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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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旧街道のレベル上げ


 レベル上げという言葉には、どうしても作業の匂いがある。敵を倒し、経験値を得て、数字を積み、次の狩場へ移る。その繰り返しは分かりやすいが、分かりやすすぎるものはだいたい退屈になりやすい。


 白騎士団にいた頃の俺にとって、レベル上げは完全に仕事だった。必要経験値、敵の湧き時間、移動距離、ドロップ単価、補給地点、休憩タイミング。すべてを表にして、最短で目標レベルへ届くように組む。無駄な戦闘はしない。事故率の高い狩場は避ける。配信映えする区間だけを切り抜けるよう、危険度と見せ場の配分まで調整する。効率はよかった。楽しくはなかった。


 だが、今は少し違う。レベルを上げる理由がある。セレンは、根の奥へはまだ来るなと言った。外縁なら、いずれ道を開くとも言った。黒鉄と灰衣を整えよ、淀みは脆きものを辿る、とも。


 つまり、今すぐ世界樹の深層へ突っ込むのは論外だ。レベル九十推奨の本命に、レベル四十台の俺たちが入るのは無謀というより自殺に近い。ゲームで自殺はたいていリスポーンで済むが、こういう世界の深いところに関わる場所は、死ぬより面倒な結果を持ってくることがある。だから、まずは外縁。その前に、最低限のレベルと、黒鉄外装と灰衣旅装の確認。目標はレベル五十。根圏外縁部の予備調査へ入るための、最初の線だった。


 俺とルナは、グレイム領から北へ伸びる旧街道へ向かうことになった。そこは、かつて第三炉とフェネキア族の管理領域方面を繋いでいた補助路の名残らしい。今では崩れ、道は途中で途切れ、地図上でも曖昧な灰色で表示されている。普通のプレイヤーは使わない。素材効率も微妙。敵も癖が強い。そして、人目が少ない。つまり、黒鉄外装と灰衣旅装の連携検証にはちょうどいい。


 第三炉の裏手で、きなこもちが俺たちの装備を最終確認していた。俺は黒鉄の重装騎士姿。左腕の《古代変形機装》は、黒鉄外装の下に隠れている。ルナは灰衣の旅剣士姿で、白銀の髪も顔も深いフードに隠れていた。


「黒鉄さん、左腰は昨日より良くなってるはず」


 きなこもちが黒鉄外装の腰部を軽く叩く。


「灰鉄板の角度を変えた。盾装から剣装に戻る時、腰が遅れにくいようにしてある。あと、射装は相変わらず一発だけね」


「分かっている」


「本当に?」


「一発だけだ」


「二発撃ちたくなっても?」


「撃たない」


「敵が増えても?」


「状況による」


「もう弱い」


 やかましい。状況によるのは当たり前だ。偽装より命が優先される場面もある。ただ、長く見せない。そこは守る。


 ルナの方では、きなこもちが灰衣の裾を確認していた。


「ルナちゃんは、右踏み込みの時に布が張らないよう直した。白銀を通す線はそのまま。抑えすぎない。消しすぎない」


「はい」


「あと、今日の敵は根混じりだから、白銀を出しすぎると反応するかも」


「反応?」


「たぶん、寄ってくる」


 嫌な情報だ。ルナが少し困った顔をする。


「それは、控えた方がいいですね」


「必要な時だけでいい。灰衣の練習にもなるし」


 グラン親方が静かに補足する。


「旧街道の魔物は、鉱石獣と根絡みの複合体です。第三炉の古い記録では、根鉱獣、あるいは根殻獣と呼ばれていたようです」


「根と鉱石が混ざっているんですか」


 ルナが聞く。


「はい。世界樹根圏の外縁に近い場所では、地中に残った古い根の影響と鉱脈が結びつくことがあります。ただし、本物の世界樹系素材とは呼べません。あくまで、根の影響を受けた魔物です」


「つまり、深層ではない」


 俺が言うと、グラン親方は頷いた。


「外縁のさらに手前です。ですが、根に関わる戦闘の感覚を掴むには適しているでしょう」


 適している。便利な言葉だ。適している場所はだいたい危ない。そして、危ない場所ほど経験値が入る。この世界、教育方針が雑である。


 きなこもちが、小さな金属札を俺たちに渡した。


「これ、簡易反応札。根混じりの魔物が近いと、灰鉄の線が震える。正確じゃないけど、警戒にはなる」


「淀み対策か?」


「違う」


 きなこもちは即座に首を振った。


「淀み用じゃない。根鉱獣の接近反応を見るだけ。そこは絶対に勘違いしないで」


「よし」


「黒鉄さんに鍛えられてる気がする」


「事故防止だ」


「分かってるよ」


 彼女は少し笑った。


「二人とも、気をつけて。レベル上げだからって、効率だけ見ないでね」


「俺に言うな」


「一番言う必要あるでしょ」


 否定できないのが腹立たしい。俺は左腕を軽く握った。黒鉄外装の下で、《古代変形機装》が低く鳴る。ルナがフードを被り直す。白銀は灰衣の内側へ隠れた。俺たちは第三炉を出て、旧街道へ向かった。


ーーーーー


 旧街道は、思っていた以上に道ではなかった。石畳らしきものは残っているが、半分以上が土に埋まり、ところどころを太い根が割っていた。地面の裂け目には灰色の鉱石が覗き、風が吹くたびに細かな砂が浮く。


 森でもない。鉱山でもない。街道でもない。その三つが中途半端に混ざった場所だった。空は狭く、左右には低い崖と、根に絡まれた古い石柱が並んでいる。昔は荷車や工房職人が通ったのだろう。今は人の気配がほとんどない。


 静かだ。ただ、その静けさは安全ではない。地面の下で、何かがゆっくり動いているような気配がある。


 ルナが歩きながら、灰衣の袖に触れた。


「ここ、少し重いです」


「空気がか」


「はい。フェネキア族の里とは違います。あちらは根の中にいる感じでした。でもここは、古い根が石の中に残っているみたいです」


「良い表現だな」


「そうですか?」


「ああ。記録に残せる」


「感想を記録扱いされました」


 不満そうだが、重要だ。ルナの感覚は、俺とは違うものを拾う。白銀の剣を持つ彼女は、根や淀みに近いものへの反応が鋭い。俺が数値や地形で見る場所を、彼女は空気や流れで見る。両方いる。俺だけでは足りない。認めたくないというほどでもないが、少し悔しい。


 視界の端で、きなこもちから渡された簡易反応札が震えた。灰鉄の線が、細かく鳴る。


「来る」


 俺が言うより早く、地面が割れた。根が這い出す。いや、根ではない。根に鉱石の殻がまとわりつき、獣の骨格に似た形を作っている。四足。背中に灰色の鉱石殻。脚の関節から細い根が垂れ、地面へ伸びている。


 根殻獣。


 グラン親方の言っていた魔物だろう。数は三体。さらに奥の石柱には、小型の根虫が二体張りついている。合計五。レベル上げとしては悪くない。実戦検証としても、かなり良い。ただし、初手で油断すると面倒になる配置だ。


「黒鉄が前。灰衣は右後ろ」


「はい」


 俺は黒鉄外装のまま前へ出た。根殻獣の一体が、低く唸る。普通の獣の声ではない。石が擦れる音と、根が軋む音が混ざっている。気持ち悪い。だが、聞いている暇はない。


 一体目が突進してくる。速度は岩殻獣ほど速くないが、足元の根が地面を掴むため、急停止と方向転換が効く。単純な突進ではない。途中で曲がる。


 俺は盾装を選ぶ。


 《盾装》。


 黒銀の機装が展開し、黒鉄外装の左肩が開く。灰鉄留め具が衝撃を逃がす準備をする。根殻獣が突っ込み、予想通り途中で進路を変えた。盾の正面ではなく、左膝を狙ってくる。嫌な敵だ。


 盾を下げ、正面ではなく斜め下へ置く。根と鉱石の脚が盾にぶつかり、衝撃が腕に伝わった。岩殻獣ほど重くはない。だが、絡む。根が盾の縁に巻きつこうとする。押し返すだけでは駄目だ。切るか、剥がすか、逃がす必要がある。


 剣装へ移る。盾をほどき、刃へ変える。腰の動きは昨日より軽い。灰鉄板の角度調整が効いている。剣装への移行で、左腰が遅れない。刃が形を取り、俺は盾に絡んでいた根を根元から断つ。ダメージは低い。だが、拘束は解けた。


 すぐ盾装へ戻す。剣を長く見せない。根殻獣の二体目が横から来る。そこへルナが入った。


 灰衣の外套が地面を擦るように流れる。白銀は出ない。彼女は剣を抜かず、鞘のまま根殻獣の脚を打つ。硬い音。敵の足がわずかに止まる。そこへ、ルナは剣を半分だけ抜いた。白銀が細く漏れる。外套の内側で抑えられた光が、刃の線だけを描く。


 根殻獣が反応した。背中の根が一斉にルナへ向く。やはり、白銀に寄る。


「灰衣、出しすぎるな」


「はい」


 ルナは白銀をすぐに収めた。敵の根が空を掻く。その隙に、俺が盾装で割り込む。根が盾に当たる。絡む前に、盾面を滑らせて外へ逃がす。灰鉄留め具が低く鳴った。


 根の力は、衝撃とは違う。押すのではなく、掴む。それでも、盾装の角度と外装の逃がしを使えば、完全に捕まる前に流せる。なるほど。この敵、盾の練習に向いている。嫌な意味で。


ーーーーー


 根虫が石柱から鉱石片を飛ばしてきた。弾は小さい。だが、着弾した場所から細い根が伸びる。足止め系の遠距離拘束。放置すると厄介だ。


 射装で落とすか。距離はある。黒鉄の偽装を考えれば、一発牽制に留めたい。だが、根虫は二体。一発ずつ撃つと二回射装を見せることになる。別の手を使う。


「灰衣、右の根虫へ。白銀は使うな。足元に注意」


「はい」


 ルナが右へ走る。俺は盾装で根殻獣二体を受ける。三体目が後ろへ回ろうとする。それを射装で止めたい。いや、ここは剣装だ。短く使う。俺は盾装から剣装へ変形し、地面に伸びた根を斬る。根殻獣の進路が一瞬遅れる。すぐ盾装へ戻す。


 右では、ルナが根虫へ接近していた。灰衣の裾が古い根を避ける。白銀を出していないため、根虫の反応は鈍い。ルナは剣を抜かず、鞘の先で根虫の脚を払う。根虫が落ちる。そこへ短く抜刀。白銀を針のように細く通す。一撃。根虫が光の粒になって砕けた。


 白銀を出した瞬間、もう一体の根虫が反応する。だが、ルナはすぐに収めた。反応が途切れる。上手い。灰衣の運用がかなり馴染んできている。


 俺の方は、根殻獣二体に挟まれかけていた。盾装では片方しか受けられない。剣装で片方を崩すか。射装で足元を止めるか。いや、ここで試す。射装、一発。


 俺は左腕を低く構えた。


 《射装》。


 腕部覆いが開き、射出機構が組み上がる。狙うのは敵ではなく、二体の間にある古い石柱の根元。撃つ。石柱の根元が割れた。古い根が緩み、石柱がわずかに傾く。二体の根殻獣の間に、石と根の束が落ちた。進路が分断される。


 俺はすぐ盾装へ戻す。一発だけ。偽装は守った。たぶん。


 分断された一体へ踏み込む。盾装で頭を押さえ、剣装へ短く切り替える。絡む根を斬る。ルナが戻ってくる。白銀を細く通し、根殻獣の首元へ刃を入れる。光の粒。まず一体目を倒した。


 経験値が入る。視界の端でゲージが少し進む。いい。だが、まだ足りない。レベル五十には、もう少し必要だ。


 その瞬間、頭が勝手に計算を始める。敵の数、経験値効率、必要戦闘回数。作業感が出そうになる。俺は意識的に周囲を見た。古い街道。根に割られた石畳。灰衣の外套を揺らすルナ。黒鉄外装の下で鳴る機装。効率だけを見るな。今は、外縁へ行くための訓練だ。ただ数字を積む時間ではない。


「アイズドさん」


 ルナが言った。


「何だ」


「今、少し遠くを見ていました」


「経験値計算をしていた」


「やっぱり」


「悪癖だ」


「でも、戻ってきました」


「たぶんな」


 ルナは小さく笑った。戦闘中に何を見抜いているんだ、この少女は。怖い。だが、助かる。


ーーーーー


 旧街道を進みながら、俺たちは何度か戦闘を繰り返した。根殻獣、根虫、鉱根鳥。鉱根鳥は名前の通り、鉱石の羽と細い根を持つ鳥型の魔物だ。飛ぶというより跳ねる。だが、頭上から根を落としてくるため厄介だった。


 黒鉄外装の運用は、かなり固まってきた。盾装を軸にする。根の絡みは受け止めず、滑らせる。剣装は拘束解除と短い崩し。射装は一発だけ、地形か足元を狙う。敵本体を撃つより、周囲を撃った方が偽装しやすい。重装騎士の腕部投射具で牽制しているように見えるからだ。たぶん。たぶんばかりだが、今はそれでいい。


 ルナの灰衣も、戦闘ごとに良くなっていった。白銀を出しすぎると、根系の敵は反応する。だが、完全に消すと決定力が落ちる。だから、彼女は白銀を細く使った。刃筋だけ。受け流しの瞬間だけ。相手の視線を奪う一拍だけ。灰衣の外套は、それを支える。隠すためではなく、選ぶための布。これまでの調整が、実戦で形になっていく。


 昼を過ぎた頃、俺たちは旧街道の中ほどにある崩れた休憩所へ着いた。石造りの小さな屋根が残っているが、半分は根に飲まれ、床には古い炉印らしき模様が刻まれている。ここで一度休憩を取ることにした。VRの身体は疲労を完全には再現しない。だが、脳は疲れる。三十本の時計、根の動き、敵の拘束、ルナの位置、自分の偽装。それらを同時に見ていると、頭の芯が鈍く熱くなる。


 ルナも少し息を整えていた。


「白銀、反応されますね」


「ああ。根系の敵は、白銀を餌か光源のように見るらしい」


「出しすぎると集まる」


「だが、出さなければ倒しにくい」


「難しいです」


「いい訓練だ」


「アイズドさん、そういう時だけ楽しそうです」


「気のせいだ」


「たぶん?」


「……たぶん」


 言い返す気力が少し減っている。


 休憩所の床に、古い文字が刻まれているのを見つけた。半分以上は擦り切れている。だが、いくつか読める。


 《第三炉補助路》


 《根圏外縁連絡》


 《荷車通行制限》


 《根鳴り時、停止せよ》


 根鳴り。聞き慣れない言葉だ。俺は記録板に写す。


 ルナが床の文字を見て、少し眉を寄せた。


「根鳴りって、今の簡易反応札みたいなものでしょうか」


「かもしれない。根の動きが強くなる前兆だろうな」


「昔の人たちも、ここを通っていたんですね」


「ああ」


 ただの廃道ではない。第三炉と根圏外縁を繋ぐ道。荷車が通り、職人が行き来し、根鳴りを警戒して止まった。世界が繋がっていく。第三炉。リーフェ村。灰鉄鉱。根麻布。根下炉。そして旧街道。全部が、ただの設定ではなく、道として繋がっている。


 こういう瞬間は、少しだけ良い。攻略サイトの最短ルートには載らないが、世界の形が見える。俺がこのゲームを遊び直そうと思った理由は、たぶんこういうところにある。


 そんなことを考えていたら、簡易反応札が大きく震えた。灰鉄の線が、今までより強く鳴る。休憩は終了らしい。最高のクソゲーは、感慨に浸る時間をくれない。


ーーーーー


 地面の奥から、低い音がした。根鳴り。おそらく、それだ。古い石畳の下で、何かが軋む。次の瞬間、休憩所の外で石柱が割れた。


 根と鉱石が絡み合った大型の魔物が現れる。これまでの根殻獣より一回り大きい。四足ではない。六本の脚。背中には古い炉材のような板が刺さり、頭部には獣というより、割れた石仮面のようなものがある。


 根炉殻獣。


 名前が視界に表示された。推奨レベル五十。ちょうどいい。いや、ちょうどよくない。今の俺たちは五十に届く直前だ。ゲーム的には挑戦対象としては適正だが、油断すれば普通に危ない。


 根炉殻獣が、背中の炉材板を震わせた。低い音。根鳴りが増幅される。足元の古い根が一斉に動いた。拘束範囲。


「床を見るな、根を見る!」


 赤い予兆円は出ない。根が直接動く。システム表示より、環境を見るタイプの敵だ。嫌いではない。むしろ好きだ。だが、面倒だ。


 俺は盾装へ変形する。


 《盾装》。


 根炉殻獣が突進してくる。速くはない。だが、足元の根がこちらの退路を塞ぐ。正面を受ければ拘束。下がれば根に足を取られる。なら、前へ出る。


 盾を斜め下に構え、根の束へぶつける。衝撃が走る。灰鉄留め具が鳴る。根が盾の縁に絡む。俺は盾を引かず、押す。絡ませたまま、根の向きを外へずらす。根炉殻獣の突進線がわずかにずれる。


「灰衣、左脚!」


「はい!」


 ルナが走る。白銀を出さないまま、根炉殻獣の左脚へ入る。だが、敵の背中の炉材板が鳴った。ルナの足元に根が伸びる。白銀を出していないのに反応した。根鳴りで範囲全体を見ているのか。


「跳べ!」


 ルナは即座に跳んだ。灰衣が宙で広がる。白銀が一瞬だけ漏れる。根炉殻獣の頭部が彼女を向いた。食いつくような反応。やはり白銀に寄る。


 俺は射装へ切り替える。一発。狙いは敵ではない。ルナへ伸びた根の根元だ。撃つ。根が弾ける。ルナの着地地点が空く。すぐ盾装へ戻す。


 根炉殻獣の突進を受ける。重い。これまでの敵より、明らかに重い。黒鉄外装の腰が鳴る。昨日直した部分は耐えた。だが、今度は胸部に衝撃が残る。課題が増えた。やめろ。戦闘中に未処理項目を増やすな。


 根炉殻獣が頭を振り、石仮面の割れ目から細い根を伸ばす。盾の隙間へ入ろうとする。まずい。盾装のままでは内部へ入られる。剣装。短く使う。俺は盾をほどき、剣を形作る。根を斬る。一本、二本。だが、三本目が左腕へ絡む。


 その根が《古代変形機装》の表面に触れた瞬間、青白い光が走った。根が焼けるように引く。システムメッセージは出ない。だが、根炉殻獣が一瞬だけ停止した。


 今の反応。古代機装に、根が触れた。そして、拒まれた。偶然か。仕様か。分からない。今は考えるな。


「ルナ!」


「はい!」


 ルナが入る。灰衣の外套を低く流し、白銀を細く通す。狙うのは脚ではない。背中の炉材板。根鳴りを増幅している部分。彼女の剣が白く走った。炉材板の一枚が割れる。根鳴りが乱れる。足元の根の動きが鈍る。


 好機。俺は盾装へ戻し、根炉殻獣の正面へ踏み込む。盾の縁を石仮面の下へ差し込み、上へ押し上げる。頭部が持ち上がり、首元が見える。


 ルナが二撃目を入れようとした。だが、白銀を出しすぎた。根炉殻獣の背中から、残りの炉材板が一斉に鳴る。根がルナへ集中する。


 まずい。


「抑えろ!」


 ルナは白銀を即座に絞った。だが、根の反応は止まりきらない。俺は剣装では間に合わない。射装も一発では足りない。なら、盾で割り込む。


 俺は根炉殻獣の頭を押し上げたまま、身体を横へ滑らせる。盾装を広げ、ルナと根の間に入った。根が黒鉄外装に叩きつけられる。絡む。引く。HPが削れる。だが、耐える。灰鉄留め具が悲鳴のように鳴った。左肩、腰、胸、全部に負荷がかかる。防具が、嘘をつくどころではなく、本当に盾になっている。


「アイズドさん!」


「今だ!」


 ルナが息を呑む。次の瞬間、彼女の白銀が細く、鋭く、一本の線になった。広げない。漏らさない。ただ、必要な場所へ通す。灰衣の内側から抜けた白銀が、根炉殻獣の石仮面の割れ目へ入る。


 静かな一撃だった。派手な爆発はない。だが、敵の動きが止まった。石仮面が縦に割れる。根が力を失う。根炉殻獣の身体が、鉱石と光の粒になって崩れていく。


 経験値表示が、視界に大きく流れた。


 《レベルが上がりました》


 《アイズド Lv50》


 続いて、ルナの前にも通知が浮かぶ。


 《ルナ Lv50》


 ようやく、根圏外縁部へ入るための最初の線に届いた。


ーーーーー


 戦闘後、俺は石畳の上に座り込んだ。アバターの膝が崩れたわけではない。脳が疲れたのだ。黒鉄外装の胸部には、根の擦れた跡が残っている。灰鉄留め具は折れていないが、負荷記録はかなり高いだろう。また調整項目が増えた。見なくても分かる。見たくない。


 ルナは少し離れたところで、灰衣の外套を整えていた。白銀の光は収まっている。だが、彼女の表情は少しだけ強張っていた。


「出しすぎました」


「あの場面では必要だった」


「でも、根が集まりました」


「だから途中で絞った。最後は良かった」


「最後だけです」


「最後が良ければ、死なない」


「アイズドさんらしいです」


「褒めているのか?」


「たぶん」


 いつもの返事。少し安心した。


 俺は視界の端の通知を見る。レベル五十。数字としては一つの区切りだ。だが、セレンが示した本命はまだ遠い。ここで浮かれるほど馬鹿ではない。ただ、外縁へ進む条件は見えてきた。


「レベル五十です」


 ルナが言った。


「ああ」


「やっと、外縁へ行けるんですね」


「行けるかもしれない、だ」


「慎重ですね」


「セレンが道を開くと言っただけだ。勝手に突っ込むわけにはいかない」


「はい」


 その時、休憩所の奥で淡い光が灯った。根炉殻獣が現れた場所とは反対側。石柱の根元。古い根に覆われた小さな印が、緑色に光っていた。


 根印。いや、セレンの連絡用根印とは少し違う。これは、旧街道に残された連絡路の残滓だろう。


「触るなよ」


「触りません」


「見るだけだ」


「はい」


 俺たちは距離を保って近づいた。根印には古い文字が刻まれている。


 《根圏外縁連絡点》


 《第三炉補助路》


 《根鳴り時、通行停止》


 光が強くなる。そして、セレンの声ではなく、文字が浮かんだ。


 《力を急ぐな》


 短い一文。続いて、もう一つ。


 《だが、道を忘れるな》


 それだけだった。光は静かに消えた。


 ルナが息を呑む。


「セレンさん、ですか」


「おそらくな」


「見ていたんでしょうか」


「根印を通じて、条件を拾ったんだろう」


 レベル五十到達。旧街道の連絡点発見。根鳴りの魔物撃破。それらが条件だったのかもしれない。


 セレンは、力を急ぐなと言った。だが、道を忘れるなとも言った。つまり、今すぐ奥へは行くな。しかし、ここへ来た意味はある。そういうことだ。


「面倒な言い方だな」


 俺は呟いた。


 ルナが少し笑う。


「でも、セレンさんらしいです」


「そうか?」


「はい。止めるだけじゃなくて、覚えておけって言っている気がします」


 道を忘れるな。旧街道。第三炉補助路。根圏外縁連絡点。この道は、昔誰かが使っていた。そして今、俺たちがもう一度見つけた。


 効率の良い狩場ではない。金策にも向かない。配信映えもしない。だが、次へ繋がる道だった。レベル上げのために来た場所で、また世界の余白を拾ってしまったらしい。最高のクソゲーめ。こういうところが、少しだけ良い。


ーーーーー


 第三炉へ戻った頃には、夜になっていた。きなこもちが作業場で待っていた。俺たちを見るなり、彼女は目を輝かせる。


「どうだった?」


「レベル五十になった」


「おお!」


「黒鉄外装の胸部に負荷。灰鉄留め具は耐えたが、根の絡みに対して胸側の逃がしが不足」


「やっぱり黒鉄さん、報告が先に来る」


「あと、灰衣は白銀を細く使えば有効。ただし、出しすぎると根系の敵が寄る」


「なるほど。白銀反応ありか」


「旧街道の根印が反応した。セレンらしき文言も出た」


「情報量多い!」


 きなこもちが記録板を開く。


「待って、順番に。レベル五十。胸部負荷。根絡み。白銀反応。根印。セレン文言。うわ、楽しい」


「楽しむな」


「職人としては楽しい」


「プレイヤーとしては面倒だ」


「黒鉄さんも楽しかったでしょ」


「否定はしない」


 しても無駄だ。旧街道の戦闘は危なかった。根炉殻獣はかなり面倒だった。だが、面白かった。盾で根を流し、剣で拘束を切り、射で地形を崩し、ルナが白銀を選んで通す。黒鉄と灰衣の連携は、確実に形になってきている。


 きなこもちが黒鉄外装の胸部を見て、顔をしかめた。


「うわ、ここまで根が噛んだんだ」


「耐えた」


「耐えたけど、次は怖い。胸側にも灰鉄の逃がしを少し入れる。ただし重くすると盾装が遅れる」


「軽く頼む」


「うん。あと灰衣は?」


 ルナが外套を広げる。裾は無事。だが、内側に細かな根の跡が残っている。きなこもちがそれを見て、少し表情を引き締めた。


「根が白銀の通り道を追ってるね」


「分かるんですか?」


「跡がそこに集中してる。ルナちゃんが白銀を出した線に沿って、根が触ろうとしてる」


 ルナの顔が少し硬くなる。


「やはり、反応しているんですね」


「うん。でも、外套が逸らしてる。直撃はしてない」


「よかった」


「ただ、外縁に行くなら、白銀の通り道をもう少し絞った方がいいかも。消すんじゃなくて、細く強く」


 ルナは頷く。


「練習します」


 グラン親方もやって来て、旧街道の根印の話を聞いた。彼はしばらく沈黙した後、深く頷く。


「第三炉補助路の連絡点が、まだ生きていたのですな」


「使えるのか」


「今すぐ通路として使えるとは限りません。しかし、記録としては大きい。第三炉と根圏外縁の繋がりが、現地で確認された」


 また記録が増える。だが、これは必要な記録だ。


 グラン親方は静かに言った。


「黒鉄殿。これで、外縁へ向かう前段階は整いつつあります」


「レベルは五十になった」


「装備は要追加調整」


「根印も確認」


「セレンの文言も受けた」


「つまり、まだすぐには行けない」


「はい」


 グラン親方は真面目な顔で頷いた。


「急がぬことです」


 セレンと同じ方向の言葉だった。力を急ぐな。だが、道を忘れるな。面倒だ。だが、分かる。


ーーーーー


 夜、第三炉の屋上に出ると、ルナが先にいた。灰衣の外套は脱いでいる。白銀の髪が夜風に揺れていた。彼女は遠く、旧街道の方角を見ている。


「レベル五十になりましたね」


「ああ」


「嬉しいです」


「そうか」


「でも、少し怖いです」


「外縁が近づいたからか」


「はい」


 ルナは自分の手を見る。


「今日、白銀に根が寄ってきました。出しすぎると、すぐに反応される。私の強さが、危険にもなるんですね」


「強さはだいたいそうだ」


「アイズドさんの《古代変形機装》も?」


「かなりな」


 強い選択肢は、同時にリスクを持つ。射装は便利だが、見せすぎると正体がバレる。剣装は崩しに使えるが、長く使うと重装騎士の偽装が崩れる。白銀は強いが、根が反応する。使い方を選ぶしかない。


「今日の最後の一撃は良かった」


 俺は言った。


「白銀を細く通していた」


「アイズドさんが盾になってくれたからです」


「盾装だからな」


「そういう意味ではなく」


「分かっている」


 ルナは少し笑った。


「黒鉄と灰衣の形、少し分かってきた気がします」


「俺もだ」


「黒鉄が受けて、灰衣が通す」


「単純に言うとそうだな」


「でも、ただ守ってもらうだけでは嫌です」


「なら、俺が詰まった時に助けろ」


「はい」


 その返事は迷いがなかった。良い。連携は、片方が片方を守るだけでは弱い。盾と剣。前と後ろ。黒鉄と灰衣。互いに役割を渡し合えるなら、まだ強くなれる。


 視界の端に、今日の記録が更新される。


 《旧街道実戦訓練:完了》


 《アイズド:Lv50到達》


 《ルナ:Lv50到達》


 《黒鉄外装:根絡み対策追加調整》


 《灰衣旅装:白銀通過路再調整》


 《根圏外縁連絡点:確認》


 《セレン文言:力を急ぐな。だが、道を忘れるな》


 《次段階候補:セレンからの正式条件確認》


 次段階候補。つまり、次はセレンから条件が来る。たぶん。絶対に面倒なやつだ。


 俺は記録を閉じた。


「また顔が嫌そうです」


 ルナが言った。


「次が見えた」


「セレンさんからの条件ですか」


「たぶんな」


「行くんですよね」


「外縁まではな」


「根の奥ではなく」


「ああ。根の奥へは、まだ行かない」


 そこは間違えない。レベル五十になったからといって、急に強くなったわけではない。道の入口に立てるようになっただけだ。


 力を急ぐな。だが、道を忘れるな。セレンの言葉は、厄介なくらい的確だった。


 俺は夜の旧街道の方角を見る。第三炉から北へ伸びる、崩れた道。効率の悪い狩場。誰も見向きもしない旧道。そこに、次へ繋がる根印が残っていた。


 レベル上げは作業だ。そう思っていた。だが、今日のレベル上げは少し違った。数字だけではない。道を見つけた。黒鉄と灰衣の形も、少し見えた。なら、悪くない。


 最高のクソゲーは、経験値稼ぎの途中にまで面倒な意味を埋め込んでくる。性格が悪い。だが、そういうところが、たぶん俺は嫌いではない。認めるのは癪だが。


「次は、セレンからの条件か」


 俺が呟くと、ルナが頷いた。


「はい。届くところから、ですね」


「便利に使うな」


「大事なので」


 その言葉に、俺はもう反論しなかった。届くところから。今日、俺たちはようやく一つ届いた。レベル五十。旧街道の根印。外縁へ続く道。まだ奥ではない。だが、道は忘れない。それで今は十分だった。

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