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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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顕現する暴力の化身


「待てッ! 殺すな、モードレッドォォォッ!!」


 俺の喉から迸った絶叫は、玉座の間の瓦礫に反響し、虚しく掻き消された。

 モードレッドの放った真紅の雷光が、竜人ドラゴニュートと化したアーサー王の胸の装甲を完全に斬り裂いたのだ。


 バキィッ! という、硬質な何かが砕け散るような破砕音が鳴り響く。


(……終わった。器が壊れ、竜が解き放たれる!)

 俺は最悪の事態――アーサー王という強靭な肉体の檻が破壊され、内に圧縮されていた『七つの竜種』が真の姿を持って顕現する瞬間を幻視し、全身の筋肉を硬直させて大盾を構えた。


 だが。

 数秒が経過しても、俺が危惧していたような爆発的な魔力の奔流も、世界を破滅させるような竜の咆哮も起きなかった。


 アーサー王の頭上に表示されていた残り僅かなHPバーが、スゥッと「ゼロ」のドットへと到達する。

 竜の鱗に覆われたアーサーの身体は、糸の切れた操り人形のようにグラリと揺れ、そのままズドーンと重い音を立てて大理石の床へと崩れ落ちたのだ。


「……あれ?」


 俺は構えていた大盾を少し下げ、目を瞬かせた。

 拍子抜けだった。

 アーサー王の身体はピクリとも動かず、その周囲から立ち昇っていた赤黒い魔力の蒸気も、嘘のようにスゥッと霧散していく。

 世界を滅ぼす真の厄災の復活など、どこにも起きなかった。


「……アイズド殿。あなたが危惧していた『最悪の事態』とやらには、至らなかったようですね」


 背後から、魔導書を閉じたアグラヴェインが静かに歩み寄り、安堵の混じった声をかけてきた。

 その鉄灰色の甲冑はあちこちがひしゃげ、彼の顔には深い疲労の色が刻まれているが、目元には確かに「終わった」という安堵が浮かんでいる。


「ああ……。そう、だな。ただの俺の取り越し苦労だったらしい」

 俺は右腕の機装のロックを解除し、元の布の服の姿へと戻りながら、額に浮かんでいた脂汗を手の甲で拭った。

 そう、これでいいはずだ。HPはゼロになった。脅威は去った。これで、すべてが終わったのだ。


「父、上……」

 モードレッドが、倒れ伏したアーサー王の傍らに立ち、真紅の剣をだらりと下げていた。

 その声には、憎しみと、そして取り返しのつかない喪失感が入り混じっている。

「……モードレッド」

 ガウェインが大剣を背に収め、モードレッドの肩にそっと手を置いた。漆黒の巨漢と真紅の騎士が、かつて敬愛した王の骸を静かに見下ろす。

 後方からは、モルガンがゆっくりと歩み寄ってきていた。彼女の妖艶な顔には、弟の狂気を自らの手で(いや、正確には娘の手で)終わらせたことに対する、深い悲哀と安堵が浮かんでいた。


「終わりましたね、アイズドさん」


 俺の傍らに、白銀の片手剣を鞘に収めたルナが寄ってきた。

 彼女の装備も泥と煤で汚れきっていたが、そのサファイアブルーの瞳は、激戦を乗り越えた達成感にキラキラと輝いている。


「ああ、よくやったなルナ。お前が地下の祭壇を壊してくれなかったら、今頃俺たちはあのバケモノにすり潰されてた」

「へへっ、アイズドさんが私を信じて送り出してくれたおかげです」


 ルナがえへへと笑い、俺もつられて小さく笑みをこぼそうとした。

 だが、その直後だった。


「あれ? ……アイズドさん。ちょっと、おかしくないですか?」

 ルナがふと首を傾げ、視界の虚空を指差した。


「何がだ?」

「その……私たちが地下で魔蛇のボスを倒した時って、すぐに金色の大きな文字で『クエストクリア』とか『討伐完了』っていうウィンドウが出たじゃないですか。それに、レベルも上がってファンファーレが鳴りましたよね」

 ルナは不思議そうに、静まり返った玉座の間を見回した。

「……今回、そのウィンドウが、どこにも出てきませんね?」


 ドクン、と。

 俺の心臓が、先ほどとは比べ物にならないほどの暴力的な音を立てて跳ね上がった。


(――クエストクリアの、ウィンドウが出ない?)


 全身の毛穴が開き、一気に脂汗が噴き出す。

 EHOのシステムにおいて、ボスを討伐し、クエストのクリア条件を満たしたならば、必ず即座にシステムからの完了アナウンスが視界を覆うはずなのだ。

 それが出ていない。ファンファーレも鳴らない。


 そして何より――一番の異常事態に、なぜ俺は気づかなかった?

 倒れたアーサー王の肉体が、『光の粒子となって消滅ロストしていない』という、ゲームシステムにおける決定的な矛盾に。


「全員、離れろォォォォォォッ!!!」


 俺の喉から絞り出された絶叫に、モードレッドとガウェインがハッとして振り返る。

 だが、遅かった。


「……ア、ァァァァァァハハハハハハハハハッ!!!!」


 床に倒れ伏していたはずのアーサー王の身体が、突如としてビクンと跳ね起き、狂気に満ちた哄笑を玉座の間に響かせた。

 HPは確かにゼロだ。だが、フラフラと幽鬼のように立ち上がった王の姿に、俺たちは完全に絶句した。


 王の右手には、いつの間にか『あるもの』が握りしめられていた。

 純金で造られ、神聖な魔力を宿した、豪奢なさかずき


「な、なんだあれは……!?」

 アグラヴェインが息を呑む。

 だが、プロゲーマーとして神話の文献を漁り尽くしてきた俺にとって、そのアイテムの正体は一目瞭然だった。


(聖杯……ッ!!)


 俺は己の慢心と愚かさを呪い、奥歯が砕けるほど噛み締めた。

 アーサー王伝説において、円卓の騎士たちが血眼になって探し求めた究極のキーアイテム。

 あらゆる奇跡を起こし、持ち主の願いを叶えると言われる絶対的な『願望器』。


 なぜ、それを忘れていた?

 このスペシャルクエストがアーサー王伝説をモチーフにしていると看破しておきながら、なぜ一番ヤバいチートアイテムの存在を計算から除外していたのだ!


「トドメだ! 首を落とせェェェェッ!!」


 俺の悲痛な叫びに応え、モードレッドとガウェインが即座に剣を振り下ろす。

 だが、彼らの刃がアーサー王に届くより一瞬早く。

 狂王の手にある聖杯が、太陽の如き眩い黄金の光を爆発させた。


『我が願いは……! 我が渇望は、あのお方の完全なる顕現なりィィィッ!!』


 アーサー王の絶叫と共に、聖杯の輝きが玉座の間を、いや、キャメロット全体を包み込む。

 それは、神話の奇跡などという生易しいものではなかった。

 願いを叶える器が、狂気に侵された王の絶望的な渇望を吸い上げ、世界そのもののシステムを書き換える『バグ』として機能したのだ。


 ズズズズズズズズズズッ!!!!


 大地が、鳴動した。

 白亜の城の床が大音響と共に真っ二つに裂け、巨大な地割れが玉座の間を分断する。

 モードレッドとガウェインがその衝撃で大きく弾き飛ばされ、俺とルナも床の崩落から逃れるために必死で後方へと跳んだ。


「キャアアアッ!?」

「ルナ、掴まれッ!!」

 俺は崩れ落ちる大理石の床にしがみつくルナの腕を掴み、強引に引き上げた。


 地割れの底から、すべてを灼き尽くすような熱波と、この世のものとは思えない禍々しいエネルギーが立ち昇り始める。

 それは、燃え盛るキャメロットの街を包む炎の赤とも、極光の空の美しさとも違う。

 純粋な『暴力』と『絶望』が凝縮された、暗黒と血の混じったような、深淵の光。


 シネマティックなライティングが、崩壊しつつある玉座の間を劇的に照らし出す。

 床の亀裂から漏れる激しい業火の光と、ステンドグラスの残骸から差し込む冷たい月明かりが、強烈なコントラストを描いて空間を二分していた。

 影はより深く沈み、炎はより荒々しく燃え盛る。


 その光と影の交錯する深淵の中から――『それ』は、ゆっくりと姿を現した。


 キャメロットの中央。最初に現れたのは、大地を易々と突き破るほどの巨大な漆黒の双角。

 次いで、マグマのように赤熱して脈打つ、分厚く硬質な岩盤のような鱗。

 広げられた一対の竜翼は、空を覆い尽くすほどの規格外の質量を持ち、羽ばたくたびに大気を爆発させ、城の残骸を木っ端微塵に吹き飛ばしていく。


『――――GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!!』


 そして、万物を屈服させるような、圧倒的な咆哮。

 その声だけで、周囲の空気がガラスのようにひび割れ、俺たちのHPバーが一瞬で削り取られるほどの凄まじい衝撃波が襲いかかる。


「あ、あぁ……なんという……」


 モルガンが、その威容を前にして、膝から崩れ落ちた。


 狂王アーサーの肉体という器と、聖杯の奇跡を代償にして、世界の奥底から強引に引きずり出された神話の厄災。

 七つの竜種の一角。

 純粋な『怒り』と『破壊』の概念そのものを体現する、暴力の化身。


 ――【焦熱の災竜(憤怒の竜)】。


 燃え盛る業火と、深淵の闇を背負い、巨大な竜がゆっくりとその金色の眼窩を見開く。

 一切の慈悲も、理性もない。ただ目の前にあるすべてを灰燼に帰すことだけを目的とした、絶対的な破壊者の瞳。


「……ハッ。最高にクソったれな演出ムービーじゃねえか……!」


 俺は、あまりの絶望的な光景を前に、恐怖を通り越して歪な笑いを浮かべるしかなかった。


 最適化されたプロの常識など、もはや何一つ通用しない。

 世界そのものを焼き尽くす、真なる『終末のレイドバトル』が、燃え落ちる白亜の幻城の跡地で、今、最も最悪な形で幕を開けたのだった。

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