魂が導く限界突破
「ルナ殿! ここは私が食い止めます。あなたは一人で奥へ行き、儀式の核を破壊しなさい!」
「アグラヴェインさん……っ! はい、必ず!」
背後で鉄灰色の剣閃と怨嗟のうめき声が交錯するのを聞きながら、私は冷たく湿った隠し通路を、たった一人で全速力で駆け下りていた。
アグラヴェインさんが、通路に押し寄せてきたモンスターの群れ――リビングデッドと化したキャメロットの住人たちをその身を呈して足止めしてくれている。
彼に背中を預け、私は重厚な鉄の扉を蹴り開け、ついに地下の最深部へと飛び込んだ。
かつては王族だけが使用を許されたであろう秘密の通路は、今は冷たい湿気と異臭に満ちており、ほのかな明かりをを頼りに出た場所。そこは、巨大な地下祭殿だった。
床には無数の古代魔術書が乱雑に散らばり、壁にはおぞましい赤黒い染料で見たこともない呪紋がびっしりと描かれている。
そして部屋の最奥。そこに鎮座していたのは、脈打つ肉塊と巨大な黒い水晶が融合したような、冒涜的で不気味な『祭壇』だった。水晶はまるで心臓のようにドクン、ドクンと嫌な音を立てて明滅し、そこから天井を突き抜けるようにして、赤い魔力の極太のパイプが上層の玉座の間へと伸びている。
「あれが……魔力の供給源!」
私は白銀の片手剣を構え、祭壇へ向かって駆け出そうとした。
だが、その瞬間。
部屋の暗がりから、ズルリ、ズルリと無数の影が這い出してきた。
「あ……」
私は、その姿を見てピタリと足を止めてしまった。
焼け焦げた衣服の残骸。魂を抜かれ、魔力のリソースとして使い潰された彼らの亡骸が、祭壇を護る防衛機構として、ここにも大量に配置されていたのだ。
彼らの肉体は炭のように黒焦げになり、その身体から不気味な赤い炎が燃え上がっている。
VRの世界だと頭では分かっている。だが、そのあまりにも凄惨で悲しい光景に私の胸を締め付ける。
(……私のせいだ)
暗い地下室で、私の心の中には冷たく重い悔恨が渦巻いていた。
湖畔で倒れていたアーサー王を助け、「モルガンを倒しましょう」と言い出したのは私だ。私のその甘く軽率な判断が、この人たちを焼き殺す結果を招き、アイズドさんやモードレッドさんたちを地獄のような最前線に縛り付けてしまっている。
『ガァァァァァァッ!』
怨嗟の声を上げ、炎を纏った住民の亡骸たちが、私を取り囲むように群がってくる。
剣を振るう手が震えた。彼らを斬り捨てることなんて、私には……。
『この絶望的な盤面をひっくり返せるのは、お前のその白銀の剣だけだ』
その時、アイズドさんの声が脳裏に響いた。
彼は、初心者の私を信じてくれた。こんな大失敗をした私に、この絶望的な状況を覆す『役割』を託してくれたのだ。
ここで私が立ち止まれば、彼らの犠牲は本当に無駄になり、上層で戦うアイズドさんたちも死んでしまう。
「……ごめんなさい」
私はギリッと唇を噛み破り、震える足に力学を込めた。
「ごめんなさい……! でも、もうこれ以上、誰も悲しませないッ!!」
私は悲痛な謝罪の言葉と共に、迫り来る亡骸の群れの中へと飛び込んだ。
炎の爪が私の頬を掠めようとするが、私は極限まで姿勢を低く沈め、神速のステップで包囲の死角をすり抜ける。彼らを傷つけることはしない。ただ、システム上の無敵フレームと私の生物学的な反射神経を全開にして、一体また一体切り伏せていく。
(ごめんなさい…ごめんんさい…)
一発でも被弾すれば【絶剣】の練気ゲージはリセットされてしまう。だが、今の私に一切の迷いはなかった。
群れを突破し、ついに祭壇の懐へと潜り込む。
「はあああああッ!!」
私は片手剣を振りかぶり、無機質な単発斬撃《孤影の絶華》を黒い水晶に向けて放った。
ガガガァンッ! と硬質な音が響くが、水晶の表面を覆う不可視のバリアに弾かれる。
「くっ……なら、これならッ!」
私は踏み込みの慣性を殺さず、流麗な三連コンボ《流転の絶華》へと繋ぐ。
壱の太刀、弐の太刀、参の太刀。火花を散らしながら、幾何学的な軌跡がバリアを削り取る。背後からはリビングデッドたちが私を引き剥がそうと迫り、バリアからは強烈な魔力の反発が私の腕の骨を軋ませる。
だが、私は剣を止まない。
そのまま極限の低姿勢から《穿空の絶華》による刺突を水晶に叩き込む。
斬って、また斬る。
水晶のバリアにスキルを当てるたびに、私の片手剣を包むオーラが、淡い白刃から燃えるような緋色へと熱を帯びていく。
(壊す……! 絶対に、ここで負の元凶を断ち切るッ!!)
過去の過ちへの深い懺悔と、この理不尽な悪意に対する強烈な怒りが、私の中で一つに溶け合っていく。
その時だった。
背後から迫っていた亡骸の群れから淡い光が見えた気がした。
フワッ……と、薄暗い地下室の空間に、小さな光の粒が浮かび上がったのだ。
一つ、また一つ。それは炭のように焼き焦がされた亡骸たちから、あるいは祭壇に縛り付けられていた空間のあちこちから零れ落ちるように現れた、淡く優しい光だった。
「え……?」
懺悔の念に押し潰されそうになっていた私の心を、その『暖かい光の奔流』が優しく包み込んだ。
それは、死んだ住人たちの魂の残滓だった。
狂王の魔力に操られ、苦しみに喘いでいた彼らの、本当の魂の輝き。
光の粒は、まるで意志を持っているかのように私の周囲へと集まり、私の背中をそっと、優しく後押ししてくれた。
『――ありがとう。あとは、頼んだよ』
声は聞こえない。だが、確かに彼らの祈りが、私に流れ込んできた。
彼らは私を恨んでなどいない。ただ、この狂王の呪縛から解放してほしいと、未来を託してくれているのだ。
「……はい。任せてください」
私の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
私の心の中から、一切の迷いも自己嫌悪も消え去っていた。残されたのは、彼らの祈りを背負い、必ずこの理不尽な悪意を打ち砕くという、純粋で絶対的な決意。
私の足元から立ち昇る闘気が、一瞬にして爆発的な熱量を帯びる。
自己バフ《無明の剣気》が極まり、練気ゲージが限界の壁を突破する。
私の魂と住民たちの祈りの光が刃と同調し、緋色のオーラが、眩いばかりの『白銀の極光』へと昇華した。
究極奥義。リミットブレイク。
「すべてを……断ち切るッ!!」
「――《絶刃の境地》ッ!!」
私は渾身の力を込め、巨大な光の柱と化した片手剣を、祭壇の黒い水晶に向けて真っ向から振り下ろした。
ズバァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
空間が真っ二つに割れるような、凄まじい轟音が地下室を揺るがした。
私の刃が、水晶を護っていた強固なバリアを紙切れのように引き裂き、そのまま黒い水晶の中心核へと深々と突き刺さる。
数千の星屑が弾けるような、圧倒的な閃光が爆発した。
ピキッ……パリィィィィィィンッ!!!!
生贄の儀式の心臓部であった巨大な水晶が、私の剣圧に耐えきれず、粉々に砕け散った。
赤い魔力のパイプが千切れ、狂王へと送られていた無尽蔵の魔力供給が完全に断たれる。
それと同時に、周囲で立ち尽くしていたリビングデッドたちの肉体が、糸の切れた操り人形のように次々と崩れ落ち、安らかな光の粒子となって天井へと昇っていった。
「や、やりました……!」
私は肩で荒い息を吐きながら、砕け散った祭壇を背にして振り返り、涙ぐみながらも強く拳を握りしめた。
魔力の供給は絶った。これで、あの上層にいる無敵のバケモノのステータスに必ず変化が起きるはずだ。
「アイズドさん……っ。待っててください、今、戻りますから!」
私は白銀の光を纏った剣を握り直し、反撃の狼煙を上げるため、アイズドさんたちが待つ上層へと全速力で駆け上がっていった。




