黒鉄と灰衣の再調整
防具は、嘘をつくための道具でもある。
もちろん、本来の役割は違う。斬撃を受ける。衝撃を逃がす。急所を守る。熱や冷気や毒や、その他ゲーム世界にありがちな殺意の詰め合わせから身を守る。防具とは、身にまとう盾だ。
だが、今の俺にとって防具はそれだけではなかった。
黒鉄の重装騎士。
グレイム領で俺が使っている姿は、そう呼ばれ始めている。
実際には、俺は重装騎士ではない。職業欄にそんなものはない。俺の職業は《古代変形機装》。左腕に装着された、剣にも盾にも射装にも変わる、扱いづらさの権化みたいな古代機装が本体だ。
だが、それを馬鹿正直に見せる理由はない。
むしろ、見せたら終わる。
《古代変形機装》は未発見に近い特殊職で、しかも古代書庫、根下炉、世界樹根圏といった面倒な単語に少しずつ繋がり始めている。これを外部プレイヤーや商会に嗅ぎつけられたら、俺の静かなゲーム生活は完全に死亡する。いや、もう半分くらい死んでいる気もするが、残り半分を守る努力くらいはしたい。
だから俺は、見た目装備で重装騎士を装っている。
黒鉄の外装。厚い胸甲。肩当て。籠手。腰鎧。膝当て。どこからどう見ても、盾を構えて前に出るタイプの職業に見える姿。
実態は、三十本の時計を視界の端で管理しながら、剣装、盾装、射装を切り替える変形職である。
詐欺だ。
いや、戦術的秘匿と言ってほしい。
詐欺と戦術的秘匿の違いは、たぶん本人の心構えと、あとバレた時に怒られるかどうかだ。どちらにせよ、あまり胸を張れるものではない。
グレイム領での一件が一区切りついた翌日、俺たちは第三炉の作業場にいた。
炉の熱は朝から強い。石床には赤い光が揺れ、壁際には灰鉄鉱の試料、根麻布の巻き、旧規格安定板の欠片、そして俺とルナの装備が並べられている。
正確には、俺の黒鉄外装と、ルナの灰衣の旅装だ。
俺の左腕には《古代変形機装》が収まっている。黒銀の装甲片は静かに閉じ、竜眼のような中枢部が鈍く光っていた。
それを見て、きなこもちが言った。
「やっぱり武器、作り替えないの?」
「作り替えない」
「ちょっとくらい外装足したり」
「しない」
「刃の補強とか」
「いらない」
「機装用の追加パーツとか」
「触るな」
「まだ触ってないよ」
「目が触っている」
「目で触るって何?」
きなこもちは不満そうに唇を尖らせた。
危険物が不満そうにしている。
非常に怖い。
職人としての彼女の腕は信頼している。リーフェ村の灰鉄鉱と根麻布を、意味のある装備に変えた功績は大きい。理外創成の危険性を知り、素材を怖がれる職人でもある。
だが、それと《古代変形機装》を触らせるかどうかは別問題だ。
この武器には耐久値が存在しない。
少なくとも、通常装備のように鍛え直したり、刃を研いだり、部品を交換したりする類のものではない。剣であり、盾であり、射装であり、まだ開いていない複数の形態を持つ古代デバイスだ。
そこへ職人の好奇心で手を入れるのは、たぶん良くない。
いや、絶対に良くない。
下手をすれば、未解放形態が暴発するか、古代書庫が変な通知を出すか、世界樹の根あたりが謎に鳴る。どれも嫌だ。
「今回やるのは防具だ」
俺は言った。
「黒鉄外装の可動部調整。左腕の展開干渉の軽減。灰鉄留め具の追加。あとは、ルナの旅装の内張りだ」
「つまり武器は触らない」
「触らない」
「古代機装は?」
「見るだけ」
「見るだけならいいんだ」
「見るだけだ」
「触らない?」
「触るな」
「分かってるって」
分かっている人間の声ではなかった。
俺は左腕を少しだけ引いた。
ルナが横で小さく笑った。
「アイズドさん、すごく警戒しています」
「当然だ。好奇心の強い職人は、鍵のかかった扉より危ない」
「そこまで?」
「扉は勝手に開かない。職人は開ける」
「否定できないね」
きなこもちが明るく頷く。
否定してほしかった。
グラン親方は、作業台の向こうで俺の黒鉄外装を静かに見ていた。厚い指で肩当てを持ち上げ、裏側の留め具、関節部の隙間、左腕側の装甲の開き方を確認している。
「黒鉄殿。この外装は、見た目としては重装騎士ですが、実際の可動域はかなり特殊ですな」
「左腕の変形を邪魔しないようにしている」
「ええ。通常の重装騎士用防具なら、左肩と肘をもっと固めます。しかし、この外装は左腕だけ逃げが大きい。見た目の厚さに対して、内部の遊びが多い」
「バレるか?」
「職人が近くで見れば、違和感はあります」
困る。
「ただし、戦闘職や商人が遠目に見る分には、重装騎士に見えるでしょう。問題は、激しく動いた時です」
「変形時か」
「はい。盾装への変形はまだ誤魔化せます。重装騎士が盾を構えたように見える。しかし、剣装や射装へ移る時、左腕の外装が開きすぎる。そこを見られると、通常の重装騎士ではないと分かる」
やはりそこか。
俺は左腕の機装を見下ろす。
《古代変形機装》は、武器であると同時に腕の一部のように展開する。剣装では前方へ刃が伸び、盾装では前腕外側へ装甲が広がり、射装では細身の射出機構が腕の上に組み上がる。
その動きを完全に隠すことはできない。
だが、重装騎士の盾操作や特殊防具の展開に見せかけることはできる。
大事なのは、正体を隠すことだ。
強さを隠すのではない。
職業を固定して見せる。
黒鉄の重装騎士。
それ以外に見えなければ、今は十分だった。
「灰鉄の留め具を使えます」
グラン親方が言った。
「ただの固定具ではなく、衝撃を抱え込まず逃がす留め具です。左肩と肘の可動部に組み込めば、変形時の外装の揺れを自然な装甲展開に見せられるかもしれません」
「自然な装甲展開」
「重装騎士用の防御補助機構に見える、という意味です」
「いいな」
俺は頷いた。
「ただし、古代機装本体には触らない。外装側だけだ」
「承知しています」
グラン親方は即答した。
信用できる。
この人は、知らないものを知らないと言える。触れてはいけないものに触れない判断ができる。火を扱う職人として、かなり大事な資質だ。
一方で、きなこもちは左腕をじっと見ていた。
「きなこもち」
「触らないよ」
「まだ何も言っていない」
「言われる前に言った」
「見すぎだ」
「だって動きが気になるんだもん」
「気にするな」
「無理」
危険物である。
ーーーーー
黒鉄外装の調整は、予想以上に地味だった。
派手な新装備が生まれるわけではない。
伝説の鎧が光るわけでもない。
素材を炉に入れた瞬間、竜の幻影が現れて新スキルが解放されるわけでもない。
やることは、留め具の位置を少しずらし、肩当ての裏を削り、肘の内側に灰鉄の細い板を入れ、左腕の可動域を広げながら外見の厚みを保つ。
地味。
あまりにも地味。
だが、その地味さが重要だった。
戦闘で一番怖いのは、派手な攻撃ではなく、ほんの少し引っかかる装備だ。
変形硬直〇・四秒。
そこに外装の干渉が〇・一秒乗るだけで死ねる。
死因、肩当て。
嫌すぎる。
そんなログは残したくない。
第三炉の低温作業台で、グラン親方は黒鉄外装の左肩部を外した。きなこもちが横から覗き込み、灰鉄の細い留め具を並べる。
「灰鉄ってさ、主材にすると微妙だけど、こういうところに使うと本当にいいね」
「衝撃を逃がすからか」
「うん。普通の鉄留め具だと、力を受けた時に一点で噛む。でも灰鉄を薄く入れると、逃げができる。外れるんじゃなくて、力を横に流す感じ」
「壊れにくくなる?」
「壊れにくいというより、固まりにくい。変形するときに装甲が噛まない」
なるほど。
俺にとっては重要だ。
《古代変形機装》そのものは壊れないかもしれない。耐久値もない。だが、周囲の防具が引っかかれば、変形は遅れる。
機装が強くても、外装が邪魔をすれば意味がない。
強い武器を持った人間が、袖に引っかかって死ぬ。絵面が最悪だ。
グラン親方が調整した左肩部を、俺に渡す。
「仮装着を」
「ああ」
黒鉄外装の左肩を戻す。
重い。
だが、以前より内側に余裕がある。
俺は左腕の機装へ意識を向けた。
《盾装》。
黒銀の装甲片が展開し、左腕の外側へ盾を形成する。
その瞬間、肩当ての裏側で灰鉄留め具がかすかに鳴った。強く固定するのではなく、逃がすように揺れる。外装は大きく跳ねず、盾装の展開に合わせて自然に開いた。
見た目は、重装騎士の盾機構が起動したように見える。
「悪くない」
俺は言った。
きなこもちがにやりと笑う。
「でしょ」
「お前が偉そうにするな」
「あたしも作った」
「まあ、そうだな」
「素直に褒めてもいいんだよ」
「調整はいい」
「そこだけ?」
「そこだけだ」
「黒鉄さん、ケチ」
次に《剣装》。
盾がほどけ、金属片が前方へ伸びる。
剣の形を取る瞬間、肘側の外装がわずかに開く。以前なら、ここで黒鉄外装の端が機装の動きに引っかかりそうになっていた。今回は、灰鉄の細い板が力を逃がし、外装が滑るようにずれる。
まだ完全ではない。
だが、かなり良くなった。
外から見れば、左腕に仕込まれた騎士用の補助剣に見えなくもない。
いや、苦しいか。
だが、一瞬なら誤魔化せる。
最後に《射装》。
これは一番問題が出やすい。
細身の射出機構が腕の上に組み上がるため、重装騎士の外見と相性が悪い。銃や弩に近い構造は、盾役の装備としては不自然だ。
だから、今回は外装側に小さな覆いを追加した。
見た目だけなら、腕部装甲に収納された投射具に見える。
重装騎士が持っていても、ぎりぎりおかしくない。
ぎりぎりだ。
世の中、だいたいの偽装はぎりぎりで成り立っている。
「射装は、長く見せない方がいいですね」
ルナが言った。
「分かるか」
「はい。盾装は自然です。剣装も、近くで見なければ装備の一部に見えます。でも射装は、少し違います」
「だろうな」
「使うなら、短く。見られる前に戻す方がいいと思います」
「同感だ」
ルナの観察眼も鋭くなっている。
いや、元から鋭いのかもしれない。白銀の剣で戦う彼女は、相手の起こりや重心の乱れを見るのがうまい。装備の違和感も、それに近い感覚で拾っているのだろう。
グラン親方が記録を取る。
「盾装は自然。剣装は短時間なら許容。射装は露見リスク高。外装調整後も、運用で補う必要あり」
「結局、運用か」
「装備ですべてを解決することはできません」
「耳が痛い」
「職人としても、そこは譲れません」
良い職人ほど、装備を万能扱いしない。
道具は道具だ。
使う人間がしくじれば、いくら良い装備でも死ぬ。
逆に、癖のある装備でも、扱い方を詰めれば生きる。
《古代変形機装》など、その最たるものだ。
ーーーーー
次は、ルナの灰衣だった。
作業台に広げられた《根麻影踏の旅装》は、見た目には地味な灰色の外套だ。フードを深く被れば顔まで隠せる。肩から膝下までを覆うポンチョに近い形で、旅人にも、斥候にも、荒地を歩く傭兵にも見える。
派手さはない。
それがいい。
ルナの白銀は、目立ちすぎる。
髪も、剣も、光も。
本人にその気がなくても、彼女は視線を集める。だから、グレイム領では灰衣の外套で顔と髪を隠し、白銀の気配をできるだけ抑えてきた。
ただし、隠すことと、消すことは違う。
ここを間違えると危ない。
「内張りを増やすの?」
ルナが、作業台の外套を見ながら聞いた。
「増やすというより、流れを整える」
きなこもちが根麻布の薄い層を持ち上げた。
「前の旅装は、視線と湿気と魔力の流れを避ける感じだった。でも、根下炉記録を見た後だと、根麻布の使い方がもう少し分かってきた。通さないんじゃなくて、滑らせる。弾くんじゃなくて、逸らす」
「逸らす」
「そう。だから、白銀の光を完全に閉じ込めるんじゃなくて、外に漏れる方向を選ぶ」
ルナは少し黙った。
「全部隠すわけじゃないんですね」
「全部隠そうとすると、たぶん逆に歪む」
きなこもちは真面目な顔で言った。
「ルナちゃんの白銀って、ただの光じゃないでしょ。剣の芯みたいなものがある。それを布で無理やり押さえ込むと、たぶん動きが重くなる」
白銀の剣。
ルナの持つ、彼女自身の象徴のような力。
俺はそれを完全には理解していない。だが、白銀の試練を経て、ルナが何を得たのかは見てきた。
あれは、ただの攻撃力ではない。
心の姿勢に近い。
だから、外套で隠すとしても、押し潰してはいけない。
「アイズドさん」
ルナがこちらを見た。
「隠すのは、正体ですよね」
「ああ」
「白銀そのものを、消す必要はない」
「ない」
俺は答えた。
「むしろ、消すな。必要な時に使えないなら意味がない」
「でも、目立ちます」
「目立つだろうな」
「それでも?」
「目立たないために死ぬよりはいい」
ルナは一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく笑った。
「アイズドさんらしいです」
「褒めているのか?」
「はい」
「本当か?」
「たぶん」
「たぶんはやめろ」
きなこもちが、外套の内側へ根麻布の薄い層を合わせていく。
新しく追加するのは、胸元、肩裏、フードの縁、腰の動きを邪魔しない斜めの内張り。根麻布を重ねすぎると重くなるため、全体に厚くするのではなく、光や視線が抜けやすい場所だけを覆う。
さらに、灰鉄の小さな留め具を数箇所に入れる。
ただし、これは防御力を上げるためではない。
布が動いた時、流れを逃がすための支点だ。
「淀み対策まで行けそうだよね」
きなこもちがぽつりと言った。
「行かない」
俺は即答した。
「早い」
「お前が言うと思っていた」
「根麻で干渉を逸らして、灰鉄で揺れを逃がす。理屈だけなら、精神干渉系にも少し効きそうじゃん」
「理屈だけならな」
「駄目?」
「駄目だ」
俺ははっきり言った。
「世界樹系素材がない。フェネキア族上位者の承認もない。淀みに関する記録も、まだ外縁しか見ていない。竜種関連には触れていない。名前も見ていない。今ここで淀み対策装備として作るのは危険だ」
きなこもちは不満そうにしたが、反論はしなかった。
さすがに、禁忌文の記録が効いている。
名を記すな。
名を呼ぶな。
名を知ることは淀みへの門。
あの文章を見た後で、軽い気持ちで対策装備を作ろうとは言えない。
「じゃあ、今回は?」
「魔力や視線の流れを乱しにくくする旅装。そこまでだ」
「淀みは?」
「言葉にしない」
「試験も?」
「しない」
「保留?」
「保留」
「出た」
きなこもちが笑った。
俺は記録板に入力する。
《灰衣旅装 再調整》
《目的:顔貌および白銀光の露見軽減、可動域確保》
《根麻布内張り:追加》
《灰鉄留め具:少量追加》
《淀み対策装備としての扱い:保留》
《保留理由:世界樹系素材なし、フェネキア族上位者承認なし、淀み記録不足、竜種関連不使用》
また保留だ。
だが、書いておく。
やらない理由を残す。
それが、ノイズと同じにならないための線だ。
ーーーーー
調整後、第三炉の試験場を借りた。
試験場といっても、広い石床の部屋だ。壁は厚く、炉の熱から切り離されている。床には古い傷がいくつもあり、過去に何度も防具や武器の試験に使われたことが分かる。
まずは俺からだった。
黒鉄外装を身に着け、左腕の《古代変形機装》を閉じた状態で中央へ立つ。
グラン親方、きなこもち、ルナが壁際から見ている。
「黒鉄殿。盾装からお願いします」
「ああ」
意識を左腕へ。
《盾装》。
黒銀の装甲片が展開する。
左腕の外装がそれに合わせて開き、灰鉄留め具が低く鳴る。肩当ては跳ねない。肘も噛まない。以前より滑らかだ。
俺は盾を構え、前へ踏み込む。
重装騎士らしく見える。
少なくとも、遠目にはそうだ。
「次、剣装」
きなこもちの声。
盾を解除し、《剣装》へ。
展開硬直。
〇・四秒。
そこに外装の引っかかりは、ほとんどない。
刃が伸びる。
俺は一歩踏み込み、横薙ぎに振る。
黒鉄外装の肩が自然に追従する。
悪くない。
だが、剣装はやはり見られると怪しい。重装騎士の補助剣に見せるには、動きが鋭すぎる。
「剣装は短く使う」
俺は呟いた。
「長く見せると、重装騎士じゃなくなる」
「じゃあ、盾装を基本にして、剣装は一瞬だけ?」
ルナが聞く。
「ああ。外から見れば、盾騎士が一瞬だけ仕込み刃を使ったように見える程度がいい」
「射装は?」
「もっと短く」
試す。
《射装》。
左腕の機装が細身の射出機構へ変わる。
外装の覆いが動き、腕部装甲に仕込まれた投射具のように見える。
だが、やはり長く構えると不自然だ。
重装騎士が射撃をすること自体は珍しくない。だが、この機構は重装騎士の装備としては少し細すぎる。
一発撃つ。
すぐ盾装へ戻す。
これなら誤魔化せる。
「射装は牽制専用だな」
俺は言った。
「本気で撃ち合うなら、場所を選ぶ」
きなこもちが記録を取りながら頷く。
「黒鉄さん、だいぶ詐欺重装騎士になってきたね」
「戦術的秘匿だと言え」
「詐欺秘匿?」
「混ぜるな」
次はルナだった。
灰衣の外套をまとい、フードを深く被る。
白銀の髪は隠れている。
顔も影になって見えにくい。
腰の剣も、外套の布が覆っているため、ぱっと見では目立たない。
灰衣の旅剣士。
今のルナは、そう呼ぶのが一番近い。
「動きます」
ルナは短く言った。
次の瞬間、石床を蹴る。
外套が遅れずに流れた。
以前より動きが軽い。
根麻布の内張りが増えた分、重くなるかと思ったが、逆だった。布の流れが整い、余計なばたつきが減っている。
ルナが抜刀する。
白銀の光が一瞬だけ走った。
だが、以前ほど広がらない。
外套の内側を滑り、剣筋の周囲だけを照らす。光を消したのではない。通す場所を絞っている。
きなこもちが小さく声を上げた。
「おお。いい」
ルナはそのまま、仮想標的へ斬り込む。
一撃。
外套が揺れる。
白銀が漏れる。
だが、広がりすぎない。
二撃。
今度は光が外套の内側で反射し、腕の動きを隠す。
三撃目。
ルナは踏み込みを止め、剣を寝かせるように構えた。
白銀の光が、外へ出ずに剣身の近くへ留まる。
防御姿勢。
攻撃ではなく、受け流しのための白銀。
俺は思わず目を細めた。
今のはいい。
派手ではない。
むしろ、かなり地味だ。
だが、強い。
相手から見れば、剣の軌道が外套に隠れ、白銀の光が一瞬だけ遅れて見える。その遅れが、間合いを狂わせる。
目立つ光を、逆に目くらましではなく、認識のズレとして使っている。
「ルナ」
「はい」
「今のをもう一度」
ルナは頷き、同じ動きを繰り返す。
抜く。
斬る。
流す。
止める。
白銀を外へ爆発させるのではなく、剣と外套の間に留める。
やはり、いい。
「目立たないが、かなり強い」
俺は言った。
ルナが一瞬止まった。
「本当ですか?」
「ああ。相手の目が遅れる。剣筋が見えた時には、もう受け流しの形に入っている」
「よかった」
ルナは、少しだけ安心したように笑った。
「白銀を隠すだけだと、少し怖かったんです」
「怖い?」
「はい。自分の剣を、自分で否定しているみたいで」
それは、たぶん大事な感覚だった。
隠すことは必要だ。
だが、隠しすぎれば自分を否定することになる。
ルナにとって白銀は、ただの目印ではない。試練を越えて得た、自分の剣だ。それを完全に消す装備にしてしまえば、彼女の戦い方まで歪む。
「消す必要はない」
俺は言った。
「見せる相手と、見せる量を選べばいい」
「選ぶ装備ですね」
きなこもちが嬉しそうに言う。
「そうそう。消す装備じゃなくて、選ぶ装備」
「職人っぽいことを言うな」
「あたし職人だよ?」
「たまに忘れる」
「ひどくない?」
「危険物の印象が強い」
「もっとひどい」
ルナが笑った。
その笑いは、前より少し軽かった。
ーーーーー
最後に、二人で動作確認をした。
俺は黒鉄の重装騎士。
ルナは灰衣の旅剣士。
試験場の中央に立ち、簡易標的を相手に連携する。
俺が前に出る。
盾装で受ける。
見た目は重装騎士。
実際には、盾装の展開硬直を灰鉄留め具で逃がし、外装を噛ませない。
ルナが斜め後ろへ滑り込む。
灰衣の外套が剣筋を隠す。
白銀が一瞬だけ漏れる。
標的の腕を落とす。
俺は剣装へ変形。
短く一撃。
すぐ盾装へ戻す。
長く見せない。
射装は一瞬だけ。
標的の後方へ牽制射撃。
すぐ解除。
ルナがその隙に踏み込む。
外套の内側で白銀が揺れ、剣の軌道を隠す。
いい。
まだぎこちない。
俺の射装解除が一拍遅い。
ルナの二撃目で外套が少し浮きすぎる。
黒鉄外装の左腰が、剣装から盾装へ戻す時にわずかに揺れる。
完璧ではない。
だが、形にはなっている。
黒鉄と灰衣。
偽装の名前だったはずのそれが、戦闘スタイルとして少しずつ固まり始めている。
正体を隠すための装備。
だが、それだけではない。
隠したまま戦うための装備。
見せるものを選ぶための装備。
そして、グレイム領で守ったものを、次へ持っていくための装備。
面倒な話だ。
だが、少しだけ悪くない。
試験が終わると、きなこもちが大きく頷いた。
「うん。詐欺コンビ感が増した」
「褒めろ」
「褒めてるよ。黒鉄さんは重装騎士っぽいのに変形するし、ルナちゃんは旅人っぽいのに白銀が出る。見た目と中身のズレがいい」
「それは褒めているのか?」
「職人目線ではかなり」
グラン親方も静かに頷く。
「黒鉄殿の外装は、実戦でさらに調整が必要です。特に射装時の露見リスクは残ります」
「分かっている」
「ルナ殿の旅装は、白銀を完全に隠すより、流れを選ぶ方向で仕上げるべきでしょう」
「はい」
ルナはしっかり頷いた。
「この外套、前より動きやすいです」
「それは良かった」
きなこもちが胸を張る。
「根麻布、いい仕事してるでしょ」
「している」
俺が言うと、きなこもちは目を丸くした。
「え、素直」
「素材を褒めただけだ」
「あたしは?」
「暴走しなかった」
「それ褒めてる?」
「かなり」
「基準が低い」
ルナがまた笑った。
第三炉の試験場に、少しだけ穏やかな空気が流れる。
だが、俺の視界の端には、暫定管理記録が更新されていた。
《黒鉄外装 再調整完了》
《盾装偽装:良好》
《剣装偽装:短時間運用推奨》
《射装偽装:露見リスクあり》
《灰衣旅装 再調整完了》
《白銀光制御:部分成功》
《淀み対策装備化:保留》
《次項目:実戦検証》
出た。
次項目。
やはり、机上試験だけでは終わらない。
防具は実戦で試して初めて意味がある。
分かっている。
分かっているが、通知で出ると腹が立つ。
「アイズドさん」
ルナが横から覗き込んだ。
「また何か増えました?」
「実戦検証だ」
「必要ですね」
「必要だな」
「行きますか?」
「行くしかないだろうな」
俺はため息を吐いた。
休みは短い。
次の目的地は、旧採石場あたりがいいだろう。グレイム領周辺で、灰鉄外装と根麻旅装の動きを試せる場所。鉱石獣が出るなら、盾装の衝撃逃がしも確認できる。
また戦闘だ。
ようやく装備を直したと思ったら、次は試験。
最高のクソゲーは、相変わらず未処理項目を増やしてくる。
だが、左肩の動きは軽くなった。
ルナの外套も、前より自然に揺れている。
次へ進む準備は、少しずつ整っている。
「黒鉄さん」
きなこもちが言った。
「何だ」
「武器、触らなかったよ」
「偉い」
「子ども扱い?」
「危険物扱い」
「そっちの方がひどい」
「だが、今日は助かった」
きなこもちが一瞬黙った。
それから、にやっと笑った。
「素直に褒められると逆に怖いね」
「取り消すぞ」
「やだ。受け取る」
彼女はそう言って、調整した黒鉄外装の肩を軽く叩いた。
「次の実戦で、ちゃんと動くか見せてよ」
「ああ」
俺は左腕を軽く握る。
《古代変形機装》が低く鳴った。
黒鉄外装の下で、灰鉄留め具がその振動を静かに逃がす。
ルナが隣で灰衣のフードを被り直す。
白銀は外套の内側に隠れた。
完全には消えない。
だが、それでいい。
見せる時を選べばいい。
黒鉄と灰衣。
偽装の名だった二つは、少しずつ、俺たちの次の姿になり始めていた。
俺は試験場の扉へ向かいながら呟いた。
「防具っていうのは、案外、嘘をつくのがうまいな」
ルナが隣で答える。
「でも、守るための嘘なら、悪くないと思います」
「便利な言い方だ」
「アイズドさんが好きそうな言い方です」
「否定しづらい」
第三炉の火が、背後で静かに揺れていた。
武器は変えない。
変えるのは、それを隠し、支え、戦場へ運ぶための外側だ。
黒鉄の外装。
灰衣の旅装。
次の面倒へ向かうには、十分とは言えない。
だが、最初の一歩としては悪くなかった。




