生産職のメッカと、暴走する徴税システム
「……グレイム領、ね」
ルナが涙ぐむ村の少女を慰め、背中をさすっている間。俺は少し離れた大樹の根本に寄りかかり、空中に展開したシステムウィンドウで検索ブラウザを走らせていた。
この『エターナル・ホライゾン・オンライン(EHO)』の世界は広大だ。白騎士団の軍師として世界地図の隅々まで把握していたつもりの俺でも、その領地の名前には全く聞き覚えがなかった。
検索窓に『グレイム領』と打ち込み、エンターを弾く。
ヒットしたログを高速でスクリーニングしていくと、俺の知らなかった理由がすぐに判明した。
「なるほどな。高レベルのモンスターも湧かなければ、レイドボスに繋がるような旨味のあるクエストも存在しない。……ただ、木材や鉱石といった中レベル帯の資源が豊富で、腕のいい職人のNPCが多く住んでいる街、か」
攻略フォーラムや戦闘職の掲示板には一切名前が出てこないわけだ。
ここは、武器や防具、ポーションなどを製作する『生産職』のプレイヤーたちにとっての、程よい資源と設備が揃った隠れたメッカだったのだ。常に最前線に潜り、血と経験値の匂いだけを嗅ぎ回っている戦闘狂たちの耳に、この長閑な生産都市の名前が入ってこないのは当然のことだった。
「アイズドさん、この子、少し落ち着いたみたいです。お名前はリリィちゃんっていうそうです」
ルナが、少女――リリィの手を引いて俺の元へとやってきた。
「よし。じゃあ、さっそくそのグレイム領とやらへ向かうぞ。だが、今の俺たちは衛兵から無条件で攻撃される『赤ネーム』の指名手配犯だ。正規の街道は使えねぇ」
俺はインベントリを操作し、三人乗りの大型マウント――『森林用グレート・エルク(巨大なヘラジカ)』を召喚した。
立派な角を持つ屈強な獣の背に鞍が取り付けられている。俺はリリィを真ん中に乗せ、俺が前で手綱を握り、ルナが後ろから二人を囲むようにして騎乗した。
「しっかり掴まってろよ。獣道を突っ切る」
「は、はい……!」
「私が後ろからちゃんと支えてるから、大丈夫だよ、リリィちゃん」
グレート・エルクが力強く大地を蹴り、深い森の木々の隙間を縫うようにして駆け出した。
木漏れ日が差し込む美しい森林エリアだが、俺とルナの視界の左上には、禍々しく燃える『赤いドクロのマーク』が常に点灯し続けている。
本来なら、他プレイヤーの目を気にして息を潜めるべき重罪人の烙印。だが、俺の背中にくっついているルナの体温からは、後悔の念など微塵も感じられなかった。
数十分ほど獣道を駆け抜け、木々が途切れた先。
小高い丘の上から、目的の『グレイム領』の全景が眼下に広がった。
「……なんだ、随分と寂れた街だな」
俺はマウントの足を止め、眼下の景色を見下ろして眉をひそめた。
石造りの頑丈な城壁に囲まれた立派な街なのだが、そこから立ち上る活気が全く感じられない。空を覆う雲のように、街全体にどんよりとした重苦しい空気が漂っているのだ。
何より不自然なのは、郊外の採掘場や伐採所の様子だった。生産職のメッカであるならば、ツルハシを振るう音や、素材を運ぶプレイヤーの姿でごった返しているはずなのだが、見渡す限り人影はまばらだ。
「アイズドさん、あそこ! 誰かいます!」
ルナが指差した先、街の城壁から少し離れた岩場で、コソコソと隠れるようにして鉱石を掘っている一人のプレイヤーの姿があった。
ドワーフの種族を選んだ、いかにも鍛冶師といった風貌の男だ。
「よし、情報収集だ。行くぞ」
俺はマウントから降り、ルナとリリィを連れて岩場へと歩み寄った。
カンッ、カンッ、とツルハシを振るっていたドワーフのプレイヤーが、俺たちの足音に気づいて振り返る。
そして、俺たちの頭上に輝く『赤ネーム』を見た瞬間、彼の顔からスッと血の気が引いた。
「ひぃッ!? PKか!? 頼む、金なら全部置いていくから、命と経験値だけは助けてくれぇっ!」
ドワーフはツルハシを放り出し、頭を抱えて岩の陰にうずくまってしまった。
「おいおい、落ち着け。武器は抜いてねぇだろ。俺たちはただの通りすがりだ」
俺は両手を広げて敵意がないことを示し、数歩手前で立ち止まった。
「脅かしてごめんなさい! 私たち、怪しい者じゃありませんから!」
ルナが慌てて笑顔でフォローを入れ、リリィをそっと前に出した。
「え……? PKなのに、NPCの子供を連れてる……?」
ドワーフのプレイヤーは恐る恐る顔を上げ、ルナの優しげな顔と、リリィの怯えた姿を見て、ようやく少しだけ警戒を解いたようだった。
「あ、あんたら、一体何者なんだ……? こんな過疎った街に、わざわざ赤ネームぶら下げて来るなんて、正気の沙汰じゃねぇぞ」
「こっちにも色々と事情があってな」
俺はため息をつき、本題を切り出した。
「あんた、ここの生産職のプレイヤーだろ? ネットの掲示板じゃ、グレイム領は職人のメッカだって書いてあったはずだが……なんでこんなに人がいねぇんだ? まるでゴーストタウンじゃねえか」
俺の問いに、ドワーフのプレイヤーは周囲をキョロキョロと見回し、誰にも聞かれないように声を潜めた。
「……メッカだったのは、一ヶ月前までの話だよ。ここ最近で、生産職の連中はみんな別の街に撤退(お引越し)しちまったんだ」
「撤退? なんでだ?」
「街の新しい『領主』がイカれちまったからさ」
ドワーフは忌々しそうに、遠くに見える領主の城を睨みつけた。
「最初は、NPCの村人たちへの税金をバカみたいに引き上げたんだ。それだけなら俺たちプレイヤーには関係ないシステム上のイベント(背景)だと思ってた。だが、あいつは俺たちプレイヤーが使う『鍛冶場』や『錬金施設』の利用税、さらにはプレイヤー同士の取引に掛かる手数料まで、システムの上限ギリギリまで引き上げやがったんだよ!」
「プレイヤーの経済活動にまで干渉してきただと?」
俺は驚きで目を見開いた。
通常、MMORPGにおいてNPCの行動がプレイヤーのシステム的な利用料金にまで悪影響を及ぼすことは極めて稀だ。それはゲームの経済バランスを崩壊させる行為であり、運営(AI)が最も嫌うバグのようなものだからだ。
「ああ。おかげで何を作って売っても赤字になる。商売あがったりで、みんな愛想を尽かして出て行ったのさ。俺はここでしか掘れないレア鉱石があるから、こうして衛兵の目を盗んでコソコソ密猟してるんだがな」
ドワーフは肩をすくめ、リリィの方をチラリと見て同情的な息を吐いた。
「お嬢ちゃん、あんたも税金を払えなくて逃げてきたクチか。……赤ネームさん、もしこの子を助けようってんなら、悪いことは言わねえ、他の街へ連れて行ってやんな。今のグレイム領の城はヤバすぎる」
「ヤバいって、どういうことだ?」
「……税を払えなかったNPCたちが、次々と城の地下へ連行されてるんだ。そして、連れて行かれた奴らは、ただの一人も戻ってこない。……あそこはもう、ただの悪徳領主の城じゃねぇ。何か別の、おぞましいバケモノの巣窟だよ」
ドワーフの言葉は、リリィが語った悲劇と完全に一致していた。
「……なるほどな。情報感謝するぜ、ドワーフの旦那」
俺はドワーフに礼を言い、視線を城へと向けた。
「システムが、根底から狂い始めてるってわけか」
俺はギリッと奥歯を噛み締めた。




