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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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素材札、最初の仕事


 札一枚で何が守れるのか。


 そう聞かれたら、昔の俺なら鼻で笑っていたと思う。


 札など、ただの木片だ。薄い金属板を貼り、番号を刻み、紐で荷に括りつける。剣にもならない。盾にもならない。魔法を弾くわけでも、魔物の牙を止めるわけでもない。


 だが、昨日リーフェ村で見た。


 その木片があったから、村長は商人の申し出を断れた。


 その番号があったから、リリィは自分たちの素材を胸を張って見せられた。


 その記録があったから、村人たちは「高く買う」という甘い言葉に、いったん立ち止まることができた。


 つまり、札は盾になる。


 剣や鎧ほど分かりやすくはない。派手なエフェクトも出ない。コメント欄が沸くこともない。素材札を掲げて「うおおおお」と叫ぶ動画が伸びたら、それはそれで世界が終わっている。


 だが、盾だ。


 目に見えない攻撃を止めるための、かなり地味な盾。


 そして今日、その盾が最初の仕事をすることになった。


 第三炉の搬入口に、リーフェ村からの荷車が到着した。


 灰鉄鉱の小荷。


 荷番号、RH-01。


 採取場所、村北西の浅脈。


 採取担当、ダリオ。


 選別担当、リリィ。


 搬入先、第三炉試作用途枠。


 用途区分、外殻補助材候補。


 荷車の側面に吊るされた素材札は、まだ新しい。木の表面には少し歪んだ文字が刻まれ、灰色の線が一本入っている。飾り気はない。むしろ、かなり素朴だ。


 だが、その素朴な札を見た瞬間、第三炉の空気が少し変わった。


 職人たちは荷を見る。


 札を見る。


 記録板を見る。


 ただの灰鉄鉱ではない。


 どこの誰が採り、誰が選び、何の用途で運ばれてきたのかが分かる灰鉄鉱。


 それだけで、素材の顔つきは変わる。


 少なくとも、雑に投げ込んでいい石には見えなくなる。


「来ましたね」


 リリィは荷車の横で、両手を胸の前に揃えていた。


 緊張している。


 無理もない。


 村で作った最初の正式素材札。その荷が、第三炉へ届いたのだ。これがちゃんと受け取られれば、リーフェ村の記録は紙の上の仕組みではなくなる。


 ロアン村長は村に残っている。


 今日はリリィが代表として来た。村の素材記録を実際に第三炉へ繋ぐため、彼女自身が見届けたいと言ったらしい。


 強い。


 そして、責任感が強すぎる。


 そういう人間はたまに折れるので、周りがちゃんと支える必要がある。ゲーム内NPCにそんなことを考えている時点で、俺もだいぶこの世界に浸かっている気がする。冷静に考えると怖い。


 第三炉の記録係エドが、荷車の前に立った。


 眼鏡を直し、記録板を開く。


「荷番号、RH-01。採取場所、リーフェ村北西浅脈。採取日、昨日。採取担当、ダリオ。選別担当、リリィ。搬入先、第三炉試作用途枠。用途区分、外殻補助材候補。相違ありませんか」


 リリィが緊張した声で答える。


「はい。相違ありません」


「素材札を確認します」


 エドは素材札を手に取り、刻印を確認した。


 次に、第三炉側の控え札と照合する。


 番号は一致。


 採取場所も一致。


 搬入予定も一致。


 さらに、荷の重量を測る。


 記録よりわずかに軽い。


 リリィの顔が青くなった。


「あの、途中で落ちたとかではなくて、その、乾いた分かもしれなくて……」


「許容範囲内です」


 エドは落ち着いて言った。


「搬入前の乾燥と細片の落下を考慮した誤差範囲です。問題ありません」


 リリィが、ほっと息を吐いた。


 良い。


 この確認が大事だ。


 記録は人を責めるためだけのものではない。誤差を誤差として扱うためにも必要だ。何も残っていなければ、少し軽いだけで疑いになる。記録があれば、許容範囲を決められる。


 グラン親方が荷を見下ろし、静かに頷いた。


「受け取りましょう。第三炉試作用途枠、RH-01。搬入確認」


 エドが記録板に入力する。


 その瞬間、素材札の裏側に第三炉の確認印が押された。


 小さな音。


 かちり、と。


 それだけだった。


 だが、リリィの目には、はっきりと光が宿った。


「これで……正式に受け取ってもらえたんですね」


「ああ」


 俺は頷いた。


「この荷は、第三炉の記録に入った。もう、ただの灰鉄鉱じゃない」


「はい」


 リリィは素材札を見つめた。


 嬉しそうで、少し怖そうで、それでも確かに誇らしそうだった。


 きなこもちが荷の横でしゃがみ込み、灰鉄鉱を一つ摘まみ上げる。


「うん。音も悪くないね」


「音で分かるのか」


「全部じゃないよ。でも、この荷は揃ってる。リリィちゃん、ちゃんと選別したでしょ」


「はい。ダリオさんたちにも手伝ってもらって、鈍すぎる音のものは別にしました」


「偉い」


 きなこもちは素直に褒めた。


 リリィは照れたように俯く。


 俺は少しだけ安心した。


 このまま順調に終われば、今日はかなり平和な日になる。


 そう思った。


 思ったのが、たぶん良くなかった。


ーーーーー


 第二の荷車が来たのは、昼前だった。


 第三炉の搬入口に、見慣れない商人が現れた。


 中年の男。


 服装は整っているが、昨日リーフェ村へ来た商人とは違う。荷車には灰鉄鉱らしき石がいくつか積まれている。護衛はいない。ただし、後ろに若い使用人らしき男を連れていた。


 商人は丁寧に頭を下げた。


「第三炉の皆様、本日は灰鉄鉱の搬入についてご相談があり、参りました」


 グラン親方が対応する。


「灰鉄鉱?」


「はい。リーフェ村産の灰鉄鉱です。追加用途の検証が進んでいると伺いまして、少量ながら持ち込みを」


 リリィの顔が強張った。


 俺も眉を寄せる。


 リーフェ村産。


 今朝、正式な第一便が届いたばかりだ。


 このタイミングで、別ルートの灰鉄鉱。


 嫌な匂いしかしない。


「素材札はありますか」


 エドが聞いた。


 商人は一瞬だけ目を瞬かせ、それから柔らかく笑った。


「いえ、正式な素材札制度が始まったのは存じておりますが、これはその前に村の若者から直接譲り受けたものです。記録制度の開始前の取引ですので、札はありません」


 なるほど。


 理屈は用意してある。


 制度開始前に買った素材。


 だから札はない。


 だが、リーフェ村産ではある。


 そう主張するつもりだ。


 ありがちな抜け道だ。


 制度が始まる直前に入手したものだと言えば、旧ルールのまま新しい価値だけ得られる。


 商人は続ける。


「もちろん、第三炉で検査していただいて構いません。もし正式なリーフェ村産として認められるのであれば、今後の試作用途に使っていただければと」


 言葉は丁寧だ。


 だが、やっていることは危ない。


 ここで第三炉が「まあ、本物っぽいし」と受け取れば、素材札制度の意味がいきなり崩れる。


 札なしでも持ち込めば認められる。


 そうなれば、次から同じことをする奴が増える。


 リリィが、小さく口を開いた。


「村の若者、というのは誰ですか?」


 商人は穏やかに答える。


「名前は控えております。個人の事情もありますので」


「村の誰かが、直接売ったんですか」


「ええ。困っているようでしたので、こちらも支援のつもりで」


 支援。


 便利な言葉だ。


 昨日から何度も聞いている。


 支援という言葉は、たまに相手の手首に柔らかい紐を巻く。柔らかいから痛くない。痛くないから気づきにくい。気づいた時には引かれている。


 俺は商人を見た。


「第三炉は、札なしの素材をリーフェ村産としては扱わない」


 商人の視線がこちらへ移る。


「ああ、黒鉄殿でしたか。噂は伺っています。しかし、これは制度開始前の素材です。完全に拒絶するのは、少々硬すぎるのでは?」


「硬くていい」


「灰鉄だけに、ですか?」


「今のは面白くない」


 きなこもちが横で吹き出しかけた。


 やめろ。


 今は笑うところではない。


 商人は笑みを保ったまま続ける。


「では、リーフェ村産かどうかの検査だけでも」


「検査はする」


 俺は言った。


「ただし、リーフェ村産として認めるためではない。偽装や混入の可能性を確認するためだ」


「ずいぶん疑われますな」


「疑っている」


 あえて言った。


 商人の笑みが、ほんのわずかに固まる。


「価値が上がった素材には偽物が出る。札なしで、出所を明かさず、制度開始直後に持ち込まれた灰鉄鉱を疑わない理由がない」


 会話の温度が下がる。


 リリィが少し不安そうにこちらを見る。


 怖がらせるつもりはない。


 だが、ここは曖昧にできない。


 最初の運用で、札なし例外を認めれば終わる。


 ルナが静かに荷車へ近づいた。


「見てもいいですか」


 商人は一瞬迷ったが、頷いた。


「もちろんです」


 ルナは石に触れない。


 荷車の横に立ち、灰鉄鉱らしき石をじっと見る。


 それから、指先で一つを軽く叩いた。


 こつん。


 乾いた音。


 次に、今朝届いたRH-01の灰鉄鉱を、同じように叩く。


 こん、と低い音。


 ルナは首を傾げた。


「違います」


 商人の眉が動く。


「見た目では似ていますが、音が違います。リーフェ村の灰鉄鉱より、軽くて、空っぽに近い音がします」


「音だけで判断するのは、少々乱暴では?」


「だから検査する」


 俺は言った。


「きなこもち」


「はいはい」


 きなこもちは低温検査台から持ち出した簡易器具を手に取った。


 携帯用の小さな検査枠だ。火は使わない。魔力刺激もごく弱い。灰鉄鉱の揺れの逃げ方を見るための簡易版。


 商人の荷から一つ。


 RH-01から一つ。


 それぞれ枠に乗せる。


 きなこもちは指で枠を弾いた。


 小さな振動が走る。


 RH-01の灰鉄鉱は、振動を横へ逃がすように鈍く鳴った。


 商人の灰鉄鉱は、表面で少し跳ねる。逃がすというより、軽く返している。


 きなこもちが目を細める。


「似てるけど、違うね」


「どのくらい違う」


「灰鉄系ではあると思う。でも、リーフェ村北西浅脈の音じゃない。少なくとも、今朝の荷とは違う。外殻補助材候補として使うには反応が弱い」


 グラン親方が頷く。


「第三炉としても、正式なリーフェ村産灰鉄鉱とは認められません」


 商人は少しだけ口元を引き締めた。


「では、別産地の灰鉄鉱としてなら?」


「別産地の灰鉄鉱として、通常評価で扱うことは可能です」


 グラン親方は冷静に答えた。


「ただし、リーフェ村産としての追加評価はつけません。素材札もありませんので、試作用途枠には入りません」


「そうですか」


 商人は、思ったよりあっさり引いた。


 だが、それが逆に引っかかる。


 最初から、通れば儲けもの程度だったのか。


 あるいは、第三炉の対応を見るためだったのか。


「その素材を譲ったという村の若者の名前は、炉会議監査へ提出してもらう」


 俺は言った。


 商人の顔が初めて明確に曇った。


「個人情報ですので」


「リーフェ村産と名乗った以上、出所確認は必要だ。提出しないなら、この持ち込みは産地偽装疑いとして記録する」


「黒鉄殿、それは少し強引では?」


「強引でいい」


 俺は言った。


「制度開始直後の札なし持ち込みだ。ここで曖昧にすれば、次から全部曖昧になる」


 商人はしばらく沈黙した。


 やがて、丁寧に頭を下げる。


「承知しました。確認の上、炉会議へ提出いたします」


「確認ではなく提出だ」


「……努力します」


「努力ではなく期限を切れ。明日の夕刻までだ」


 商人は笑みを消したまま頷いた。


 そして、荷車を引いて去っていった。


 第三炉の搬入口に、しばらく沈黙が残る。


 リリィが、ゆっくり息を吐いた。


「今の……もし札がなかったら、分からなかったかもしれません」


「ああ」


 俺は頷く。


「見た目は似ていた。商人の言い分も、一応筋は通っていた。だが、札がない。それだけで、正式素材としては止められた」


「素材札が、最初の仕事をしたんですね」


「そういうことだ」


 リリィは胸の前で手を握った。


 不安そうでもあり、少し誇らしそうでもあった。


 きなこもちが商人の去った方を見ながら言う。


「あれ、たぶんまた来るよ」


「だろうな」


「別の手で」


「分かっている」


 価値が上がると、敵も増える。


 昨日の言葉を、もう一度思い出す。


 そして今日、素材札はその最初の敵を止めた。


ーーーーー


 午後、第三炉の奥で正式な記録が作られた。


 《札なし灰鉄鉱持ち込み事案》


 《申告産地:リーフェ村》


 《素材札:なし》


 《出所証言:村の若者より直接購入との主張。氏名未提出》


 《簡易検査:リーフェ村RH-01とは反応不一致》


 《第三炉判断:リーフェ村産追加評価対象外》


 《炉会議監査:提出予定》


 これを記録に残す。


 大事なのは、商人をその場で悪人扱いして終わらせないことだ。


 本当に知らずに買った可能性もある。


 別産地の灰鉄鉱をリーフェ村産だと売った別の誰かがいる可能性もある。


 あるいは、制度の穴を試すために、わざと曖昧な素材を持ち込んだ可能性もある。


 どれかは分からない。


 だから記録する。


 記録すれば、次に同じ商人が来た時、同じ荷が別の工房へ回った時、別の名前で似た素材が出た時に繋げられる。


 地味だ。


 だが、戦場のログと同じだ。


 その場で意味が分からなくても、後で線になる。


 エドは記録板を確認しながら言った。


「黒鉄殿、炉会議監査へ回しますか」


「ああ。商人の名前、持ち込み時間、荷の特徴、検査結果を全部残して回せ」


「承知しました」


 エドは慣れた手つきで記録を整えていく。


 事務方の仕事は、こういう時に本当に強い。


 剣で斬るより、記録で追う方が効く敵もいる。


 リリィはその横で、じっと記録板を見ていた。


「リリィ」


「はい」


「怖いか」


「少し」


 彼女は正直に答えた。


「村の名前が、勝手に使われるかもしれないんですね」


「そうだ」


「でも、今日みたいに止められるんですね」


「止められる場合もある。全部ではない」


「それでも、何もないよりずっといいです」


 リリィは小さく頷いた。


「村に戻ったら、みんなに話します。札なしで売ると、村の素材の名前が勝手に使われるかもしれないって」


「脅しすぎるな」


「はい。でも、ちゃんと伝えます」


「あと、直接買いに来た相手の名前は必ず残せ。売らなくても、来たことを記録する」


「来ただけでも?」


「ああ。来ただけでもだ」


 訪問記録。


 買い付け申し入れ。


 提示価格。


 要求量。


 相手の名前。


 それだけで、後から動きが見える。


 村の誰に接触しているのか。


 どの素材を狙っているのか。


 価格をどう変えているのか。


 そういうものは、一回一回では些細だが、並べると意図になる。


 俺が説明すると、リリィは真剣な顔で頷いた。


「やってみます」


「全部完璧にする必要はない」


「はい。続けることが大事、ですよね」


「そうだ」


 リリィは少しだけ笑った。


「アイズドさん、記録の先生みたいです」


「嫌な肩書きが増えた」


「嫌なんですか?」


「かなり」


 きなこもちが横から言う。


「黒鉄先生」


「やめろ」


「素材札の授業、分かりやすかったです」


「やめろと言った」


 ルナまで少し笑っている。


 味方がいない。


 いや、いるが、こういう時は全員敵だ。


ーーーーー


 夕方、リリィが村へ戻る前に、グラン親方はRH-01の灰鉄鉱を正式に第三炉の保管棚へ収めた。


 素材札は荷から外さず、そのまま棚に吊るす。


 棚の札と、記録板の番号と、第三炉の搬入記録。


 三つが一致している。


 それを確認して、グラン親方は静かに言った。


「最初の荷としては、良い」


 リリィが目を輝かせる。


「本当ですか?」


「はい。選別も丁寧です。ばらつきはありますが、試作用途としては十分です」


「よかった……」


 リリィは胸を撫で下ろした。


 その姿を見て、きなこもちが少しだけ柔らかい顔をした。


「この荷、ちゃんと怖がって使うね」


「お願いします」


「うん。灰にしないようにする」


「そこは本当にお願いします」


「リリィちゃん、だんだんあたしへの当たりが強くなってない?」


「きなこもちさんが灰にするって何度も言うからです」


「正論」


 空気が少し和らぐ。


 だが、今日の出来事は軽くない。


 素材札制度は、初日から試された。


 札なし素材が持ち込まれ、リーフェ村産を名乗った。


 そして、止めた。


 完璧ではない。


 商人の背後に誰がいるかも分からない。


 村の若者という話が本当かどうかも分からない。


 だが、止めた。


 記録した。


 監査へ回した。


 それで十分とは言わない。


 だが、最初の仕事としては悪くない。


 リリィは帰り際、素材札の控えを大事そうに持っていた。


「アイズドさん」


「何だ」


「今日、少し分かりました」


「何が」


「記録って、疑うためだけじゃないんですね」


 俺は少し黙った。


 リリィは続ける。


「ちゃんと届いたって分かるためにも、違うものを違うって言うためにも、誰かに勝手に名前を使われないためにも、必要なんですね」


「ああ」


 俺は頷く。


「そうだ」


「村で、ちゃんと続けます」


「無理はするな」


「無理じゃありません。これは、村の盾なので」


 その言葉は、昨日俺が考えたものと同じだった。


 記録は村の盾になる。


 彼女はそれを、自分の言葉として受け取っている。


 なら、たぶん大丈夫だ。


 少なくとも、今日のところは。


ーーーーー


 夜、第三炉の記録室で、俺は今日の事案を暫定管理記録へ入力した。


 《リーフェ村素材札運用》


 《正式搬入一件:RH-01》


 《第三炉受領:完了》


 《札なし持ち込み一件:監査回付》


 《簡易検査結果:反応不一致》


 《素材札制度:初回防衛成功》


 初回防衛成功。


 ゲームの通知にしては、妙に物騒な表現だ。


 だが、間違ってはいない。


 素材札は、最初の攻撃を受けた。


 そして、防いだ。


 俺は記録板を閉じる。


 その横で、ルナが静かに言った。


「今日は、戦わなかったのに、戦った感じがしました」


「相手が商人だからな」


「魔物より難しいです」


「魔物の方が楽だ。殴れば終わる」


「アイズドさんらしいです」


「褒めるな」


「褒めています」


「本当か?」


「たぶん」


 また、たぶんだ。


 きなこもちが作業台の向こうで灰鉄鉱を眺めている。


「黒鉄さん」


「触るなよ」


「まだ何も言ってない」


「言う前に止める」


「いや、今日は触らないよ。RH-01、ちょっと緊張する」


「お前でも緊張するのか」


「するよ。だって、誰が採ったか分かるし、リリィちゃんが選んだって分かるし、最初の正式荷だよ。雑に扱えないじゃん」


「そうか」


「うん。記録って、職人にも効くね」


 その言葉に、グラン親方が静かに頷いた。


「素材の後ろに人が見える。だから、火に入れる手が慎重になる。それは良いことです」


 素材札。


 荷番号。


 採取場所。


 選別担当。


 そういうものが、職人の手を慎重にする。


 それもまた、盾なのだろう。


 素材を守るだけではない。


 素材を扱う人間の暴走も、少しだけ止める。


 理外創成の時に見えたものが、ここにも繋がっている。


 俺は窓の外を見た。


 第三炉の煙突から、細い煙が上がっている。


 グレイム領の夜は、まだ完全には静かにならない。どこかで槌が鳴り、どこかで荷車が軋む。


 価値が上がると、敵も増える。


 その通りだった。


 だが、敵が増えるなら、盾も増やせばいい。


 素材札。


 品質記録。


 炉会議監査。


 第三炉の受領印。


 リーフェ村の控え。


 どれも地味だ。


 地味で、面倒で、華がない。


 だが、今日それは確かに役に立った。


 俺は小さく息を吐いた。


「札一枚で、意外と止まるものだな」


 ルナが隣で頷く。


「はい。ちゃんと盾でした」


 俺は記録板をもう一度見る。


 未処理項目には、当然のように次が増えていた。


 《未処理項目:札なし素材の流通経路調査》


 やはり増える。


 終わらない。


 最高のクソゲーは、素材札一枚で終わるほど甘くない。


 だが、今日のところはいい。


 RH-01は正式に第三炉へ届いた。


 札なしの偽装は止めた。


 リリィは、記録が盾になることを知った。


 それだけで、この地味な一日は十分に意味があった。


 俺は未処理項目を閉じ、椅子の背にもたれた。


 明日また面倒が来るとしても、今日の盾はちゃんと仕事をした。


 なら、今夜くらいは少しだけ、勝ったと言ってもいいのかもしれない。

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