神話のペテン師
「――というわけだ。俺たちがこの街の領主だということは、他のプレイヤーには絶対に秘密にしておけ。その代わり、あんたがこの領地で行う生産活動や取引の税金は、システムが許す限り『ゼロ』に設定してやる」
森の岩穴で合流した俺は、驚きで目を白黒させているドワーフの生産職――モチモチきなこもちに対し、極秘の契約を持ちかけた。
「ほ、本当にいいのか!? 税率ゼロなんて、生産職からすれば夢みたいな環境だぞ! 領主様に旨味が全くねぇじゃねえか!」
「俺の目的は金稼ぎじゃない。この街の設備と、あんたら生産職のネットワークを復興させることが優先だからな。……それに、俺たちが領主だとバレれば、面倒なハイエナどもがこの街にまで押し寄せてくる。それだけは避けたい」
「なるほどな……。よっしゃ、任せとけ! 俺の口はミスリル鉱石より硬いぜ! 新領主様の秘密は、墓場まで持っていくと誓おう!」
きなこもちは豪快に笑い、自らの豊かな髭を撫でた。
俺とルナは、彼に連れられて街の孤児院へと向かうリリィを見送った。
「旅の剣士様! お兄ちゃん! 本当に、本当にありがとうございました!」
何度も何度も振り返りながら、ちぎれるほどに手を振るリリィ。
「元気でね、リリィちゃん!」
ルナも満面の笑みで大きく手を振り返す。彼女のサファイアブルーの瞳には、一つの悲劇を自分たちの手で防ぎきったという、確かな達成感が輝いていた。
彼らと別れた後、俺たちは足早に領主の館へと戻り、先ほどロックを解除したばかりの『古代書庫』へと向かった。
***
重厚な石の扉の向こうに広がっていたのは、文字通りの『知識の迷宮』だった。
天井まで届く巨大な本棚が何十列も並び、そのすべてに古びた魔術書や羊皮紙の束がぎっしりと詰め込まれている。
「うわぁ……すごい数ですね。この中から、あの三つのアイテムの手がかりを探すんですか?」
「ああ。マーリンの奴が提示した上限解放のキーアイテム、『星天の脈石』、『忘却された世界樹の琥珀』、『深淵を覗く者の涙』。もしかしたらあるかもしれない。なかったらそん時はそん時だ」
俺たちは手分けして、書庫の中をひたすらに探索し始めた。
埃に塗れながら、古代の地理や鉱物学に関する分厚い文献を片っ端から開いていく。
数千年前の神話の時代から誰にも見つけられていない、幻のアイテム。軍師としての俺のテンションは、未踏の謎解きを前にして静かに高まり続けていた。
「アイズドさん! こっちの古い鉱物図鑑に、それらしい記述がありました!」
一時間ほど経過した頃、書庫の奥からルナの弾んだ声が響いた。
俺は即座に立ち上がり、彼女の元へと駆け寄る。
「でかしたルナ! どれだ、見せてみろ」
ルナが指差した分厚い図鑑のページには、確かに『星天の脈石』という項目が、美しい挿絵と共に記されていた。
『――星天の脈石。まるで星空を閉じ込めたかのような、神秘的な輝きを放つ石』
「おお……! 間違いない、これだ!」
俺は身を乗り出し、興奮を抑えきれないままテキストの続きを声に出して読み上げた。
『……しかし、魔力伝導率は完全にゼロであり、物理的な耐久性も極めて脆い。武器や防具の素材としては【全くの無価値】である。そのため、現在では一部の職人が、安価な子供向けの工芸品や、安っぽい装飾品に加工する程度の用途しか持たない』
「…………ん?」
俺の口から、疑問符が漏れた。
なんだ、この記述は。
無価値? 安価な子供向けの工芸品?
「アイズドさん、これ……幻の神話級アイテム、なんですよね?」
「あ、ああ。待て、これは古代の記述だ。現代では失われたロストテクノロジー的な何かが……」
俺は冷や汗を流しながら、さらに本棚を漁り、現代のグレイム領の特産品を記した資料を引っ張り出した。
『グレイム領・東採掘場にて産出される【星天の脈石】。見た目は美しいが実用性が皆無のため、取引価格は1ゴルド。主に初心者向けの安価なお土産として販売されている』
「…………」
俺は、その羊皮紙を持ったまま、完全に石化した。
「……アイズドさん? どうかしましたか?」
「ルナ。ちょっと、外の生産職の連中に話を聞いてくる」
俺は踵を返し、書庫を飛び出して城の中庭へと向かった。
そこには、俺が税率を下げたことで早くも街に戻ってきて、さっそく鍛冶場を利用していた『モチモチきなこもち』をはじめとする、数人の生産職プレイヤーたちの姿があった。
「おう、旦那! 早速この鍛冶場を使わせてもらってるぜ! 最高の設備だ!」
「きなこもち。単刀直入に聞く。……『星天の脈石』ってアイテムを知ってるか?」
俺が切羽詰まった声で尋ねると、きなこもちは不思議そうに首を傾げた。
「あん? 星天の脈石? ああ、あのキラキラしただけのゴミ石か。知ってるも何も、エリュシオンの近辺や、ここの東の採掘場に行けば、ツルハシ一振りでボロボロ落ちる、超ありふれたハズレ素材だぜ?」
「ボロ、ボロ……?」
「おう。ステータス補正が一切ねぇから、俺たち生産職も武器や防具には絶対使わねぇ。使い道っつったら、NPCの子供にプレゼントする安いオモチャに加工するくらいだな」
隣にいた別の生産職プレイヤーも、笑いながら頷いた。
「マーケットボードに出品するだけでも手数料の無駄ですからね。俺たちも、インベントリを圧迫するからドロップした瞬間に【自動廃棄】の設定にしてますよ。戦闘職のガチ勢なんてもっとでしょ? 強さに直結しないアイテム(ゴミ)のログなんて、最初から表示させないようにフィルターかけてるのが普通ですから」
――ピキッ、と。
俺の頭の中で、何かが決定的にひび割れる音がした。
『何しろ、数千年前の神話の時代から誰にも見つけられていないアイテムだからね。ネットの海をどれだけ探したって、答えはどこにも載ってないよ』
昨日、地下都市のテーブルの上で。
小動物の姿をしたマーリンが、意味深な笑みを浮かべながら語ったあの言葉が、脳内でリフレインする。
(神話の時代から見つけられていない……? 違う! ただの価値のないゴミ素材だから、誰も話題にすらしていなかっただけだ!)
(ネットの海に答えが載っていない……? 当たり前だ! フィールドに落ちてる石ころ一つ一つの名前なんて、わざわざ攻略サイトのデータベースに登録するバカはいねぇ!)
戦闘職のトッププレイヤーたちは皆、少しでも効率を上げるために「ステータスに影響しないアイテム」をインベントリから自動で弾く設定にしている。
だからこそ、『レベル80のカンスト勢』は、このアイテムの存在に絶対に気づかない。彼らの視界には、最初からこの「ゴミ」は映っていなかったのだ。
「アイズドさん……?」
後ろから追ってきたルナが、俺の異常な様子に気づいて声をかけてくる。
俺は、その場に膝から崩れ落ちた。
そして、両手で顔を覆い、地面に突っ伏した。
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
猛烈な、致死量レベルの『羞恥心』が、全身の毛穴から大噴出していた。
顔面が火に近づけられたように熱い。耳の先まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。
『もしかして俺たち、この世界の半分も遊び尽くしてないんじゃないか?』
『上等だ。そのお使い、完遂してやるよ』
『待ってろよ、まだ見ぬ未知の世界・・・・・・・――』
昨日のログアウト直前、少年のようなキラキラした瞳で、そんな激痛ポエムを独白していた自分自身を、今すぐタイムマシンに乗って全力で殴り殺したい。
未知の世界でもなんでもない。ただの、初心者エリアで採れる1ゴルドのゴミ石だ。
神話の深淵へ至る試練でもなんでもない。ただ、戦闘狂たちが効率を求めて切り捨てた『無駄』の中に、上限解放の鍵が隠されていたというだけの話だったのだ。
「アイズドさん!? どうしたんですか、いきなり頭抱えてプルプル震え出して! どこか痛いんですか!?」
ルナが慌てて俺の背中をさすってくる。
その純粋な心配が、今の俺には致死毒のように痛かった。
(あの、モフモフ詐欺師野郎……ッ!)
俺は地面に突っ伏したまま、ギリィッ! と歯軋りをした。
ふつふつと、いや、ドス黒いマグマのように、あの小動物に対する強烈な『怒り』が湧き上がってくる。
あいつは分かっていて、わざとあんな大仰な言い回しをしたのだ。
俺がプロゲーマーの性として「高難易度のレアアイテム」だと思い込むのを完璧に見透かし、その滑稽な勘違いを安全圏からニヤニヤと笑いながら眺めていたに違いない。
「……殺す」
「えっ?」
「次にあのクソ夢魔の毛玉に会ったら……絶対に、あのフワフワの毛皮を一本残らずむしり取って、暖炉の前のラグマットにしてやる……ッ!!」
俺は血走った三白眼を見開き、ドン引きしているきなこもちたち生産職の目の前で、怨念に満ちた声を絞り出した。
神話の試練に対する感動も、大いなる世界への高揚感も、今は完全にゼロだ。
俺の心の中は、大嘘を吹き込んだ詐欺師に対する強烈な苛立ちと、見事に騙されて一人で熱くなっていた自分自身への情けなさで、完膚なきまでに支配されていた。




