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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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深緑の迷い子

 

 白亜の都キャメロットの跡地から大きく東へ。

 俺とルナは、天を突くような巨大な針葉樹が鬱蒼と生い茂る、高レベル帯の森林エリアを歩いていた。


 目的は二つ。現在のシステムの絶対的な上限である『レベル80』への到達と、上限解放に必要な未知のアイテムの探索だ。

 道中、襲い掛かってくる強力な魔獣たちを狩り続けた結果、俺たちのレベルはすでに70代の後半に差し掛かっていた。このエリアに湧くレベル80相当のモンスターを相手に経験値を稼ぎ続ければ、カンストに到達するのは時間の問題だろう。ルナの《絶剣》の火力と、俺のバフがあれば、レベリング作業自体に何の障害もない。


 だが、問題はもう一つの目的である『アイテム探し』の方だった。


「……『星天の脈石』、『忘却された世界樹の琥珀』、『深淵を覗く者の涙』。何度リストを見返しても、どこから手を付ければいいのか全く見当がつきませんね」


 ルナが白銀の片手剣で道を塞ぐ茨を切り払いながら、ふうっとため息をつく。


「ああ。獣の野郎もヒント一つ寄越さなかったからな。おそらくこの大陸のどこかにある隠しダンジョンか、特殊なNPCからのドロップになるんだろうが……広大すぎる」


 俺は空中に展開したシステムマップと睨み合いながら、未踏破のエリアを片っ端からマーキングしていく。


 アイテムの手がかりを求めて深い森を歩き続けていた、その時だった。


「――キャアアアッ! 誰か、助けてッ!」


 静寂に包まれた森の奥から、悲鳴が響き渡った。

 俺とルナは即座に足を止め、声のした方角へと視線を向ける。

 木々の隙間から見えたのは、ボロボロの衣服を着た村人らしきNPCの少女が、重厚な鎧に身を包み、槍を構えた二人の男たちに追い詰められている光景だった。

 男たちの装備からして、どこかの都市国家の『衛兵』のようだ。


「大人しくしろ! 貴様には国家反逆の嫌疑がかけられているのだ!」

「違います! 私は何もしていません!」


 泣き叫ぶ少女に対して、衛兵のNPCたちは一切の容赦なく槍を振り上げようとしていた。


(……待て。様子がおかしいぞ)


 俺の軍師としての本能が、僅かな違和感を感知した。

 ただのモンスターに襲われているならともかく、相手は国家に所属する衛兵のNPCだ。ゲームのシステムにおいて、衛兵が善良な市民を襲うというシチュエーションには、必ず裏がある。少女が本当に凶悪な犯罪者である可能性や、安易に介入すればプレイヤー側が不利益を被る『トラップクエスト』の可能性が高い。


「ルナ、待て。安易に手を出すな、まずは様子見――」


 俺が制止の声を上げようとした、まさにその瞬間。

 横にいたはずのルナの姿が、陽炎のようにブレて掻き消えていた。


「えっ……! ちょ、ルナさん!?」

「女の子が泣いてるんです! 事情はどうあれ、見過ごせませんッ!」


 俺の静止など聞く耳も持たず、ルナはすでに神速のステップで飛び出していた。

 彼女のサファイアブルーの瞳には、純粋な義憤の炎が燃え上がっている。彼女の直感的で真っ直ぐすぎる正義感は、時に俺の緻密な計算を軽々と飛び越えていく。


「あー、クソッ! あの直感バカ!」


 俺は呆れ果てて毒づきながらも、即座に右腕の機装に魔力を流し込んだ。


「――《機装変形:戦陣軍師タクティシャン》! 《軍神の鼓舞》!」


 俺の魔導書から放たれたエメラルドグリーンの光が、突進するルナの背中を包み込み、攻撃力と防御力を劇的に引き上げる。

 相手が何者であろうと、俺の最強のアタッカーを死なせるわけにはいかない。


「な、何者だ貴様ッ!」


 突如として乱入してきたルナに、衛兵の二人が驚愕して槍を向ける。


「下がってください! その子に指一本触れさせません!」


 ルナは衛兵の突き出してきた槍を《絶剣》の無敵フレームで紙一重に躱し、流れるようなステップで二人の死角へと潜り込んだ。


「はぁッ!」


 白銀の片手剣が閃き、衛兵の鎧の隙間を的確に斬り裂く。俺のバフを受けた彼女の一撃は、NPCの衛兵二人のHPバーを一瞬にして削り取り、彼らは断末魔の声を上げる間もなく、光の粒子となって森の中に消え去った。



「ふぅ……」



 ルナが小さく息を吐き、剣を鞘に収める。

 助けられた村人の少女は、へたり込んだまま涙を拭い、ルナに向かって深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます、旅の剣士様……! あなたが来てくれなければ、私、殺されていました……」

「大丈夫ですか? もう怪我はありませんよ」



 ルナは優しく微笑み、少女に手を差し伸べた。


 ――だが。

 その温かい感謝の言葉の余韻を、無慈悲で冷たい電子音が切り裂いた。


 ピリリリリリッ!!!


 耳を劈くような、甲高く不吉なシステムアラート。

 俺とルナの視界が、一瞬だけ真っ赤な警告色に明滅した。


「え……?」



 ルナの微笑みが凍りつき、彼女は差し出そうとした手を空中で止めた。

 サファイアブルーの瞳が、信じられないものを見るように、自分自身の頭上へと向けられる。


 俺の視界の左上に表示されているパーティメンバーのステータスUI。

 静寂に包まれた深い森の中で、俺たちの視界の左上に点灯した『赤いドクロのマーク』だけが、不吉な脈動を繰り返していた。


「アイズドさん……このマーク、なんですか? なんだかすごく、嫌な感じがします……」


 ルナが震える声で尋ねる。彼女のサファイアブルーの瞳は、自身の頭上に浮かんだその禍々しいアイコンに釘付けになっていた。


「……『犯罪者(PK)』のマークだ」


 俺は周囲の気配を警戒しながら、極めて重い声で答えた。


「EHOの世界において、システムが保護する所属国家の衛兵や、無害なNPCを殺害すると付与されるペナルティだ。だが、問題はその『色』にある」


 俺は魔導書を閉じ、眉間を深く揉みほぐした。


「このマークには段階がある。殺害人数が1人から4人未満の場合は『オレンジ色』。そして、5人以上を殺害した凶悪犯にのみ付与されるのが……今俺たちに点灯している、『赤色』だ」


「赤色……5人以上? でも、私たちがさっき倒した衛兵さんは、二人だけでしたよね?」

「ああ、そうだ。ボスの取り巻きだったモンスター扱いの亡骸たちを除けば、俺たちがこの世界で殺めたNPCは、さっきの衛兵二人しかいないはずだ」


 俺の軍師としての思考回路が、猛烈な勢いで警鐘を鳴らし始めていた。


(おかしい。計算が全く合わない)


 バグか? いや、あのクソAI『アルファ』が、こんな初歩的なシステムエラーを起こすはずがない。

 だとしたら、これは意図的な仕様だ。

 先ほど倒した衛兵が、何らかの呪いやギミックによって『複数人分の命』としてカウントされる特殊なエネミーだったのか。あるいは、この少女を助けるという行為自体が、強制的に『5人以上殺害した赤色レッドネームのフラグ』を押し付けてくる、理不尽なトラップクエストだったのか。


 どちらにせよ、現状は最悪だ。

 赤色の犯罪者マークが付いたプレイヤーは、すべての街の衛兵から無条件で攻撃され、死亡した際には所持品をランダムで失うという特大のデスペナルティが課せられる。ただでさえ企業勢のハイエナから狙われている身で、システム側の警察機構にまで追われることになってしまったのだ。


「……あの、旅の剣士様たち……」


 俺が張り詰めた思考の海に沈んでいると、先ほどルナに助けられた村人の少女が、怯えた声で口を開いた。

 ボロボロの衣服に、泥だらけの顔。彼女は震える両手で自身の腕を抱きしめながら、ポツリポツリと語り始めた。


「私……この先の森を抜けたところにある、『グレイム領』から逃げてきたんです」

「グレイム領? そこは、どんな場所だ?」

「少し前までは、とても平和で豊かな土地でした。でも……新しい領主様が変わってから、すべてがおかしくなってしまったんです」


 少女の目に、大粒の涙が浮かぶ。


「法外な重税が課せられ、払えない者は次々と城の地下へ連行されていきました。私たち家族も、これ以上は耐えられないと夜逃げを決意したんですが……国境付近で衛兵に見つかってしまって」


 少女は言葉を詰まらせ、ボロボロと涙をこぼした。


「お父さんとお母さん、それにお兄ちゃんが……私だけを逃がすために、衛兵たちに立ち向かって……殺されてしまったんです……!」


 少女の悲痛な慟哭が、静かな森に響き渡った。


 俺は黙ってその話を聞いていた。

 悪徳領主、重税、そして家族の犠牲。……RPGにおける、あまりにも典型的で王道的な『お使いクエスト』の導入だ。

 だが、今の俺たちに点灯している不可解な『赤い犯罪者マーク』の存在が、この王道的な悲劇の裏に、底知れぬ悪意と狂気が潜んでいることを強烈に示唆していた。この少女の背景には、ただの悪徳領主討伐では終わらない、もっと根深く、おぞましいシステムのギミックが隠されているはずだ。


(……この厄介事は、切り捨てるべきか)


 元プロゲーマーとしての冷徹な計算が頭をもたげる。

 俺たちの目的は、あくまで『レベル上限解放のアイテム探し』とレベル上げだ。赤ネームという特大のリスクを背負ってまで、この得体の知れない領地トラブルに首を突っ込む義理はない。


 俺がそう判断し、少女に別れを告げようと息を吸い込んだ、その瞬間だった。


「――辛かったね」


 ルナが、泥だらけの少女を、その細い腕で力強く抱きしめたのだ。


「え……?」


 驚く少女の背中を、ルナはゆっくりと、優しく撫でた。


「もう大丈夫だよ。……私が、絶対にあなたを助けるから」


 ルナの声は、微かに震えていた。だが、そこには一切の迷いがない、純粋で強固な決意が宿っていた。

 彼女の脳裏に浮かんでいるのは、間違いなく『キャメロット』での悲劇だ。

 自分の甘い判断で、多くの罪なき民衆を焼き殺す結果を招いてしまったという、深く暗い後悔。あの時、炭と化して消えていった人々の祈りを背負った彼女にとって、今、目の前で家族を失い泣いているこの少女を見捨てるという選択肢は、決して存在しなかったのだ。


「ルナ……お前、自分が今『赤ネーム』になってるって分かって言ってるのか?」


 俺が静かに問うと、ルナは少女を抱きしめたまま、俺を真っ直ぐに見上げた。


「分かっています。でも、アイズドさんは私に教えてくれました。この世界はただの数字の羅列なんかじゃないって。……私はもう、自分の手の届く範囲で、誰も泣かせたくないんです。そのためなら、私、どんなペナルティでも受け入れます」


 サファイアブルーの瞳に宿る、決して折れない白銀の意志。

 その瞳に見つめられた瞬間、俺の頭の中で計算していた『リスクとリターン』の天秤が、音を立てて木っ端微塵に砕け散った。


(……ああ、クソ。だから敵わねぇんだよ、この天然アタッカーには)


 俺は大きくため息をつき、頭をガシガシと掻いた。

 彼女がそう決めたのなら、俺のやるべき役割ロールは一つしかない。


「……アイズドさん?」


 不安そうに見上げてくるルナに、俺は不敵に口角を吊り上げてみせた。


「勘違いするな。俺は反対なんてしてねぇよ」


 俺は右腕の機装をカチャリと鳴らし、少女を抱きしめるルナの隣に並び立った。


「相手が悪徳領主だろうが、罠を仕掛けたクソAIだろうが関係ねぇ。お前が『助ける』と決めたのなら、俺の全戦術をもってお前の剣を届かせてやる。赤ネームの指名手配犯上等だ。追ってくる衛兵もハイエナも、全部まとめて俺たちが蹂躙してやるよ」


「アイズドさん……っ!」


 ルナの顔がパッと輝き、少女も涙に濡れた瞳で俺たちを見つめた。


「さあ、立て。まずはその『グレイム領』とやらにカチコミをかけるぞ。俺たちの理不尽な犯罪者マークの理由も、そこに隠されてるはずだからな」


 俺の言葉に、ルナが力強く頷き、少女の手を引いて立ち上がる。

 レベル上限解放という未知の試練を前にして舞い込んだ、赤き罪の烙印と、血生臭い領地の闇。

 俺たちは、システムが突きつけてきた不気味な謎と悪意の真っ只中へと、あえて真正面から足を踏み入れたのだった。

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