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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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夢魔の来訪


 極光の空が、毒々しい赤黒い炎に舐め回されていた。

 遥か後方――かつて美しき白亜の幻城『キャメロット』がそびえ立っていた場所は、今や完全に業火と黒煙に包まれ、崩壊の音だけが絶え間なく響いている。


 憤怒の竜の顕現。

 その規格外の熱量と魔力は、システムが規定していたフィールドの環境設定パラメータすらも暴力的に書き換えてしまっていた。

 絶対零度の猛吹雪が吹き荒れる『極光の氷原』のど真ん中に、突如として煮えたぎるマグマの河が何本も流れ出しているのだ。雪と氷がジュウジュウと蒸発して分厚い水蒸気を生み出し、そのすぐ横では凍てつく風が吹き荒れる。

 氷雪地帯と灼熱の火山帯がバグのように一つの空間に同居する、摩訶不思議で、そしておぞましいエリアへと世界は変貌を遂げていた。


「…………」


 アグラヴェインの誘導により、城から辛うじて脱出できた僅かばかりの住民たち。

 そして、モードレッドとガウェイン。

 安全圏とされる雪原の丘まで退避した俺たちは、誰も言葉を発することなく、ただ呆然と、崩れ落ちていく故郷の惨状を見つめることしかできなかった。


 モードレッドは雪の上にへたり込み、真紅の甲冑を汚したまま、微動だにしない。

 彼女の蒼い瞳には、燃え盛る炎の反射だけが虚しく映っている。母のモルガンが己の命と引き換えに時間を稼ぎ、自分たちを逃がした。その残酷な事実が、彼女の心を完全に空白にしてしまっていた。


「……アイズドさん」


 重苦しい静寂の中、隣に立っていたルナが、消え入りそうな声で俺の袖を引いた。

 彼女の顔にも精気はなく、ただ悲しげに瞳を伏せている。


「私たち……これで、クエストをクリアしたんですよね?」


 その問いに、俺は喉の奥に鉛が詰まったような不快感を覚えながら、ゆっくりと頷いた。


「ああ。狂王アーサーの討伐完了のアナウンスは鳴った。システム上の進行フラグは立ち、莫大な報酬もインベントリに振り込まれてる。……間違いなく、クリアだ」


 俺は自嘲するように、自らの拳を強く握りしめた。


「だが……最高に胸糞悪いクリアだ」


 俺の言葉に、ルナも辛そうに目を閉じた。

 かつてプロゲーマーとして、最前線で効率と利益だけを追い求めていた時代。俺にとって、NPCの死も、街の崩壊も、単なる「良くできたイベントムービー」でしかなかった。システムが用意した悲劇の演出など、1秒でも早くスキップして、報酬のステータスを確認することしか頭になかった。


 だが、今は違う。

 プロのしがらみを捨て、このEHOという世界そのものを純粋に楽しみ、彼女たちと剣を交え、共に血を流したからこそ。

 モルガンの気高い覚悟も、モードレッドの悲痛な叫びも、すべてが本物の重みを持って俺の心を深く、鋭く抉っていた。ゲームの演出だと笑い飛ばすことなど、到底できなかった。


『――やれやれ。見事に焼け野原だねぇ。あの子も、ちょっとばかり気張って頑張りすぎちゃったみたいだ』


 突然。

 この悲壮感に満ちた重苦しい空気を全く読まない、間延びした素っ頓狂な声が、背後から響いた。


 ビクッ、と全員の肩が跳ねる。

 俺とルナ、そしてアグラヴェインとガウェインは一斉に振り返り、武器に手を掛けた。

 敵の気配(アクティブ反応)など一切なかった。それどころか、声がするまで誰一人として、その存在が近づいていることにすら気づかなかったのだ。


「……おや、怖い怖い。そんなに睨まないでおくれよ」


 雪原の上に立っていたのは、アーサーの残党でも、新たな魔獣でもなかった。

 白いフワフワとした毛並みに、長い耳。ふさふさの尻尾を揺らしながら四足歩行でこちらを見上げている、犬のような、猫のような……奇妙な小動物だった。


「なんだ、この獣は……? どこから現れた?」


 ガウェインが訝しげに眉をひそめる。


「あの子って……貴様、今、母上の覚悟を愚弄したか!?」


 その言葉に最も激しく反応したのは、虚脱状態にあったはずのモードレッドだった。

 彼女は弾かれたように立ち上がり、真紅の剣を抜き放って、その小動物の鼻先へと切っ先を突きつけた。


「おい、モードレッド! 落ち着け!」

「黙れ! どこの馬の骨とも知れぬ獣風情が、あの光景を見てあざ笑うか! その減らず口、二度と叩けぬように切り刻んでやるッ!」


 モードレッドの全身から、悲しみと怒りが入り混じったドス黒い殺気が噴出する。

 だが、その強烈な殺意を真っ向から浴びせられてなお、その奇妙な生き物は毛を逆立てることもなく、のんきに首を傾げていた。


『まあまあ、そういきり立たないでよ、モードレッド。君のその短気なところは、相変わらず父親譲りだねぇ』

「貴様ッ、なぜ私の名を……!」


『初めまして、迷い子の開拓者たち。それに、残された円卓の騎士たちよ』


 小動物は、剣先を向けられたまま、人間のように器用にぺこりと頭を下げた。


『僕の名前はマーリン。しがない宮廷魔術師さ』


「――――ッ!?」


 その名前を聞いた瞬間、俺の脳内に雷が落ちたような衝撃が走った。

 マーリン。

 アーサー王伝説を知る者ならば、絶対に避けては通れない絶対的な名前。

 夢魔の血を引く預言者にして、アーサーを王へと導き、円卓の騎士の設立に深く関わったとされる伝説の最高位魔術師。


(マーリンだと!? あのアーサー王伝説の最重要人物が、なんでこんなマスコットキャラみたいな獣の姿をしてやがる!?)


 俺は神話オタクとしてのメタ的な知識を総動員し、目の前の存在の『異常性』に戦慄した。

 こいつは、アーサー王の狂行も、モルガンの悲劇も、すべてをどこか安全な場所から『見ていた』。

 いや、それどころか。

 アーサー王を「あのお方(竜)」の元へと導いた、真の黒幕である可能性すらある。


「……ルナ、ガウェイン! そいつから離れろ!!」


 俺の切迫した叫びに、ルナがハッとして数歩飛び退き、アグラヴェインも魔導書を展開して臨戦態勢をとった。


 レベルもHPも表示されない、完全な解析不能アンノウン

 愛らしい見た目とは裏腹に、その小さな獣から放たれる『存在の格』は、先ほどのアーサー王すらも凌駕するような、底知れぬ不気味なプレッシャーを纏っていた。


 雪原と灼熱が混ざり合う狂気のエリアで。

 俺たちと、夢魔の魔術師マーリンを名乗る奇妙な獣の間に、息が詰まるほどの緊迫した空気が張り詰めていた。

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