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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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8/25

三ヶ月の命運と、失われた盤石


白と銀を基調とした、目も眩むような豪奢な内装。

EHO最大規模の覇権ギルド『オーダー・オブ・ナイツ(白騎士団)』が所有するトップパーティ専用のギルドハウスの片隅で、ミレイ――水瀬みなせ 美怜みれいは、誰にも聞こえないような小さな溜め息をこぼした。

神聖系ヒーラーの証である純白のローブに身を包んだ彼女は、『エルフ(森精族)』のプレイヤーである。

淡いミルクティー色のふんわりとしたボブカットの隙間からは、エルフ特有の長く尖った耳が覗いている。しかし、普段はピンと上を向いているはずのその耳は、今、明確な『不安』と『絶望』に苛まれ、力なく下へと垂れ下がっていた。



「おい、見たかよ今の同接! 俺の《イアイカスター(抜刀術士)》の抜刀コンボ配信、十万人超えだぜ! やっぱり時代は『魅せるプレイ』だな!」

「素晴らしいよ、レオン君。スポンサーの役員たちも大喜びだ。この調子で、明日の大型アップデート後も派手なクリップを量産してくれたまえ」



長机の向かい側では、派手な金髪をツーブロックにした若手エースのレオンと、銀縁メガネを光らせる代表マネージャーの神崎が、空中に展開した配信のアーカイブ映像を見ながら下品な笑い声を上げている。

彼らの頭の中には、目先の『数字』と『バズ』しかない。

ミレイはギュッとローブの裾を握りしめ、琥珀色の瞳を伏せた。

――明日。

EHOの世界は、最も恐ろしく、そして最も熱狂的な【周期】を迎える。

この『エターナル・ホライゾン・オンライン』という仮想世界は、世界の管理者である超高度AI『アルファ』によって、厳格な『三ヶ月のサイクル』で統制されている。

三ヶ月に一度行われる超大型アップデート。

それは、単なる新しいマップやアイテムの追加ではない。既存のボスの行動パターン(タイムライン)やギミックが乱数によって完全に書き換えられ、これまでプレイヤーたちが築き上げてきた『最適解』という名の攻略マニュアルが根底から無効化され、既存のボスの容易な周回すら不可能になるのだ。

そして何より、全プレイヤー、全企業プロチームが血眼になる最大の理由が【ワールドクエスト】の更新である。

EHOには、公式に『金銭換算リアルマネートレードシステム』が存在する。

ゲーム内で得た希少素材や通貨は、暗号資産を経由して現実の莫大な富へと直結する。中でも、発生条件が隠されたワールドクエストを最初にクリアしたワールドファーストには、ゲーム内での名誉だけでなく、次期パッチの『完全な先行情報』が与えられる。

情報がそのまま金になるこの世界において、それは現実の通貨にして『数億』、あるいはそれ以上の価値を持つ。大企業がこぞってプロチームのスポンサーにつくのは、この莫大な利権を奪い合うためなのだ。

だからこそ、アップデート直後の第一ヶ月目――誰もギミックの法則性がわからず、挑めば必ず理不尽な即死攻撃に蹂躙される『探求期』の地獄は、プロにとって絶対に負けられない熾烈な情報戦デスゲームの始まりを意味する。

これまでは、その地獄をたった一人で背負ってくれていた人がいた。



(……ジン、さん)



ミレイの脳裏に、かつてこの場に座っていた、黒髪の長身の青年――前衛アナリストの『ジン』の横顔が浮かぶ。

EHOにおける最高難易度レイドバトルは、四人パーティを二つ合わせた『八人フルパーティ』での挑戦を基本とする。

本来、その極悪なギミックの数々を解明し、パーティ全員が対処可能になるまでには、トッププロのチームであっても『一ヶ月半』の時間を要するのが常識だった。

だが、ジンは違った。彼はその常識を嘲笑うかのように、『一ヶ月も経たずに』完全攻略マニュアルを完成させるという、馬鹿げた記録レコードを保持していた。

その裏にあったのは、常軌を逸したストイックさと狂気的な解析作業だ。

ジンは、自分以外の七つの枠に、クランのサブメンバーや解析班を含めた十二人の人員を配置し、彼らを疲労度に合わせて『交代ローテーション』させながら、自身は一睡もせずに最前線に立ち続けた。

何十回、何百回という死に戻りを繰り返し、自らのアバターの死を代償にして敵の攻撃フレームとダメージデータを収集し続ける。そのとち狂った行動の果てに抽出された血と汗の結晶が、レオンたちが当たり前のように享受していた『マニュアル』だったのだ。

それだけではない。



(……ジンさんが抜けた後、ギルドの『金融操作』は誰がやるの?)



ミレイの不安は、戦闘面だけに留まらなかった。

リアルマネーが直結するこの世界において、ギルドの資産を運用し、オークションハウスでの素材の相場をコントロールし、スポンサーから要求される利益率を維持するための『資金繰り(マネジメント)』。

それら裏方の膨大な事務作業すらも、すべてジンが一人で完璧にこなしていたのだ。

だが、現在のギルドはどうだ。

情報戦の要を失ったにもかかわらず、新体制の主要メンバーたちはそれに気づかず、怠慢と見栄え重視のプレイにしか注力していない。後釜を育てるどころか、誰もジンのやっていた作業の全容すら把握していないのだ。



「あーあ、明日のアプデが待ち遠しいぜ。新ボスのワールドファースト討伐なんて、俺の反射神経にかかれば初見で余裕だろ。バズりすぎてサーバー落ちちゃうかもな!」



レオンが、ふんぞり返ってエナジードリンクをごくりと飲み干す。



「ああ、期待しているよ。あの『計算ばかりしているおっさん』がいなくなって、チームの動きもスピーディで華やかになったからね。今の君たちなら、どんな未知のギミックでも一蹴できるはずだ。資金の方も、君のグッズ売上でどうにでもなるさ」



神崎もまた、一切の危機感を抱かずにグラスを掲げた。



(……違う。違うんです)



ミレイは、泣き出したい衝動を必死に堪えていた。



「あの……神崎マネージャー、レオン君」



ミレイは勇気を振り絞り、震える声で進言した。



「明日のアップデートに向けて……その、もう少し情報の収集や、海外の解析班との連携を密にした方が良いのではないでしょうか。それに、ギルドの資金運用についても、まだ誰も引き継ぎを――」

「あ?」

レオンが、不機嫌そうに鋭い吊り目をミレイに向けた。

「なんだよミレイ。俺のプレイに不満があるってのか?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「お前、あの地味なおっさんのこと、やたら慕ってたもんなぁ。そんなに心配なら、お前は後ろで指くわえて見てろよ。ギミックなんて、俺が見てから全部避けて、ボスの首を刎ねてやるからよ」

「……っ」

「ミレイ君。君の不安もわかるが、少し神経質になりすぎだよ」



神崎が、冷たい声でピシャリと切り捨てる。



「我々はEHO最強のトップチームだ。プロとしての誇りを持ちたまえ。事前の情報戦などという地味な作業に時間とコストをかけるより、最高のコンディションで明日の配信に臨むことが優先だ」



(……もう、駄目だ)



ミレイは深く俯き、エルフの長い耳をペタリと寝かせた。これ以上言葉を続けることを諦めたのだ。

彼らは完全に『最適化の罠』に陥っている。

自分たちが誰の掌の上で最強を演じられていたのか、その真実を理解しようともしない。

ジンという絶対的な基盤を失い、見栄えの良さ(配信映え)という空虚な城を築いているだけの彼らが、明日から始まる本当の『地獄(探求期)』を生き残れるはずがない。

ギルドハウスの窓の外。

EHOの仮想世界の空が、夕暮れの茜色から、夜の深い闇へと沈んでいく。

明日のアップデート後、世界は一変する。

既存のボスは姿を変え、未知の古代遺跡が解放され、誰も見たことのない極悪なギミックを持つボスたちが、プレイヤーたちに理不尽な暴力を振るうだろう。

マニュアルのない世界で、このチームは確実に崩壊する。



『……ミレイは、そのままでいい。回復のタイミングは全部俺が合わせる』



いつかの激戦の中で、彼がボイスチャット越しに言ってくれた、低く穏やかな声を思い出す。

どんな窮地でも、彼がいれば絶対に全滅することはなかった。彼がすべてを計算し、背負ってくれていたから。

彼が追放される時、神崎やレオンの勢いに逆らえず、彼を庇うことができなかった自分の弱さが、今更になってミレイの胸を鋭く締め付ける。



(ジンさん……)



純白のローブの胸元を強く握りしめ、ミレイは静かに目を閉じた。

かつて彼が、本当に親しい身内にだけ漏らしていた、彼が一番好きだったという名前。

(ジンさん……アイズさんがいれば、こんなことにはならなかったのに……っ)

後悔の念と共に、彼女の頬を冷たい仮想の涙が一筋、伝い落ちていった。

明日から始まる、白騎士団の悲惨な没落の運命。

それを唯一予見していたのは、かつての軍師の本当の凄さを一番近くで見ていた、一人の気弱なエルフのヒーラーだけであった。

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