者の眼前に現れる』って抽象的なことしか言ってなかったぞ。……具体的な入手方法があるのか?」
『ああ。それはアイテムというより、ある特定のモンスターからのみドロップする特殊な【触媒】なんだ』
マーリンは短い前足で、北の方角を指差した。
『場所は、元キャメロットの跡地から、さらに北へ進んだ未踏の領域。
……『極光の氷原』の最深部に存在する高難易度ダンジョン。そこの最奥に潜むボスモンスターを討伐した時、そのボスが流す涙が、君たちの探している最後の鍵だ』
「……極光の氷原、の最深部?」
俺は思わず眉をひそめ、ルナもハッとして息を呑んだ。
極光の氷原の最深部。
それは、俺たちが狂王アーサーに騙されて誘導された『星幽の廃観測所』のさらに先。
いや、そもそも俺たちが「レベル上限解放の試練の扉がある」と推測し、最初に目指していたあの『白亜の幻城』があったエリアそのものではないか。
「……おいおい。奇しくも、俺たちが最初に目指した場所に、上限解放の最後の手がかりがあるってのか?」
『そうさ。僕が言っただろう? 試練の入り口はあの場所にあるってね。……扉を開くための最後の鍵は、その扉に至る道のりを守るボスが持っている。だから、君たちが向かおうとしていた場所は、最初から間違ってなんかいなかったのさ』
マーリンは、悪戯っぽく、だが確かな導き手の目をして笑った。
全てが繋がっていくカタルシス。
遠回りをしたように見えて、実は俺たちは、この世界の核心へと向かう最短ルートを、泥臭く、着実に歩み続けていたのだ。
「……なるほどな。そういうことなら、話は早い」
俺は立ち上がり、燃え盛る篝火に照らされた地下都市の天井を見上げた。
これで、俺たちの手には『星天の脈石』と、完成したばかりの『忘却された世界樹の琥珀』がある。残るは、そのダンジョンのボスをぶち殺して最後の鍵をむしり取り、試練の扉を開くだけだ。
「宴の途中だが、酔いを冷ます準備をしておけよ、ルナ」
「はいっ! いつでも行けます、アイズドさん!」
ルナが力強く頷き、腰の白銀の剣をポンと叩いた。
レベル80でカンストしたままの理不尽な世界に、風穴を開ける時が来た。
俺たちは次なる目的地を確信し、決戦の地である『極光の氷原』へと再び向かうための、静かで熱い決意を胸に刻み込んだのだった。




