理外のクラフト
完全没入型VRMMO『エターナル・ホライゾン・オンライン(EHO)』における【生産職】は、戦闘職とは完全に独立したレベルシステムとスキルツリーを持つ、もう一つの巨大なゲーム構造である。
この世界には、大きく分けて七種類の生産職が存在している。
金属を叩き武具を創る『鍛冶師』。魔石や宝珠、精密なアクセサリーを手掛ける『彫金師』。木材から杖や弓、家具を組み上げる『木工師』。ポーションや魔導書、特殊な触媒を生み出す『錬金術師』。獣の皮をなめして軽装鎧を作る『革細工師』。布からローブを編む『裁縫師』。そして、一時的なステータスバフを付与する料理を作る『調理師』。
これら七種の職人たちが生み出すアイテムが市場を循環し、EHOの巨大な経済(RMTの土台)を支え回しているのだ。
一つの生産職を極めるだけでも、莫大な素材集めの時間と、ミニゲームのようなクラフト作業の反復を必要とする。
だが、俺の目の前で目を丸くしているドワーフの男――『モチモチきなこもち』は、そのうちの裁縫師と調理師を除く、実に『五つの生産職』で現在のレベルキャップである80(カンスト)に到達しているという、筋金入りの生産ガチ勢であった。
「……なるほど、レベル90になるための素材ってことか」
きなこもちは、何処か納得した様子で長くのびた顎髭を撫でた。
「ああ。既存の枠組みを疑い、素材そのものを俺たちの手で生み出すんだ。何か生産職に隠し機能としてそういうシステムが存在してるんだろう?」
俺がそう言うと、きなこもちはハッとして、自分の豊かな髭をゴシゴシとしごき始めた。
「……ああ、確かに存在はしてる。生産職のレベルが50を超えたあたりで解放される『特殊合成(理外創成)』ってシステムだ」
きなこもちの説明によれば、特殊合成とは、システムが提示する設計図に依存せず、プレイヤー自身が任意の素材を自由に釜や炉に放り込み、魔力と温度を手動で調整してアイテムを作り出すというものだった。
「なるほどな。それなら、誰も見たことがない神話級のアイテムだって、正解の組み合わせを引き当てれば作れるはずだ」
俺が口角を吊り上げると、きなこもちは呆れたように大きなため息をついた。
「領主様、あんた、言うのは簡単だがな。その『特殊合成』が、なんで俺たち生産職の間で誰も寄り付かない【死に機能】になってるか分かるか?」
「死に機能?」
「おうよ。まず第一に、組み合わせが文字通り『無限大』すぎる。何千種類もある素材の中から、正解の組み合わせをノーヒントで探り当てるなんて、砂漠で一粒の砂金を探すようなもんだ。
そして第二に、クラフトにかかる【時間】だ。通常のレシピなら数秒の目押しで終わるが、特殊合成は工程ごとにコンマ一秒の魔力調整を要求され、一回の試行にリアルタイムで数十分も張り付いてなきゃならねぇ」
きなこもちは、太い指を三本突き立てて、最も深刻な理由を口にした。
「そして第三。……失敗した時の【リスク】がエグすぎるんだよ。特殊合成は少しでも魔力調整をミスれば、釜の中の素材は全部弾け飛んで、ただの『灰』になってロスト(消滅)する。
つまりだ。何時間もかけて、何百万、何千万ゴルドもするレア素材を放り込んでも、完成しなければただゴミ箱に金を捨ててるのと同じなんだ。費用対効果も時間効率も最悪。そんなマゾゲー、誰が好き好んでやるんだよ」
膨大な時間、多大な労力、そして莫大な資金のロスト。
なるほど、確かに効率と利益を最優先する現代のゲーマーが、そんな底なし沼のようなシステムに寄り付くはずがない。だからこそ、神話の時代から誰にも見つけられていないアイテムは、そのまま放置され続けてきたのだ。
だが、きなこもちの懸念を聞き終えた俺の口からは、思わず笑みがこぼれていた。
「ふっ……はははっ! なんだ、そんなことか」
「そんなことって……領主様、あんた話聞いてたか?」
「ああ、バッチリ聞いてたぜ。要するに、気の遠くなるような試行回数を重ねるための『時間』と『労力』、そして何よりも、湯水のように溶かすための『莫大な資金(素材)』が必要だってことだろ?」
俺は、インベントリの画面を空中に展開し、ニヤリと笑った。
「安心しろ。……『資金』と『素材』なら、俺がいくらでも用意してやる」
俺は、魔蛇、狂王アーサーの討伐によって得た報酬――現金に換算すれば数億円は下らないであろう、復興費用にまわしても尚、限界突破した莫大なシステム内通貨の残高をきなこもちに見せつけた。
「なっ……!?」
きなこもちの目が、文字通り飛び出さんばかりに見開かれる。
「効率だのコスパだの、チンケな常識は捨てろ。俺たちは今から、この世界の理をぶち壊して、神話の領域へ足を踏み入れるんだ。そのためなら、何千万、何億ゴルド溶かそうが安いもんだ」
俺はきなこもちの肩をガシッと掴み、目をギラギラと輝かせて言い放った。
「あんたの持っている生産職の技術とプライド、そのすべてを俺に預けてくれ。最高の仕事場と素材は、俺が責任を持ってすべて揃えてやる」
俺の狂気的とも言える提案。
だが、ドワーフの職人の瞳の奥には、恐怖や呆れではなく、純粋な『職人魂』の熱い炎がボワッと燃え上がっていた。
「……ハッ! ハーッハッハッハッ! マジかよ、領主様! あんた、本当に頭のネジが数本飛んでるんじゃねぇか!?」
きなこもちは膝をバンバンと叩いて大爆笑した。
「だが、面白ぇ! 攻略サイトのレシピをなぞって、利益を計算するだけの退屈な鍛冶には、もう飽き飽きしてたところだ! その前代未聞のクラフト、このモチモチきなこもちが全力で付き合ってやるぜ!」
「ありがとうよ。よし、ルナ! 早速買い出しだ!」
「はいっ、アイズドさん!」
俺は即座にEHOのマーケットボード――プレイヤー間でアイテムを売買する取引システムにアクセスした。
検索条件に、考えうる限りのあらゆる高位素材、レア鉱石、世界樹の枝、深海の宝石、魔物の核などを片っ端から放り込む。
「値段は見なくていい! 市場に出回っている素材、端から端まで全部『即決購入』で買い漁れ!!」
「ええっ!? 全部ですか!?」
「ああ! 枯渇するまで買い尽くせ! 資金ショートの心配はいらねぇ!」
俺とルナの指先が、空中のウィンドウを凄まじい速度でタップしていく。
購入完了の電子音が雨あられと鳴り響き、俺のインベントリの中に、世界中のプレイヤーが出品していたレア素材が滝のように流れ込んでくる。
エリュシオンをはじめとする各都市のマーケットは、突如としてあらゆる素材が消え去るという異常事態に、今頃大パニックに陥っていることだろう。だが、そんなことは知ったことではない。
数十分後。
俺たちは、購入したおびただしい量の素材群を、きなこもちの工房の中に文字通り『山積み』にしてぶちまけた。
「うおおおおッ! これだけの最上位素材が、見渡す限り山のように……! 職人冥利に尽きる絶景だぜ!!」
きなこもちは、積み上げられたミスリル鉱石や世界樹の枝の山を前にして、感極まったように太い腕を震わせていた。
「さあ、きなこもちの旦那。材料は揃った。あとはあんたの腕と直感次第だ」
「おうよ! 任せとけ! 炉の火を最大まで上げろ! 今日から寝る間も惜しんで、俺のすべてをこのハンマーに叩き込んでやるッ!」




