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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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通し、休め、また通す


 確認という言葉は、訓練よりも少しだけ優しい顔をしている。


 訓練と言われると、失敗してもいいから反復しろ、できるようになるまでやれ、という圧がある。いかにも努力と根性と汗の匂いがする。VRの中で汗をかくかどうかは設定次第だが、精神的な汗はだいたい設定を貫通してくる。やめてほしい。現実だけで十分だ。


 確認は違う。


 できるようになるためではなく、今どこまでできるのかを見る。どこから危ないのかを測る。どこで止まるべきかを決める。そう言われると、少しだけ息がしやすい。


 ただし、セレンの言う確認が本当に優しいかどうかは別問題だった。


 翌朝、俺とルナはフェネキア族の里の外れへ案内された。


 そこは森でも広場でもなかった。巨大な根が輪を描くように地面から盛り上がり、その内側だけが浅い窪地になっている。足元は柔らかな土ではなく、編まれた根の床。周囲には淡い緑の光を帯びた細い柱が立ち、天井の代わりに根の枝が交差している。


 閉じられた場所だ。


 だが、閉じ込められている感じはしない。むしろ、外の濁りを入れないために囲われている。外縁連絡路の湿った空気とは違い、ここには澄んだ根の匂いがあった。


 セレンは窪地の中央に立っていた。ナユタは少し離れた場所で、根板と記録用の光片を持っている。どうやら今回も記録されるらしい。俺の人生、記録から逃げられない。いや、アバターだから人生ではないのか。どちらにせよ逃げ場はない。


 セレンが俺たちを見る。


「今日は、外縁へは行きません」


「分かっている」


 俺は頷いた。


 視界の端には、相変わらず灰色の表示が残っている。


 《深淵潜行》


 《受注条件:レベル90以上》


 《現在条件:未達》


 《受注不可》


 その下に、補助記録が浮かぶ。


 《関連補助記録》


 《根圏外縁・予備確認》


 《里内確認:白銀と黒鉄の反応照合》


 《目的:反応範囲の確認》


 《制限:深層進入不可》


 《注意:これは《深淵潜行》の進行ではありません》


 ここまでくると、システムの方も俺たちを信用していないのではないかと思えてくる。まあ、信用されるような行動をしてきたかと聞かれると、あまり自信はない。五十万円を謎ジョブに突っ込んだ男である。信用情報に傷がついていても仕方ない。


 ルナは灰衣のフードを外していた。白銀の髪が、根の光を受けて淡く光っている。ここでは隠さなくていいとナユタに言われていた。それでも彼女は、髪を全部晒すのではなく、肩へ流れる分だけを自然に出している。隠すことと晒すことの間。今のルナらしい距離だった。


 セレンが静かに言った。


「確認するのは三つです。白銀を通すこと。白銀を休めること。黒鉄が拒まずに受け流すこと」


「拒まずに?」


 俺は思わず聞き返した。


「黒き拒絶という呼び方をしているのに、拒むなと?」


「拒絶は、ただ退けるだけの力ではありません。近づきすぎたものとの距離を作る力です。力任せに拒めば、相手だけでなく、道も、記録も、あなた自身も裂きます」


 嫌なほど腑に落ちた。


 外縁炉印で、機装に触れようとした淀みが青白く弾かれた時、炉材核も震えた。あれを強くやれば、淀みだけでなく炉印ごと壊す可能性がある。黒鉄は、強いから使えばいいというものではない。


 俺の昔の癖にも似ている。


 失敗の芽を見つけたら、先回りして消す。危険な行動を取る前に止める。乱れそうな盤面を、指示で押さえ込む。確かにそれは拒絶だ。失敗を拒み、崩壊を拒み、誰かの自由な動きすら拒む。


 強くやりすぎれば、守るための力がそのまま檻になる。


 セレンはルナを見る。


「灰衣。白銀は、通し続ければ根を呼びます。閉じ続ければ、あなたの内で澱みます。今日は、その間を覚えなさい」


「はい」


 ルナは剣の柄に手を添えた。


「怖くても、消さない。怖いから、休める。そういうことですか」


「はい」


 セレンは頷いた。


「通し、休め、また通す。その呼吸を覚えるのです」


 通し、休め、また通す。


 昨日、セレンが言った言葉だ。


 ナユタが根板に記録を刻む。いや、刻んでいるというより、根板の上に淡い光が点として浮かぶ。フェネキア族の記録形式は、何度見ても独特だ。文章ではなく、反応の揺れを残しているように見える。これを読めるようになるには、たぶん俺の脳を根に改造する必要がある。遠慮したい。


ーーーーー


 最初の確認は、白銀だった。


 セレンが手を上げると、窪地の床から細い根が三本伸びた。外縁で見た白呼び根のような黒緑の濁りはない。透明に近い淡い緑の根。だが、ルナの白銀に反応するよう、意図的に調整されているらしい。


「これは里内の擬根です」


 ナユタが説明する。


「外縁の淀みではありません。ただし、白銀への反応だけを弱く再現します。傷つけても戻りますが、強く斬りすぎれば記録が乱れます」


「つまり、練習用の的か」


「的ではありません。反応を見るための根です」


「分かった。的って言うと怒られそうだな」


「怒りはしませんが、セレン様の目が少し冷たくなります」


「それはほぼ怒っている」


 ナユタは少しだけ笑った。


 ルナは中央へ進み出る。剣を抜く。白銀はまだ出ていない。彼女は一度、手首に巻いたきなこもちの根麻布の帯へ触れた。第三炉から持ってきた、感覚を戻すための目印だ。


 セレンが言う。


「まず、通しなさい」


「はい」


 ルナの剣先に、細い白銀が灯った。


 強くない。


 外縁炉印で見せた線より、さらに細い。針のように、刃の芯だけを通る光。三本の擬根が、その光へゆっくり向いた。


 ルナの肩がわずかに強張る。


「そのまま」


 セレンの声は静かだった。


「怖さを見なさい。閉じるのではなく、怖さがどこに出るかを見る」


 ルナは息を吸った。


 白銀は少しだけ揺れる。擬根がその揺れに合わせて近づく。根は速くない。だが、白銀が揺れるほど反応が強くなる。


「怖さで白銀が太くなっています」


 ナユタが記録を見ながら言った。


 ルナの目が揺れた。


「太く」


「責めてはいません。見えているだけです」


 セレンが補足する。


「灰衣。あなたは怖い時、白銀を消すのではなく、強く握ろうとする。強く握れば、灯りは太くなります。太くなれば、根はさらに寄る」


「では、どうすれば」


「握るのではなく、通す」


 また難しいことを言う。


 だが、ルナは聞いていた。彼女は剣を握る手の力を少し抜く。白銀が一度揺れ、細く戻った。擬根の動きも弱まる。


「そうです」


 セレンが言った。


「次に、休めなさい」


 ルナは白銀を消そうとした。


 その瞬間、セレンが止める。


「消すのではありません。休めるのです」


「違うんですか」


「違います。消すとは、ないものとして扱うこと。休めるとは、そこにあると認めたまま、外へ通すのをやめること」


 ルナは剣先を見つめる。


 白銀は細く揺れている。


「あると認めたまま」


「はい」


 ルナはゆっくり目を閉じた。白銀が剣先から薄れた。だが、完全には消えない。刃の奥、金属の芯のような場所に、小さな光が残る。擬根はそこで動きを止めた。


 消えたわけではない。


 外へ出ていないだけだ。


 俺にも分かった。


 セレンは頷く。


「それが休めるということです」


 ルナは目を開いた。


「消えていません」


「はい」


「でも、根は寄ってきません」


「必要な時に、また通せます」


 ルナはもう一度、剣先へ白銀を通した。さっきより自然だった。細く、まっすぐ、揺れが少ない。擬根がゆっくり反応するが、過剰には寄らない。


 通し、休め、また通す。


 言葉だけではなく、形になった。


 俺は記録板に短く入力する。


 《白銀確認》


 《恐怖時、握り込みにより白銀が太くなる傾向》


 《休止状態:白銀を内側に留め、外部誘引を低下》


 《再通過可能》


 《消す、ではなく休める》


 入力しながら、少しだけ思う。


 これはルナだけの話ではない。


 力を消すのではなく、休める。使えるものを持ったまま、外へ出さない。必要な時にまた通す。俺の黒鉄にも、たぶん同じことが必要になる。


ーーーーー


 次は、黒鉄の確認だった。


 正直、白銀より嫌な予感がしていた。外縁炉印での機装反応は、まだ体の奥に残っている。青白い拒絶反応。根が引き、炉材核が震えた感覚。セレンの言う通り、あれは強く使えば壊す。


 セレンが手を上げると、今度は床から太い擬根が一本伸びた。先ほどのものより色が濃い。だが、淀みではない。根の表面には淡い緑の線が走っている。


「黒鉄。盾を」


「分かった」


 俺は盾装へ変形した。


 《盾装》。


 左腕の機装が黒鉄外装の下で展開し、黒銀の盾が形を取る。里の中では機装の変形音が妙に響いた。外縁より静かな場所だからだろう。竜眼の青白い光は、弱い。


 擬根が盾へ触れる。


 俺はいつものように、盾面を斜めにして力を逃がした。根の圧は軽い。外縁の淀みとは比べものにならない。胸部の灰鉄留め具も問題なく鳴る。


 いける。


 そう思った瞬間、擬根の先端が盾面から左腕へ伸びた。


 機装に触れようとした。


 反射で、俺は拒絶した。


 青白い光が走る。擬根が弾かれ、床へ叩きつけられる。窪地の根床に亀裂のような光が走り、ナユタが短く息を呑んだ。


 セレンの声が落ちる。


「強すぎます」


 俺は左腕を下げた。


 擬根は戻ったが、根床の光はしばらく乱れている。


「今のは、駄目か」


「駄目です。外縁であれば、淀みだけでなく、炉材線も裂いたでしょう」


「反射だった」


「だからこそ、確認する必要があります」


 セレンは怒鳴らない。


 怒鳴らないが、言葉が痛い。


「黒鉄。あなたは近づかれた時、相手を理解する前に距離を作ります。それは生き残る力です。ですが、近づくものすべてを敵として拒めば、守るべきものも退けます」


 耳が痛い。


 本当に、今日は耳が忙しい。


 俺は盾を見た。黒銀の盾面に、さっきの擬根の淡い跡が残っている。


「では、どうする」


「拒まず、受け流しなさい。拒絶を最後にしなさい」


「最後」


「はい。まず受ける。次に流す。それでも内側へ入るものだけを、細く拒む」


 細く拒む。


 新しい無茶振りが来た。


 だが、白銀の時と似ている。消すのではなく休める。握るのではなく通す。黒鉄も、弾くのではなく距離を作る。強く拒むのではなく、細く拒む。


 俺は一度、盾装を解いた。


 左腕を軽く振り、呼吸を整える。VR内の呼吸は現実の肉体とは違う。だが、意識を整えるには十分だ。


「もう一度」


 セレンが頷く。


 擬根が再び伸びる。


 俺は盾装へ変形した。今度は盾面を少し寝かせる。根が触れる。受ける。滑らせる。左腕へ来る。そこで弾くのではなく、盾の縁を動かして、機装本体へ触れる前に横へ流す。


 青白い光が出かける。


 抑える。


 拒絶するな。


 いや、完全に抑えるのではない。根が機装へ入り込もうとした瞬間、ほんの細く青白い線を出す。根は焼けず、ただ方向を変えた。盾面から外へ滑り、床の根へ戻る。


 今度は、根床が乱れない。


 ナユタが根板を見る。


「反応、安定。拒絶光は最小。擬根の損傷なし」


 セレンが頷いた。


「それです」


 俺は息を吐いた。


「面倒だな」


「はい」


 セレンがまた普通に同意した。


 本当にこの人は怖い。


「ですが、あなたには向いています。全てを見ようとする癖があるなら、全てを拒むのではなく、どこまで受け、どこから流し、どこで拒むかを見なさい」


「また俺の悪癖を運用に組み込むのか」


「悪癖も、使い方次第です」


 ひどい。


 だが、少し救いがある。


 軍師ジンの癖も、黒鉄の拒絶も、消さなくていいのかもしれない。ただ、そのまま暴れさせるのではなく、使いどころを決める。過去に指揮を渡さない。拒絶に名前を渡さない。


 俺は記録板へ入力する。


 《黒鉄確認》


 《接触時、反射的に強拒絶が発生》


 《強拒絶は周辺根床および炉材線に乱れを生む可能性》


 《手順:受ける、流す、最後に細く拒む》


 《拒絶は破壊ではなく距離調整として扱う》


 書いてから、思わず口の端が引きつった。


 距離調整。


 人間関係みたいだな。


 いや、笑えない。


ーーーーー


 三つ目の確認は、白銀と黒鉄の同時運用だった。


 セレンが窪地の中央から少し離れた場所へ移動する。床の根が形を変え、低い段差と細い通路を作った。外縁連絡路を簡略化したような地形だ。安全圏とはいえ、妙に実戦的である。セレンの言う確認は、やはり訓練とかなり近い。言い換えただけではないかという疑惑が深まる。


「灰衣は白銀を通し、道を見ます。黒鉄はその白銀に寄る根を受け流します。ただし、灰衣を後ろへ下げすぎてはいけません。黒鉄が前へ出すぎてもいけません。二人の間にある距離を見なさい」


 二人の間にある距離。


 また抽象的なことを言う。


 だが、今回は分かる。


 外縁の白銀反応通路で、俺はルナの半歩斜め後ろについた。黒鉄が完全に前へ出れば、白銀の灯りが道を見せられない。ルナが前へ出すぎれば、根に引かれる。二人の距離と角度が、そのまま安全域になる。


「灰衣、始めなさい」


「はい」


 ルナが剣を抜く。白銀を細く通す。根床の一部が光り、前方に淡い道が浮かぶ。同時に、左右の擬根が白銀へ向く。


 俺は盾装へ変形し、ルナの半歩斜め後ろへ入った。根が伸びる。盾で受ける。流す。左腕へ来るものだけ、細く拒む。


 最初は上手くいった。


 白銀は細い。根も過剰には寄らない。俺の拒絶も最小限だ。だが、地形が変わる。セレンが手を動かすと、足元の根が盛り上がり、通路が二つに分かれた。


 右は明るい。


 左は暗い。


 嫌な既視感がある。


 外縁連絡路で見た、正しそうな罠道だ。


 ルナが白銀を右へ向けかける。俺は反射で言いそうになった。


 右は駄目だ。


 だが、止める。


 全部を指示するな。


「ルナ」


「はい」


「どう見える」


 ルナは剣先を止め、二つの道を見た。白銀がわずかに揺れる。右の道は明るいが、光が滑りすぎている。左の道は暗いが、足元の根床が白銀に細く応じている。


「右は、明るすぎます。左は怖いです。でも、白銀が返ってきます」


「なら」


「左です」


「行こう」


 それだけでいい。


 ルナが左へ進む。俺は半歩後ろで根を流す。右の明るい道から、擬根が一本だけ遅れて伸びた。罠道へ誘導する根だろう。俺は盾で受け、弾かずに床へ流した。


 青白い拒絶は出さない。


 根は床へ戻る。


 セレンの目が少し細くなる。


 合格かどうかは知らないが、少なくとも怒られてはいない。


 次に、擬根が複数に増えた。白銀へ寄る根、黒鉄へ触れようとする根、足元を絡める根。外縁ほど悪意はないが、こちらの癖を見るには十分だ。


 ルナが白銀を少し強める。


 根が寄る。


 俺は盾で受けようとして、正面に入りすぎた。白銀の線を俺の黒鉄が遮る。足元の道が一瞬消えた。


「黒鉄」


 セレンの声。


 分かっている。


 前に出すぎた。


 俺は半歩下がる。ルナが白銀を休める。根の動きが弱まる。彼女はもう一度、細く通す。道が戻る。


「すまん」


「大丈夫です」


 ルナは短く答えた。


 その声に焦りはない。


 俺たちは再び進む。


 今度は、ルナが前へ出すぎた。白銀を追う根が、彼女の手首へ寄る。俺は盾を出すが、距離が遠い。間に合わない。


 ルナは自分で白銀を休めた。


 根が止まる。


 その一拍で、俺が半歩詰め、盾で根を横へ流す。ルナは白銀を再び通す。道が戻る。


 通し、休め、また通す。


 受け、流し、最後に細く拒む。


 二つの動きが、少しずつ噛み合っていく。


 最後に、セレンは中央に太い擬根を出した。これまでのものより強い。白銀にも黒鉄にも反応し、正面から二人の間へ割り込んでくる。


 俺は前へ出たくなる。


 ルナは白銀を強めたくなる。


 どちらも違う。


「ルナ、休めろ」


「はい」


 白銀が内側へ戻る。根の勢いが一瞬鈍る。俺は盾で受ける。流す。左腕へ入り込もうとする根だけ、細く拒む。青白い光が線のように走り、根の向きが変わる。


「今」


 俺は言った。


 ルナが白銀を通す。強くではない。細く、正確に。白銀の線が、根の中心ではなく、根が戻るべき床の炉材線へ向く。擬根はその光を追い、床へ触れる。


 セレンの根床が淡く光った。


 擬根は崩れず、静かに元の床へ戻っていく。


 倒していない。


 裂いてもいない。


 戻した。


 それが、今日の確認の答えらしかった。


ーーーーー


 窪地に静けさが戻った。


 俺は盾装を解除し、ルナは剣を収める。白銀は内側に休んでいる。消えてはいない。俺の左腕も静かだった。機装の竜眼は弱く光っているが、外へ暴れようとはしていない。


 ナユタが根板を確認し、セレンへ頷いた。


「白銀反応、安定。黒鉄拒絶、最小。相互距離、後半は安定。根戻し、成功」


 根戻し。


 また新しい単語が出た。


 だが、悪くない。


 セレンは俺たちを見た。


「今の感覚を忘れないことです。外縁で必要になるのは、斬る力だけではありません。戻す力です」


「戻す力」


「はい。淀みは裂けば散りますが、散ったものは別の場所に付くことがあります。外縁炉印であなたたちが行った一時分離は、壊すのではなく、外周へ逃がす処置でした。今日の確認は、その縮小です」


 なるほど。


 ただの訓練ではない。


 外縁炉印でやったことを、安全圏で再現していたのか。白銀で誘導し、黒鉄で受け流し、炉材線へ戻す。倒すのではなく、戻す。


 セレンはルナへ向く。


「灰衣。白銀は、呼びます。ですが、呼んだものを必ず斬る必要はありません。戻る道を照らすこともできます」


「はい」


 次に、俺を見る。


「黒鉄。拒絶は、退けます。ですが、退けたものをどこへ逃がすかを見なければ、拒絶はただの破壊になります」


「面倒な力だな」


「力とは、だいたい面倒なものです」


 また普通に返された。


 ルナが少し笑う。


 俺は記録板へ今日の内容をまとめる。


 《里内確認》


 《白銀:通す、休める、再通過》


 《黒鉄:受ける、流す、最後に細く拒む》


 《相互運用:灰衣が道を見て、黒鉄が寄る根を流す》


 《過干渉時の問題:黒鉄が前に出すぎると白銀の道を遮る》


 《白銀過出力時の問題:根の誘引増大》


 《成功例:白銀で戻る道を照らし、黒鉄で根を炉材線へ流す》


 《目的:深層へ進むためではなく、深層へ進まないための確認》


 書いてから、最後にもう一行加える。


 《深淵潜行:未受注》


 しつこい。


 だが、必要だ。


 セレンが記録板を見て、わずかに頷いた。


「よろしい」


「採点されている気分だな」


「採点ではありません」


「では?」


「照合です」


「それもそれで嫌だな」


 ナユタが小さく笑った。


ーーーーー


 確認が終わった後、俺たちは里の小さな水場へ案内された。


 水場と言っても、普通の池ではない。根の間から淡い光を帯びた水が湧き出し、浅い皿のような窪みに溜まっている。里の人々はそこで手を洗ったり、根板を清めたりしているらしい。戦闘後の休憩所としては、第三炉の屋上とはまた違う落ち着きがあった。


 ルナは水面に映る自分の白銀の髪を見ていた。


「今日は、少しだけ分かりました」


「白銀のことか」


「はい。私は、怖くなると白銀を握ろうとしていました。消すか、強く握るか、そのどちらかでした」


「今は?」


「休めることができます」


「いいな」


「はい」


 ルナは手首の根麻布を指で撫でる。


「きなこもちさんにも、報告したいです」


「喜ぶだろうな」


「たぶん、泣きますか?」


「いや、工具を持って走り回る」


「それは危ないですね」


「いつものことだ」


 少し笑う。


 その笑いのあと、ルナがこちらを見る。


「アイズドさんは?」


「俺?」


「黒鉄のこと、分かりましたか」


「少しな」


 俺は左腕を見た。


「俺は、近づかれたら弾きたくなるらしい」


「知っていました」


「知っていたのか」


「はい」


「いつから」


「たぶん、最初から」


 なかなか鋭いことを言う。


 黒鉄機装の話だけではない。俺自身の話だ。近づかれたら距離を取る。踏み込まれたら理屈で返す。危ないものは先に切る。必要以上に誰かを動かして、危険が起きる前に塞ぐ。


 生き残るための癖だった。


 だが、強く使いすぎると周囲まで裂く。


「受けて、流して、最後に細く拒む」


 ルナがセレンの言葉を繰り返す。


「人にも使えそうですね」


「やめろ。急に核心を突くな」


「でも、そう思いました」


「否定はしない」


 否定できない。


 人間関係も、たぶん同じだ。全部を受け入れる必要はない。全部を拒む必要もない。まず受ける。流せるものは流す。それでも内側へ入り込むものだけ、細く拒む。


 難しすぎる。


 ゲームの操作より難しいかもしれない。いや、たぶんこっちの方がずっと難しい。


 ルナは少しだけ笑った。


「私たち、まだ練習中ですね」


「確認中だ」


「言い換えましたね」


「セレン方式だ」


「便利です」


 まったくだ。


ーーーーー


 夕方、セレンは俺たちに次の指示を出した。


 広間ではなく、昨日と同じ外縁を望む小さな展望場だった。根の隙間から、遠く外縁連絡路の方角が見えている。実際に見えているのか、記録として投影されているのかは分からない。だが、薄い濁りのようなものが遠くに揺れていた。


「今日の確認で、黒鉄と灰衣の反応は安定しました」


 セレンは言った。


「ただし、外縁の淀みは完全には消えていません。外縁炉印も一時分離の状態にすぎません」


「再確認が必要か」


「いずれは。ですが、すぐではありません」


 すぐではない。


 その言葉に少しだけ安心する。


「次に行うのは、里の古記録と第三炉の写しの照合です。外縁炉印に残った三つの反応。白き灯に近づくもの、黒き拒絶を避けるもの、記録を食むもの。それらを、名を避けたまま整理します」


「まだ名は出さない」


「はい。名を急がぬことです」


 セレンは外縁の方を見たまま続ける。


「そして、もう一つ。外の世界にも、記録を食むものの気配が出始めています」


 俺は眉を寄せた。


「外の世界?」


「あなたの過去の記録が使われたのは、偶然ではありません。白騎士団という名、軍師ジンという記録。それらは外縁の淀みにとって、触れやすい形をしていました」


 白騎士団。


 久しぶりに、セレンの口からその名を聞くと、妙な違和感があった。フェネキア族の里と白騎士団。世界の端と配信向けプロチーム。あまりにも離れたものに見えるのに、淀みはそこを繋いでくる。


「俺の過去だけの問題じゃないのか」


「あなたの過去を通じて、外の記録へ触れた可能性があります」


「つまり?」


「外縁の異常は、外縁だけに留まらないかもしれません」


 面倒が広がった。


 いや、正確には、最初から広がる可能性はあった。外縁炉印、記録を食む反応、白騎士団UIの再現。あれが単なる幻覚ならまだいい。だが、外の記録へ触れているなら、話は変わる。


 白騎士団側にも、何かが起きる可能性がある。


 レオン。ミレイ。神崎。


 思い出したくない名前が、頭に浮かぶ。


 ルナがこちらを見る。


「アイズドさん」


「分かってる」


「全部、抱えないでください」


「……早いな」


「今、顔がそうでした」


「また顔か」


「はい」


 俺は軽く息を吐く。


 セレンはそんな俺たちを見て、静かに言った。


「すぐに向かう必要はありません。ただ、外の記録と根の記録が触れ合い始めている。その兆しを、忘れないことです」


「次は白騎士団か?」


「次とは限りません。ですが、いずれ向き合うことになるでしょう」


 いずれ。


 便利で嫌な言葉だ。


 だが、今すぐではない。それだけでも少しはましだ。


 セレンは最後に、俺たちへ向き直った。


「明日は、第三炉へ戻る前に、もう一度だけ記録庫へ入ります。名ではなく、外の記録と根の記録が交わる痕跡を見ます」


「また記録庫か」


「はい」


「休息は?」


「今日取りました」


「短いな」


「長すぎる休息もまた、澱みます」


「何でも言えるな、それ」


 ルナが少し笑った。


 俺も、少しだけ笑えた。


 だが、胸の奥には別の重さが残っている。


 白騎士団。


 軍師ジン。


 過去の記録が、外縁の淀みに使われた。しかも、それが外の世界に触れている可能性がある。いずれ向き合う。たぶん避けられない。


 だが、今日ではない。


 今日やるべきことは、別にある。


 白銀は、消さずに休めることを覚えた。


 黒鉄は、弾かずに流すことを覚えた。


 二人で、根を戻す感覚を掴んだ。


 それで十分だ。


 俺は記録板を開き、最後の項目を加える。


 《里内確認:完了》


 《白銀休止、黒鉄受け流し、相互運用を確認》


 《次確認:外の記録と根の記録の交差痕》


 《深淵潜行:未受注》


 灰色の本命クエストは、まだ遠い。


 だが、遠いからといって何も起きないわけではない。


 最高のクソゲーは、扉を閉じたまま、水だけでなく過去まで漏らしてくるらしい。


 ふざけるな、と言いたい。


 けれど、今の俺は少しだけ分かっている。


 漏れてきたものを、全部一人で塞ごうとしてはいけない。


 まず受ける。


 流す。


 最後に、必要な分だけ拒む。


 その確認を、今日、俺たちはようやく始めた。

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