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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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灰衣の剣は隠しきれない


 隠すことと、消すことは違う。


 これは、言葉にすると簡単だ。


 だが、実際にやるとかなり難しい。


 たとえば、俺の黒鉄外装は分かりやすい。正体を隠すための鎧だ。見た目は重装騎士。実態は《古代変形機装》をぶん回す変形職。盾装を基本にして、剣装は短く、射装は一発牽制で誤魔化す。嘘の方向性がはっきりしている。


 つまり、俺の防具が隠しているのは職業だ。


 だが、ルナの場合は違う。


 彼女が隠しているのは、顔であり、髪であり、名前であり、そして白銀だ。


 白銀の髪。


 白銀の剣。


 白銀の光。


 それらは彼女の目印であり、強さであり、同時に彼女自身の一部でもある。


 だから、単純に布で覆えばいいという話ではない。


 隠しすぎれば、動きが死ぬ。


 抑えすぎれば、剣が鈍る。


 消そうとすれば、たぶん彼女自身が歪む。


 正体を隠すための灰衣が、白銀そのものを否定する装備になってはいけない。


 そういう意味で、今日の調整は俺の黒鉄外装より難しかった。


 第三炉の奥、試験場に隣接した作業室。


 そこに広げられているのは、ルナの《根麻影踏の旅装》だった。


 灰色の外套。


 顔まで隠せる深いフード。


 肩から膝下まで覆う、ポンチョに近い形状。


 内側には根麻布の層が入り、数か所に灰鉄の細い留め具が入っている。


 グレイム領に来た時点では、主な目的は姿を隠すことだった。


 白銀の髪を隠す。


 顔を隠す。


 人目を避ける。


 だが、旧採石場での実戦検証を経て、別の課題が見えた。


 ルナが本気で動くと、白銀は隠しきれない。


 光だけではない。


 剣筋そのものが目を引く。


 間合いの入り方、踏み込みの静かさ、相手の攻撃を受け流す時の鋭さ。


 どれも、灰色の布で覆った程度では消えない。


 そもそも、消すべきではない。


「裾の浮きは直せる」


 きなこもちが外套の内側を覗き込みながら言った。


「旧採石場の二撃目、斜めに踏み込んだ時にちょっと布が跳ねたでしょ。あれは灰鉄糸を裾の内側に入れれば抑えられる。重くしすぎなければ、動きは殺さない」


 彼女は、根麻布の薄い帯と灰鉄を細く伸ばした糸のような留め具を並べている。


 灰鉄糸。


 名前だけ聞くと強そうだが、実際はかなり繊細な素材だ。普通の鉄糸よりしなりが弱く、引っ張りに強いわけでもない。だが、衝撃や流れを抱え込まず、横へ逃がす性質がある。


 それを外套の裾に少量だけ入れる。


 布を重くするのではなく、流れすぎないよう支点を作る。


 根麻布は、魔力や視線の流れを真正面から受け止めるのではなく、滑らせる。


 灰鉄は、その揺れを留めずに逃がす。


 この二つを組み合わせれば、灰衣の動きはより安定する。


 理屈としてはそうだ。


 理屈としては。


「でも、問題は白銀だよね」


 きなこもちが、ちらりとルナを見た。


 ルナは作業台の前で静かに立っていた。


 フードは外している。白銀の髪が、炉の光を受けて淡く輝いていた。彼女自身はそれを気にしているのか、少しだけ肩を狭めている。


「隠れませんか」


 ルナが聞いた。


 声は落ち着いている。


 だが、少し硬い。


「隠れるよ」


 きなこもちは答えた。


「顔も髪も、普通に動いてる分には隠せる。でも、剣を抜いて白銀を使ったら、完全には無理」


「……そうですか」


「無理って言い方は違うかな。隠すより、選ぶ方がいいと思う」


「選ぶ?」


「出す場所を選ぶ。出す量を選ぶ。全部閉じ込めるんじゃなくて、必要な瞬間だけ通す」


 ルナは、少し黙った。


 俺はその横顔を見る。


 何かを考えている。


 いや、迷っている。


「ルナ」


「はい」


「白銀を消す必要はない」


 俺が言うと、彼女はこちらを見た。


「でも、目立ちます」


「目立つだろうな」


「それなら、隠した方がいいんじゃないですか」


「正体は隠す。だが、剣の意味まで消す必要はない」


 言いながら、我ながら妙な言い回しだと思った。


 剣の意味。


 そんなものを口にする日が来るとは思わなかった。昔の俺なら、武器性能、スキル倍率、硬直、射程、クールタイムで話を済ませていた。いや、今でもできればそうしたい。剣の意味とか言い出すと、急に湿度が上がる。


 だが、ルナの白銀は、ただのエフェクトではない。


 彼女が試練で得たものだ。


 自分の揺らぎと向き合って、それでも剣を取った証のようなものだ。


 だから、消すな。


「隠すために、弱くなる必要はない」


 俺は続けた。


「必要なのは、見せ方を選ぶことだ」


 ルナは、ゆっくりと自分の剣へ手を置いた。


「見せ方を、選ぶ」


「ああ」


「私は、白銀を隠したいと思っていました」


「知っている」


「でも、隠すたびに、少し怖かったんです」


「怖い?」


「はい」


 ルナは視線を落とした。


「白銀が見えないと、安心します。誰にも見られないから。でも同時に、自分の剣を自分で否定しているみたいで」


 作業室が静かになる。


 きなこもちも、グラン親方も、何も言わない。


 炉の音だけが、遠くで低く鳴っていた。


「白銀は、私が選んだものです。でも、それが目立つから、危ないから、隠さなきゃいけない。そう考えているうちに、白銀を持っている自分が悪いみたいに思えて」


「悪くない」


 俺は即答した。


 ルナが顔を上げる。


「目立つことと、悪いことは違う」


 言葉にすると、これも簡単だ。


 だが、実際には難しい。


 目立つものは狙われる。


 価値があるものは利用される。


 強いものは警戒される。


 白銀はそのすべてを持っている。


 だから、隠す。


 けれど、隠す理由は、否定ではなく保護であるべきだ。


「灰衣は、白銀を消す布じゃない」


 俺は言った。


「白銀を、必要な場所まで運ぶための布だ」


 言った後で、少し恥ずかしくなった。


 何だ、その言い方。


 詩人か。


 元軍師が急にどうした。


 だが、ルナは真面目に聞いていた。


 きなこもちが、小さく笑う。


「いいじゃん。消す装備じゃなくて、選ぶ装備。白銀を運ぶための灰衣」


「余計に飾るな」


「黒鉄さんが言い出したんだよ」


「俺のせいにするな」


「いや、完全に黒鉄さん発」


 うるさい。


 俺は視線を逸らした。


 ルナは少しだけ笑った。


 その笑みで、作業室の空気が少し軽くなる。


「分かりました」


 ルナは言った。


「消すのではなく、選ぶ。やってみます」


ーーーーー


 調整は、外套の内側から始まった。


 きなこもちは、根麻布の薄い帯を外套の肩裏、胸元、腰の内側へ重ねていく。


 ただし、全面に重ねるわけではない。


 それをやると重くなるし、動きが鈍る。


 根麻布は、流れを避ける性質を持つ。


 だから、通したいところは空ける。


 通したくないところへ布を置く。


 布で塞ぐのではなく、白銀が外へ抜ける道を選ばせる。


「ここ」


 きなこもちが、外套の右肩から斜め下へ指を滑らせた。


「ルナちゃんが抜刀する時、右肩から左下へ光が流れやすい。ここを全部塞ぐと、剣が重くなる」


「では、開けるんですか?」


「細く開ける。光が漏れるけど、剣筋に沿って漏れるようにする。広がらないように、周りを根麻で滑らせる」


「光の道を作るんですね」


「そう。で、裾には灰鉄糸。布が跳ねすぎないようにする。重く押さえるんじゃなくて、揺れを逃がす」


 職人の説明は、感覚的だが分かりやすい。


 ルナも頷いている。


 俺は横で聞きながら、記録板に要点を残す。


 《灰衣旅装 白銀制御調整》


 《目的:白銀光の完全遮断ではなく、露出方向の選択》


 《根麻布:肩裏、胸元、腰内側へ部分追加》


 《白銀通過路:右肩から剣筋方向へ細く確保》


 《灰鉄糸:裾内側へ少量追加。布跳ね抑制》


 《淀み対策装備化:保留》


 最後の一行は外せない。


 今やっているのは、白銀の見せ方の調整だ。


 淀み対策ではない。


 根麻布と灰鉄の性質からすれば、精神干渉や淀みへの干渉軽減に応用できる可能性はある。だが、それはまだ触れない。


 世界樹系素材もない。


 フェネキア族上位者の承認もない。


 竜種関連記録は固有名未閲覧、複写禁止、非公開保留。


 ここを曖昧にすると危ない。


 きなこもちが、俺の記録板を覗き込んでため息を吐いた。


「黒鉄さん、本当に毎回それ書くね」


「書く」


「淀み対策じゃないって?」


「ああ」


「でも、いつか作るんでしょ」


「必要になったらな」


「その時、今日の調整が元になるよ」


「だからこそ、今は線を引く」


 きなこもちは少し黙った。


 それから、納得したように頷いた。


「なるほどね。今は白銀の外套。淀み用じゃない」


「そうだ」


「でも、素材の癖は記録する」


「ああ」


「面倒くさいけど、大事だね」


「お前がそれを言うのか」


「あたしだって成長してるんだよ」


「本当か?」


「たぶん」


「たぶんか」


 ルナが笑った。


 グラン親方も、少しだけ表情を緩めている。


 調整はしばらく続いた。


 灰鉄糸を入れる位置。


 根麻布の重ね方。


 フードの縁の落ち方。


 剣を抜く時に袖が引っかからないか。


 外套の内側で白銀が乱反射しないか。


 一つずつ確認する。


 地味だ。


 だが、昨日の黒鉄外装と同じく、こういう地味な作業が命を分ける。


 ルナの白銀は、強い。


 だからこそ、雑に隠せば危ない。


 強いものほど、繊細に扱う必要がある。


ーーーーー


 試験場へ移動した。


 石床の中央に、木製の仮想標的が三体置かれている。


 一体は正面。


 一体は右斜め前。


 一体は背後へ回り込む想定で、移動機構付き。


 グラン親方が壁際で記録を取り、きなこもちは外套の反応を見るために少し前の位置へ立つ。俺は試験場の端で腕を組んだ。


 ルナは中央に立った。


 灰衣のフードを深く被る。


 顔は見えない。


 白銀の髪も見えない。


 ただの灰色の旅剣士。


 そう見える。


 少なくとも、剣を抜くまでは。


「始めます」


 ルナの声は静かだった。


 次の瞬間、彼女は動いた。


 右足が石床を噛む。


 灰衣の裾が低く流れる。


 昨日、旧採石場で浮いていた裾は、今は大きく跳ねない。灰鉄糸が内側で揺れを逃がし、布を地面へ押さえつけすぎず、流れすぎないところに留めている。


 抜刀。


 白銀が走った。


 だが、広がらない。


 右肩から剣筋へ、細い光の道ができる。


 外套全体を照らすのではなく、刃の近くをなぞるように白く光る。


 一撃目。


 正面の標的の首元へ。


 斬撃は速い。


 だが、光は剣筋から遅れて広がらない。


 むしろ、外套の灰色が周囲の視線を吸い、白銀は必要な線だけを示している。


 二撃目。


 右斜め前の標的へ踏み込む。


 ここで布が浮くか。


 浮かない。


 いや、ほんの少しだけ浮いた。


 だが、昨日のように大きく跳ねない。裾の内側で灰鉄糸が揺れを流し、布が剣の邪魔をしない位置へ落ちる。


 ルナは身体を捻り、外套の影で剣を一度隠した。


 そこから白銀を一瞬だけ通す。


 標的の腕が落ちる。


 綺麗だ。


 派手ではない。


 だが、見えにくい。


 見えにくいのに、鋭い。


 これが厄介だ。


 相手からすれば、灰衣の布で動きが隠れた瞬間、細い白銀が刃筋だけを示す。光を見た時には、もう剣が来ている。


 三体目の移動標的が背後から迫る。


 ルナは振り返らない。


 外套の裾を低く流し、半歩だけ横へずれる。


 剣を寝かせる。


 白銀を外へ出さず、外套の内側へ留める。


 標的の打撃が、剣の腹に当たった。


 受け止めない。


 流す。


 白銀が、布の内側で一瞬だけ淡く光る。


 外にはほとんど漏れない。


 攻撃ではなく、防御。


 白銀を守りに使った。


 俺は思わず目を細める。


 今のは、かなりいい。


 見た目は地味だ。


 だが、強い。


 相手の攻撃を受けた瞬間、白銀が外へ広がらない。だから、こちらの手の内も見えにくい。にもかかわらず、剣の芯はぶれていない。


 ルナは一歩下がり、呼吸を整えた。


「どうでしたか」


「目立たない」


 俺は答えた。


 ルナの肩が、少しだけ落ちる。


 たぶん、悪い意味に聞こえたのだろう。


 俺は続ける。


「だが、かなり強い」


 ルナが顔を上げた。


「本当ですか?」


「ああ。白銀を外へ出しすぎていないのに、剣の芯は残っている。相手からすると、見えた時にはもう遅い」


 きなこもちも興奮気味に頷いた。


「いい。すごくいい。消してないのに、隠れてる。隠れてるのに、鈍ってない」


「外套は邪魔していませんか」


「全然。むしろ、剣を助けてる。ルナちゃんの動きに合わせて、白銀の出る道ができてる」


 グラン親方が記録を読み上げる。


「白銀光の露出、制御良好。裾跳ね、旧採石場時より大幅に軽減。背面防御時、白銀の外部漏出少。灰衣旅装、再調整成功と見てよいでしょう」


 ルナは、ほっと息を吐いた。


 だが、その顔にはまだ少し不安が残っている。


「もう一度、お願いします」


「十分じゃないか?」


 きなこもちが言うと、ルナは首を振った。


「今のは、うまくいきました。でも、少し怖がっていた気がします」


「怖がって?」


「白銀を出しすぎないように、意識しすぎました。もう少し自然にやりたいです」


 良い。


 その自覚は大事だ。


 装備がうまくいった時ほど、人間側が装備に合わせすぎることがある。


 外套のために剣を振るうのではない。


 剣を振るうために外套を使う。


 そこを間違えると、本末転倒だ。


「やれ」


 俺は言った。


「今度は、隠すことを考えすぎるな。普通に斬れ」


「普通に」


「ああ。灰衣に合わせるな。灰衣を連れていけ」


 また妙な言い方をしてしまった。


 だが、ルナには伝わったらしい。


 彼女は小さく頷いた。


「はい」


ーーーーー


 二回目の試験で、ルナの動きは変わった。


 さっきより速い。


 白銀も少し多く漏れた。


 外套の内側で抑えきれず、剣筋の周囲へ淡い光が広がる。


 だが、それでいい。


 完全に隠れてはいない。


 それでも、白銀は暴れていない。


 灰衣が流れを選び、光を必要以上に広げない。


 ルナ自身も、布に遠慮していない。


 一撃目。


 正面標的の腕を落とす。


 二撃目。


 右斜め前へ踏み込み、外套を翻して視線を切る。


 三撃目。


 背後の標的を受け流し、白銀を一瞬だけ外へ通して反撃。


 さっきより目立つ。


 だが、強い。


 そして、自然だ。


 俺はその方がいいと思った。


 隠れすぎて弱くなるくらいなら、少し目立っても強い方がいい。


 そもそも、完全に目立たない戦いなど無理だ。


 俺たちはすでに、グレイム領で十分目立っている。黒鉄と灰衣などという名前までついている。今さら完全な無名へ戻るのは難しい。


 なら、目立ち方を選ぶ。


 正体を隠しながら、必要な強さは見せる。


 その線を探すしかない。


 試験が終わると、ルナは少し息を整えた。


 VRの身体でも、呼吸は乱れる。


 疲労再現の範囲内だが、今の彼女は単純な運動よりも、精神的に集中していたのだろう。


「今の方がいい」


 俺は言った。


「白銀が少し出ていました」


「出ていた」


「それでも?」


「ああ。隠すことに引っ張られていなかった」


 ルナは、じっと自分の剣を見た。


「私は、隠してもいいんですね」


「隠していい」


「でも、消さなくていい」


「そうだ」


 彼女はゆっくり頷いた。


「少し、楽です」


 その言葉は小さかった。


 だが、かなり大事なものに聞こえた。


 きなこもちが満足げに外套を見ている。


「灰衣、いい感じになってきたね」


「灰衣」


 ルナがその言葉を繰り返す。


「最初は、ただ隠すための名前だと思っていました」


「今は?」


 きなこもちが聞く。


 ルナは少し考えた。


「今は……白銀を運ぶための灰色、でしょうか」


 俺は視線を逸らした。


 さっき俺が言ったようなことを、本人が言うと妙に気恥ずかしい。


 きなこもちがにやにやしてこちらを見る。


「黒鉄さん、照れてる?」


「照れていない」


「絶対照れてる」


「黙れ」


 ルナは不思議そうにこちらを見る。


「アイズドさん?」


「何でもない」


「本当ですか?」


「本当だ」


 グラン親方が、咳払いを一つした。


「灰衣旅装の調整は、この方向で進めましょう。淀み対策ではなく、白銀露出制御装備として記録します」


「お願いします」


 ルナは丁寧に頭を下げた。


 俺も記録板を更新する。


 《灰衣旅装 実戦前調整》


 《白銀露出制御:成功》


 《完全遮断ではなく、露出方向選択》


 《白銀防御時の外部漏出:軽減》


 《白銀攻撃時の過剰拡散:軽減》


 《淀み対策装備化:保留継続》


 よし。


 線は引けている。


ーーーーー


 試験の後、ルナは一人で少しだけ剣を振った。


 俺たちは壁際でそれを見ていた。


 灰衣の外套が揺れる。


 白銀が細く走る。


 時に隠れ、時に見える。


 完全に隠れてはいない。


 だが、それでいい。


 むしろ、その方がルナらしい。


 俺の黒鉄外装は、嘘をつくための鎧だ。


 だが、ルナの灰衣は違う。


 白銀を嘘にするための外套ではない。


 白銀を必要な場所へ運ぶための外套。


 守るために隠し、戦うために通す。


 そういう装備になりつつある。


「黒鉄さん」


 きなこもちが横で言った。


「何だ」


「ルナちゃん、強くなるね」


「もう強い」


「うん。でも、もっと強くなる」


「そうだな」


「怖い?」


「頼もしい」


「へえ」


「何だ」


「黒鉄さんがそう言うの、珍しいなって」


「俺だって、味方が強いのは助かる」


「そういう言い方する」


 きなこもちは笑った。


 だが、その目は真面目だった。


「ルナちゃん、自分の白銀を嫌いにならなくて済みそうでよかった」


 俺は少し黙った。


 きなこもちのそういうところは、侮れない。


 職人として素材を見る目で、人間の歪みも見る。


 雑なようで、妙に深いところを拾う。


「そうだな」


 俺は答えた。


「隠すために、自分を嫌いになるのは違う」


「黒鉄さんも?」


「何がだ」


「黒鉄の重装騎士をやってるけど、《古代変形機装》を嫌いになってない?」


「嫌いになる理由がない」


「産廃なのに?」


「最高の玩具だ」


「うわ、即答」


「事実だ」


 きなこもちが楽しそうに笑う。


「じゃあ、ルナちゃんにとって白銀もそういうものだね。面倒で、目立って、狙われるけど、手放す理由がない」


「そうかもしれないな」


 ルナはまだ剣を振っている。


 白銀が灰衣の内側で細く光る。


 手放す理由がない。


 その言葉は、少しだけ胸に残った。


ーーーーー


 夕方、第三炉の屋上に出ると、グレイム領の空は鈍い橙色に染まっていた。


 工房区の煙が、夕焼けの中に溶けている。


 ルナは灰衣の外套をまとったまま、屋上の端に立っていた。


 フードは外している。


 白銀の髪が風に揺れる。


 屋上には俺たち以外いない。


 だから、隠さなくていい。


「疲れたか」


 俺が聞くと、ルナは少し笑った。


「少し。でも、嫌な疲れ方ではないです」


「ならいい」


「アイズドさん」


「何だ」


「私、白銀が目立つことを、ずっと怖いと思っていました」


「ああ」


「今も怖いです」


「それでいい」


「いいんですか?」


「怖くなくなったら危ない」


 ルナは少し考えた後、頷いた。


「でも、今日は少しだけ、怖がり方が変わりました」


「どう変わった」


「前は、見られることが怖かったんです。だから、消したかった。でも今は、見せる場所を間違えるのが怖いです」


「それは良い怖さだ」


「良い怖さ」


「ああ。選ぶための怖さだ」


 俺自身、何を言っているのか分からなくなってきた。


 だが、たぶん間違ってはいない。


 怖いから全部閉じる。


 それは安全に見える。


 だが、全部閉じれば何もできない。


 怖いから、出す場所を選ぶ。


 出す量を決める。


 その怖さは、前へ進むために必要なものだ。


 ルナは自分の外套を軽く握った。


「灰衣、前より好きになれそうです」


「それはよかった」


「ただ隠すための布じゃなくなったので」


「ああ」


「白銀を運ぶための灰衣」


「それを本人が言うと、少し恥ずかしいな」


「アイズドさんが言ったんです」


「忘れろ」


「嫌です」


 ルナは小さく笑った。


 その笑顔は、今日の試験で一番自然だった。


 俺は屋上から工房区を見下ろす。


 第三炉。


 リーフェ村。


 素材札。


 灰鉄鉱。


 根麻布。


 黒鉄外装。


 灰衣の旅装。


 全部が少しずつ繋がっている。


 ただの装備調整のはずだった。


 だが、ルナにとっては、自分の白銀をどう扱うかの話でもあった。


 隠す。


 でも、消さない。


 選ぶ。


 その線が引けたなら、今日の調整には意味がある。


 視界の端に通知が浮かぶ。


 《灰衣旅装 白銀露出制御調整完了》


 《灰衣の白銀運用:安定》


 《次項目:連携実戦検証》


 また次項目だ。


 やはり増える。


 俺は無言で通知を閉じた。


 ルナがこちらを見る。


「何か出ました?」


「連携実戦検証」


「必要ですね」


「必要だな」


「行きますか?」


「行くしかないだろうな」


「また、たぶん無茶しますか?」


「しない」


「本当ですか?」


「たぶん」


「弱いです」


 最近、このやり取りが定着しつつある。


 よくない。


 だが、悪くもない。


 黒鉄と灰衣。


 正体を隠すための名前だったそれは、少しずつ戦い方になってきている。


 黒鉄は、変形機装を隠す鎧。


 灰衣は、白銀を選んで通す外套。


 嘘と隠蔽から始まった装備が、いつの間にか俺たち自身を守る形になり始めている。


 俺は夕焼けの中で、灰衣の外套を揺らすルナを見た。


 白銀は、完全には隠れない。


 たぶん、それでいい。


 隠しきれないものを、どう抱えて戦うか。


 それもまた、この世界を遊ぶための面倒な問いなのだろう。


 最高のクソゲーは、装備調整ひとつでずいぶん重いことを聞いてくる。


 まったく、性格が悪い。


 だが、今日の問いは、少しだけ嫌いではなかった。

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