狂乱の盾と崩れゆく神の数値
燃え盛る玉座の間で、俺の脳は完全に限界を超え、焼き切れかけていた。
視界を埋め尽くすシステムアラートの赤文字を強引にミュートし、《戦陣軍師》の魔導書と《機工賢者》の賢具を狂ったような速度で切り替える。
コンマ数秒の遅れが、即ちパーティの全滅を意味する極限の綱渡り。前衛で血を流し続けるモードレッドと、それを庇うガウェインに、バリアと持続回復のバフを寸分違わず上書きし続ける。
「ハァッ……ハァッ……!」
だが、レベル99というシステムの理を逸脱した絶対君主を前に、俺たちの抵抗はあまりにも無力だった。
アーサー王の振るう魔剣の一撃は、俺が展開した多重バリアを紙切れのように引き裂き、その余波だけでガウェインとモードレッドのHPをごっそりと削り取っていく。
魔力の供給源である地下の祭壇が健在である限り、狂王のスタミナは無尽蔵だ。
「……ぐ、おぉっ……!」
ついに、限界が訪れた。
度重なる重撃を大剣で受け止め続けていたガウェインが、ガクンと膝を突いたのだ。
肉体的なダメージだけではない。「かつて絶対の忠誠を誓った王と殺し合っている」という精神的な疲労が、タフな漆黒の騎士の魂を芯から削り取っていたのである。
「ガウェイン!!」
モードレッドが叫び、カバーに入ろうとするが、アーサー王の動きのほうが圧倒的に速かった。
「脆い。脆すぎるぞ、我が騎士よ」
アーサーは縦に割れた瞳孔を恍惚と歪め、無防備になったガウェインの首元へ向けて、赤黒いオーラを纏った魔剣を無慈悲に振り下ろした。
回復も、バリアの展開も間に合わない。即死圏内の致命の一撃。
「――させねぇよッ!!」
俺は喉が裂けるほどの咆哮を上げ、右腕の機装に全神経を叩き込んだ。
支援職から、物理タンクである《狂乱斧士》への強制変形。
俺の手に出現した巨大な戦斧から、赤黒い『鎖』が弾丸のように射出され、アーサー王の身体にギリッと巻き付いた。
「なに……?」
「こっちを見ろォッ! 《死線縛りの鎖》ッ!!」
狂乱斧士の固有スキル。対象に鎖を巻き付けて自身のヘイト(敵視)を強制的に最大値で固定し、なおかつ『発動から5秒間、どれほどのダメージを受けようとHPが必ず1残る』という、捨て身の無敵技だ。
アーサーの魔剣の軌道が、システムによる強烈なヘイト誘導によって、ガウェインから俺の脆弱な肉体へと強制的に捻じ曲げられた。
「無駄足掻きを……塵芥がッ!」
アーサーは不快げに顔を歪め、俺に向かって魔剣による神速の連撃を放ってきた。
ドゴォォォォォンッ!! ズガガガガガァァァンッ!!
「あ、がっ、ぐァァァァッ!!」
視界が上下左右に激しく揺さぶられ、骨という骨がシステム上で砕け散る不快なエフェクト音が鳴り響く。
レベル99のバケモノによる、文字通りの『タコ殴り』。
VRの安全装置によって痛覚はカットされているはずなのに、圧倒的な運動エネルギーの暴力が、息をすることすら許さないほどの衝撃となって俺を宙で弄ぶ。
(1秒、2秒、3秒……クソッ、5秒がこんなに長ぇなんて聞いてねぇぞ!)
HPバーは一瞬でレッドゾーンを振り切り、「1」の数字に張り付いたまま、異常な震動を繰り返している。
「少しは……手加減しろォッ!!」
5秒の無敵効果が切れるコンマ一秒前。
俺は血反吐を吐きながら機装をさらに変形させた。
「――《機装変形:要塞大盾》! 《不屈の城塞》ッ!!」
狂乱斧士の鎖が千切れた直後、俺の前に展開された大盾が、重装騎士の絶対無敵の城壁へと変わる。今度はダメージそのものを完全に無効化する防御技。二つの異なるタンクの無敵技を連続で回すという、変形機装にしか不可能なインチキ(遅延行為)で、モードレッドたちの回復を待ち、ルナが祭壇を壊すまでの時間を意地で稼ぎ出す。
「アイズド……貴様……!」
膝を突いていたガウェインが、俺のボロボロの背中を見上げて愕然と呟いた。
最初は「生意気な小僧」と侮っていた外部の開拓者が、自らの命をチップにして王の猛攻を正面から食い止めている。
ガウェインの胸に、かつてないほどの感嘆が湧き上がっていた。
(……なんと愚かで、頼もしい男だ。今、この絶望的な盤面において、一番頼りになる存在がこの小僧だとはな)
ガウェインは己のふらつく両脚を乱暴に叩き、気合と共に立ち上がった。
「モードレッド! モルガン様! この男の覚悟を無駄にするな! 我らも続くぞッ!」
彼が再び大剣を握り直し、参戦しようと踏み出した、その瞬間だった。
ズバァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
城の地下深くから、空間を真っ二つに割るような凄まじい轟音と地響きが突き上げた。
大理石の床が波打ち、玉座の残骸が崩れ落ちる。
「……っ!?」
アーサー王の動きが、ピタリと止まった。
俺は盾越しにその轟音の余韻を感じ取り、口の端に溜まった血を拭いながら、歪で凶悪な笑みを浮かべた。
「……ようやくか。待ちくたびれたぜ、俺の最強のアタッカー」
地下からの地響きと共に、城の各所から噴き上がっていた「生贄の魔力」の供給が、嘘のように完全に断ち切られた。
アーサー王の黄金の甲冑を這い回っていた赤黒い血管のような魔力の呪紋が急激に色褪せ、パリンッという音を立てて砕け散っていく。
「ガァ、アァァァァァァッ!!?」
アーサー王が自らの胸を掻き毟り、苦痛に満ちた絶叫を上げた。
外部からの無尽蔵の魔力供給を絶たれたことで、王の体内に取り込まれていた『竜の力』が制御を失い、暴走を始めたのだ。
そして、俺の視界の端で、絶望を象徴していたシステム上のステータスに劇的な変化が起きた。
アーサー王の頭上に輝いていた『Lv.99』という絶対的な数値が、激しいノイズと共に崩れ落ち、俺たちのレベル帯と同等の適正値へと強制的に引き下げられたのだ。
『警告:儀式の崩壊を確認。ボスエネミー【狂王アーサー】の無敵権能(レベル補正)が解除されました』
『ステータスがフラット化されます。これより、全プレイヤーの攻撃が有効となります』
(――レベルフラット! 届くぞ、俺たちの刃が!)
「今だッ! モードレッドォォォッ!!」
俺は《要塞大盾》の防御を解き、盾そのものをアーサー王の顔面に向かって力任せにぶん殴る『シールドバッシュ』を叩き込んだ。
「チィィィィッ!!」
竜の力の暴走で体勢を崩していた王が、俺の盾の直撃を受けて僅かに仰け反る。
そのコンマ数秒の隙を、真紅の騎士が逃すはずがなかった。
「おおおおおおおッ!!」
モードレッドが、真紅の雷光を纏って宙を舞った。
レベルの壁がフラットになった今、彼女の全霊を込めた極限の一撃は、もはや無効化されることはない。
「《叛逆の紅雷》ッ!!」
真紅の刃が、アーサー王の黄金の胸当てを斜めに深く斬り裂いた。
鮮血のエフェクトが玉座の間に舞い散り、王の巨体が大きく後ろへ弾き飛ばされる。
そして――俺たちの視界に固定されていた、今まで一ミリたりとも動くことのなかったアーサー王のHPバーが。
明確に、確かな量をもって『減少』したのだ。
「……通った」
ガウェインが震える声で呟く。
「ダメージが、通ったぞッ!!!」
俺たちの心に伸しかかっていた「絶対に勝てない」という重圧が、粉々に砕け散った瞬間だった。
絶対君主の無敵状態は解除された。
ここからは、ステータスと立ち回りがモノを言う、純粋な『レイドバトル』だ。
「さあ、反逆の時間だ。……玉座から引きずり下ろしてやるよ、狂王アーサー」
俺は機装をガチャリと鳴らし、次なる戦術のタクトを振るい始めた。
身を焦がすような竜の力を暴走させ、なおも絶対的な威圧感を放って立ち上がる狂王アーサー。
そして、その理不尽な神の数値を打ち破り、反撃の刃を構える俺たち開拓者と円卓の騎士。
絶望から高揚へのカタルシスが、燃え盛る白亜の城の最奥を熱く焦がしていく。




