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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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白銀の初心者



 ルナは、完全に道に迷っていた。


 エターナル・ホライゾン・オンラインを始めて、まだ数日。ログイン方法と歩き方と、メニューの開き方くらいは覚えた。剣を振ることもできる。魔物を倒せば経験値が入ることも、アイテムを拾えばお金になることも、一応は分かっている。


 ただ、それだけだ。


 攻略だの、効率だの、相場だの、職業派生だの、スキル回しだのという言葉は、まだほとんど異国語に近かった。


 これまで触れたゲームといえば、スマートフォンで遊ぶ簡単なパズルや、友達に誘われて少しだけ触った対戦ゲームくらいのものだ。画面の向こうのキャラクターを操作することと、自分の身体そのものが別の世界に入り込むことは、まるで違った。


 最初にエリュシオンの広場へ立ったとき、ルナはしばらく動けなかった。


 風が吹いていた。


 空が高かった。


 石畳の硬さが靴底から伝わってきた。


 誰かが走り抜けるたび、衣擦れや金属音が耳の横を通り過ぎた。


 仮想の世界だと頭では分かっている。それでも、身体はそこにいると信じていた。指を握れば指が動く。息を吸えば、草と石と人いきれの匂いがする。見上げれば、現実よりも鮮やかな青がどこまでも広がっている。


 それだけで、十分だった。


 だから、ルナは歩いた。


 初心者案内の矢印を見落とし、推奨クエストの通知を閉じ、広場で配られていた最速レベリング講座の誘いもよく分からないまま断った。気になる景色の方へ行き、綺麗な水路を覗き込み、街道沿いの花に足を止め、遠くに見えた岩山を目印に歩き続けた。


 そして気づけば、街道は消えていた。


 人の声もない。


 地図を開いても、自分がどちらから来たのか分からない。


 表示される現在地の周辺には、薄い灰色の地形線と、名前のついていない岩場ばかりが並んでいる。


「……えっと」


 ルナは半透明の地図を前に、しばらく固まった。


 戻り方が、分からない。


 街へ帰るアイテムがあると聞いた気もする。けれど、どのメニューから使うのか分からない。そもそも持っているのかどうかも怪しい。チュートリアルの説明は、感動で半分くらい聞き流してしまった。


 普通なら、怖くなる場面だったのかもしれない。


 けれど不思議と、ルナはあまり怖くなかった。


 迷ったことそのものより、知らない場所に来てしまったことのほうが、少しだけ楽しかった。岩場の隙間を抜ける風は冷たく、夕暮れに近い光が谷の輪郭を金色に縁取っている。誰もいない場所に、自分だけが立っている。その感覚は、現実ではなかなか味わえないものだった。


 そのとき、谷の向こうで何かが光った。


 青白い、一瞬の閃き。


 ルナは顔を上げた。


 もう一度、光る。


 今度は金属音が混じった。


 戦っている。


 そう気づいた瞬間、ルナは地図を閉じていた。


ーーーーーー


 最初は、何が起きているのか分からなかった。


 一人のプレイヤーが、魔物の群れの中で戦っている。


 ただ、それだけなら珍しい光景ではない。エリュシオンの近くでも、何人かのプレイヤーが魔物と戦うところは見た。剣を振る人。杖から火を出す人。盾を構えて仲間を守る人。ゲームに慣れていないルナにも、なんとなく役割が違うのだろうということくらいは分かった。


 けれど、谷で戦うその人は違った。


 武器が変わる。


 剣が、盾に。


 盾が、腕に据えられた射出機構に。


 射出機構が、また剣に。


 一つの身体の中で、まるで何人もの戦士が入れ替わっているみたいだった。


 魔物は四足の獣型が数体。岩場の上からは蜥蜴のような魔物が石を撃ち込んでいる。普通に考えれば、囲まれている側が不利なのだろう。少なくともルナなら、たぶん一瞬でどうしていいか分からなくなる。


 だが、その人は止まらなかった。


 突進を受ける。


 逸らす。


 斬る。


 下がる。


 撃つ。


 また受ける。


 たった一人なのに、戦いの形が何度も変わる。魔物たちが有利なはずの位置にいるのに、いつの間にかぶつかり合い、足を止め、狭い場所へ押し込まれていく。


 ルナには、理屈は分からなかった。


 あれが何のスキルなのか。


 どういう職業なのか。


 なぜ武器が変わるのか。


 どの攻撃が強くて、どの動きが危ないのか。


 専門的なことは、ひとつも分からない。


 それでも、分かることがひとつだけあった。


 間だ。


 その人が動く一拍前、空気がわずかに変わる。


 剣へ変わる前。


 盾を構える前。


 射撃に移る前。


 魔物が突っ込むよりほんの少し前。


 身体の奥が、ぞわりと震える。


 来る、と思う。


 その直後、本当に動く。


 理由は分からない。けれど、その「起こり」だけは見えた。現実の道場で、相手が踏み込む直前に肩や腰の気配が変わる、あの感覚に似ていた。


 ルナは、幼い頃から古流の武術を習っていた。


 試合で勝つための競技というより、身体の使い方や間合いを覚えるための稽古だった。相手の目を見るな、肩を見るな、全体を見ろ。動く前には必ず起こりがある。祖父に何度もそう言われた。


 この世界でも、それは同じだった。


 剣も魔法もスキルも分からない。


 でも、人が動く瞬間の気配だけは、分かる。


 あの人は、すごい。


 ルナはそう思った。


 ゲームが上手いのかどうかではない。


 何か、もっと身体の奥にくる種類のすごさだった。


 気づけば、ルナは録画ボタンを押していた。


 深い理由はなかった。


 花火を見たら撮りたくなる。流れ星を見たら誰かに見せたくなる。すごい景色を見つけたら、残しておきたくなる。


 それと同じだった。


 こんなにすごいものを見て、記録しないなんてもったいない。ただ、それだけの気持ちだった。


 最後の魔物が光の粒になって消える。


 谷に静けさが戻る。


 それでもルナの胸は、まだ少し弾んでいた。


 もう、我慢できなかった。


 ルナは岩場の陰から飛び出し、その人のもとへ駆け下りた。


ーーーーーー


 視線が、近づいてきた。


 昨夜から感じていた、淡い気配。その正体を確かめるより早く、それは軽い足音になって、岩場の向こうからこちらへ転がり込んできた。


 俺は左腕の機装を、自然な動作で通常表示へ戻す。


 見られていた。


 それも、おそらくさっきの戦闘を最初から最後まで。


 頭の中で、いくつかの可能性が並ぶ。情報屋。企業勢の斥候。配信者。白騎士団の関係者。もしくは、ただの通りすがり。


 最後の可能性が一番面倒だ。


 敵意がある相手は読みやすい。目的がある相手も、まだ扱いやすい。厄介なのは、何も知らないまま危険物を拾ってしまう人間だ。


 岩場を駆け下りてきたのは、少女だった。


 プラチナブロンドの長い髪が、夕暮れの光を受けて白銀に近い色に輝いている。瞳は鮮やかなサファイアブルー。顔立ちは整っているが、表情には警戒心より好奇心のほうが濃い。


 装備は支給品の安物。


 ギルドの紋章もない。


 動きは素人に近い。だが、足運びだけ妙に軽い。岩場を下りるときの重心移動が、初心者にしては崩れなかった。


 どこからどう見ても、始めたばかりの新規プレイヤー。


 ただし、ただの初心者とも言い切れない。


「今の、すっごいですね!」


 少女は俺の前で立ち止まり、目を輝かせて言った。


 警戒。


 敵意。


 探り。


 そういうものが、まるでない。


 真っ直ぐすぎて、逆にこちらが一歩引きたくなる類の目だった。


「どうやってるんですか、あれ。武器、ぱっと変わってましたよね? 剣になって、盾になって、なんか撃つやつにもなって。あ、撮ったんです。見てください!」


 聞きたいことが多すぎるのか、言葉が少し渋滞している。


 少女は悪びれもせず、手のひらの上に小さなウィンドウを開いた。


 記録映像。


 再生されたのは、俺の戦闘だった。


 谷での試運転。


 鋼牙の猪を盾で受け、剣で崩し、射装で蜥蜴を引き剥がす一連の動き。変形の瞬間。硬直を地形と位置取りで潰しているところ。敵の同士討ちを誘った場面。最後に残りHP一割で仕留めた動きまで、かなり鮮明に映っている。


 俺は、無言でそれを見た。


 視界の奥が、冷える。


 頭の冷たい部分が、瞬時に値段を弾き出した。


 未発見隠しジョブの映像証拠。


 変形による複数ロール切り替え。


 待機時間の壁を踏み越える可能性。


 取得者の戦闘スタイル。


 辺境谷という位置情報の推定材料。


 これが世に出れば、少なく見積もっても数千万。条件次第では、もっと上に跳ねる。情報屋に渡れば、数時間で切り分けられ、解析され、売買される。配信者に拾われれば、動画タイトルだけで数字が回る。


 隠すと決めたばかりの爆弾を、見知らぬ初心者が、満面の笑みで握っていた。


 俺は少女を見る。


 彼女は誇らしげだった。


 まるで、綺麗な貝殻を拾ってきた子供のように。


 だからこそ、声を荒らげることはしなかった。


「それ、消してくれるか」


「えっ」


 少女が瞬きをする。


「どうしてですか? こんなにかっこいいのに」


「かっこいいからだ」


 俺は一拍置いて、続けた。


「その映像は、現実の金で数千万の価値がある。君が今ここで誰かに売るか、ネットに流すか、あるいは何も知らずに友達へ見せるだけでも、俺の遊び方は終わる」


 少女の表情が、少しずつ変わっていった。


 最初は、意味が分からないという顔。


 次に、冗談かどうかを確かめる顔。


 最後に、冗談ではないと理解した顔。


「数千万って……ゴールド、じゃなくて?」


「現実の円だ」


 サファイアブルーの瞳が、大きく見開かれる。


 指先が、ほんの少し震えた。


「え、ええっ? いや、そんな、だって、ただの録画ですよね? 私、ただ、すごいなって思って……」


「この世界では、ただの録画がただの録画で済まないことがある。未発見の情報は金になる。特に、誰も知らない戦闘方法や取得経路が映っているものはな」


「わ、私、売ったりしません! そんなつもりじゃ、本当になくて!」


「分かってる」


 俺は即座に言った。


 そこは、疑っていなかった。


 彼女の反応に演技の匂いはない。悪意も、計算もない。自分が何を握っているのか、本当に知らなかっただけだ。


 それが一番危ない。


 爆弾を爆弾と知らない人間は、悪人より気軽にピンを抜く。


「だから、今ここで理解してくれ。その映像は危険物だ。俺にとっても、君にとっても」


 少女は、手のひらのウィンドウを見下ろした。


 さっきまで宝物みたいに見せていた録画を、今は怖いものを見るような目で見ている。


 その表情を見て、俺は少しだけ息を吐いた。


 責める気にはなれなかった。


 この世界では、他人の姿を録ること自体は初期設定で許されている。秘匿エリアや公式大会など、録画制限がかかる場所なら別だが、こんな辺境の谷に保護設定などない。マナーの良し悪しはある。だが、彼女は規約を破ったわけではない。


 ただ、知らなかった。


 異常なのは彼女の無知ではない。


 映像一本が数千万に化ける、この世界の仕組みのほうだ。


「……ごめんなさい」


 少女は、消え入りそうな声で言った。


「私、本当に知らなくて。すごいなって思って、残したくなっただけで……すぐ消します。今すぐ」


 慌てて操作に手を伸ばす。


 俺は、その指先を見た。


 細い指。


 震えている。


 嘘はない。


 削除する気だ。


 それでこの話は終わる。危険物は消え、俺はまた一人で辺境へ戻る。アイズドとジンを繋ぐ線も、少なくとも今は残らない。


 そのはずだった。


 だが、俺は彼女の手を止めていた。


「待った」


「えっ?」


 少女が顔を上げる。


「消すのは構わない。むしろ消してもらう。ただ、その前に一つ聞きたい」


「な、なんですか?」


「君、さっきの戦いの“継ぎ目”が見えてただろう」


 少女は、きょとんとした。


「継ぎ目?」


「俺が武器を変える前。動きが切り替わる前。普通なら見逃す一拍だ」


「あ……」


 少女は少し考えるように視線を上げた。


「ぞわっとするやつ、ですか?」


「ぞわっと?」


「はい。次にぱっと動く前に、なんか、空気が変わる感じがして。あ、来る、って思ったら本当に動くんです。でも、理由は全然分からないです。ゲームのこと、まだよく知らないので」


 理由は分からない。


 だが、見えている。


 俺は内心で苦笑した。


 とんでもない拾い物かもしれない。


 《古代変形機装》の変形には硬直がある。俺はそれを敵の後隙や地形で誤魔化しているが、完全に消せているわけではない。見ようと思って見えるものではない。戦闘ログを解析すれば分かるだろうが、リアルタイムで違和感として捉えるのは別の話だ。


 長年このゲームを仕事にしてきた連中でも、簡単にはできない。


 それを、専門用語ひとつ知らない初心者が、感覚で掴んでいる。


「現実で何かやってるのか」


「えっと、ちょっとだけ武術を。祖父の道場で、昔から」


「ちょっとだけ、でそれか」


「強くはないですよ? 試合とかも、そんなに出てませんし」


 試合の強さとは別だ。


 たぶん、この子が持っているのは、勝つための理屈ではなく、動きの起こりを読む身体感覚だ。VRでは、現実の運動経験がそのまま反映されるわけではない。ステータス補正もあるし、スキルモーションもある。だが、完全没入である以上、身体感覚の差は確かに出る。


 ゲームを知らない初心者。


 ネットリテラシーは壊滅的。


 でも、間を見る目がある。


 危なっかしい。


 あまりにも危なっかしい。


 放っておけば、次は本当に別の地雷を踏むだろう。


 そして、たぶん誰かに利用される。


「名前は?」


「あ、ルナです」


 少女は少し慌てたように背筋を伸ばした。


「ルナ。始めたばかりです。たぶん、めちゃくちゃ初心者です」


「たぶんじゃなくて、間違いなく初心者だ」


「うっ」


「録画の扱いも知らない。現在地の確認も怪しい。たぶん帰還アイテムの場所も分かってないだろ」


「な、なんで分かるんですか」


「分かる顔をしてる」


 ルナは露骨に目を逸らした。


 図星らしい。


 俺は頭の中で、いくつかの選択肢を並べた。


 一つ。


 録画を消させて、ここで別れる。


 一番楽だ。


 二つ。


 連絡先を交換し、口止めだけして別れる。


 少し危ない。


 三つ。


 最低限の知識を叩き込み、この爆弾みたいな初心者が次に何をしでかすか、しばらく監視する。


 面倒。


 非常に面倒。


 だが、三つ目が一番安全だった。


 俺にとっても、彼女にとっても。


「取引にしよう」


 俺は言った。


 ルナが瞬きをする。


「取引、ですか?」


「ああ。まず、その録画は俺の目の前で消してもらう。共有履歴と自動バックアップも確認する。君は数千万の爆弾を手放せるし、俺は俺の情報を守れる」


「はい。それはもちろん消します。というか、もう怖いので消したいです」


「その代わり」


 俺は少しだけ間を置いた。


「このゲームの基本を教えてやる。録画の扱い、公開範囲、帰還アイテム、マップの見方、戦闘時にやってはいけないこと。最低限だが、知らないまま歩くよりはマシになる」


 ルナの表情が、ぱっと明るくなる。


「いいんですか?」


「条件がある」


「はい!」


「危ないことだけは、俺の言うことを聞け。分からないものを撮るな。知らない人間に情報を渡すな。高そうな話に乗るな。あと、一人で地図の端へ行くな」


「最後のは、もうやっちゃいました」


「だから言ってる」


 ルナは申し訳なさそうに肩をすくめた。


 その仕草があまりにも初心者らしくて、俺は軽く息を吐く。


 面倒だ。


 これは間違いなく面倒だ。


 だが、不思議と嫌な面倒ではなかった。


 白騎士団で若手のミスを管理していたときとは違う。誰かの勝利のために押しつけられた仕事ではない。スポンサーの数字を守るためでもない。自分の自由を守るために、ついでに危なっかしい初心者を一人拾うだけだ。


 それなら、まだ遊びの範囲だろう。


「まず録画を消せ。操作は分かるか」


「えっと、たぶん……このゴミ箱みたいな」


「それは非表示だ。消えてない」


「えっ」


「こっち。記録管理。ローカル保存。共有候補。自動アップロード設定」


「す、すみません。知らないボタンがいっぱいあります」


「知ってた」


 俺はルナのウィンドウを横から確認しながら、記録映像を完全に削除させた。共有履歴なし。自動アップロードなし。外部保存なし。念のため、彼女の公開設定も初心者向けの無防備な状態から最低限の非公開寄りへ変更させる。


 ルナは、その間ずっと神妙な顔をしていた。


 さっきまで花火の映像でも見せるようにはしゃいでいた少女が、今は自分の手元のメニューを爆弾処理班のような目で見ている。


「……消えました?」


「ああ。今のところは」


「よかった……」


 ルナは本気で安堵したように胸を撫で下ろした。


 その表情に、少なくとも悪意はない。


 俺はようやく、少しだけ肩の力を抜いた。


「アイズドだ」


 名乗ると、ルナは顔を上げた。


「アイズドさん」


「さんはいらない」


「じゃあ、アイズド」


 いきなり呼び捨てか。


 いや、さんはいらないと言ったのは俺だが、そこに躊躇がないのもなかなかだ。


 ルナは右手を差し出した。


「よろしくお願いします。私、ちゃんと覚えます。録画のことも、地図のことも、危ないことも」


 差し出された手を、俺は少しだけ見た。


 脅して縛りつけたわけではない。


 脅されたわけでもない。


 危険物を片付けて、面倒な初心者を拾って、ついでに妙な才能を見つけた。


 それだけだ。


 それだけのことのはずだった。


 俺はルナの手を握った。


 VRの手のひらは、現実の体温を完全に再現するわけではない。それでも、確かな感触があった。


「まず街に戻るぞ。帰還アイテムの使い方からだ」


「はい!」


「あと、その返事の勢いで何も理解してない可能性があるから、分からなかったら分からないと言え」


「分かりました!」


「本当に分かってるか?」


「……たぶん?」


「不安しかない」


 ルナは少し笑った。


 谷の夜風に、白銀の髪が揺れる。


 俺は地図を開き、エリュシオンまでの安全な帰還ルートを確認した。最短ではない。魔物の密度が低く、初心者でも歩ける道。効率は悪いが、今はそれでいい。


「面倒を拾ったな」


 思わず呟く。


 ルナが首を傾げた。


「私、面倒ですか?」


「かなり」


「じゃあ、頑張って面倒じゃなくなります」


「その発想がすでに面倒だ」


 口ではそう言いながら、悪い気はしていなかった。


 久しぶりだった。


 誰の指示でもなく、誰の利益でもなく、誰かと並んで歩き出すのは。


 それが、この先どれほど面倒なことになるのか。


 このときの俺は、まだ知らなかった。

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