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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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底知れぬ世界と、心地よい帰還


「レベルキャップの上限解放」――MMORPGをプレイする者にとって、これほど血湧き肉躍る言葉はない。


 だが、経験上、それは同時に運営が用意した極悪な延命措置ストッパーであることがほとんどだ。途方もない数のモンスターの討伐、ドロップ率コンマ一パーセント以下のレア素材を何百個も集めるマラソン、あるいは狂った難易度のボスラッシュ。

 狂王アーサーや憤怒の竜の理不尽さを思い返せば、これから俺たちが挑む「神話の深淵へ至る試練」も、間違いなく血反吐を吐くような地獄の難易度だと覚悟していた。


「で、マーリン。俺たちをどこへ導いてくれるんだ? その試練とやらについて、そろそろ口を割ってもらおうか」


 絶対の安全圏である『空を抱く地下都市』の、フェネキア族からあてがわれた一室。

 ルナが現実世界での休息のためにログアウトし、俺は疲労困憊の円卓の騎士たちを休ませた後、テーブルの上で優雅に毛繕いをしている小動物の魔術師を睨みつけた。


『まあまあ、そんなに急かさないでおくれよ、狂気の軍師君』


 マーリンはビー玉のような瞳を俺に向け、どこから話したものかと短く悩むような仕草を見せた。


『まず前提として、この世界の真のレベル上限――最高到達点は「120」だ。君たちが目指すレベル90というのは、その神の領域へ至るための最初の関門に過ぎない』

「120……」


 俺は息を呑んだ。あのレベル121の憤怒の竜は、つまりプレイヤーが到達し得る理論上の最高値をさらに一つ超えた、文字通りの規格外だったということだ。


『そして、その最初の関門であるレベルキャップ解放の試練なんだけどね』


 マーリンはニヤリと、小動物らしからぬ老獪な笑みを浮かべた。


『君たち開拓者の言葉で分かりやすく言うなら……ただの「お使い」さ』

「…………は?」



 俺の口から、間の抜けた声が漏れた。


『指定されたアイテムをいくつか集めて、星幽の廃観測所の隠し扉に持っていく。ただそれだけ。強力なボスを倒す必要もないし、複雑なギミックを解く必要もない。文字通りの、単純なお使いクエストだよ』


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れた。


「なんだ、ただのお使いクエストかよ! 拍子抜けさせやがって!」


 俺はテーブルをバンッと叩き、腹の底から笑い声を上げた。


「はっははは! 楽勝じゃねえか! そんなもん、パパッと素材を集めて納品して終わりだろ! さっさと上限突破してレベル90になっちまえば、外で血眼になってる最前線のハイエナどもやPKに怯えずに済むぜ! ガッハッハッ!」


 レベル差10によるダメージ無効化の絶対法則。

 それがただのお使いで手に入るなら、これほど美味しい話はない。俺の脳裏にはすでに、レベル80のカンストでイキり散らしている企業勢どもを、圧倒的なステータスで蹂躙する痛快なビジョンが浮かんでいた。


『あはは、そうだね。じゃあ、これが集めてきてほしいアイテムのリストだよ』


 マーリンが短い前足を振ると、空中に半透明のホログラムが展開された。

 俺は高笑いしたまま、そのリストに目を落とした。


・『星天の脈石』 ×3

・『忘却された世界樹の琥珀』 ×1

・『深淵を覗く者の涙』 ×5


「…………え?」


 俺の笑い声が、ピタリと止まった。


「……なんだ、これ」


 俺は目をこすり、もう一度そのリストを凝視した。見間違いではない。


『星天の脈石』? 『忘却された世界樹の琥珀』?

 白騎士団の軍師として、このゲームに存在する全アイテムのデータベースを脳に叩き込み、市場の相場を1ゴルド単位で管理していたこの俺が……見たことも、聞いたこともないアイテム名だった。


「おい、マーリン……。これ、どこでドロップするんだ? 採取ポイントは? どのエリアのモンスターが落とす?」

『さあ? それを見つけるのが、開拓者の仕事だろう?』


 マーリンは飄々とした態度で尻尾を揺らした。


『何しろ、数千年前の神話の時代から誰にも見つけられていないアイテムだからね。ネットの海をどれだけ探したって、答えはどこにも載ってないよ』


 俺は、完全に絶句した。

 お使いクエスト。確かにそれは、RPGにおける最も基本的なクエスト形式だ。

 だが、「どこにあるのか全く分からない、存在すら知られていない未知のアイテムを探し出せ」というお使いは、明確なボスを倒すよりも遥かにタチが悪く、途方もない労力とリアルラックを要求される地獄の試練だった。


(……やられた。クソAI『アルファ』め、どこまでも性格が悪い)


 俺は頭を抱え、深く項垂れた。


 だが。

 絶望的な溜め息をついた直後、俺の胸の奥底から、どうしようもないほどの『高揚感』がフツフツと湧き上がってくるのを感じた。


(……すげぇな、このゲームは)


『エターナル・ホライゾン・オンライン(EHO)』がサービスを開始してから、現実世界で一年半。数千万人のプレイヤーが日夜ログインし、マップの隅々まで探索し尽くし、世界中のあらゆる攻略サイトで情報が共有されている。

 この世界はすでに「攻略され尽くした」と、プロの連中は高を括っていた。俺自身も、そう思っていた。


 だが、違うのだ。

 一年半という歳月が経過してなお、検索エンジンにもデータベースにも一切引っかからない、誰も見たことのない未知の領域とアイテムが、この世界のどこかにまだ隠されている。

 まるで、大海原の底に沈む宝箱のように。


 俺の全身に鳥肌が立った。

 底知れない、この仮想世界の広大さと奥行きの深さ。

 システムが用意したマニュアル通りのレールを外れた先には、俺たちプレイヤーの想像を遥かに超える、途方もない未踏の領域が広がっていたのだ。


「……ははっ。もしかして俺たち、この世界の半分も遊び尽くしてないんじゃないか?」


 俺は思わず、少年のように目を輝かせて笑みをこぼした。

 未知のアイテムを探し出す。ヒントはゼロ。

 それは労働ではない。プロゲーマーとしての作業でもない。これこそが、俺がずっと求めていた、純粋で最高にイカれた『冒険』そのものではないか。


「上等だ。そのお使い、完遂してやるよ」


 俺はマーリンに向かって不敵に笑うと、システムメニューを開いた。

 ルナが戻ってくるまでの間、俺も一度現実リアルに帰還し、限界を超えて焼き切れた脳を休ませる必要がある。


『ログアウトしますか?』


 空中に浮かんだ確認ウィンドウ。

 俺は小さく息を吐き出し、深く、心地よい疲労感に身を委ねた。


 狂王アーサーとの絶望的な死闘。そして、この世界の深淵を覗き込んだ濃密な一日。

 神経をすり減らすような極限の戦闘の連続だったが、その疲れすらも、今の俺にとっては極上のスパイスのように感じられた。


(待ってろよ、まだ見ぬ未知の世界)


 ログアウトの「YES」ボタンをタップする。

 視界が静かに暗転していく中、俺の心はすでに、これから始まる途方もない「お使いクエスト」への期待とワクワク感で、はち切れんばかりに膨れ上がっていた。

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