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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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疲労困憊の五日間


 EHOのシステム内に隠された、誰も寄り付かない死に機能――『特殊合成(理外創成)』。

 それに挑むという決断を下してから、現実世界の時間にして、実に五日間という途方もない時間が経過していた。


「ルナ! その岩陰の裏だ! 『妖精の涙草』の群生地があるはずだ、根っこから丁寧に採取してくれ!」

「はいっ、任せてください!」


 グレイム領から少し離れた、険しい山岳地帯のフィールド。

 俺の指示を受け、蒼色の軽装鎧に身を包んだルナが、器用な手つきで採取ポイントから輝く薬草を摘み取っていく。

 俺がマーケットボードで買い占めた莫大な素材の山だけでは、特殊合成の試行錯誤を続けるには足りなくなってきたのだ。特に、魔力の反発を抑えるための『触媒』となる中レベル帯の植物や鉱石が、市場から完全に枯渇してしまった。

 そのため、俺とルナは戦闘の合間を縫って、こうして自らの足でフィールドを駆け回り、不足している素材を現地調達する泥臭い作業ファーミングに明け暮れていた。


「ふぅ……これで指定された数は集まりましたよ、アイズドさん」


 ルナが額の汗を拭い、インベントリに薬草を収納しながら微笑んだ。


「助かる。すぐにきなこもちの工房へ転送しておく」


 俺はシステムメニューを開き、採取した素材を遠隔でギルド倉庫へと送り込んだ。


「……あ、ごめんなさい、アイズドさん。私、そろそろ一回ログアウトしないと」


 ルナが、空中に時計のウィジェットを展開して、少し申し訳なそうに眉を下げた。


「今日は大学で、午後からゼミの発表があるんです。夕方にはまたログインできると思うんですけど……」

「ああ、気にするな。リアルを疎かにしてまでゲームに張り付くのは三流のやることだ。学生の本分をきっちり果たしてこい」

「はいっ! いってきますね!」


 ルナの身体が光の粒子となって消えていくのを見送り、俺は小さく息を吐いた。

 現実リアルで女子大生としてキャンパスライフを送るルナは、当然ながらゲームにフルダイブできる時間が限られている。そのため、この五日間、彼女は大学の講義や道場の稽古の合間を縫ってログインし、俺の素材集めを手伝ってくれていた。


 だが、俺とドワーフの職人・モチモチきなこもちの二人は違った。

 プロゲーマーを引退して実質『無職』の俺と、生産に人生を賭けているガチ勢のきなこもちは、この五日間、睡眠時間と最低限の食事・排泄の時間を除いて、ほぼ24時間体制でこのEHOの世界にダイブし続けていたのだ。


「さてと……俺も一旦街に戻って、工房の様子を見てくるか」


 俺はマウントを召喚し、グレイム領の職人街へと帰還した。


 -----


「クソッ……! また弾けやがった!!」


 俺がきなこもちの鍛冶工房の重い木の扉を開けた瞬間、中から轟音と共に、絶望に満ちたドワーフの叫び声が響いてきた。


「調子はどうだ、きなこもちの旦那」


 俺が声をかけると、真っ黒な煤にまみれ、目の下に俺と同じくらい濃い隈を作ったきなこもちが、恨めしそうに振り返った。

 彼の背後にある鍛冶炉の周りには、数千万ゴルド相当のレア素材が、ただの『灰』となって文字通り山のように積み上げられている。この五日間で見慣れてしまった、残酷な失敗の痕跡だ。


「……最悪だぜ、領主様。さっきあんたが送ってくれた『妖精の涙草』を触媒にして、魔力結合のタイミングをコンマ一秒遅らせてみたんだが……やっぱり、結合の最終フェーズで素材同士が強烈に反発しちまう」


 きなこもちは、重いハンマーを床に投げ出し、その場にドスンと座り込んだ。


「旦那の目押しや魔力調整のミスか?」

「バカ言え、俺の腕を舐めるな。お前の張ってくれるバフのおかげもあって、システムが要求してくるミニゲームの入力は、百発百中で『PERFECT』を叩き出してる。……だが、ダメなんだ」


 きなこもちは、煤だらけの太い指で頭を掻きむしった。


「レシピも何も存在しない未知のアイテムを、手探りで作るってのがいかに無謀か、身に染みて分かったぜ。俺たち現代のプレイヤーが持ってる『システム的な生産スキル』じゃ、どうしても越えられない見えない壁がある。……何か、根本的なアプローチが間違っているとしか思えねぇ」


 きなこもちの言葉に、俺は無言で壁に背中を預け、ズルズルと座り込んだ。

 プロゲーマー時代、新しいレイドボスが実装された直後の『探求期』には、三日間一睡もせずに解析作業に没頭するのが当たり前だった。それに比べれば、適度に現実リアルで睡眠を取っている今の状況は、肉体的にはまだマシなはずだ。

 だが、正解が全く見えない暗闇の中を、ただ莫大な資金を溶かしながら手探りで進み続けるという精神的負荷は、当時の比ではない。


「……まあ、焦っても仕方ねぇ。俺の資金ゴールドも素材もまだまだ余裕はある。あんたの心が折れない限り、何度でも付き合うぜ」


 俺が力なく笑うと、きなこもちも「へっ、誰に言ってやがる」と不敵に笑い返した。


 俺たちはそのまま、工房の床に座り込んだまま、泥のような疲労感に身を任せて一時的な休息を取ることにした。

 カンッ、カンッという金属音が消えた工房は、不気味なほどに静かだった。


 それから数時間が経過し、外の空が夕焼けに染まり始めた頃。


「アイズドさーん! きなこもちさーん! 差し入れ、持ってきましたよー!」


 工房の扉が勢いよく開き、大学の講義を終えてログインしてきたルナが、大きなお盆を抱えて元気よく入ってきた。

 エプロン姿の彼女が運んできたのは、料理スキルで手作りしたらしい、湯気を立てるお茶と、スタミナ回復効果のあるサンドイッチだった。


「おおっ……! 地獄に仏、いや、工房に女神が舞い降りたぜ……!」


 限界を迎えていたきなこもちが、ゾンビのように這い寄ってサンドイッチに齧り付く。


「サンキュー、ルナ。講義は無事に終わったか?」

「はいっ! 先生に当てられましたけど、バッチリ答えられましたよ!」


 俺も受け取ったお茶を啜り、熱い液体が疲労しきった胃の腑に染み渡るのを感じた。


「で、進捗はどうですか? そろそろ『忘却された世界樹の琥珀』、できそうですか?」


 ルナが期待に目を輝かせて尋ねてくるが、俺ときなこもちは同時に重い溜息をついた。


「……ダメだ。完全に手詰まりだよ」


 俺は空になったカップを置き、自嘲気味に天井を見上げた。


「きなこもちの腕は完璧だ。だが、既存のシステムに縛られた現代の生産知識じゃ、神話級のアイテムの構造を紐解くことは不可能らしい。何か、古代の魔術的な製法とか、特別な設備が必要なんだろうか」


「そうなんですか……」

「ああ。こんな時に、失われた古代の知識を持っていて、なおかつ職人気質なNPCとか、都合よくどこかにいねえもんかな……」


 俺が、半ば現実逃避のように虚空に向かって愚痴をこぼした、その時だった。


「え? 古代の知識を持った職人さんなら……フェネキア族の皆さんとか、すごく得意そうですけどね~」


 ルナが、サンドイッチをモグモグと咀嚼しながら、何でもないことのように、極めて適当に、ポツリとそう呟いたのだ。


「……ん? ああ、そうだな。フェネキア族か。あいつら数千年も結界を維持してたしな。確かにそういうの得意そうだわ……」


 俺は、疲労で機能不全を起こしている脳みそのまま、ルナの言葉に「それな〜」と相槌を打った。

 フェネキア族。

 古代の伝承を語り継ぎ、高度な魔法技術を持ち、外界から隔絶された地下都市で独自の文明を築き上げてきた、誇り高き一族。

 彼らなら、あるいは古代のアイテムの製法なんてものも……。


 …………。

 ………………あれ?


「――――ッ!!?」


 俺の脳内で、完全に停止していた軍師としての論理回路が、爆発的なスパークを上げて強制再起動を果たした。


 ドガンッ!!!


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?!?!」


 俺は、座っていた椅子を蹴り飛ばして勢いよく立ち上がり、喉が裂けるほどの凄まじい絶叫を工房内に轟かせた。


「ひぃッ!? な、なんだなんだ!? 敵襲か!?」


 サンドイッチを食べていたきなこもちが、驚いてひっくり返る。


「ア、アイズドさん!? どうしたんですか、急に大声出して!」


 ルナも目を白黒させて俺を見上げている。


 俺は両手で顔を覆い、そのまま自分の髪の毛を力任せに掻きむしった。


「バカだ……! 俺は世界一の大バカ野郎だァァァッ!!」

「りょ、領主様? 頭の疲労が限界を超えて、ついにおかしくなっちまったのか……!?」

「違う! おかしくなったんじゃない、正気に戻ったんだよ!!」


 俺は血走った三白眼を見開き、ルナの両肩をガシッと掴んだ。


「ルナ! お前は本当に天才だ! お前がいなけりゃ、俺はこのまま一生、この薄暗い工房で灰の山を築き続けるところだった!!」

「えっ? ええっ? わ、私、何かすごいこと言いましたっけ?」

「フェネキア族だよ! 古代の知識を持ち、なおかつ高度な結界や都市を自分たちの手で作り上げてきた、究極の職人気質なNPC集団! 俺たちは、ついこないだまであいつらの街にいただろうが!!」


 なぜ、もっと早く思い出せなかったのか。

 灯台下暗しにも程がある。俺たちはすでに、このEHOの世界において最も『古代の技術』に精通している協力者たちとの、強固なコネクションを持っていたではないか。


「おい、きなこもちの旦那!!」


 俺は振り返り、目を点にしているドワーフの職人に向かって叫んだ。


「ちょっと遠出してくる! この状況を根底からひっくり返すための、最高の助っアドバイザーを連れてくるぜ!!」


「え? お、おう……よく分かんねぇが、見込みがあるなら行ってこい!」

「アイズドさん、私も行きます!」


「いや、ルナはここで旦那の護衛と手伝いをしててくれ。俺一人で十分だ」


 俺はインベントリを勢いよく開き、白磁の美しいアイテム――族長セレンから託された、地下都市への絶対的な転移装置である『白狐の羅針盤』を取り出した。


「待ってろよ。ここからが本当の逆襲だ」


 疲労も眠気も完全に吹き飛び、俺の全身にはゲーマーとしての狂気的な熱量が再び漲っていた。

 羅針盤に魔力を流し込むと、工房の床に清らかな白銀の魔法陣が展開される。


 俺は、古代の知識という最強のパズルのピースを手に入れるため、眩い光の奔流に包まれながら、あの美しき『空を抱く地下都市』へと向かって一人、単独ワープを敢行したのだった。

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