暴君のシステム
「アイズドさん……どうかしたんですか? さっきからずっと黙り込んで……」
森の木陰で休息を取りながら、ルナが不安そうに俺の顔を覗き込んできた。彼女の腕の中では、助け出した村の少女・リリィが疲れ果てて静かな寝息を立てている。
「いや……少し、考えをまとめていたところだ」
俺は腕を組み、木漏れ日の落ちる地面を睨み据えたまま、重く口を開いた。
悪徳領主による圧政。法外な重税。そして逆らう者への容赦ない処刑と弾圧。
RPGのサブクエストとしては、あまりにも典型的な『お使い』の導入だ。だが、俺の軍師としての思考回路は、この陳腐なストーリーラインに対して強烈な拒絶反応を示していた。
あの超高度AI『アルファ』が、こんなテンプレ通りの三流シナリオを用意するはずがないのだ。
俺たちはキャメロットで、神話の構造を根底から反転させ、プレイヤーのメタ的な予測を逆手にとって絶望のどん底へ突き落とすような、あのAIの底知れぬ悪意を身をもって体験してきたばかりだ。
そんなアルファが、単なる「悪い領主を倒して平和を取り戻しました」という浅薄なイベントを、この世界の片隅に配置するだろうか?
いや、絶対にあり得ない。この状況には、必ずシステム的な『裏』がある。
「なぁ、ルナ。さっきこの子が寝る前に話していた、新しい領主の特徴についてだが」
俺は声を潜め、ルナに問いかけた。
「リリィは、新領主が『奇妙な装束』を着ていて、時折『これでRMTが捗る』とか『NPCの効率が悪い』とか、意味不明な言葉を口にしていたと言っていたな」
「はい。この世界の住人にはない、どこか異国のような、冷たい感じのする人だったと……」
「さらに言えば、だ」
俺は視界の端に展開したシステムウィンドウのログを指差した。
「EHOの世界において、イベントでもないのに『領主が変わる』なんていうシステム上の干渉は、過去のパッチノートのどこにも記載されていない。……となれば、導き出される答えは一つしかない」
俺はゆっくりと顔を上げ、確信を持って断言した。
「このグレイム領の新しい領主は、NPCじゃない。……俺たちと同じ、『プレイヤー』だ」
「プ、プレイヤー……!?」
ルナが息を呑み、信じられないというように目を見開いた。
「おそらくそいつは、何らかのスペシャルクエストか隠しイベントをクリアして、この領地の『システム権限(領主の座)』を手に入れたんだ。そして、その権限を悪用して、この街を完全に私物化している」
すべてが繋がった。ドワーフの生産職が言っていた「プレイヤーの取引手数料まで上限に引き上げられた」という異常事態も、相手がシステムを掌握したプレイヤーであれば合点が行く。
「奴の目的は単純明快だ。このグレイム領は生産職のメッカ。そこでNPCとプレイヤーの両方から限界まで税を搾り取り、莫大なゲーム内通貨を吸い上げる。そしてそれを、裏社会のRMTで現実の現金に換金しているんだ」
「現実のお金のために……この街の人たちを、リリィちゃんの家族を犠牲にしているっていうんですか!?」
ルナのサファイアブルーの瞳に、激しい怒りの炎が燃え上がった。
「ああ。ただの悪徳領主じゃねぇ。システムに守られながら安全圏で私腹を肥やしている、最悪の三流プレイヤー(ハイエナ)だ…」
俺はさらに、自らの頭上で禍々しく点灯している『赤いドクロのマーク』を指差した。
「そして、俺たちを悩ませていたこの『赤ネーム』の謎も、これで完全に辻褄が合う」
「えっ? このマークも、そのプレイヤーが関係しているんですか?」
「俺たちはたった二人の衛兵を倒しただけで、5人以上のPK判定である赤色を付与された。バグじゃないとすれば、ヘイトの計算式に特殊な倍率が掛けられていたってことだ」
俺は冷たく鼻を鳴らした。
「俺たちが倒したあの衛兵は、ただのNPCじゃない。領主となったプレイヤー・ノイズが、システム権限で雇った『直属の私兵』だったんだ。だからこそ、システムはあいつらへの攻撃を『領主に対する国家反逆罪』という特大の重罪として処理し、一撃で俺たちを赤ネームに叩き落とした」
すべては、あの強欲なプレイヤーが己の資金源(領地)を守るために敷いた、理不尽な防衛システムの一部に過ぎなかったのだ。
「……じゃあ、このクエストは」
ルナが震える声で呟く。
「ああ。『アルファ』は、ゲームの経済バランスを物理的に崩壊させるような連中を『駆除すべきバグ』と認識しているんだろう。だが、直接アカウントをBANするのではなく、反逆のトリガーであるこの少女を配置し、それを助けた俺たちに『ステルスクエスト』として討伐を誘導したってわけだ」
クソAIの掌の上で踊らされている。その事実には虫唾が走る。
だが、私利私欲のためにシステムを悪用し、NPCの命すらデータとして消費して現実の金を稼ぐような外道を、俺は決して許すつもりはなかった。
「……アイズドさん」
ルナが静かに立ち上がり、白銀の片手剣の柄を強く握りしめた。
彼女の瞳には、キャメロットでの悲劇を二度と繰り返させないという、純粋で絶対的な覚悟が宿っていた。
「私、許せません。自分の利益のためだけに、リリィちゃんからお父さんとお母さんを奪ったそのプレイヤーを……絶対に、許しません」
「同感だ。与えられた権限でイキり散らしてるだけの三流に、この世界の本当の恐ろしさを教えてやる必要がある」
俺は右腕の【古代変形機装】をカチャリと鳴らし、深い森の向こうにそびえ立つ領主の城を鋭く睨み据えた。
正面から行けば、赤ネームである俺たちは無数の衛兵から一斉攻撃を受けるだろう。
だが、俺には軍師としての完璧な戦術と、システムを蹂躙する最強の相棒がいる。
「行くぞ、ルナ。クソAIの思惑通りに動いてやるのは癪だが……あの城にカチコミをかけて、腐った暴君の首を物理的に刎ね飛ばしてやる」
赤き罪の烙印を背負った二人の無法者は、圧倒的な権力で守られた暴君の城塞を陥落させるべく、静かに深い森を抜け出した。




