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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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秘密の共有


 巨大な世界樹の根が天井を覆い、淡いエメラルドグリーンの光が降り注ぐ『空を抱く地下都市』。

 その最奥に位置する荘厳な神殿の静寂を、俺の慌ただしい足音が切り裂いた。


「セレン! 頼みがある!」


 祭壇の前で祈りを捧げていたフェネキア族の族長、セレンがゆっくりと振り返る。彼女の黄金の九本の尻尾が、驚いたようにふわりと揺れた。


「アイズド殿……ずいぶんと急いでおられるようですが、いかがなさいましたか?」


 俺はセレンの数歩手前で立ち止まり、息を整えながら真っ直ぐに彼女の琥珀色の瞳を見据えた。


「単刀直入に言う。この都市の奥にある『世界樹の炉』……あんたたちが守り抜いてきた神聖な設備を、俺たちに使わせてくれないか」

「世界樹の炉を、ですか」


 セレンの瞳が微かに見開かれる。


「ああ。俺たちは今、神話の深淵に至るためのアイテムを一から作製しようとしている。だが、現代の生産設備じゃあ魔力の反発に耐えきれず、素材が灰になっちまうんだ。それを抑え込めるのは、純度百パーセントの生命の炎を宿す世界樹の炉しかないと、さっき工房のじいさんに教わった」


 俺はそこで言葉を区切り、さらに踏み込んだ要求を口にした。


「それに伴って、もう一つ許可してほしいことがある。その炉でハンマーを振るうための、最高の『ドワーフの職人』……俺の知るプレイヤーを一人、この地下都市に招待させてくれ」


 その言葉が響いた瞬間、神殿の空気がピンと張り詰めたような気がした。

 無理もない。この『空を抱く地下都市』は、フェネキア族が数千年にわたって外敵や澱みの脅威から守り抜いてきた不可侵の絶対安全圏サンクチュアリだ。俺とルナが出入りを許されているのは、澱みの魔蛇を討伐した大恩人だからという特例中の特例に過ぎない。

 そこに、素性も知れない外部のプレイヤーを引き入れるなど、彼らの掟や防衛の観点からすれば、本来なら言語道断の要求である。


「……アイズド殿」


 セレンは静かに目を伏せ、長い沈黙の後に口を開いた。


「あなたは我らフェネキア族にとって、数千年の呪縛を断ち切ってくれた真の英雄です。そのあなたからの頼みであれば、無下にお断りすることは決してありません。ですが……外部の者をこの秘匿された里へ招き入れるというのは……」


「分かってる。無茶な頼みだっていうのは重々承知してる」


 俺は深く頭を下げた。


「だが、そいつの腕と知識がなけりゃ、俺たちはレベル90の壁を越えられない。ひいては、外の世界で暴れ回っているあの『憤怒の竜』や、残る竜種どもを討ち果たすことも不可能になる。……俺が全責任を持つ。そいつは絶対に、この都市の秘密を外に漏らしたりはしない。どうか!!許可してくれ」


 静かな神殿に、俺の頼み込む声だけが響く。

 しばらくの沈黙の後、セレンはゆっくりと俺の元へと歩み寄り、俺の肩にそっと手を置いた。


「頭を上げてください、アイズド殿」


 顔を上げると、セレンの黄金の瞳には、怒りや戸惑いではなく、どこか感極まったような、深い慈愛と歓喜の光が揺らめいていた。


「……セレン?」

「世界樹の炉が、再び使われる日が来るのですね」


 彼女は、愛おしむように祭壇の奥――炉のある方角へと視線を向けた。


「かつて神話の時代、我らフェネキアの魔術と、ドワーフ族の鍛冶技術は、常に隣り合わせにありました。彼らの振るうハンマーの音と、我らの紡ぐ魔力詠唱が交わり、数々の奇跡の武具が生み出された。……ですが、結界を張り外界との関わりを絶ってから、あの炉にドワーフの火が入ることは二度となかったのです」


 セレンの瞳から、一筋の光るものがこぼれ落ちた。


「恩人であるあなたが、その失われた歴史を再び結びつけてくれるというのなら。我らフェネキア族にとって、これほどの喜びはありません」


 セレンは深く、優雅に一礼をした。


「許可いたしましょう。あなたの信頼する職人殿を、この『空を抱く地下都市』へとお連れください。そして……どうか私たちに、再びあの奇跡の業を見せてくださいませ」


「恩に着るぜ...セレン。最高の仕事を見せてやるって、約束する」


 俺は力強く頷き、踵を返した。

 これでハードルはすべてクリアした。あとは、あのゲッソリと痩せ細っているドワーフのオッサンをここまで引きずってくるだけだ。


 ***


 グレイム領、職人街。

『白狐の羅針盤』による転移で再び鍛冶工房へ戻ってきた俺を出迎えたのは、すっかり意気消沈して泥のように座り込んでいるきなこもちと、彼を心配そうに看病しているルナだった。


「アイズドさん! おかえりなさい!」

「おう、戻ったぞ。状況はどうだ?」

「それが……私がいない間にもう何度か試したみたいなんですけど、やっぱり全部灰になっちゃったみたいで……。きなこもちさん、すっかり参っちゃってます」


 ルナが指差す先で、モチモチきなこもちは虚ろな目で宙を見上げ、ブツブツと何かの計算式を呟いていた。


「魔力伝導率が……いや、温度の閾値が……クソッ、どうやっても反発しやがる……俺の腕じゃ、無理なのか……」


 五日間ほぼ徹夜で失敗し続けた代償は、彼の屈強なドワーフの精神すらもゴリゴリと削り取っていたようだ。


「おい、きなこもちの旦那。死んだような顔してんじゃねぇぞ」


 俺は彼の前に立ち、わざと明るく声をかけた。


「俺が見つけてきたって言っただろ。この状況を根底からひっくり返すための、最高の助っ人と、最高の『環境』をな」


「……環境、だと?」


 きなこもちが、焦点の合わない目をゆっくりと俺に向けた。


「ああ。これからあんたを、ある場所へ招待する。そこでなら、魔力の反発なんて気にせず、あんたの持てる最高の技術を100パーセントぶつけられる『炉』がある」


 その言葉に、きなこもちの目に微かな光が戻った。


「本当か……? だが、そんな設備がこのEHOのどこにあるって言うんだ。俺は世界中の鍛冶場を巡ってきたが、これ以上の炉なんて……」

「現代のプレイヤーの常識の中には存在しないさ。だから、古代の技術を借りるんだよ」


 俺はしゃがみ込み、きなこもちと視線の高さを合わせた。


「だが、連れて行く前に一つだけ、絶対に約束してもらうことがある」


 俺の声が、先程までの軽い調子から、軍師としての冷徹で真剣な響きへと変わった。それに気づいたきなこもちも、居住まいを正す。


「これからあんたを連れて行く場所は、このEHOの世界観の核心に触れる、未発見の隠しエリアだ。そこにいるNPCたちは、俺たちプレイヤーの常識を覆すほどの重要な設定ハードロアを握っている。もし、あの場所の存在が外の連中にバレれば、どうなるか分かるな?」

「……世界中の企業勢やハイエナどもが、情報を求めて殺到する。平和なNPCの街が、プレイヤーの欲望で荒らされる……ってことか」


「その通りだ。だから、これからあんたが見るもの、聞くもの、そしてその場所へ行く手段のすべてを……絶対に、誰にも口外しないと誓ってくれ。たとえあんたのクランメンバーや、親しいフレンド相手であってもだ。情報が漏れたと分かれば、俺はどんな手を使ってでもあんたを排除する。これは脅しじゃない、本気だ」


 赤ネームの危機を乗り越えた時以上の鋭い殺気を込めて、俺はきなこもちを睨み据えた。

 きなこもちは、俺の真剣な眼差しを受け止め、ゆっくりと、だが力強く頷いた。


「……領主様。あんたは、あのノイズってクソ野郎に搾取されて、死に体になっていたこのグレイム領を救ってくれた。俺たち生産職からすれば、あんたは足を向けて寝られない大恩人だ」


 きなこもちは立ち上がり、煤だらけの太い手で己の胸をドンッと叩いた。


「恩人を裏切るような真似は、絶対にさせねぇ。それに、俺は職人だ。最高のものを作れる環境があるってんなら、悪魔とだって契約してやるよ。俺の口はミスリルより硬いって、前に誓ったはずだぜ?」


「……ハッ。そうだったな。疑って悪かった、きなこもちの旦那」


 俺は口角を吊り上げ、彼が差し出してきた太い手と、ガシッと固い握手を交わした。


「よし、ルナ! 準備はいいか! ここに積んである未加工の素材を、全部インベントリに詰め込め!」

「はいっ! アイズドさん!」


 ルナがテキパキと素材を収納していく。


「さて、それじゃあご案内と行こうか。……現代の生産ガチ勢と、古代の神話的NPCの、前代未聞のコラボレーションの会場へな」


 俺は再びインベントリから『白狐の羅針盤』を取り出し、魔力を流し込んだ。

 鍛冶工房の床に、美しく清らかな白銀の魔法陣が展開される。


「お、おおっ!? なんだこのアイテム、見たことねぇぞ!?」

「驚くのはまだ早いぜ、旦那」


 俺たちは眩い光の奔流に包み込まれ、グレイム領の工房から一瞬にして姿を消した。

 目指すは、数千年の時を超えて再び火が灯る、世界樹の炉。

 レベルキャップ上限解放の試練を打ち破るための、種族と歴史の壁を越えた、かつてない『理外の創造』が、いよいよ本格的な幕を開けようとしていた。

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