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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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魔女の誇りと灰に散る愛執

 

「母上ェェェェェェェェェェェェッ!!!!」


 崩れゆく白亜の城の跡地で、残された真紅の騎士の絶叫が響き渡った。

 モードレッドが、自らの命を投げ打って『憤怒の竜』へと向かっていったモルガンの背中を追い、弾かれたように駆け出そうとする。


「待てッ、モードレッド!」


 俺は咄嗟に手を伸ばし、彼女の真紅の甲冑の腕を力強く掴んだ。

 先ほどの狂王アーサー討伐による莫大な経験値により、俺のレベルは一気に「76」まで跳ね上がっていた。だが、完全没入型VRMMO『エターナル・ホライゾン・オンライン(EHO)』のシステムにおいて、レベル76の筋力ステータスをもってしても、レベル91の騎士の突進を物理的に押し留めることなど不可能だ。


「離せッ! 母上が……母上が一人で死のうとしているのだぞ! 私も行く、私だけが安全な場所で生き延びるなど……ッ!」


 ズルズルと、俺の身体が雪と瓦礫の床を引きずられていく。このままでは二人とも竜の攻撃の余波に巻き込まれる。


 その時だった。


 パァァァァァンッ!!!!


 乾いた、しかし強烈な平手打ちの音が、轟音の響く空間に鳴り響いた。

 モードレッドの身体が大きく弾き飛ばされ、雪の上に無様に転がる。

 彼女を殴り飛ばしたのは、他でもない――漆黒の巨漢、ガウェイン卿だった。


「ガ、ウェイン……貴様……ッ!」


 頬を赤く腫らしたモードレッドが、怒りに任せて剣に手を掛けようとした。だが、ガウェインの顔を見た瞬間、彼女の動きは完全に凍りついた。


 漆黒の甲冑に身を包んだ屈強な武人の両目から、大粒の涙がボロボロと止めどなく溢れ落ちていたのだ。


「行きたい気持ちは……我らとて、皆同じだッ!!」


 ガウェインの血を吐くような慟哭が、モードレッドを、そして俺たちを打ち据えた。


「私も剣を抜き、あのお方の盾となり、共に散りたい! アグラヴェインとて同じ気持ちだろう! だが……あのお方は『生きよ』と命じられたのだ! 護るべき民の未来を、我らに託されたのだぞ!」


 ガウェインは、己の胸の装甲を強く叩いた。


「ここで感情に任せて命を散らすことが、騎士の矜持か! 違うッ! 主君の最期の命令ねがいを噛み殺してでも遂行し、あのお方が命懸けで残してくださった明日を繋ぐことこそが……我ら円卓の騎士の、モルガン様への絶対の忠誠だろうがァッ!!」


 その悲痛な叫びに、モードレッドの張り詰めていた糸が、完全に断ち切られた。


「あ……あぁ……っ、母上……っ」


 彼女は雪の上に崩れ落ち、両手で顔を覆って、子供のように声を上げて泣き崩れた。


「行きますよ、モードレッドさん! 早く!」


 ルナが駆け寄り、泣き崩れるモードレッドの肩を支えて立ち上がらせる。


「俺も肩を貸す。アグラヴェイン、避難誘導を頼む!」

「承知しました! 生き残った民を最優先で、この崩壊するキャメロットから脱出します!」


 アグラヴェインが鉄灰色の剣を振りかざし、瓦礫を切り裂いて退路を作る。俺とルナは、泣き咽ぶ真紅の騎士を両脇から支え、崩れゆく白亜の都を背にして全速力で駆け出した。



 ―――――――――――――――――――――――――



 崩れゆく白亜の幻城、キャメロットの跡地。

 地割れの深淵から這い出たレベル121の災厄――『憤怒の竜』が、周囲の雪原をマグマの海へと変えながら、天を突くほどの巨体を持ち上げていた。

 その圧倒的な暴力の権化を前にして、妖妃モルガンは漆黒のドレスを極光の風に翻し、たった一人で宙に浮遊していた。


 遥か後方では、彼女の愛する娘であるモードレッドと、残された騎士、そして見知らぬ開拓者たちが、必死に退避行動を取っている。

 彼らが安全圏へと逃げ延びるまでの、ほんのわずかな時間。それを稼ぐためだけに、彼女はこの死地に残った。


 竜の巨大なあぎとがゆっくりと開かれ、地の底から響くような重低音が、震える空間を通じて直接モルガンの脳裏に叩きつけられた。


『――絶望的なこの状況で、なにゆえ私の目の前に立つのだ、魔女よ』


 それは、単なる音声ではなかった。

 その響きだけで周囲の重力が何十倍にも跳ね上がったかのような、大気を押し潰し、内臓を破裂させんばかりの物理的なプレッシャー。レベル差による絶対的な『威圧』が、モルガンの身体を不可視の巨大な手で押さえつけようとする。


 だが、モルガンはその暴威を真っ向から浴びながらも、決して目を逸らさず、涼やかに、そして誇り高く微笑んだ。


「決まっているでしょう」


 彼女の凛とした声が、業火の爆ぜる音を切り裂いて響き渡る。


「私は、この国の女王だからよ」


『……愚かな。とうに国は滅び、民は灰と化したというのに』


「ええ。だからこそ、私は愛する市民たちの無念を背負い……明日へと繋ぐ希望の盾とならなければならないの」


 その言葉を合図に、モルガンの身体から規格外の魔力が爆発的に膨れ上がった。

 彼女の生命力データそのものを強制燃焼させた魔力は、青白い極光と混じり合い、バチバチと激しい音を立てて周囲に『プラズマ』の嵐を形成していく。

 空間そのものが軋み、システムがエラーを吐き出すほどの過剰なエネルギーの奔流。彼女の銀糸の髪が天に向かって逆立ち、漆黒のドレスがプラズマの光を受けて白銀に輝き始める。


 モルガンは、遠く雪原を駆けて逃げ延びようとする真紅の騎士の後ろ姿を、愛おしそうに、けれどどこか寂しげに見つめた。


「母は、娘のためなら……どこまでも強くなれるの」


 その一言と共に、モルガンの身体が一つの巨大な恒星のように眩く発光した。

 それは、己の全存在を爆弾と化して放つ、決死の自爆突撃。


『GYUOOOOOOOOOOOOOOッ!?』


 憤怒の竜が迎撃のブレスを放つよりも早く。

 極大のプラズマの光球と化したモルガンが、光の尾を引いて空を駆け抜け、竜の巨大な顔面へと真っ向から激突した。


 ズバァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!


 大陸を揺るがすほどの閃光と大爆発が、キャメロットの跡地を白一色に染め上げた。

 EHOのシステムにおける『レベル差の絶対法則』すらも、母の愛と魔女の執念が強引にねじ伏せた。

 鼓膜を破るような轟音の渦中で、竜の硬質な赤黒い鱗がメキメキと砕け散り、その右目に、決して消えることのない深く凄惨な『傷跡』が深々と刻み込まれる。


 ――そして、すべてを灼き尽くすような閃光が、ゆっくりと収束していく中。


 力を使い果たしたモルガンの身体は、空中で少しずつ崩壊を始めていた。

 漆黒のドレスが、銀糸の髪が、そして透き通るような白い肌が。足先から徐々に、儚くも美しい光を帯びた『灰』へと変わっていく。

 システムによる通常のロスト(光の粒子となる消滅)とは違う、魂の完全な燃焼。


 雪原の冷たい風に吹かれ、サラサラと虚空に溶けていく自らの身体を見下ろしながら、モルガンは静かに瞳を閉じた。


「……ああ。なんて、不器用な母親かしら」


 脳裏に浮かぶのは、真紅の甲冑を纏い、自分を慕って剣を振るい続けてくれた愛娘、モードレッドの顔。

 狂気に堕ちた弟アーサーの暴走を止めるため、あえて『悪逆の魔女』の汚名を被り、愛する娘から向けられる憎悪や不信を甘んじて受け入れてきた。

 それが、この国を、そして何よりモードレッドを護るための唯一の最適解だと信じていたから。孤高の女王として、誰も寄せ付けず、一人で泥を被り続けることこそが自分の役割なのだと。


 だが、最期の最期で。

 灰となって崩れゆく両腕を、力なく胸の前で交差させた時、彼女の胸を満たしたのは、国を思う女王としての義務感ではなかった。


 ただの一人の『母親』としての、言葉にできないほどの深い情念。

 そして、胸を締め付けるような、どうしようもない後悔だった。


(……もっと、言葉を交わせばよかった。もっと、笑い合えばよかった)


 冷たい仮面を被り続ける必要など、本当はどこにもなかったのかもしれない。

 あの不器用で、真っ直ぐで、誰よりも優しい娘を、ただ強く抱きしめてやりたかった。

 『愛しているわ』という最期の一言だけでは、到底足りないほどの愛執が、燃え尽きようとする心の中でとめどなく溢れ出す。


「……最後に、モードレッドを……あの子を、強く抱きしめてやればよかったわ……」


 誰にも届かない微かな呟き。

 それは極光の風に優しく攫われ、儚い灰の煌めきと共に、キャメロットの空へと完全に溶けて消えていった。

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