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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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灰鉄原鉱と根の布


 素材には、名前がある。


 鉄鉱石。


 麻布。


 木材。


 薬草。


 革。


 ゲームでは当たり前のように表示される名前だ。プレイヤーはそれを見て、用途を判断する。剣に使うのか。鎧に使うのか。ポーションに使うのか。売るのか。捨てるのか。倉庫に放り込んで二度と見ないのか。


 大半の素材は、そうやって処理される。


 名前があり、等級があり、説明文があり、用途がある。


 だから、分かった気になる。


 だが、古代書庫の分類台帳を見ていると、そんな分かった気分が、かなり雑なものに思えてくる。


 古代の素材分類は、現代の素材台帳と違っていた。


 今の台帳は、だいたい用途で分ける。


 剣向け。


 防具向け。


 布向け。


 薬品向け。


 魔導具向け。


 それは分かりやすい。分かりやすいものは便利だ。便利なものは広まる。広まったものは、いつの間にか正しいものの顔をする。


 だが、古代書庫の素材分類は違った。


 そこでは、素材は用途ではなく、由来と性質の流れで繋がれていた。


 どこから派生したか。


 何の魔力を受けて育ったか。


 どんな熱で起きるか。


 何を抱え、何を逃がすか。


 そういう関係性で、鉱石も布も木材も炉心材も、一本の樹形図のように並んでいる。


 見た目は素材台帳だ。


 だが、読んでいる感覚は家系図に近い。


 グラン親方が「素材の血筋」と言ったのは、かなり正しかった。


 そして、血筋というものは面倒だ。


 近いから同じ、とは限らない。


 同じ名前だから同じ性質、とも限らない。


 逆に、名前が違っていても似た性質を持つことがある。


 現実でもゲームでも、血筋という単語が出てくると大抵揉める。素材まで揉めるとは思わなかったが、このゲームはそういうところで手を抜かない。


 古代書庫の石台の上に、昨日限定複写した分類断片を再展開する。


 《灰鉄原鉱》


 《根麻系織布》


 その二つの文字が、淡い光で浮かんだ。


 俺、ルナ、きなこもち、グラン親方の四人は、書庫の中央にある石台を囲んでいた。


 今日は深層記録には触れない。


 世界樹周辺分類にも触れない。


 フェネキア族地下記録にも触れない。


 理外創成の断片記録も、今日はまだ保留だ。


 今日見るのは、あくまでリーフェ村の素材に関係する可能性がある分類だけ。


 ……と、何度も言い聞かせている。


 主に、きなこもちに。


「黒鉄さん、理外創成の項目がこっちにちらっと見えてる」


「見るな」


「視界に入る」


「目を閉じろ」


「職人にそれは無理」


「なら職人を一時停止しろ」


「もっと無理」


 朝からこの調子である。


 きなこもちは、古代書庫に入ってからずっと落ち着きがない。炉の前にいる時の興奮とはまた違う。あれが火に向かう高揚なら、今のこれは紙に向かう発火だ。紙に火が移ったら大惨事なので、本当にやめてほしい。


 グラン親方は対照的に静かだった。


 静かだが、目は鋭い。


 彼は職人として、そして第三炉の査定士として、古代分類を慎重に読もうとしている。自分の知識と照らし合わせ、現代の素材台帳との違いを確かめ、どこまで使える記録なのかを測っている。


 ルナは、二人の間で少し不思議そうに分類図を見ていた。


 彼女にとって、素材分類はまだ馴染みの薄いものだろう。剣を振るうこと、避けること、敵の動きを読むことには強い。だが、鉱石と布の血筋を読むのは別の話だ。


 それでも、彼女は真剣だった。


 自分の《根麻影踏の旅装》に関わる話だと分かっているからだ。


「まず、灰鉄原鉱から確認する」


 俺は石台を操作した。


 空中に、灰色の枝が広がる。


 上位にある《灰鉄原鉱》から、いくつもの派生素材が下へ伸びていた。読めない項目も多い。変換不能。欠損。閲覧制限。そういう表示が混じっている。


 その末端近くに、現代語で変換された文字がある。


 《灰鉄鉱》


 きなこもちが、軽く息を吸った。


「やっぱり、繋がってる」


「可能性だ」


 俺は釘を刺す。


「この《灰鉄鉱》が、リーフェ村産のものと完全に一致する保証はない。名前が同じだけの別系統かもしれない」


「でも、性質は近い」


「それは認める」


 詳細を開く。


 古い文字がいくつか現代語へ変換される。


 《灰鉄原鉱》


 《熱を抱えすぎず、衝撃を横へ逃がす》


 《剣芯への適性は低い》


 《外殻、緩衝、根部補強への適性が高い》


 《魔力を受け止めず、流す性質あり》


 グラン親方が、低く唸った。


「公開査定で確認した灰鉄鉱の性質と一致しますな」


「ああ」


 俺は頷く。


 公開査定で、灰鉄鉱は剣や単純な重鎧向きではないことが分かった。だが、衝撃を逃がす緩衝留め具や、俺の《灰鉄幻装外殻》には向いた。


 今、古代書庫の記録も同じことを言っている。


 剣芯への適性は低い。


 外殻、緩衝、根部補強への適性が高い。


 つまり、リーフェ村の灰鉄鉱が低品質だったわけではない。


 評価軸が間違っていた可能性が高い。


「リーフェ村の鉱石は、悪いものじゃなかったんですね」


 ルナが言った。


「悪い素材ではない」


 グラン親方が答える。


「ただ、用途を見誤られていたのでしょう。剣に向かないから低評価。高級重鎧に向かないから低評価。だが、それは素材全体の価値ではなく、一部用途への適性にすぎない」


「人を見る時みたいですね」


 ルナがぽつりと言った。


 俺は少しだけ彼女を見る。


「どういう意味だ」


「えっと……一つのことが苦手だから、全部駄目って言われる感じです」


 その言葉に、書庫が少し静かになった気がした。


 きなこもちも、グラン親方も、すぐには何も言わなかった。


 素材の話だ。


 だが、それだけではない。


 灰鉄鉱は剣になれない。


 だから低評価。


 根麻布は魔力を通しにくい。


 だから低評価。


 そうやって、一つの使い方に合わないものを、まるごと下に見る。


 それは、人間にもよくある。


 戦闘に向かない生産職。


 目立たない支援役。


 前に出ない指揮役。


 都合のいい役割に入らない誰か。


 評価軸が狭い場所では、全部まとめて低く見られる。


 そう考えると、少し気分が悪くなった。


「いい見方だ」


 俺は言った。


 ルナが驚いたように顔を上げる。


「褒めました?」


「事実だ」


「今日は早いです」


「何がだ」


「事実が出るのが」


「慣れるな」


 ルナはフードの奥で少し笑った。


 きなこもちがにやにやしているので、見なかったことにした。


ーーーーーー


 灰鉄原鉱の記録を、さらに読み進める。


 読める範囲は限られている。


 いくつかの項目は欠けているし、上位素材らしき部分には閲覧制限がかかっている。世界樹周辺分類に繋がる枝もあるが、そこは触れない。


 触れない。


 きなこもちの視線がそこへ吸い寄せられているが、触れない。


 俺は指で分類図の一部だけを固定した。


 《灰鉄鉱:現代用途断片》


 《外殻補助》


 《緩衝具》


 《衝撃拡散材》


 《可動部補強》


 これなら公開してもよい。


 古代原鉱という名前は出さない。


 世界樹に繋がる枝も出さない。


 灰鉄鉱が外殻や緩衝具に向くという用途情報だけを、炉会議へ提出する。


 グラン親方が頷いた。


「この範囲なら問題は少ないでしょう。リーフェ村の素材評価を補強できます」


「買い占めは?」


 きなこもちが聞く。


「用途情報だけでも起きる可能性はある」


 俺は答えた。


「だから、公開先を炉会議と監査付き素材評価に限定する。市場全体への一般公開はまだしない」


「隠すんだ」


 きなこもちの声に、責める色はない。


 ただ、確認だった。


「隠すというより、順番をつける」


「同じように聞こえるけど」


「違う」


 俺は言った。


「ノイズは、自分に都合の悪い情報を隠した。俺がやるのは、情報が人を傷つける前に、扱う場所を決めることだ」


 ルナが静かにこちらを見る。


 グラン親方も黙って聞いていた。


「灰鉄鉱が外殻に向く。それは出していい。だが、古代原鉱の末端かもしれない、なんて情報をそのまま流せば、商人がリーフェ村へ押し寄せる。鉱山の所有権や採掘権に手を伸ばすやつも出る。偽物も出る」


「リーフェ村がまた狙われる」


 ルナが言った。


「ああ」


 情報で村を救える。


 同じ情報で村を焼くこともできる。


 だから、公開範囲を決める。


 そして、その理由を記録に残す。


「この保留判断は、炉会議へ提出する。俺一人の判断で終わらせない」


 俺は石台に入力した。


 《情報区分案》


 《灰鉄鉱用途断片:炉会議限定公開》


 《灰鉄原鉱名称、上位分類、世界樹関連枝:保留》


 《保留理由:市場混乱、供給村への過剰干渉、未確認分類の誤用防止》


 《判断確認:炉会議へ提出》


 これでいい。


 隠すなら、隠す理由も残す。


 俺がノイズと同じにならないためには、そうするしかない。


 グラン親方が静かに言った。


「適切だと思います」


 きなこもちも、小さく頷いた。


「ちょっとつまんないけど、正しい」


「つまらなさは必要経費だ」


「黒鉄さん、そういうこと言うから暫定管理者向いてるんだよ」


「やめろ。不名誉だ」


「褒めてる」


「なお悪い」


ーーーーーー


 次は、根麻布に関わる分類だった。


 石台に、別の樹形図を表示する。


 鉱石の枝とは違い、こちらは繊維や根、樹皮、覆布に関わる分類が多い。名前の大半は読めない。現代語に変換されないものもある。古い記録の欠損も多かった。


 その中に、《古代根系繊維》という分類がある。


 そこからいくつかの枝が分かれ、末端近くに《根麻系織布》という項目が浮かぶ。


 リーフェ村の根麻布と同一かは分からない。


 だが、性質はかなり近い。


 詳細を開く。


 《根麻系織布》


 《湿りを拒む》


 《形を記憶する》


 《魔力伝導は低い》


 《外套、覆布、可動部保護に向く》


 《魔力を通す用途ではなく、魔力を避ける用途に適する》


 ルナが、自然と自分の外套に触れた。


 《根麻影踏の旅装》。


 リーフェ村の根麻布を使い、顔と髪を隠し、足捌きを邪魔しないよう作った外套型防具。


 昨日の設計判断と、古代分類の記述が重なる。


「魔力を避ける布……」


 ルナが呟いた。


「だから、私の外套に合ったんですか?」


「可能性はある」


 俺は答える。


「お前の外套は、白い力を強くするためのものではない。外からの干渉を避けて、形を保ち、動きを邪魔しないためのものだ」


 白銀の剣気。


 ここではそう言わない。


 きなこもちもグラン親方も、そこには踏み込まない。


 ルナも察したように頷いた。


「根麻布は、魔力が通りにくいから駄目なんじゃなくて、通りにくいからいい時があるんですね」


「そういうことだ」


 グラン親方が言った。


「魔力伝導が高い布は、強化や付与には向く。だが、外からの魔力汚染や湿気を避けるなら、低伝導の方が働くこともある」


 きなこもちが得意げに胸を張る。


「ほら、昨日言ったでしょ。通らないなら通さなければいいって」


「確かに言ったな」


「もっと褒めてもいいよ」


「調子に乗るな」


「もう乗ってる」


「降りろ」


 ルナが笑った。


 書庫の中なのに、少しだけ第三炉の空気に近づいた気がした。


 根麻系織布の情報も、公開範囲を分ける。


 出していいのは、


 根麻布が耐湿性、形状復元、外套や可動部保護に向くという用途情報。


 出さないのは、


 古代根系繊維。


 世界樹周辺分類へ繋がる枝。


 上位素材名。


 未確認の関連記録。


 俺は石台へ入力する。


 《情報区分案》


 《根麻布用途断片:炉会議限定公開》


 《用途:外套、覆布、可動部保護、耐湿処理》


 《古代根系繊維名称、上位分類、世界樹関連枝:保留》


 《保留理由:未確認分類の誤用防止、供給村への過剰干渉防止》


 《判断確認:炉会議へ提出》


 これで、灰鉄鉱と根麻布の両方について、最低限の価値は補強できる。


 リーフェ村は、低品質素材の村ではない。


 用途を見誤られていた素材の村だ。


 その認識を広げられれば、村の扱いは変わる。


 ただし、急に変わりすぎると壊れる。


 価格が跳ねれば、商人が群がる。


 素材を奪い合えば、村が荒れる。


 過剰採掘や過剰収穫が起きれば、結局供給が死ぬ。


 だから、ゆっくり変える。


 面倒だ。


 だが、面倒を省くと大抵ろくなことにならない。


ーーーーーー


 分類記録を整理していると、石台の端に別の注記が浮かんだ。


 《現代分類との照合を行いますか?》


 俺は少し迷った。


 照合。


 便利そうな言葉だ。


 便利そうな言葉は危ない。


 だが、今の目的には必要でもある。


 現代素材台帳と古代分類の差分を見れば、どの評価基準がずれているかが分かるかもしれない。


「グラン親方」


 俺は言った。


「現代分類との照合は、第三炉側の記録と繋がるか」


「おそらく、現代素材台帳の写しが必要になります。私の権限で第三炉の公開記録は出せますが、領主館全体の台帳は黒鉄殿の暫定権限が必要でしょう」


「また俺か」


「またです」


 正直でよろしい。


 よろしいが、つらい。


 俺は暫定管理権限で、現代素材台帳の一部だけを開く。


 対象はリーフェ村産の灰鉄鉱と根麻布。


 それ以外は開かない。


 余計なものを見ると、余計な仕事が増える。


 これは経験則ではなく、もはや法則だ。


 《現代素材台帳:限定照合》


 《対象:リーフェ村産灰鉄鉱/根麻布》


 《照合範囲:素材評価、用途分類、買い取り等級》


 《照合結果を表示します》


 結果が出る。


 リーフェ村産灰鉄鉱。


 現代分類では、剣材適性低、重鎧主材適性低、魔力伝導低、総合評価三等級下位。


 古代分類断片では、外殻、緩衝、可動部補強に適性。


 現代台帳には、それらの項目がほとんどない。


 リーフェ村産根麻布。


 現代分類では、魔力布適性低、付与効率低、染色安定中、総合評価三等級中位。


 古代分類断片では、耐湿、形状記憶、覆布、可動部保護に適性。


 こちらも、現代台帳では評価項目が薄い。


 つまり、評価基準そのものが足りていない。


「点数表に、見るべき項目がなかった」


 俺は呟いた。


 ルナがこちらを見る。


「項目がない?」


「ああ。灰鉄鉱は剣や重鎧の主材として見られていた。根麻布は魔力を通す布として見られていた。けれど、本当に向いている用途の項目が、評価表にほとんど入っていない」


「じゃあ、低く見られますね」


「そうだ」


 試験に出ない能力は、点数にならない。


 点数にならない能力は、ないものとして扱われる。


 素材でも、人でも、それは同じらしい。


 嫌な一致だ。


 グラン親方の顔は厳しかった。


「これは、炉会議で扱うべき内容です。素材評価項目そのものの見直しが必要になる」


「今すぐ全面改定はしない」


 俺は言った。


「もちろんです。ですが、少なくともリーフェ村素材については、追加評価項目を設定できる」


「外殻・緩衝・耐湿・可動部保護。その辺りか」


「はい」


 きなこもちが、楽しそうに指を鳴らした。


「評価項目が増えれば、他の村の素材も見直せるかもね」


「可能性はある」


 俺は答えた。


「だが、そこまで広げるとまた未処理申請が増える」


「もう増えてるでしょ」


「黙れ」


 増えている。


 分かっている。


 視界の端で暫定管理アイコンが震えた気がしたが、俺は見なかったことにした。


 今は素材分類だ。


 申請書ではない。


 絶対に違う。


 俺は照合結果を炉会議向け記録としてまとめる。


 《炉会議提出案》


 《リーフェ村産灰鉄鉱:追加評価項目》


 《外殻補助、緩衝具、衝撃拡散材、可動部補強》


 《リーフェ村産根麻布:追加評価項目》


 《耐湿覆布、外套、可動部保護、形状復元補助》


 《注意:古代上位分類、世界樹関連項目は非公開保留》


 《理由:市場混乱防止、未確認情報の誤用防止》


 ここまでなら、使える。


 リーフェ村の素材価値を上げる。


 ただし、爆発させない。


 素材を守り、村を守り、工房の評価基準を少し広げる。


 それが今日の成果だ。


ーーーーーー


 書庫を出る前に、ルナが石台の前で足を止めた。


「アイズドさん」


「何だ」


「リリィちゃんたちには、どこまで話すんですか?」


 良い質問だった。


 それは、俺も考えていた。


 リーフェ村の素材に関する話なら、村に伝えるべきだ。


 だが、古代原鉱や世界樹の話まで伝えれば、村に余計な重荷を背負わせることになる。


 リリィは賢い。


 ロアン村長も誠実だ。


 だが、誠実だからこそ、知った情報を抱え込めば苦しむかもしれない。


「伝えるのは、用途の話までだ」


 俺は言った。


「灰鉄鉱は外殻や緩衝具に向く。根麻布は外套や可動部保護に向く。今までの評価は、用途が狭かった可能性がある。そこまで」


「古代分類は?」


「言わない」


「どうして?」


「リーフェ村がそれを守る力をまだ持っていないからだ」


 少し強い言い方になった。


 ルナは黙って聞いている。


「知ることが助けになる時もある。だが、知ったせいで狙われることもある。今、村に必要なのは、素材を正しく売るための評価項目だ。古代の血筋ではない」


 ルナはしばらく考えた。


「隠すのは、守るためですか」


「そうしたいと思っている」


「思っている?」


「本当にそうなっているかは、後で確認する必要がある」


 俺は自分で言いながら、少し嫌になった。


 こういうところが面倒なのだ。


 正しいつもりで隠した情報が、後で誰かを苦しめることもある。逆に、全部公開して壊れることもある。


 完全な正解はない。


 あるのは、その時点で理由を残し、後で見直せるようにすることだけだ。


「だから、この保留判断も記録に残す。炉会議と村代表に、公開範囲を確認してもらう。俺一人の判断で閉じたままにはしない」


 ルナは小さく頷いた。


「それなら、いいと思います」


「お前の許可が出て安心した」


「皮肉ですか?」


「少し」


「でも、安心したのは本当ですか?」


「……少しな」


 ルナは、フードの奥で笑った気配がした。


 きなこもちが横から言う。


「黒鉄さん、最近素直成分増えてない?」


「お前の口数よりは少ない」


「それはそう」


「認めるのか」


 グラン親方が静かに笑った。


 古代書庫の空気が、少しだけ柔らかくなった。


 だが、その奥にはまだ触れていない記録が眠っている。


 世界樹周辺分類。


 フェネキア族地下記録。


 理外創成断片。


 深層分類。


 今日はそこへ行かない。


 今日得た情報だけで、すでに十分重い。


ーーーーーー


 書庫を出るとき、石台に短い通知が残った。


 《素材分類台帳 基礎層閲覧完了》


 《灰鉄鉱、根麻布の用途照合を記録》


 《炉会議提出案を作成》


 《次回閲覧候補:理外創成 断片記録》


 《閲覧条件:素材提供者の同意記録、職人実績記録》


 きなこもちの視線が、最後の一行で止まった。


 昨日も見た記録だ。


 だが、今日は少し意味が違う。


 灰鉄鉱と根麻布の古代分類を読み、リーフェ村の素材価値が別の角度から見えた。


 そのうえで、理外創成の閲覧条件に、素材提供者の同意記録と職人実績記録が必要だと出ている。


 つまり、古代書庫は、素材を勝手に燃やす職人を歓迎していない。


 素材を出す者と、作る者。


 その関係まで見ている。


 少なくとも、そう見える。


「素材提供者の同意、か」


 きなこもちが呟いた。


「公開査定の時、リリィちゃんたちから預かった記録がある」


「あるな」


「それ、使うことになるかもね」


「かもしれない」


「怖いね」


 その声は軽くなかった。


 職人として、理外創成の奥に触れられるかもしれない。


 だが、それは同時に、誰かの素材を灰にする危険と向き合うことでもある。


 きなこもちは、それを分かっている。


 だからこそ、彼女の軽口は今、少しだけ影を持っていた。


「次は、ちゃんと準備してからだ」


 俺は言った。


「リーフェ村側にも確認する。炉会議にも通す。理外創成の記録を見るなら、お前一人の興味では済まない」


「うん」


 彼女は素直に頷いた。


 珍しい。


 それだけ、火が近いということなのだろう。


 俺たちは階段を上り、地下第七保管庫の扉を閉じた。


 領主館倉庫の冷たい空気に戻る。


 地上の音はまだ遠い。


 だが、第三炉へ戻れば、また火の音が聞こえるだろう。


 今日、俺たちは灰鉄鉱と根麻布の別の顔を見た。


 低評価素材ではない。


 用途を失われた素材。


 剣になれない灰鉄。


 魔力を通しにくい根麻。


 けれど、それらは黒鉄の外殻になり、灰衣の旅装になった。


 それだけで、十分な答えのように思える。


 だが、古代書庫は答えを置く場所ではなかった。


 答えの形をした、次の問いを置く場所だった。


 俺は限定複写ログを閉じる。


 次は、理外創成。


 死に機能と呼ばれたものの奥。


 そして、きなこもちが火の向こうに何を見るのか。


 最高のクソゲーは、素材の名前一つにも、面倒な歴史を仕込んでいる。


 だが、名前の奥が見えたなら。


 今まで低く見られていたものの使い道も、少しは変えられるかもしれない。


 それだけは、悪くないと思った。

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