暫定管理者という罰ゲーム
領地を救った。
そう言えば、聞こえはいい。
悪徳領主の権限乱用を公開ログで暴き、リーフェ村の共同炉を守り、素材搬出停止を無効化し、登録工房の停止も回避した。文字だけ並べれば、まるで英雄譚の一節である。
だが、現実はもう少し地味で、もう少し面倒で、そしてだいぶ胃に悪かった。
《グレイム領 暫定管理権限を付与します》
その通知が視界に残った次の瞬間、俺の視界は壊れた。
いや、正確には壊れていない。
ただ、情報で埋め尽くされただけだ。
《搬入門 監査付き再開処理中》
《登録工房 業務維持設定を適用中》
《供給村取引 暫定再開》
《担保執行 審査完了まで凍結》
《未処理申請 八十七件》
《異議申し立て 十九件》
《工房使用料再計算待ち 三十一件》
《補助警備命令系統 再設定待ち》
《領主館倉庫管理 暫定承認待ち》
《搬入門価格表示 更新待ち》
《苦情受付 百二十三件》
百二十三件。
やめろ。
俺は領主を倒したのであって、苦情受付窓口に就職したわけではない。
視界の右端に、さらに別の一覧が展開される。
税率、素材等級、工房稼働率、供給村別搬入量、審査待ち担保、登録外工房警告、補助警備巡回表、倉庫棚卸し、搬入門通過待ち荷車数。
数字。
数字。
数字。
数字。
戦闘中なら、これだけ情報があってもまだ処理できる。ヘイト、クールタイム、HP、敵の予兆、味方の位置。盤面に必要な情報なら、脳が勝手に優先順位をつける。
だが、今流れ込んでいるのは、領地運営の事務ログだった。
性質が違う。
ボスの行動予兆より、工房使用料の未処理申請の方が精神にくる。回避できないからだ。赤い範囲攻撃なら避ければいいが、未処理申請は避けても残る。しかも増える。魔物より悪質である。
「アイズドさん?」
隣でルナが首を傾げた。
灰色の外套のフードは、まだ深く被ったままだ。白銀の髪は隠れている。領主館前広場は相変わらず騒然としていて、配信者や情報屋らしき視線も多い。顔を出さない判断は正しい。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に見えるか」
「見えません」
「なら、正しい認識だ」
俺は視界に流れ続ける管理ログを、いったん折り畳もうとした。
折り畳めなかった。
《暫定管理権限の初期確認が完了していません》
《最低限の初期設定を行ってください》
親切なシステムメッセージは、時に脅迫文に似る。
最低限。
このゲームの最低限ほど信用できないものもない。チュートリアルの「簡単な戦闘」と同じくらい怪しい。簡単と言いつつ、だいたい後で地獄の伏線になる。
「アイズドさん、顔が険しいです」
「今、視界の中に搬入門の待機荷車数と、工房使用料の異議申し立てと、補助警備の命令系統再設定が同時に出ている」
「えっと……大変そうですね」
「大変というより、これはゲームではない」
俺は、深く息を吐いた。
「業務システムだ」
ルナは、少し考えた。
「でも、アイズドさん、得意そうです」
「得意と好きは別だ」
「そうなんですか?」
「カレーを作れる人間が、毎朝カレーを作りたいとは限らない」
「私は毎朝でも大丈夫です」
「お前の食生活の話ではない」
ルナは少しだけ笑った。
その笑い声で、わずかに肩の力が抜ける。
だが、管理ログは消えない。
広場の中央では、ノイズが領主館の補助警備に囲まれていた。といっても拘束されているわけではない。現在は権限停止中で、正式審査待ち。補助警備も命令系統を失っているため、彼をどう扱えばいいか分からず、かなり微妙な距離を取っていた。
失脚した上司の周囲に漂う、あの何とも言えない空気。
現実でもゲームでも見たくないものである。
ノイズは、まだこちらを睨んでいた。
睨むだけだ。
いま彼には、担保執行も、工房停止も、拘束命令も出せない。領主紋の光は消え、代わりに空中には冷たいログが浮かんでいる。
《対象:ノイズ》
《権限状態:暫定停止》
《審査完了まで一部行動制限》
自分の頭上にこんな表示が出たら、俺ならログアウトしたくなる。
ノイズがログアウト可能かどうかは知らない。たぶんプレイヤーなので可能だが、今ログアウトしたら逃亡扱いになるのだろうか。こういうところだけ妙にリアルで困る。
「黒鉄殿」
重い声がした。
振り返ると、グラン親方が立っていた。
登録工房第三炉の査定士。
先ほどまでノイズに工房登録停止をちらつかされていた男だ。今はその停止命令も無効化されているが、顔には安堵よりも疲労の方が濃い。
「暫定管理権限の初期設定は、早めに行った方がいいでしょう」
「やはり必要か」
「はい。搬入門と登録工房の再開条件が宙に浮いたままだと、物流が止まります」
嫌な言葉だ。
物流が止まる。
素材が来ない。
炉が動かない。
防具が作れない。
つまり、俺たちの本来の目的も止まる。
「どれから触るべきだ」
「まず搬入門です。次に担保執行凍結の確認。登録工房の業務維持は、その後でも間に合います」
「補助警備は?」
「非戦闘命令限定にしたなら、当面は待機命令でよいかと。下手に動かすと混乱します」
「なるほど」
俺は管理ログの中から、搬入門の項目を開いた。
開いた瞬間、さらに細かい数字が流れる。
《搬入門一番口:待機荷車 二十三》
《搬入門二番口:停止中》
《搬入門三番口:検査員不足》
《監査付き搬入対象村:リーフェ村、カルム村、ノド村、他四村》
《評価再審査対象素材:灰鉄鉱、根麻布、乾燥木材、薬草束》
《搬入遅延による工房影響予測:中》
やめろ。
親切な予測をするな。
俺は戦闘中の未来予測だけで十分なのだ。搬入遅延の影響予測まで脳に流し込まないでほしい。
「アイズドさん、また顔が険しく」
「搬入門が三つある」
「それは普通では?」
「一番だけ動いていて、二番が停止中で、三番が検査員不足だ」
「大変ですね」
「その感想は正しいが、役には立たない」
「すみません」
「謝る必要はない。俺も役に立ちたくない」
ルナが困ったように笑った。
きなこもちが横から覗き込んでくる。
「搬入門? ああ、二番口はノイズの身内商会が優先で使ってたやつだね。いま止まってるなら、そのまま封鎖して一番と三番に検査員を回せば?」
「さらっと重要なことを言うな」
「職人は重要なことを炉の横で言う生き物だよ」
「それはたぶん職人全体への風評被害だ」
グラン親方が渋い顔で頷いた。
「ですが、きなこもちの言う通りです。二番口は特定商会の優先搬入口でした。現在、その権限が凍結されているので、再開には審査が必要です」
「なら二番口は一時停止のまま。検査員を三番へ回す。一番は現状維持。監査付き搬入はリーフェ村を優先しつつ、他村は申請順で処理」
俺は言いながら設定を入力した。
《搬入門二番口:暫定停止継続》
《検査員配置:三番口へ再配分》
《一番口:通常監査継続》
《監査付き搬入:申請順処理。ただし生産基盤停止リスク高の村を優先》
確認ログが表示される。
《暫定管理命令を発行しますか?》
俺は一瞬、指を止めた。
命令。
嫌な言葉だ。
ノイズも同じように、ここへ指を置いていたのだろう。
違いはある。
俺の権限行使ログは公開される。対象も限定されている。担保執行も凍結済み。個人情報も非公開条件を通している。
それでも、権限であることに変わりはない。
使えば、誰かの動きが変わる。
その重さが、妙に指先へ乗った。
「アイズドさん」
ルナが小さく言った。
「何だ」
「止めないための命令、ですよね」
俺は、彼女を見た。
フードの奥の表情は見えない。
だが、声はまっすぐだった。
「支配じゃなくて、止まらないようにするための」
その言葉で、少しだけ息がしやすくなった。
「……ああ」
俺は確認ボタンを押した。
《暫定管理命令を発行しました》
《搬入門設定を更新》
《ログ公開:有効》
広場の上空に、俺の命令ログが表示される。
ざわめきが起きた。
「搬入門、再開するのか」
「二番口は停止のまま?」
「特定商会の優先口だろ、あれ」
「三番に検査員回るなら、うちの荷も通るかもな」
「ログ公開されてるぞ」
ログ公開。
それが今の俺の盾だ。
隠して使えば、ノイズと同じになる。
公開して使えば、少なくとも後で殴られる時に理由を説明できる。殴られる前提なのが悲しいが、権限とはそういうものだ。
ーーーーーー
搬入門の次は、担保執行の凍結確認だった。
これも面倒だった。
なぜなら、担保候補が多すぎる。
リーフェ村の共同炉。
カルム村の荷馬車。
ノド村の乾燥小屋。
別の村の採掘具。
さらに、労働契約候補者の一覧。
見ているだけで気分が悪くなる。
人や生活道具が、数字の穴埋めとして並んでいる。
そこに悪意がなくても、十分に嫌な光景だ。いや、ノイズの場合は悪意もあったので二倍嫌だ。
「担保執行は全部凍結でいいんですか?」
ルナが聞いた。
「全部ではない」
俺は答えた。
彼女が少し驚いた顔をする。
「違うんですか?」
「審査中の担保執行は凍結する。だが、すでに正規審査が終わっていて、双方合意済みの担保まで勝手に止めると別の混乱が出る」
「でも、困っている人もいますよね」
「いるだろうな」
「じゃあ」
「全部を同時に拾えば、全部落とす」
俺は一覧を見ながら言った。
「今止めるべきなのは、審査前に生活基盤を奪うタイプの担保だ。共同炉、荷馬車、乾燥小屋、生産具、労働契約。この辺りは即時凍結。金銭担保や、すでに代替手段があるものは確認待ちに回す」
ルナは少し黙った。
納得していないのではない。
理解しようとしている沈黙だった。
「全部助けないんですか」
「助けたい気持ちと、助けられる順番は別だ」
俺は担保リストを優先度順に並べ替える。
《優先凍結対象:生活基盤喪失リスク高》
《共同炉》
《荷馬車》
《乾燥小屋》
《農具/採掘具》
《労働契約》
《通常担保:確認待ち》
「優先順位を間違えると、本当に落ちるところから落ちる。俺は神様じゃない。全部は拾えない」
「アイズドさんは、そういうの嫌そうです」
「嫌だな」
「でも、やるんですね」
「嫌でも、やらないともっと嫌なことになる」
俺は確認ボタンを押した。
《担保執行凍結設定を更新》
《生活基盤喪失リスク高の担保を優先凍結》
《労働契約新規発行を審査完了まで停止》
広場の別の場所で、供給村のNPCたちがざわついた。
「労働契約、止まったのか?」
「新規だけだ。でも……」
「うちの荷馬車も凍結対象に入ってる」
「乾燥小屋が残る……」
小さな安堵が、あちこちで生まれている。
同時に、不満もあるだろう。
自分の案件が後回しにされた者もいる。全部止めろと言いたい者もいる。逆に、凍結されて困る商人もいるはずだ。
完全な正解はない。
あるのは、今一番崩れる場所を支える選択だけだ。
白騎士団にいた頃も、似たようなことはあった。
全員を完璧に守ることはできない。回復を誰に回すか、軽減をどこに置くか、どの被弾を許容するか。盤面はいつも、きれいな正義では動かない。
ただ、あの頃の俺は、そういう判断を全部自分の中へ押し込んでいた。
誰にも見せず、誰にも説明せず、ただ結果だけを出していた。
だから、見えなかった。
土台は、見えなければ評価されない。
そして、見せなければ引き継げない。
俺は空中の公開ログを見た。
今の命令は、全員に見えている。
不満も出る。
だが、理由も残る。
それでいい。
たぶん、前よりは。
ーーーーーー
登録工房の業務維持設定に入る頃には、俺の頭はかなり疲れていた。
戦闘疲労とは違う。
脳の中に、役所を一棟建てられたような疲れだ。しかも窓口が全部俺に繋がっている。地獄である。
登録工房一覧を開くと、グレイム領の工房がずらりと並んだ。
第一炉。
第二炉。
第三炉。
木工区。
彫金区。
革細工区。
裁縫区。
錬金小屋。
調理場。
それぞれに、稼働率、素材在庫、使用料、未処理注文、ノイズ時代の優先商会契約が紐づいている。
目眩がした。
「アイズドさん、少し休んだ方が」
「休むとログが増える」
「ひどい仕組みですね」
「まったくだ」
グラン親方が横から説明してくれる。
「登録工房は、既存注文の維持だけ先に通してください。新規注文や料金改定は後回しで構いません。炉を止めないことが先です」
「既存注文だけ維持。料金改定は停止。ノイズ時代の優先契約は審査待ち。新規の高額使用料は凍結」
「はい」
きなこもちが口を挟む。
「あと、野良職人の共同炉利用も止めないで。登録外ってだけで締め出すと、小工房が死ぬ」
グラン親方が渋い顔をする。
「無制限に開放すれば品質管理が崩れる」
「誰も無制限なんて言ってない。監査付きで使わせろって話」
「監査担当は誰がする」
「そこに職人がいるじゃん」
「俺を巻き込むな」
「親方、暇でしょ」
「暇ではない」
二人の声が低くぶつかる。
昔からの知り合いらしいが、思想は違う。
登録工房として品質を守りたいグラン。
登録制度そのものに首輪の匂いを感じるきなこもち。
どちらも間違ってはいない。
だから、面倒だ。
「暫定措置として、共同炉利用は監査付きで再開する」
俺は言った。
二人がこちらを見る。
「監査担当は登録工房から一名、野良職人側から一名。使用ログは公開。高位加工は素材由来と完成品品質を記録。料金はノイズ改定前の基準へ一時戻す」
グラン親方が顎に手を当てる。
「それなら、最低限の品質管理はできます」
きなこもちも頷いた。
「首輪としては緩い。まあ、今はそれでいいよ」
「首輪という言い方をやめろ」
「じゃあ、長めの紐」
「悪化している」
俺は設定を入力する。
《登録工房既存業務:維持》
《料金改定:暫定停止》
《優先商会契約:審査待ち》
《共同炉利用:監査付き再開》
《監査担当:登録工房一名/独立職人一名》
《使用ログ:公開》
《高位加工:素材由来および品質記録必須》
確認。
発行。
広場の職人たちから、一斉に声が上がった。
「共同炉、使えるのか?」
「監査付きならいける」
「料金戻るって本当か?」
「優先商会契約が止まるなら、素材回ってくるかもな」
「ログ公開は面倒だが、ノイズの時よりましだ」
不満と安堵と計算が混ざった声。
正常だ。
誰もが満足する命令など存在しない。
むしろ、全員が少しずつ文句を言えるくらいが健全なのかもしれない。文句も言えない制度は、たいてい腐る。
ノイズの方を見る。
彼は、階段の途中で座り込んだまま、こちらを睨んでいた。
だが、もう誰も彼の命令を待っていない。
その事実が、何より彼を削っているようだった。
ーーーーーー
初期設定がひと通り終わる頃には、広場の空気は少しずつ変わっていた。
混乱はまだある。
怒りも、不安も、噂も消えていない。
だが、止まっていたものが動き始める感覚があった。
搬入門の待機荷車が、順に処理されていく。
登録工房の炉火が、業務維持のログを受けて再点火される。
供給村の担保執行が凍結され、村人たちがその通知を何度も確認している。
リーフェ村の共同炉保全解除ログも、正式に村側へ届いた。
リリィは、その通知を見てまた泣いた。
今度は声を出して泣いた。
ロアン村長は、何度も俺へ頭を下げようとしたので、そのたびにやめさせた。
「恩にするな」
俺が言うと、リリィが泣きながら笑った。
「取引、ですよね」
「そうだ」
「でも、ありがとうございます」
「だから」
「取引でも、ありがとうございますは言います」
言い返せなかった。
ずるい。
NPCのくせに、言葉の刺し方が上手すぎる。
いや、NPCだからと括るのはもうやめた方がいいのかもしれない。この世界の住人は、時々こちらの分類を軽く越えてくる。
ルナが隣で、にこにこしている気配がした。
「何だ」
「いえ」
「その顔は何か言いたい顔だ」
「アイズドさん、取引が増えましたね」
「増やしたくなかった」
「でも、ちゃんと繋がってます」
「繋がると面倒も流れてくる」
「でも、素材も流れてきます」
その通りなのが腹立たしい。
ルナはたまに、天然の顔で核心を刺す。
搬入門が動く。
素材が流れる。
工房が動く。
防具が作れる。
俺たちの目的も進む。
だから、これは必要な管理だ。
領主ごっこではない。
支配でもない。
止血だ。
流れすぎていた血を止め、詰まっていた血管を通す。そんな応急処置。医者ではない。救急箱を持たされただけの通りすがりである。なぜ領地サイズの救急箱なのかは、いまだに納得していない。
きなこもちが、俺の肩を叩いた。
「じゃあ、暫定管理者さん」
「その呼び方をやめろ」
「黒鉄管理者さん」
「悪化した」
「領主じゃない人」
「それでいい」
「防具、作るよ」
その言葉に、ようやく本来の目的を思い出した。
いや、忘れてはいない。
ただ、管理ログに埋もれていただけだ。
俺たちは防具を作りに来た。
アイズド用の偽装外殻。
ルナ用の可動外套。
試作品ではなく、本番の装備。
そのためにグレイム領へ来て、リーフェ村に関わり、ノイズを倒し、なぜか暫定管理者になった。
因果関係がおかしい。
だが、素材と炉は揃いつつある。
「作れるのか」
俺が聞くと、きなこもちはにやりと笑った。
「搬入門は動いた。工房も止まらない。リーフェ村の素材も監査付きで入る。登録工房の炉も使える」
彼女はグラン親方を見る。
「親方、第三炉、貸してくれるんでしょ?」
グラン親方は、深くため息をついた。
「監査付き共同利用の第一号としてならな」
「堅いねえ」
「お前が柔らかすぎる」
「職人は柔軟性が大事」
「お前の場合は節操がない」
「褒め言葉として受け取る」
「褒めていない」
この二人、永遠に会話できそうだな。
炉が冷めるのでやめてほしい。
グラン親方は俺に向き直る。
「黒鉄殿。本番防具の製作には、第三炉を使えます。ただし、正式な製作申請と素材記録が必要です」
「ログ公開か」
「はい。ただし、個人名、職、装備詳細は非公開条件にできます。先ほどの暫定管理権限条件が通っていますので」
よし。
そこは守れる。
アイズドの左腕の武器に関する情報は出さない。
きなこもちもグラン親方も、触らない。
作るのは防具だけ。
「ルナの外套も同じ条件で?」
「可能です。灰衣の旅剣士向け外套型防具として記録できます」
ルナが、少しだけ安心したように息を吐いた。
「顔や髪は?」
「記録されません。採寸ログも、個人情報非公開条件で伏せられます」
「よかったです」
本当に、よかった。
もしここで白銀髪や現実情報に繋がるログが残れば、今までの苦労が吹き飛ぶ。
「では」
グラン親方が言った。
「本番製作の前に、設計会議を行いましょう」
「設計会議」
俺は繰り返した。
また会議か。
白騎士団時代、俺は会議という言葉に何度も殺されかけた。会議はダメージこそ入らないが、時間と精神を削る継続毒である。しかも解除薬がない。
だが、今回は必要だ。
防具の仕様を詰めなければならない。
アイズドの秘密を隠し、ルナの白銀を隠し、なおかつ動きを殺さない装備。
それを作るには、職人側とのすり合わせが必要になる。
「アイズドさん」
ルナが言った。
「また顔が険しいです」
「設計会議という単語で体調が悪化した」
「でも、防具のためです」
「分かっている」
「領主様よりは、いいんじゃないですか?」
「領主様ではない」
「暫定管理者さん」
「それもやめろ」
「じゃあ、黒鉄さん」
「それは外でなら許す」
ルナは少し笑った。
広場の騒ぎは、まだ続いている。
ノイズの正式審査はこれから。
グレイム領の制度整理も、まだ始まったばかり。
供給村からの苦情は山ほどあり、工房側の不満も残っている。
管理ログは、今も視界の端で点滅している。
だが、搬入門は動いた。
炉は止まらなかった。
素材は流れ始めた。
なら、次はようやく本題だ。
防具を作る。
武器ではない。
俺の左腕には触れさせない。
ルナの白銀も見せない。
それでも、今の俺たちが次の場所へ進むために必要な、防具を。
俺は視界の管理ログを、できる限り端へ寄せた。
完全には消せない。
暫定管理者だからだ。
嫌な肩書きである。
だが、今は仕方ない。
「行くぞ」
俺が言うと、ルナが頷いた。
「はい」
きなこもちが金槌を鳴らす。
グラン親方が第三炉の使用許可ログを開く。
リリィが、村の素材搬入予定を確認する。
ロアン村長が、深く頭を下げる。
グレイム領の煙突から、また新しい煙が上がった。
昨日より少しだけ軽く見える煙。
気のせいかもしれない。
だが、炉が動いているなら、それで十分だ。
俺は心の中で、深くため息をついた。
悪徳領主を倒した報酬が管理業務というのは、ゲームデザインとしてどうかと思う。
だが、防具製作に進めるなら、まだ許せる。
たぶん。
許せる、と思いたい。
最高のクソゲーは今日も、勝利報酬に罰ゲームを混ぜてくる。




