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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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届かざる者たちの焦燥


 燃え盛るキャメロットのメインストリートを駆け抜け、俺たちは半壊した白亜の城の最奥部――かつて玉座の間であった場所へと飛び込んだ。


 ステンドグラスは粉々に砕け散り、大理石の床は爆心地のように抉れている。

 もうもうと立ち込める粉塵と黒煙の中で、俺たちの目に最初に飛び込んできたのは、血の海に倒れ伏す二つの影だった。


「母上ッ!! ガウェイン!!」


 モードレッドが悲痛な叫びを上げ、崩れた瓦礫のそばへと駆け寄る。

 城門で俺たちを圧倒したガウェインの漆黒の重鎧は、まるで紙屑のようにひしゃげ、砕け散っていた。彼を庇うように倒れているモルガンの美しい漆黒のドレスもまた、赤黒い血で無惨に染まり上がっている。二人ともシステム上のロスト(消滅)こそ免れているものの、HPバーは完全に限界の底を打っていた。


 そして、彼らを見下ろすようにして、玉座の残骸の上に『それ』は立っていた。


「……嘘だろ」


 俺は息を呑み、足の裏が氷に張り付いたように動けなくなった。


 黄金と白銀の甲冑。それは確かに、湖畔で出会ったあの老ドワーフ――アーサー王の出で立ちであった。

 だが、その姿はあの時の弱々しい悲劇の王とは、完全に掛け離れていた。

 甲冑には赤黒く脈打つ血管のような魔力の呪紋が這い回り、顔の半分を覆っていた白銀の髭は、狂気を孕んだ魔力によって逆立っている。何より異様なのはその瞳だ。焦点が定まらず、爬虫類のように縦に細く割れた瞳孔が、この世のすべてを嘲笑うかのような恍惚とした笑みと共に、俺たちを見下ろしていた。


「父、上……ッ! 貴方は……貴方はどこまで母上たちを、この国を蹂躙すれば気が済むのだァァァッ!!」


 モードレッドが、弾丸のような速度で雪と瓦礫を蹴り立てた。

 真紅の闘気を爆発させ、一直線に狂王の首を狙って跳躍する。


「アグラヴェイン! モルガンたちの治療を!」

「言われるまでもありませんッ!」


 俺とアグラヴェインは即座に倒れ伏す二人の元へ滑り込み、回復魔法とポーションの展開を始めた。


「モードレッドさん! 私も行きますッ!!」


 ルナが白銀の片手剣を抜き放ち、モードレッドの背中を追ってアーサー王の死角へと駆け出していく。

 彼女は走りながら《無明の剣気》を起動した。周囲の環境音がミュートされたかのように静まり返り、彼女の足元から静かで重圧のある闘気が立ち昇る。練気ゲージの蓄積を爆発的に高める極限の集中状態だ。


 ガウェインたちの容態を回復魔法で辛うじて安定させた俺は、即座に《機装変形:双刃剣》のコマンドを叩き込み、前線のルナたちに加勢しようと立ち上がった。

 だが。

 立ち上がり、アーサー王の頭上に表示された『ステータスUI』の数値を目にした瞬間。俺の全身の血液が、文字通り凍りついた。





『Arthur [Lv.99]』





「……は?」



 俺の口から、乾いた音が漏れる。

 レベル、99。

 それは、EHOというゲームのシステムにおいて、設定上のみに存在すると言われていた「絶対的な上限値」。現在のプレイヤーキャップである80を遥かに凌駕し、世界を滅ぼす災厄にのみ与えられる、神の領域の数値。


「ルナッ! 下がれェェェッ!!!」


 俺の制止の絶叫は、一瞬遅かった。

 ルナは極限まで低い姿勢に沈み込み、神速の突進技である《穿空の絶華》を放っていた。彼女の姿が陽炎のようにブレ、刃がアーサー王の装甲の隙間を的確に貫く。

 だが、白銀の剣先が黄金の甲冑に触れた瞬間、システムは無情にも一つの単語を空間に弾き出した。


『Resist(無効)』


 火花すら散らない。

 レベルが10以上離れた格下からの攻撃とデバフは、完全にカットされる。EHOの絶対法則が、ルナの研ぎ澄まされた刃をただの紙切れへと変えたのだ。

 アーサー王は、ルナの方を見向きもせず、モードレッドの剣を受け止めた反動で、軽く左腕を払った。

 ただそれだけ。スキルのエフェクトすらない、ただの物理的な腕の振り。

 だが、その余波だけで空気が爆発し、ルナの小柄な身体が木の葉のように吹き飛ばされた。


「きゃあぁぁぁッ!?」

「ルナ!!」


 モードレッドが咄嗟に手を伸ばし、空中でルナの身体を受け止める。だが、その衝撃を殺しきれず、二人揃って大理石の床を激しく滑り、壁に叩きつけられた。


「あ、がっ……!」


 ルナは咳き込みながら立ち上がろうとするが、ダメージとレベル差による圧倒的な『威圧プレッシャー』のデバフにより、膝がガクガクと震えて力が入らない。


「私の……剣が、まったく……」


 ルナが泥に塗れた片手剣を見つめ、ギリッと唇を噛み破る。今までどんな強敵相手にも届いていた彼女の『センス』が、ただの『数値の暴力』の前に無価値なものとして否定されたのだ。その屈辱と無力感が、彼女のサファイアブルーの瞳に絶望の涙を滲ませる。


「……クソがッ!!」


 俺は奥歯が砕けるほど噛み締め、アタッカーへと切り替えようとした右腕の機装を力任せに支援職である《軍旗バトル・スタンダード》へと固定した。


 前線に出られない。

 初期装備の布の服である俺が、あのレベル99のバケモノの前に出れば、攻撃の余波どころか、すれ違った際の風圧だけで即死する。デバフ魔法もすべて『Resist』される。

 天才軍師と呼ばれた俺の、何万回とシミュレートした完璧な戦術も、緻密なタイムライン構築も、すべてが「レベル99」という理不尽な数字の壁の前に、チリガミ以下の無価値なものへと成り下がっていた。


「……おおおおおおッ!」


 俺の隣で、アグラヴェインが血を吐くような唸り声を上げながら、魔導書を展開していた。

 レベル75の彼でさえ、レベル99のアーサーには一切の攻撃が通らない。彼にできるのは、前線で孤軍奮闘するモードレッドにバリア(鼓舞)を張り続けることだけだ。


「私は……またしても、この手で王の狂気を止めることができないのか! ただ後方で、無様に祈ることしか許されないのかッ!!」


 冷徹な鉄灰色の騎士の顔が、やり場のない憤りと自己嫌悪に醜く歪んでいる。

 組織の裏方を担い、誰よりも国を思ってきた彼にとって、主君を止めるための剣を持てないことは、死よりも辛い屈辱であった。


「……フフッ。弱い。弱すぎるぞ、我が騎士たちよ。あのお方の深淵に触れた私の前では、貴様らの刃など、そよ風にも劣る」


 アーサー王が、縦に割れた瞳孔を歪めて狂笑する。


「黙れッ! 父上ェェェェェッ!!」


 絶望的な空間の中で、ただ一人。

 レベル91のステータスを持つモードレッドだけが、真紅の闘気を燃やし、レベル99の狂王に真っ向から食らいついていた。

 だが、その戦況は誰の目から見ても圧倒的に不利だった。

 アーサーの振るう魔剣の一撃一撃が、モードレッドの細身の剣をミシミシと削り、彼女の真紅の甲冑に深い傷を刻んでいく。血を流し、息を乱しながらも、彼女は決して退くことなく、獣のような咆哮を上げて剣を振り下ろし続ける。


 俺は、後方から回復魔法とバフの光を送り続けることしかできない己の両手を、呪わしく見つめた。

 前線でたった一人、命を削って狂王と打ち合う真紅の騎士の後ろ姿。

 彼女の背中を見つめながら、ルナが流す悔し涙。アグラヴェインが漏らす絶望の呻き。そして俺の胸の奥で煮えたぎる、何もできない自分自身への激しい憤怒。


 力の欠如。役割の喪失。

 レベル差という絶対的なルールの前に戦力外通告を突きつけられた俺たち支援者は、ただその身を灼くような焦燥感と屈辱を抱えながら、絶望的な死闘を見守り続けることしかできなかった。

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