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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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ネットの狂騒と白銀

 

 セレンとの対話を終え、俺は『空を抱く地下都市』のセーフゾーンである広場の片隅に腰を下ろした。

 天井を覆う世界樹の根の隙間から降り注ぐ淡い光を浴びながら、俺はシステムメニューを展開し、ルナがログインしてくるのを待つことにした。


 ただボーッと待っているわけにはいかない。

 俺は空中に透過設定のブラウザウィンドウを開き、EHOの公式フォーラムや外部の巨大匿名コミュニティにアクセスした。


 ワールドクエスト『七つの竜種の討伐』の発生、そして極光の氷原における異常事態。世界中のトッププレイヤーや企業勢が、今この瞬間、どのような情報を掴み、どう動いているのか。情報戦メタゲームにおいて、敵の動向を把握することは軍師の絶対条件だ。


 掲示板のタイムラインは、予想通り、いや予想を遥かに超える速度で滝のようにスクロールしていた。

 そのすべての話題が、あのキャメロット跡地に顕現した絶望の化身――『憤怒の竜』に集中している。


『おいおいおい! 極光の氷原の西側、マジでヤバいことになってるぞ!!』

『雪原だったはずのエリアが半分吹っ飛んで、マグマが噴き出してる! 吹雪と火山が同居してて、エフェクトがバグってんのかと思ったわ!』

『遠目からスクショ撮ってきた! 見ろよこれ、山よりデカい竜がいるぞ! 七つの竜の一角、まじやべえ!!』


 スレッドにアップロードされた一枚のスクリーンショット。

 そこには、俺とルナが目撃したあの終末的な光景が、遠距離からの荒い画質で切り取られていた。

 雪と氷の平原を真っ二つに割るように流れるマグマの河。その中心で、天を突く漆黒の双角を持った巨竜が、赤い業火のブレスを夜空に向けて吐き出している。相反する属性が混在する摩訶不思議で絶望的なエリアの誕生に、ネット上の熱狂は限界を突破していた。


『ヤバすぎだろ、これ……近寄っただけでスリップダメージで即死したんだが』

『トップギルドの偵察部隊が何十人も突っ込んでったけど、竜の咆哮一発で全員ロスト(消滅)してたぞwww』

『てか、ボスの頭上に表示されてるレベル見たか!?【Lv.121】ってなんだよ! 運営の調整ミスか!?』


 レベル121。

 その神に等しき数値を実際に目にしたプレイヤーたちの阿鼻叫喚が、画面の向こうから痛いほどに伝わってくる。

 だが、俺の視線が釘付けになったのは、その狂乱の書き込みに混ざって投下された、冷静な『考察班』たちの議論だった。


『現在のプレイヤーのレベルキャップは80だぞ。レベル差10以上のダメージはシステム上完全にカット(Resist)される。ってことは、絶対に真っ当に殴り合って倒せるボスじゃない』


『じゃあ、運営が仕掛けた負けイベントか? 次の大型アップデートでの「仕様変更」を待つのが正解じゃないか?』


『いや、あるいは隠されたギミックを利用して、ドラゴンのレベルを下げるか弱体化させるイベントアイテムを探すしかないってことか?』


『待てよ。もし、この世界にもう一つ隠されたクエストがあるとしたら? ボスを弱体化させるんじゃなく、俺たちのレベルキャップを解放する「上限解放クエスト」がどこかに存在するんじゃないか?』

『マジかよ! じゃあ怪しい高難易度ダンジョンとか、手当たり次第に人海戦術でしらみ潰しに探してみるしかねぇぞ!』


 ドクン、と。

 俺の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


(……マズいな)


 俺はブラウザのウィンドウを乱暴にスワイプし、舌打ちをした。


 ハイエナどもの集合知を舐めていた。彼らの疑心暗鬼と焦燥感は、確実に「真理」へと近づきつつある。

 マーリンが上限解放の試練の入り口だと示した『星幽の廃観測所』は、これまでプレイヤーたちの間では、奥へ行っても特に何もない『ただの行き止まりの高難易度ダンジョン』として扱われていた。

 だが、企業勢の解析班が血眼になって既存のダンジョンを人海戦術でしらみ潰しに漁り始めれば、いずれ必ずあの廃観測所の最深部に辿り着き、上限解放のヒント(要求アイテムのリストなど)を得てしまうだろう。


「……急がねえと」


 焦りが、俺の背中を冷たく撫でる。

 試練を乗り越え、レベル90の力を手に入れなければ、あの憤怒の竜はおろか、群がってくるハイエナどもにすら押し潰されてしまう。俺は無意識のうちに貧乏揺すりを始め、虚空の時計ウィジェットを何度も確認していた。


「――お待たせしました、アイズドさん!」


 その時。

 俺の背後で光の粒子が舞い散り、銀の鈴を転がすような、どこまでも澄み切った凛とした声が響いた。


 ハッとして振り返った俺の目に飛び込んできたのは、世界樹の根から降り注ぐ光を浴びて実体化する、一人の少女の姿だった。


「ルナ……」


 上質な蒼色の軽装鎧に身を包み、腰には白銀の片手剣を携えた最強のアタッカー。

 彼女は少し照れくさそうに、けれど満面の笑みを浮かべて俺の前に立った。


「ふふっ、さっき現実リアルのカフェで会ったばかりですけど……ゲームの中のアイズドさんに会うのは、一日ぶりですね!」


 そう、ルナとはつい数時間前にカフェで奇跡的な身バレ遭遇を果たしたばかりだが、ゲームの中で顔を合わせるのは、あの地獄のようなキャメロットからの脱出劇以来、丸一日ぶりだった。


「……ああ、本当にな」


 俺は立ち上がり、苦笑交じりに彼女の頭を軽くポンと叩いた。


「さっきは本気で寿命が縮むかと思ったぜ。まさかあんなところで出くわすとはな」

「あはは、ごめんなさい! でも美咲ちゃんも、憧れの『ジン様』とフレンドになれたって、あのお茶の後は別れるまでずっと大興奮で大変だったんですよ?」


 現実世界でのドタバタ劇を思い出し、ルナがコロコロと笑う。

 彼女の表情には、キャメロットでの死闘の疲労や、住民たちを失ったトラウマはすっかりと拭い去られていた。現実での休息と、大学の友人との他愛ない日常を経て、彼女の心は完全にリフレッシュされているようだった。


「たっぷり寝て、ご飯もいっぱい食べてきました! HPもMPも、気力もバッチリ全快です!」


 ルナが胸を張り、眩しいほどの笑顔でピースサインを作って見せる。


 たったそれだけのことだ。

 ただ彼女が戻ってきて、俺の隣で笑いかけてくれただけで。先ほどまで俺の心を黒く塗り潰していた焦燥感や、企業勢への警戒心といった濁った感情が、嘘のようにスゥッと晴れていくのを感じた。


(……ああ、そうだったな)


 俺は小さく息を吐き出し、口角を吊り上げた。

 企業勢の探索がなんだ。神話のバケモノがなんだ。俺の隣には、システムの理不尽すらも直感とセンスで斬り伏せる、それ以上の化け物がいるのだから。


「それじゃあ行きますか」


 俺はブラウザのウィンドウを空中で握り潰して消去し、力強く頷いた。


「外のハイエナどもが、ついに上限解放の可能性に気づきやがった。人海戦術で怪しいダンジョンを漁り始めれば、『星幽の廃観測所』の秘密に到達されるのも時間の問題だ。……のんびりしている暇はなくなったぞ」


「じゃあ、早くモードレッドさんたちを呼んで――」

「いや。今回のアイテム探しは、俺とお前、二人だけで行く」


 俺の言葉に、ルナが驚いたように目を丸くした。


「マーリンから提示されたお使いのアイテムは、神話の時代から誰にも見つけられていない未知の代物だ。目立つ円卓の騎士を連れて大所帯で動くより、俺たちの機動力だけで隠密に動いた方が効率がいい。彼らには、この地下都市でキャメロットの住人たちを護ってもらう」


「なるほど、分かりました。アイズドさんと二人なら、どこへでも行けます!」


 ルナは素直に頷いた。


「それと、もう一つだ。このアイテム探しと並行して……俺とお前のレベルを、現在のシステムのカンストである『80』まで引き上げる」

「レベル80に……ですか?」

「ああ。試練を突破してレベル90になるにせよ、まずは土俵である80に到達しておく必要がある。今のお前はレベル76だ。それに、80になれば、そこらの企業勢に絡まれても、同レベル帯なら相手も簡単には仕掛けられないからな」


 俺の提案に、ルナは腰の白銀の剣をポンと叩き、サファイアブルーの瞳に絶対的な自信の光を宿した。


「ふふっ、望むところです。アイズドさんの背中は、私が斬り払って守りますから」


 丸一日というゲーム内の時間を経て、再び集結した二人だけのパーティ。

 未知のアイテム探索と、怒涛のレベル上げ。

 狂乱するネットの海を尻目に、誰も到達したことのない『レベル90』の景色を見るための、泥臭くも痛快な冒険の幕が再び上がろうとしていた。

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