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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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最初の命令


 暫定管理者。


 聞こえは悪くない。


 少なくとも、悪徳領主よりはましだ。暫定という言葉には逃げ道があるし、管理者という言葉には責任を押しつけられた被害者感がある。俺は好きでこの椅子に座ったわけではない。搬入門が止まり、工房が止まり、リーフェ村の炉まで巻き添えを食うから、仕方なく確認ボタンを押しただけだ。


 だから、これは領主就任ではない。


 断じて違う。


 断じて違うのだが、視界に流れ込んでくるログは、俺の主張にあまり耳を貸してくれなかった。


 《暫定管理権限 初期設定未完了》


 《搬入門 仮再開中》


 《登録工房 仮維持中》


 《担保執行 仮凍結中》


 《補助警備命令系統 未確定》


 《供給村取引 暫定再開条件の確定が必要です》


 《未処理申請 七十九件》


 七十九件。


 減った。


 さっきまで八十七件だったから、確かに減っている。


 だが、七十九件は多い。


 七十九体の雑魚敵なら範囲攻撃で処理できるかもしれない。七十九個のクールタイムなら、並べて見れば回せる。七十九件の申請は駄目だ。あれは一件ごとに人間の都合と制度の穴と帳簿の濁りが絡んでいる。魔物より面倒で、倒してもドロップがない。


 俺は領主館前広場の隅に置かれた仮設机の前で、深く息を吐いた。


 玉座ではない。


 豪華な執務室でもない。


 ただの机だ。


 だが、座った瞬間に仕事が増える椅子は、玉座より危険である。罠椅子と呼んでもいい。座面に棘がないだけ有情だが、代わりに管理ログが刺さってくる。


「アイズドさん」


 隣でルナが、少し心配そうに言った。


「顔が、公開査定の時より険しいです」


「公開査定は相手が見えていた」


「今は?」


「敵が書類になった」


「書類は、斬れませんね」


「だから厄介なんだ」


 ルナは灰色の外套のフードを深く被ったままだ。


 領主館前広場は、まだ騒ぎの余韻を引きずっている。ノイズの権限停止、リーフェ村の共同炉保全解除、素材価値の再評価、理外創成の実演成功。これだけの出来事が一度に起きれば、情報屋も配信者も職人も商人も黙ってはいない。


 灰衣の旅剣士へ向けられる視線も、まだ消えていない。


 顔は隠す。


 白銀の髪も隠す。


 《白銀の剣気》も見せない。


 その方針は、この場が終わっても変わらない。


「黒鉄殿」


 低い声がした。


 登録工房第三炉の査定士、グラン親方だった。がっしりした体格のドワーフで、声にも手にも炉の重さが染みついている。先ほどまでノイズに工房登録停止をちらつかされていた男だが、今はもう顔つきが違っていた。


 怒りではない。


 覚悟に近い。


「仮設定のまま時間を置くと、搬入門と工房の動きが乱れます。まずは最低限の初期命令を確定させるべきです」


「最低限、か」


「はい。大きな改革は後でいい。今は止まるものを止めないことです」


 止まるものを止めない。


 それは、分かりやすい。


 そして、俺が今やるべきことに一番近い言葉だった。


 俺は領主になるつもりはない。


 グレイム領を支配するつもりもない。


 税制の理想を語る気もない。


 ただ、ノイズが倒れたせいで止まりかけた搬入門と炉と村の暮らしを、審査が終わるまで動かしておく必要がある。


 支配ではない。


 改革でもない。


 止血だ。


 傷口から血が流れ続ければ、患者は助からない。だからまず塞ぐ。骨が歪んでいるとか、筋肉が弱っているとか、生活習慣がどうとかは、その後だ。


 領地規模の止血。


 字面が重い。


 俺は防具を作りに来ただけなのに、なぜ領地の止血をしているのだろう。


「で、最初に何を押せば一番被害が少ない」


 俺が聞くと、グラン親方は即答した。


「担保執行の凍結です」


 きなこもちが、机の横から覗き込む。


「だね。共同炉とか荷馬車とか乾燥小屋とか、取られたら次の納付どころじゃなくなるやつから止めた方がいい」


「お前も当然のようにいるな」


「面白そうだから」


「帰れ」


「防具作るまで帰らない」


 正論だった。


 腹立たしい。


ーーーーーー


 担保執行の項目を開くと、視界にずらりとリストが並んだ。


 共同炉。


 荷馬車。


 乾燥小屋。


 農具。


 採掘具。


 工房使用権。


 労働契約。


 金銭担保。


 素材在庫。


 項目としてはただの文字列だ。


 けれど、そのひとつひとつの向こうには、暮らしがある。


 リーフェ村の共同炉がそうだった。あれは単なる設備ではない。灰鉄鉱の一次加工をし、根麻を乾かし、農具を直し、村の生活を支える火だった。


 荷馬車も同じだろう。


 乾燥小屋も、農具も、採掘具も。


 数字の穴埋めとして取り上げれば、帳簿の上では均衡するかもしれない。だが、次の月にはもっと払えなくなる。


 ノイズは、それを利用していた。


 あるいは、見ないふりをしていた。


 どちらでも同じだ。


「全部、凍結するんですか?」


 ルナが聞いた。


「全部は無理だ」


 俺は言った。


「無理、ですか」


「ああ。すでに正規審査が終わっていて、双方合意済みの担保までいきなり止めると、別の契約が壊れる。商人側や工房側が材料費を回収できなくなる場合もある」


「でも、困っている村もありますよね」


「ある。だから優先順位をつける」


 ルナは黙った。


 分かりたくないが、分かろうとしている顔だった。


 彼女のそういうところは、危うくもあり、強くもある。


「最優先は、生活基盤を奪われる担保だ。共同炉、荷馬車、乾燥小屋、農具、採掘具。あとは労働契約」


「リリィちゃんみたいな?」


「そうだ。新規労働契約は審査完了まで停止する」


「それは、よかったです」


「ただし、金銭担保や合意済みのものは確認待ち。全部を同時に止めると、今度は別の場所が詰まる」


「全部を同時に拾えば、全部落とす」


 ルナが、ぽつりと呟いた。


 俺は少しだけ彼女を見た。


「覚えていたのか」


「はい。アイズドさんが言っていたので」


「言葉は便利だな。人に言った後、自分に刺さる」


「刺さってますか?」


「かなり」


 俺は担保執行凍結の命令文を入力した。


 《暫定管理命令》


 《審査未完了の生活基盤担保を優先凍結》


 《対象:共同炉、荷馬車、乾燥小屋、農具、採掘具、労働契約》


 《新規労働契約発行を審査完了まで停止》


 《金銭担保および双方合意済み担保は確認待ち》


 《命令ログ:公開》


 確認。


 発行。


 《暫定管理命令を発行しました》


 《担保執行凍結命令:有効》


 広場の上空に命令内容が表示される。


 直後、供給村の者たちがざわめいた。


「うちの荷馬車、凍結対象だ」


「乾燥小屋も残るのか」


「労働契約、新規停止……」


「本当に?」


 安堵。


 疑い。


 困惑。


 声はひとつではない。


 それでいい。


 全員が納得する命令など存在しない。むしろ、全員が納得している時は、誰かが何かを知らされていない可能性が高い。


 俺はログを公開した。


 理由も、対象も、制限も出した。


 不満があるなら、そこから始められる。


 ノイズと同じにしないためには、それしかない。


ーーーーーー


 次は搬入門だった。


 グレイム領の搬入門は、街の血管だ。


 素材が入る。工房へ流れる。加工される。冒険者へ渡る。壊れた装備が補修され、村へ道具が戻る。血管が詰まれば、身体のどこかが壊死する。


 ノイズは、その血管に細工していた。


 一番口は通常搬入。


 二番口は特定商会優先。


 三番口は検査員不足で半停止。


 そして二番口に紐づいているのは、ノイズに近い商会だった。


 分かりやすい。


 分かりやすい不正ほど、やっている側は「制度」と呼びたがる。言葉に服を着せれば裸ではない、みたいな理屈だ。見えているぞ。腹が。


「二番口は閉じる」


 俺は言った。


 グラン親方が頷く。


「優先商会契約は審査対象です。妥当でしょう」


「検査員は三番口へ回す。一番は通常搬入。三番は監査付き搬入。リーフェ村の素材は再評価対象として通す。他の供給村も申請順。ただし、生活基盤が止まりかけている村は優先」


 きなこもちが笑う。


「いいね。身内専用口を閉めるの、気持ちいい」


「気持ちよさで命令するな」


「でも気持ちいいよ」


「否定はしない」


「しないんだ」


 しない。


 人間だからな。


 ただし、命令理由は別だ。


 俺は管理画面へ入力する。


 《搬入門運用命令》


 《一番口:通常搬入継続》


 《二番口:優先商会契約の審査完了まで停止》


 《三番口:監査付き搬入へ再配分》


 《検査員配置:二番口から三番口へ移動》


 《監査付き搬入:再評価対象素材を許可》


 《優先条件:生活基盤停止リスク高の供給村》


 《命令ログ:公開》


 確認。


 発行。


 鐘の音がした。


 遠く、搬入門の方からだった。


 続いて、荷車の軋む音が微かに届く。実際の音か、システムが通知として鳴らしているのかは分からない。ただ、止まっていたものが動き出す音に聞こえた。


 ルナが、広場の向こうを見た。


「動きました」


「ああ」


「こういうのも、戦いなんですね」


「戦いというには地味すぎる」


「でも、止まっていたものが動きました」


 その言葉に、俺は少しだけ黙った。


 地味な仕事は、見えにくい。


 見えにくい仕事は、評価されにくい。


 けれど、止まっていたものが動くなら、それは確かに意味がある。


 俺は昔、それを知っていたはずだ。


 知っていたのに、どこかで忘れた。


 いや、忘れたのではない。見えないままでいいと思っていた。評価されなくても、結果だけ出ればいい。そういう仕事だと、自分で決めつけていた。


 だが、今は違う。


 命令ログは公開されている。


 誰が何を、なぜ動かしたのかが残る。


 見えない土台を、見える場所に出す。


 それは、少し怖い。


 だが、必要なことなのかもしれない。


ーーーーーー


 三つ目は登録工房だった。


 ここで、きなこもちとグラン親方が真正面から衝突した。


「登録工房の既存業務は維持。ノイズ時代の使用料改定は審査完了まで停止。優先商会契約も審査待ち」


 俺が言うと、グラン親方は深く頷いた。


「それで炉は止まりません」


「野良職人の共同炉利用も入れて」


 きなこもちがすかさず言う。


 グラン親方の眉が動く。


「共同炉利用は認めるべきだが、無条件開放はできん。品質管理が崩れる」


「また品質管理。親方、それ好きだね」


「好き嫌いではない。粗悪品が出回れば、グレイム領全体の信用が落ちる」


「でも、登録工房だけに閉じたら、小工房が死ぬ。ノイズがやってたことと、半分同じだよ」


「同じではない。工房登録には品質保証の意味がある」


「分かってる。でも保証が首輪になったら意味ないでしょ」


「言葉を選べ」


「じゃあ、長めの紐」


「悪化している」


 どちらの言い分も分かる。


 それが一番面倒だった。


 きなこもちの言う通り、登録工房だけが炉を使える状態では、独立職人や小工房は死ぬ。ノイズはその仕組みを使って、職人を締め上げた。


 だが、グラン親方の言う通り、完全な無制限開放は危険だ。粗悪品が出回れば、グレイム領の信用が落ちる。装備の不具合は、冒険者の死に繋がる。


 自由だけでは回らない。


 管理だけでも腐る。


 なら、間に線を引くしかない。


「共同炉は監査付きで開放する」


 俺は言った。


 二人がこちらを見る。


「監査担当は登録工房から一名、独立職人側から一名。使用ログは公開。高位加工は素材由来と完成品品質を記録。料金はノイズ改定前へ一時的に戻す。品質事故が出た場合は、当該職人と監査担当のログを確認する」


 グラン親方が腕を組む。


「最低限の品質管理は可能です」


 きなこもちも顎に手を当てた。


「独立職人側が監査に入れるなら、首輪感は減るね」


「首輪から離れろ」


「じゃあ、緩い首輪」


「戻っただけだ」


 俺は命令文を入力した。


 《登録工房業務維持命令》


 《既存注文:維持》


 《ノイズ時代の使用料改定:審査完了まで停止》


 《優先商会契約:審査待ち》


 《共同炉利用:監査付き開放》


 《監査担当:登録工房一名、独立職人一名》


 《使用ログ:公開》


 《高位加工:素材由来、完成品品質の記録必須》


 《料金基準:ノイズ改定前へ暫定復帰》


 確認。


 発行。


 広場の職人たちから、ざわめきが起きる。


「共同炉、使えるのか」


「監査付きならまあ……」


「料金戻るって本当か」


「使用ログ公開か。面倒だが、ノイズの時よりはましだ」


「独立側の監査も入るなら、登録工房だけの締め付けにはならないな」


 文句は出る。


 だが、動ける。


 今はそれでいい。


 制度は、いきなり理想形にはならない。少なくとも、俺が作るものではない。俺は仮の橋を置くだけだ。その橋を渡った先をどう整えるかは、職人と村と、この街の問題だ。


 そう思っておかないと、本当に全部背負うことになる。


 それは駄目だ。


 俺の悪い癖だ。


 全部見えてしまうと、全部塞ぎたくなる。全員の被弾を減らし、全員の無駄を消し、全員の失敗を先回りしたくなる。


 それをやると、自分が土台になって潰れる。


 今は、潰れないやり方を覚える必要がある。


ーーーーーー


 最後は補助警備だった。


 空気が少し重くなる。


 当然だ。


 さっきまで彼らは、ノイズの命令で動こうとしていた。リリィへ手を伸ばし、きなこもちを拘束しようとし、俺たちを査定妨害者として扱いかけた。


 全員が悪人とは限らない。


 だが、全員が無関係とも言えない。


 命令に従った者。


 利益を得ていた者。


 何も考えていなかった者。


 その区別を、今この場で俺が全部裁くことはできない。


 だから、まず武器を取り上げる。


 物理的な武器ではない。


 命令権という武器を。


「補助警備は、審査完了まで非戦闘任務に限定する」


 俺は言った。


「領主館施設の警備、群衆整理、搬入門周辺の誘導。拘束、押収、武力行使、供給村への強制執行は禁止。例外は火災、魔物侵入、明確な暴力行為への緊急対応。その場合も行動ログ公開」


 グラン親方が頷く。


「妥当です」


 きなこもちが少し不満げに言う。


「甘くない? ノイズ派、絶対混じってるよ」


「いるだろうな」


「放っておくの?」


「今ここで雑に切ると、地下に潜る。行動ログを保全して、審査後に分ける」


「ほんと書類の人だね」


「戦闘で片づけるより、今はそっちの方が安全だ」


 補助警備の一覧を開く。


 行動履歴、命令履歴、所属、ノイズからの直接指示の有無。


 見ようと思えば、見られる。


 だが、今は見ない。


 深追いすれば、この場で全部処理したくなる。そうなれば、今日一日が終わる。いや、下手をすれば数日終わる。防具が遠のく。俺の精神も遠のく。


 やるべきことは、行動を縛ることだ。


 裁くことではない。


 俺は命令文を入力した。


 《補助警備命令系統設定》


 《任務範囲:領主館施設警備、群衆整理、搬入門周辺の非戦闘支援》


 《禁止:拘束、押収、武力行使、供給村への強制執行》


 《例外:火災、魔物侵入、明確な暴力行為への緊急対応》


 《全行動ログ:公開保全》


 《個別処分:審査完了まで保留》


 確認。


 発行。


 補助警備たちの頭上に、新しい任務表示が浮かぶ。


 何人かは安堵した。


 何人かは不満そうだった。


 何人かは、すぐに視線を逸らした。


 反応だけで、ある程度は見える。


 だが、見えても今は斬らない。


 記録だけ残す。


「アイズドさん」


 ルナが小さく言った。


「何だ」


「剣を抜かないの、難しいですね」


 俺は少しだけ彼女を見る。


「そうだな」


「斬れば止まるものも、斬ったら違う問題になる」


「ああ」


「さっき、リリィちゃんの前に立った時、少し分かりました」


 彼女は自分の外套の端を握った。


「守るのって、斬ることだけじゃないんですね」


 その言葉は、彼女の中で何かが変わった証拠のように聞こえた。


 白銀の剣気。


 絶剣。


 天性の回避。


 ルナの強さは、斬る方向へ伸びる。


 だが、今日の彼女は斬らずに守った。


 それは、彼女にとって大きい。


「いいことに気づいたな」


 俺が言うと、ルナは目を瞬かせた。


「褒めました?」


「事実だ」


「今日は事実が多いですね」


「疲れているからな」


 ルナは小さく笑った。


ーーーーーー


 四つの命令を発行し終えると、広場の空気は少しずつ変わっていった。


 まだ混乱はある。


 不満も残っている。


 ノイズの正式審査はこれからだし、ノイズ派の商人や警備が完全に黙るとも思えない。供給村の再査定も山ほどある。工房制度の見直しも必要だろう。管理ログの端には、まだ未処理申請が七十件以上残っている。


 だが、止まりかけていたものは動いた。


 担保執行は凍結された。


 搬入門は監査付きで再開した。


 登録工房と共同炉は止まらなかった。


 補助警備の命令系統は非戦闘に縛った。


 今できる止血は、ひとまず終わった。


 俺は視界の端に残る管理アイコンを睨んだ。


 《未処理申請 七十一件》


 減っている。


 減ってはいる。


 だが、まだ七十一件。


 見なかったことにしたい。


 システムは見なかったことにしてくれない。


 人生は厳しい。


 ゲームも厳しい。


 特にこのゲームは、厳しさの方向性が陰湿だ。


「お疲れさまです」


 ルナが言った。


 その一言は、戦闘後の回復魔法より少し効いた。


「まだ終わっていない」


「でも、一区切りです」


「……そうだな」


 認めると、急に肩が重くなった。


 《灰鉄の偽装外殻片》をつけた左肩が、まだ鈍く痛む。公開査定で受けた衝撃が残っている。試作品としてはよく耐えたが、本番で使い続けるには不十分だ。


 ルナの《根麻の可動外套片》も同じだ。


 今日の査定は通した。


 だが、まだ仮調整品だ。これから先、情報屋やノイズ派の残り火、さらに別のクエストへ向かうなら、もっと安定した装備が必要になる。


 つまり、本題に戻る時だ。


 きなこもちが、待ってましたと言わんばかりに金槌を鳴らした。


「じゃあ、領主じゃない人」


「その呼び方で固定するな」


「黒鉄の暫定さん」


「悪化している」


「防具、作るよ」


 その言葉で、ようやく呼吸が整った気がした。


 防具。


 そうだ。


 俺たちは防具を作りに来た。


 領地管理ではなく。


 税制の応急処置でもなく。


 補助警備の命令系統整理でもなく。


 防具を作るために、グレイム領へ来たのだ。


 グラン親方が第三炉の使用許可ログを開く。


「既存業務維持命令により、第三炉は使用可能です。ただし、本番製作に入る前に設計会議が必要です」


「会議か」


 俺は反射的に顔をしかめた。


 ルナがすかさず言う。


「また嫌そうな顔です」


「会議という単語には毒性がある」


「でも、今度は防具の会議です」


「それは少しだけましだな」


 きなこもちが笑う。


「大丈夫。防具会議は楽しいよ。少なくとも工房使用料の苦情処理よりは」


「比較対象が低すぎる」


「低いところから上げるのが職人の仕事だからね」


「それは素材の話だろ」


「人間も素材みたいなものだよ」


「職人の倫理観が怖い」


 グラン親方が深くため息をつく。


「きなこもち。黒鉄殿をあまり疲れさせるな。設計前に倒れられると困る」


「倒れないでしょ、この人」


「倒れるぞ」


 俺は即答した。


「俺は普通に疲れるし、普通に倒れる」


 ルナが、少し安心したように笑った。


「それを聞けてよかったです」


「何がだ」


「アイズドさん、たまに倒れない前提で動くので」


 言い返せなかった。


 痛いところを突いてくる。


 本当に、言葉はブーメランだ。


 俺は立ち上がった。


 領主館前広場の向こうでは、搬入門へ向かう荷車が動き始めている。工房区の煙突からは、細い煙が上がっていた。リーフェ村へ向かう伝令が走り、職人たちは新しい命令ログを見ながら話し合っている。


 止まりかけていたものが、動く。


 それを見届けてから、俺たちは第三炉へ向かった。


 武器は作らない。


 俺の左腕には触れさせない。


 ルナの白銀も表には出さない。


 作るのは、防具。


 黒鉄の重装騎士に見える外殻。


 灰衣の旅剣士が顔と髪を隠したまま動ける外套。


 次の面倒事へ向かうための、最低限の備え。


 最高のクソゲーは、勝利報酬に管理業務を混ぜてきた。


 だが、その管理業務の先に炉の火があるなら。


 ほんの少しだけなら、許してやらなくもない。


 ほんの少しだけだ。

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