押し付けられた玉座
ノイズの身体が光の粒子となって砕け散り、リスポーン地点へと強制送還されていく。
決闘の結末を告げるファンファーレが鳴り響き、周囲の結界が解除された。
圧倒的な技量差による、完全無欠の完勝。
ルナは剣についた光の粒子を振り払い、静かに鞘へと収めた。
「終わりましたね、アイズドさん」
「ああ。見事な手際だったぞ」
俺は機装を解除し、床で呻く近衛兵たちを跨いでルナの元へと歩み寄った。
権力を笠に着た暴君は消え去り、搾取されていた城内に静かな安堵の空気が戻り始める。
緊迫感がフッと途切れた、その時だった。
ピィィィィン、と。
突如として、俺とルナの視界のど真ん中に、見たこともない黄金のファンファーレと共に巨大なメッセージウィンドウが展開された。
『ステルスクエスト【強欲なる簒奪者の排除】クリア!』
『治安維持への多大なる貢献により、あなた方に付与されていたペナルティ【犯罪者(赤)】は破棄されました』
『これより、グレイム領の所有権の譲渡を開始します』
「……は?」
俺は深い溜息をつき、誰もいない天井を睨みつけた。
赤ネームの解除は望んでいたことだ。だが、ステルスクエスト? 所有権の譲渡?
(……なるほどな。お使いクエストの道中で、都合よく悪徳領主の悪行を見せつけられて赤ネームにされるなんて、出来過ぎだと思ってたんだ。俺たちを誘導して、ゲームの経済を壊すような悪質なプレイヤーを排除させる……最初から運営の掌の上だったってわけか)
俺の疑問と呆れを置き去りにしたまま、システムはさらにとんでもない宣告を空間に弾き出した。
『パーティリーダー [Ised] を【グレイム領・新領主】に任命します』
『パーティメンバー [Luna] を【グレイム領・領主配偶者(奥様)】に登録します』
「おい、ちょっと待て! なんでお使いの途中なのに、俺が領主になってんだよ!! っていうか、なんでルナが奥様扱いなんだ!」
俺は思わず虚空に向かってツッコミを入れていた。
悪質なプレイヤーを駆除した優良開拓者に、褒賞として領地を丸ごと与えたシステム的な処理なのだろうが、あまりにも乱暴でなし崩し的な役職の押し付けだ。
「お、おおお、奥様……!? あ、私が、アイズドさんの、つま……?」
隣を見ると、ルナが顔を耳の先まで真っ赤に染め上げていた。
「なっ、何を言ってるんですか! 私は別に、その、嫌じゃ、ないですけどっ! いや、まだそういう心の準備とか、そもそも現実ではまだお互いのこと全然知らないのに、いきなり夫婦だなんて、順序が飛躍しすぎというか……っ!」
ルナは両手で口元を覆い、サファイアブルーの瞳をグルグルと泳がせながら、凄まじい早口でパニックに陥っている。
「おいルナ、落ち着け。これはただの役職だ。領主権限をパーティで共有するために、一番上の序列名をシステムが機械的に割り振っただけだから気にするな」
「そ、そうですよね! そうに決まってますよね! ははは、気にしてません! 全然、平常心です!」
ルナは両頬をパンパンと叩き、深呼吸をして歩き出す。
だが、見事に右手と右足が一緒に出ている。ガチガチのロボット歩きで数歩進んだ彼女は、そのまま「痛っ!」と何もない玉座の角に頭をぶつけて、ペタンとその場にしゃがみ込んでしまった。
最強のアタッカーが見せるベタで可愛らしい失態に、俺は思わず毒気を抜かれて苦笑する。
その時、玉座の間の奥の控室から、白髪にモノクルをかけた初老の男が恭しく頭を下げながら現れた。
この城の執事長といったところだろう。先代のノイズに仕えていたはずだが、新たな主を迎える彼に特段の混乱はないようだった。
「……新たなる領主様。ならびに、奥様。先代の暴君は倒れました。我々グレイム領の民は、これよりあなた様に忠誠を誓います。どうか、今後の統治方針をお示しください」
執事長は慇懃な態度で、俺に指示を仰ぐ。
方針も何も、俺の本来の目的はマーリンから提示されたレベル90上限解放の未知のアイテム(『星天の脈石』など)を探すことだ。だが、現状は何の手がかりもない。
俺は領地の復興などという時間のかかるイベントは一旦後回しにしようと考え、虚空に『領主メニュー』を展開して現状を確認し始めた。
すると、横から画面を覗き込んでいたルナが、不意に首を傾げた。
「アイズドさん、この項目……なんでしょうか?」
彼女が指差した先。そこには『領主専用・古代書庫』という項目が存在していた。だが、その文字は灰色に反転しており、アクセス権限の欄には《領地の復興度(都市レベル)MAXで解放》というロックが掛けられていた。
「……古代書庫、だと?」
俺の脳裏に電流が走る。神話の時代から隠された未知のアイテム。その手がかりが、こんな普通の街に落ちているはずがない。だが、歴代の領主しか入れない古代の書庫になら……。
「……執事長」
俺はニヤリと口角を吊り上げ、メニューの『国庫管理』のタブを開いた。
「地下牢獄で働かされている住人たちを今すぐ全員解放しろ。怪我人の治療を最優先にし、彼らに十分な温かい食事と休息を与えろ」
「はっ。……しかし、恐れながら領主様」
執事長が、困り顔で重い口を開いた。
「前領主が税をすべて外部の商人たちへ持ち出してしまったため、現在の国庫は完全に空でございます。炊き出しを行う資金も、街を修繕する予算も、残されておりません……」
「資金? ああ、そんなもんなら心配するな」
俺は、インベントリから狂王アーサーの討伐で得た『ワールドファースト報酬』の莫大なゴールドを呼び出し、一ミリの躊躇もなく全額を国庫へブチ込んだ。
「これで足りるか? 街の設備をすべて最高レベルに修繕しろ。そして、住人に課していた税率は最低ラインまで引き下げろ。逃げ出した職人の連中が、こぞって戻ってくるようにな」
「こ、これは……!? 国庫の限界に届かんばかりの莫大な私財……!?」
執事長のモノクルが驚きでポロリと落ちる。彼は感涙にむせび、その場に両膝を突いて深々とひれ伏した。
「これほどの額を、見ず知らずの我々のために惜しみなく投入してくださると言うのですか! おお……なんと慈悲深く、器の大きな領主様か!」
執事長が涙を流して感謝する横で、ルナが半ば呆れたようなジト目を俺に向けてきた。
「アイズドさん。今、ものすごく悪い顔してますよ。完全に効率厨の顔です」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は民を救う慈悲深い領主様だぞ」
俺は肩をすくめた。
内心の狙いは明白だ。復興のお使いクエストなんて、まともにやれば何日かかるか分かったもんじゃない。金でフラグをスキップできるなら、それが一番手っ取り早い『最適解』だ。俺の目的はNPCを救うことではなく、最短で上限解放のヒントが眠る古代書庫のロックを解除することなのだから。
莫大な資金が投入された直後、システムが即座に反応した。
窓の外から、眩い光の柱が何本も立ち上るのが見える。オートビルド機能により、ボロボロだった街の設備が瞬時に修復され、最高ランクの施設へと再構築されていく。
『グレイム領の復興度が最大に達しました』
無機質なアナウンスと共に、玉座の間のさらに奥――重厚な石の扉から、ガコンッ!というギミックの解除音が響き渡った。
「よし。開いたぜ」
他者の情報網やネットワークに一切頼ることなく、自らのシステムへの深い理解と『資金の暴力』によって強引に道を切り開いた。
「本当に無茶苦茶ですね、アイズドさんは……」
苦笑いするルナ。
「さて、城の探索や細かい引き継ぎは後回しだ。……ルナ、まずはリリィたちを迎えに行こう。あいつら、森の中でずっと不安がってるはずだからな」
「はいっ!」
俺とルナは、活気を取り戻し始めた城を後にし、ドワーフのプレイヤーにリリィを預けた森の岩場へと向かった。
***
「……遅いな。まさか本当に、あの二人だけで城を落としちまったわけじゃねぇだろうな」
森の奥深く、身を隠すように指定された岩穴の中で、ドワーフのプレイヤーが落ち着かない様子で周囲を窺っていた。その傍らでは、リリィが膝を抱え、祈るように両手を組んでいる。
そこへ、俺とルナが茂みを掻き分けて姿を現した。
「旅の剣士様! それにお兄ちゃんも!」
リリィがパッと顔を輝かせ、弾かれたように駆け寄ってきてルナの胸に飛び込んだ。
「良かった……無事だったんですね!」
「お待たせ、リリィちゃん。もう大丈夫だよ、悪い領主様はちゃんと倒してきたからね」
ルナが優しくリリィの背中を撫でながら微笑む。
「おいおい、マジかよ……。赤ネームのたった二人で、あのノイズの私兵部隊を蹴散らしたってのか?」
ドワーフが信じられないというように目を見開いて俺たちに歩み寄ってきた。
「城の方で凄ぇ光が何本も上がってたが、一体何があったんだ? 街の重苦しい空気がガラリと変わった気がするぞ」
「ああ、色々とあってな」
俺は肩をすくめ、事の顛末を簡潔に報告した。
「ノイズを討ち取ったら、システムから勝手に『新領主』に任命されちまった。地下で働かされてた住人たちも全員解放したし、国庫に俺の私財をブチ込んで、街の設備も最高レベルに修繕しておいたよ」
「……はあああぁぁぁっ!?」
ドワーフの口が、地面に届きそうなほど大きく開いた。
「領主を倒して、そのまま新領主に!? しかも私財をブチ込んで設備を最高レベルに!? あんたら、どんだけ規格外なんだよ!」
「税率もシステムが許す最低ラインまで下げておいた。だから、もうここでコソコソと密猟なんてする必要はねぇぞ」
俺がそう告げると、ドワーフは信じられないものを見るような目で俺を見上げ、やがて顔をクシャクシャにして破顔した。
「マジかよ……! 最高の生産都市が、元通りになったってことか!」
「そういうことだ」
俺はドワーフの肩を軽く叩き、冗談めかして言った。
「だから、ドワーフの旦那。あんたの知り合いの生産職の連中に、片っ端から『グレイム領が復活した』って宣伝(口コミ)しといてくれ。人が戻ってこないと、せっかくの設備も宝の持ち腐れで、街が回らねぇからな」
「おう、任せとけ! 俺の所属してるクランや職人仲間に、今すぐ連絡を回しまくってやるぜ! 本当に、ありがとな、新領主様!」
ドワーフは豪快に笑い、俺の手を両手で力強く握りしめた。
「よろしく頼む。……そういや、あんたの名前をまだ聞いてなかったな」
これだけ世話になり、情報も流してもらう相手だ。フレンド登録まではいかずとも、せめてプレイヤーネームくらいは把握しておくべきだろう。
俺がそう尋ねると、立派な髭を蓄えた屈強なドワーフの戦士は、自信満々に胸を張り、サムズアップを決めた。
「おう! 俺の名前は『モチモチきなこもち』だ! 以後、お見知りおきを!」
「…………」
「…………」
屈強で厳つい髭面のドワーフと、可愛らしすぎるファンシーな名前のギャップ。
そのあまりにも破壊力の高いネーミングセンスに、俺とルナは数秒間、完全に思考を停止してしまった。
(……モチモチきなこもち?)
俺とルナは思わず顔を見合わせる。
そして、耐えきれずに同時に吹き出し、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「……ああ。よろしく頼むぜ、モチモチの旦那」
「ふふっ、よろしくお願いしますね、きなこもちさん」
悲劇に沈んでいた生産都市に、新たな希望が灯った日。
俺たちは、予想外の珍妙な出会いに肩の力を抜きながら、活気を取り戻すであろうグレイム領の青空を見上げていた。




