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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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地下牢獄の惨状


 冷たく濁った水が足首を浸す地下水路を抜け、俺とルナはグレイム領の城の最下層、地下牢獄へと続く鉄格子の裏に辿り着いた。

 ひどくカビ臭く、そして血と汗と泥の混じったような淀んだ空気が鼻腔を突く。

 鉄格子の隙間から眼下に広がる巨大な空間を見下ろした瞬間、俺の軍師としての冷静な思考回路すらも、強烈な嫌悪感と怒りによって一瞬フリーズさせられた。


 そこは「牢獄」という生易しい言葉で表現できる場所ではなかった。

 城の地下に広がる巨大な採掘場。劣悪な緑色の魔力光に照らされたその空間で、数百人にも及ぶNPCの領民たちが、文字通り家畜以下の奴隷として働かされていた。


 彼らが素手で掘り出させられているのは、微量に触れるだけでもじわじわと体力を奪っていく有毒な『瘴気鉱石』だ。防護服や手袋すら与えられず、ボロボロの衣服を纏った彼らの皮膚は赤く爛れ、呼吸をするたびに血の混じった咳を吐き出している。目は落ち窪み、絶望という名の闇に完全に染まりきっていた。

 老人も、女も、そして十歳にも満たない子供すらも例外ではない。自分よりも重い鉱石を積んだトロッコを引かされ、限界を迎えて泥の上に倒れ込む者がいれば、即座に監視役の男たちが容赦なく太い革鞭を振り下ろしている。


「立て! 貴様らの血肉を一滴残らずゴールドに変えるまで、休むことなど許されんぞ!」


 丸々と太ったNPCの監察官が、怒号と共に倒れた老人の背中に鞭を叩きつけた。

 ピシャァッ! という生々しい音と共に、老人の背中の衣服が裂け、鮮血のポリゴンが飛び散る。


「お、お許しください……! 家族が、娘が三日も何も食べておらず……どうか、どうか少しだけ休憩を……!」

「知ったことか! 領主ノイズ様は、明朝までにこの鉱石を全て精製して納品しろと命じられたのだ! 貴様らのようなゴミ虫の生死など、領主様の懐に入るゴールドに比べればチリほどの価値もないわ!」


 老人がすがりつく手を汚物のように蹴り飛ばし、監察官は醜く顔を歪めて笑った。


「立てと言っているのが聞こえんのか! ええい、言うことを聞かん奴は、そのガキから次の見せしめにしてやる!」


 監察官が、老人の傍で泣きじゃくっていた小さな子供に向けて、再び鞭を高く振り上げた、その瞬間だった。


 ガシャァァァァァァァァンッ!!!!


 俺の隣にあった分厚い鉄格子が、凄まじい衝撃音と共に真っ二つに斬り裂かれ、眼下の採掘場へと吹き飛んだ。


「な、なんだ!?」


 驚愕して振り返る監察官と監視役たちの前に、音もなく着地した一つの影。

 上質な蒼色の軽装鎧に身を包み、白銀の片手剣を抜き放ったルナだった。


 彼女の背中からは、今まで見たこともないほど冷たく、そしてドス黒い怒りのオーラが立ち昇っていた。

 普段の温厚で天然な彼女の面影はどこにもない。そのサファイアブルーの瞳は、絶対零度の殺意を宿して監察官を睨み据えている。


「貴様、何者だ! ここをグレイム領の地下採掘場と知っての侵入か! おい、傭兵ども! 出番だ、この不審者を即座に排除しろ!」


 監察官が泡を食って叫ぶと、採掘場の奥から、ジャラジャラと重装備を鳴らして三人の男が歩み出てきた。

 巨大な戦槌ウォーハンマーを肩に担いだリーダー格の男。大剣を引きずる男。そして双剣を弄りながらニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる男。いずれもプレイヤーだ。

 俺は水路の高台からアナライズをかけ、男たちの頭上に表示されたステータスを読み取った。


『Mercenary_A [Lv.68]』

『Mercenary_B [Lv.68]』

『Mercenary_C [Lv.68]』


 レベル68。一般プレイヤーからすればかなりの高レベル帯に位置し、パーティの連携にも慣れたベテランの傭兵プレイヤーたちだ。悪徳領主ノイズが、自らの私腹を肥やすために現実の金(RMT)で雇い入れた私兵部隊だろう。


「へへっ、なんだ。侵入者ってから期待したのに、随分と可愛らしいお嬢ちゃんがたった一人じゃねえか」


 リーダー格の戦槌の男が、ルナの華奢な姿を見て完全に油断し、下品な視線を送ってきた。


「おいおい、そんな細腕で俺たち三人相手に何ができるってんだ? 大人しく武器を捨てれば、領主様に口利きして、俺たちの慰み者くらいにはしてやらねぇこともないぜ?」


 下衆な挑発に対し、ルナは剣を下ろすことなく、ただ静かに、地の底から響くような声で問いかけた。


「……どうしてですか」

「あ?」

「あなたたちも、この世界のプレイヤーなら……彼らがどれほど苦しんでいるか、分かるはずです。どうして、こんな非道な領主に協力して、彼らを虐げるような真似ができるんですか?」


 ルナの問いは、純粋な怒りと悲しみに満ちていた。キャメロットで理不尽に命を散らしていったNPCたちへの深い祈りを知る彼女にとって、目の前の光景は絶対に許容できるものではなかったのだ。

 だが、その痛切な問いかけを聞いた傭兵のプレイヤーたちは、互いに顔を見合わせると、腹を抱えてゲラゲラと大爆笑を上げた。


「ハァハァッ! なにマジになってんだよ、お嬢ちゃん! 理由? そんなの決まってんだろ、稼ぎがいいからだよ!」


 リーダーの男は戦槌を肩から下ろし、ドンッと地面に叩きつけた。


「いいか? こいつらはな、ただの『NPC』だ。運営が用意した、ただのポリゴンのデータなんだよ! どんなに鞭で打たれようが、死のうが、どうせ翌日にはリスポーンして同じセリフを喋るだけの機械だ。そんなプログラミングされた人形の生死なんて、どうでもいいに決まってんだろ! こいつらを使い潰すだけでリアルマネーがバンバン稼げるんだ、これほど美味いシステムはねぇよ!」


 ――所詮はNPC。こいつらの生死はどうでもいい。


 その『最悪の回答』が、地下牢獄の淀んだ空気に響き渡った瞬間。

 ルナの心の中で、何かが完全に『ブチ切れる』音がした。


「……そうですか」


 ルナの呟きと共に、彼女の全身を包み込む空気が劇的に変化した。

 彼女が装備しているのは、ただの防具ではない。あの妖妃モルガンから託された、世界に一つだけの遺産――『魔法剣士の装束』だ。

 ルナの怒りに呼応するように、蒼色の軽装鎧に刻まれた白銀の魔力線が、眩いほどの光を放ち始めた。


「なら、あなたたちに情けをかける必要は、一ミリもありませんね」


 ルナは、空いている左手をスッと前に突き出した。

 モルガンから託されたアビリティの一つ目、『補助魔法』の起動。

 シュォォォォンッ! という風切り音と共に、ルナの足元に風の魔力陣が展開され、彼女の身体能力と敏捷性がシステム上の限界を超えて極大に引き上げられる。

 さらに、右手で握る白銀の片手剣に、二つ目のアビリティ『武器への属性付与』が発動する。モルガンの代名詞でもあった、美しくも禍々しい『漆黒のプラズマ』が、バチバチと音を立てて白銀の刃に纏いついたのだ。


「あァ? なんだその派手なエフェクトは。俺たち三人相手にハッタリかましてんじゃ――」


 リーダーの男が戦槌を構えようとした、その瞬間だった。

 ルナの姿が、完全に視界から消失した。


「――なっ!?」


 傭兵たちが驚愕の声を上げた直後、右端にいた双剣の男の背後に、漆黒のプラズマを纏ったルナがすでに踏み込んでいた。

 遅れて響く、空気を切り裂くような轟音。

 レベル70後半に達したルナの基礎ステータスに、モルガンの補助魔法による極限の加速が加わったその速度は、レベル68の彼らの動体視力では全く捉えきれない次元に達していたのだ。


「しまッ――!」


 双剣の男が慌てて振り返ろうとするが、遅い。


「――《孤影の絶華》」


 無機質で冷徹な宣告と共に、漆黒のプラズマを帯びた片手剣が、男の胴体を斜めに深く斬り裂いた。


「が、あァァァッ!?」


 鎧を容易く貫通する圧倒的な火力。男のHPバーが一撃で半分以上削り取られ、体勢が大きく崩れる。そこへ、手首のスナップを効かせた返しの刃が首筋を正確に捉え、双剣の男は悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって砕け散った。


「テ、テメェッ! ふざけんな! 囲め! 囲んで叩き潰せ!」


 リーダーの男が焦燥に満ちた声で叫び、残った大剣の男と共に左右からルナへと殺到する。


「死ねェッ! 《ヘヴィ・スイング》ッ!」


 巨大な戦槌と大剣が、ルナを挟み撃ちにして粉砕しようと迫る。


 だが、ルナはそれを避けるために後退などしなかった。

 彼女は、突き出していた左手の平を、振り下ろされる二つの凶器に向けて真っ直ぐにかざした。


 モルガンの遺産である第三のアビリティ――『速攻魔法』。

 EHOにおける魔法は、強力なものほど長い詠唱時間を必要とし、術者の足を止めるのが絶対のセオリーだ。だが、この装束に付与された速攻魔法は、詠唱を一切必要とせず、物理攻撃のコンボの合間に間髪入れずに連射できるという、規格外の代物だった。


「――穿て」


 ルナの左手から、極度に圧縮された漆黒の魔力弾が、マシンガンのような連射速度で放たれた。

 ドドドドドドォォォォンッ!!!


 至近距離から放たれた無数の魔力弾が、大剣の男の顔面、武器を持つ腕、そして膝を正確に穿つ。


「がッ、ごァァッ!? な、なんだこの魔法の速度は! 詠唱時間がないだと!?」


 大剣の軌道が完全に逸らされ、男は魔法の衝撃で大きく体勢を崩した。

 そこへ、ルナの漆黒のプラズマを纏った剣による《流転の絶華》の三連撃が、流れるような美しさで叩き込まれる。

 斬撃、斬撃、斬撃。

 そして、その剣の振りの反動を利用した左手からの、速攻魔法の追撃。

 斬撃と魔法が、文字通り『途切れることなく連鎖』していく。物理の刃が装甲を砕き、魔法の弾丸が肉を抉る。大剣の男は防戦一方となり、盾を展開するためのコンマ一秒の猶予すら与えられないまま、魔法の弾幕と剣撃の嵐に飲まれて全身を切り刻まれ、絶望の叫びと共に消滅した。


「ヒィィッ……!? バ、バケモノかよ……!」


 百戦錬磨の傭兵であるはずのリーダーの男の顔から、先ほどの余裕も下劣な笑みも完全に消え去り、そこには純粋な恐怖と戦慄だけが張り付いていた。

 彼の常識が、激しく崩壊していく。

 魔法と剣撃をこれほどのスピードで同時に展開するプレイヤーなど、見たことも聞いたこともない。たった一人で三人掛かりの陣形を瞬時に崩壊させ、反撃の隙すら一切与えない圧倒的な蹂躙劇。


「あ、あぁぁぁ……! く、来るなァァァッ!!」


 リーダーの男は完全に冷静さを失い、戦槌を放り捨てて背を向けて逃げ出そうとした。

 だが、ルナの冷徹なサファイアブルーの瞳は、彼を決して逃がさない。


「NPCをただのデータだと見下し、命を金に変えたあなたたちを……私は、絶対に許しません」


 ルナが深く身を沈める。

 片手剣に纏わせた漆黒のプラズマが、限界まで圧縮され、チリチリと空間を焼き焦がす音を立てる。

 モルガンの遺した魔法の力と、ルナの天性の剣技が完全に融合した、絶望的なまでの一撃。


「――《穿空の絶華》ッ!!」


 神速の刺突が、逃げ惑う傭兵の背中から胸部を完全に貫通した。

 直後、剣身から放たれた漆黒のプラズマが暴発し、傭兵の身体を内側から爆破する。


「ア、ァァァ……バカな、俺たちが、こんな小娘一人に……」

 リーダーのHPバーがゼロになり、彼の身体は光の粒子となって砕け散り、リスポーン地点へと強制送還されていった。


 圧倒的なスピード感と戦術性。息もつかせぬ斬撃と魔法の連鎖。

 その完璧な蹂躙劇を水路の上から見下ろしていた俺は、ただただ舌を巻くしかなかった。


(……モルガンの遺産とルナの相性が良すぎる。アタッカーとしての完成度が、また一段階上がっちまったな)


 傭兵たちが消滅した地下牢獄に、水を打ったような静寂が訪れる。

 先ほどまでふんぞり返っていた監察官は、腰を抜かして泥の中にへたり込み、ガタガタと震えながら命乞いをしている。

 虐げられていたNPCの領民たちは、目の前で起きた奇跡のような光景に、言葉を失ってただルナの姿を見つめていた。


「もう大丈夫です」


 ルナは剣を鞘に収め、優しく、慈愛に満ちた声で領民たちに語りかけた。


「あなたたちを苦しめていた悪者は、私たちが全員倒します。……だから、もう少しだけ、待っていてください」


 ルナのその言葉に、領民たちの目から大粒の涙が溢れ落ち、彼らは震える手で深く祈りを捧げるように頭を下げた。


「よくやったな、ルナ」


 俺は水路から飛び降り、ルナの隣に並び立った。


「さあ、前座の掃除は終わった。次は、このふざけた搾取システムを作り上げた三流の領主様……『ノイズ』の首を、直接獲りに行くぞ」


 俺とルナは、地下牢獄の奥へと続く城への階段を鋭く睨み据えた。

 理不尽な労働環境と、NPCの命を金に変える外道への、反逆の狼煙。

 赤き罪の烙印を背負った二人の開拓者は、すべての怒りを刃に乗せ、暴君の待つ玉座の間へと向かって、確かな足取りで進み始めたのだった。

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