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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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灰になるもの、残るもの


 《理外創成》。


 生産職レベル五十で解放される隠し機能。


 既存のレシピに頼らず、素材の相性と、職人の手動調整と、魔力の流れをその場で組み上げることで、未知の品を作り出す特殊合成。


 説明だけ聞けば、夢のような機能だ。


 誰も知らないものを作れる。


 レシピにない答えへ手を伸ばせる。


 既存の最適解を飛び越えられる。


 だが、現実には死に機能と呼ばれている。


 理由は簡単だ。


 失敗すれば、素材が灰になる。


 それだけで、すべての夢が地獄に変わる。


 この世界では、素材は金だ。ゲーム内の金であり、現実の金でもある。リーフェ村にとっては生活そのものであり、職人にとっては炉を灯す燃料であり、冒険者にとっては装備の未来だ。


 それを、人前で燃やせとノイズは言った。


 失敗すれば、共同炉は封印。


 成功すれば、ようやく保留。


 条件だけ見れば、公正でも何でもない。こちらだけが危険を負い、ノイズは高みから結果を待つ。まったく、領主という椅子は座り心地が良さそうである。背もたれが他人の苦労でできているのだろう。


 広場の中央で、きなこもちが黙って査定ログを見つめていた。


 《追加査定提案》


 《供給継続能力確認》


 《内容:リーフェ村素材を用いた簡易生成実演》


 《条件:公開査定中に実用品質の試作部品を追加生成》


 《成功時:共同炉封印措置を保留》


 《失敗時:共同炉封印措置を即時確定》


 文字は冷たい。


 だからこそ、残酷だ。


 リリィは青ざめていた。ロアン村長は唇を噛み、村人たちは声を失っている。観衆も、先ほどまでのざわめきを少し弱めていた。


 理外創成の失敗がどういう意味を持つか、分かる者には分かる。


 素材が灰になる。


 村の残り少ない素材が、衆目の前で消える。


 しかもその結果が、共同炉封印の口実になる。


 ノイズは階段の上で笑っていた。


「どうした、モチモチきなこもち。生産職五職カンストの腕前を見せる好機だろう」


 きなこもちの目が細くなる。


「好機? 人の素材を人質にした賭けを、好機とは言わないよ」


「失礼だな。これは供給継続能力の確認だ。リーフェ村の素材と君の腕が本物なら、何も恐れることはない」


「恐れるよ」


 きなこもちは即答した。


「職人は素材が灰になるのを恐れる。だから、ちゃんと見る。ちゃんと測る。ちゃんと悩む。怖がらない職人は、ただの馬鹿だ」


 広場が静かになる。


 ノイズの笑みが、少しだけ薄くなった。


 きなこもちは、査定台に置かれた灰鉄鉱と根麻布を見た。


 それから、俺を見る。


 職人の目だった。


 怒りもある。恐怖もある。だが、それより奥に、火がある。


 作る者の火。


「アイズド」


「何だ」


「条件を絞る」


「当然だ」


 俺は頷いた。


「追加査定の目的は、リーフェ村の供給継続能力確認。なら、作るべきは完成防具じゃない。村の素材から、継続的に作れる実用品質の試作部品だ」


 きなこもちが頷く。


「そう。あんた用の外殻でも、ポンチョちゃん用の外套でもない。もっと汎用の部品にする」


「何を作る」


「防具補修用の緩衝留め具と、防湿補修帯」


 なるほど。


 完成装備ではない。


 武器でもない。


 防具の補修部品。


 灰鉄鉱の衝撃拡散を使った小型留め具。


 根麻布の耐湿性と耐久性を使った補修帯。


 村の素材で作る意味があり、職人や冒険者にも需要があり、かつ少量素材で実用品質を示せる。


 公開査定の場で作るには、悪くない。


「領主ノイズ」


 俺は声を上げた。


 ノイズがこちらを見る。


「何かな、黒鉄の重装騎士」


「追加査定の条件を明確化する。作成対象は、完成装備ではなく、リーフェ村素材を用いた汎用防具補修部品。灰鉄鉱による緩衝留め具、根麻布による防湿補修帯。この二点でいいな」


 ノイズの目が少し動いた。


 彼は、おそらくもっと派手なものを求めていた。


 失敗しやすい完成防具。


 あるいは、俺たち自身に紐づく外殻や外套の追加部品。


 それを作らせれば、失敗率は跳ね上がるし、成功しても俺たちの特徴をさらに晒せる。


 だから先に絞る。


「ずいぶん小さなものを作るのだな」


 ノイズが言った。


「供給継続能力の確認には、小さな実用品の方が適している。村が日常的に供給できるかどうかを見る査定なら、完成高級防具より補修部品の方が妥当だ」


 グラン親方が、低く頷いた。


「その通りです。供給村の素材評価なら、汎用補修部品は十分な対象になります」


 ノイズがグランを睨む。


 だが、ここで登録工房の査定士を黙らせるわけにはいかない。


「……よかろう」


 ノイズは渋々言った。


「ただし、実用品質に達しなければ失敗とする」


「判定基準は?」


 俺は即座に聞く。


「領主館査定NPCが判断する」


「公開査定だ。基準を出せ」


 ノイズの顔が歪む。


 俺は続けた。


「緩衝留め具は、二等級下位以上の衝撃拡散補助。防湿補修帯は、二等級下位以上の耐湿補修性能。破損率、魔力汚染、素材由来ログも表示する。それでいいか」


 グラン親方が言う。


「妥当です」


 きなこもちも頷いた。


「その条件なら、実用品質の判定として通る」


 ノイズは、ほんの一瞬だけ舌打ちしそうな顔をした。


「……いいだろう」


 イベントログが更新される。


 《追加査定:供給継続能力確認》


 《作成対象:防具補修用緩衝留め具/防湿補修帯》


 《要求品質:二等級下位以上》


 《使用素材:リーフェ村産灰鉄鉱/リーフェ村産根麻布》


 《生成方式:自由》


 《失敗条件:素材消失、品質不足、素材由来不一致》


 《成功条件:二点の実用品質達成》


 生成方式、自由。


 ノイズは、そこを残した。


 理外創成を使わせるつもりなのだろう。


 通常レシピでは、この場の簡易設備で二等級下位以上を確実に出すのは難しい。かといって理外創成を使えば、失敗時の素材全ロストがつきまとう。


 つまり、選択肢があるように見えて、実質は一つ。


 死に機能へ手を伸ばせ。


 そういうことだ。


「きなこもち」


 俺は低く言った。


「勝算は」


「言ったら下がりそうだから言わない」


「迷信か」


「職人の勘」


「それは迷信では」


「うるさい」


 彼女は金槌を握り直した。


「でも、やる」


 声は静かだった。


「ここで引いたら、あの炉は封印される。炉が止まれば、村の道具も、素材も、次の防具も死ぬ。だったら、灰になるリスクくらい、職人が見ないでどうする」


「素材は村のものだ」


「分かってる」


 きなこもちは、ロアン村長とリリィを見る。


「だから、村長。決めるのはあんただよ。あたしは作れるかもしれない。でも、失敗したら素材は灰になる。ここで使う量は少ないけど、ゼロじゃない」


 ロアン村長は、震える手で帳簿を握っていた。


 長い沈黙のあと、彼はリリィを見る。


 リリィは、まだ青ざめている。


 だが、逃げなかった。


「お父さん」


 リリィが言った。


「私、昨日まで何も分かってなかった。自分が領主館に行けば、村が助かると思ってた。でも、違ったんだよね」


「リリィ……」


「炉が止まったら、村はまた払えなくなる。誰かがまた行くことになる。だから」


 彼女は木箱を、きなこもちへ差し出した。


「使ってください。村の素材を、灰にしないでください」


 きなこもちは、一瞬だけ目を伏せた。


 それから、木箱を受け取る。


「任された」


 その声は短い。


 だが、重かった。


ーーーーーー


 領主館前広場の中央に、簡易生成台が設置された。


 ノイズ側が用意したものだ。


 小型炉、魔力安定板、素材固定具、冷却水槽。


 一通り揃っている。


 ただし、質はよくない。


 いや、質が悪いというより、癖が強い。小型炉の火力は安定しにくく、魔力安定板は反応が遅い。高難度の生産に向く設備ではない。


 わざとだろう。


 失敗しやすい環境を整えている。


 きなこもちは生成台の前に立ち、ひと目見て鼻を鳴らした。


「性格悪い炉だね」


 ノイズが笑う。


「領主館査定用の標準設備だ。文句があるのか」


「あるよ。でも、文句を言ったら炉が良くなるわけじゃないから言わない」


「言っているように聞こえるが」


「これは感想」


 きなこもちが道具鞄を開く。


 金槌。


 小型の鑿。


 魔力糸。


 細い針。


 試金石。


 少量の安定剤。


 彼女は、それらを作業台の上に整然と並べた。


 観衆は静かだった。


 配信者の声も、少し小さくなっている。


 素材が灰になるかもしれない。


 その緊張は、戦闘とは違う形で人を黙らせる。


 俺は少し離れた位置に立った。


 今回は俺の実演ではない。


 ルナも同じく、リリィのそばに立っている。彼女は何も言わない。ただ、フードの奥から生成台を見つめていた。


「ポンチョちゃん」


 きなこもちが突然言った。


「はい。ルナです」


「布、持って」


「え?」


「防湿補修帯を作る時、張りを見る。さっき外套でやったみたいに、引きすぎず、緩めすぎず」


 ルナが一瞬俺を見る。


 俺は頷いた。


「白銀は使うな」


「はい」


 彼女は生成台の横へ立ち、根麻布の端を持った。


 顔は隠れたまま。


 剣も抜かない。


 ただ、布を支えるだけだ。


「アイズド」


 今度は俺に声が飛ぶ。


「何だ」


「灰鉄鉱の緩衝具を作る時、外殻片を横に置く。あんたは触らなくていい。動きもしなくていい。ただ、さっきの衝撃ログを表示して」


「使うのか」


「使う。灰鉄鉱がどう衝撃を逃がしたか、作業盤に参照させる。実用品質を出すなら、さっきのログが一番いい」


「なるほど」


 俺は《灰鉄の偽装外殻片》の衝撃試験ログを開いた。


 《複合衝撃試験:成立》


 《外殻破損率:九%》


 《衝撃拡散性能:確認》


 《武器機能:未検出》


 最後の一文は、余計だがありがたい。


 公開ログとして、俺が武器機能を使っていないことが残っている。


 きなこもちが作業盤を起動した。


 通常のクラフト画面ではない。


 円形の盤面に、灰鉄鉱、根麻布、補助素材が並び、細い光の線で結ばれる。


 広場の上空に、システムログが表示された。


 《理外創成:初期化》


 ざわめきが広がる。


「本当にやるのか」


「また理外創成……」


「失敗したら灰だぞ」


「でも通常レシピじゃ間に合わないだろ」


「五職カンストってマジなんだな」


 ノイズは満足そうに見ている。


 失敗を待つ顔だ。


 腹立たしいが、今は無視するしかない。


 きなこもちの目は、もうノイズを見ていなかった。


 炉。


 素材。


 布の張り。


 灰鉄鉱の音。


 魔力線。


 それだけを見ている。


 職人が作業に入った顔だった。


「始めるよ」


 金槌が上がる。


 小型炉の火が、赤く揺れた。


ーーーーーー


 まず、灰鉄鉱。


 防具補修用の緩衝留め具。


 用途は、鎧や外殻の接合部に取りつけ、受けた衝撃を一点に集中させず、横へ逃がすための小型部品だ。完成防具ではない。だが、実用品としての価値はある。


 特にグレイム領のような生産都市では、補修部品の需要は大きい。


 壊れた装備を全部作り直すより、部品を交換した方が安い。冒険者にとっても、職人にとっても、こういう地味な部品は重要だ。


 地味なものほど、土台になる。


 昔の俺と同じだ、とは言わない。


 言わないが、少しだけ親近感はある。


 きなこもちは、赤く熱した灰鉄鉱を小さく叩いた。


 一打。


 二打。


 三打。


 音を聞き、火から外し、また入れる。


 小型炉の火力は安定しない。温度が少し上がりすぎ、すぐ下がる。きなこもちは、その癖を読んでいる。


「炉の呼吸が浅い」


 彼女が呟いた。


「呼吸するのか、炉って」


 俺が言うと、きなこもちは作業から目を離さず返した。


「する。たぶん」


「たぶんをやめろ」


「うるさい。今忙しい」


 確かに。


 灰鉄鉱の光が、作業盤で白く伸びる。そこへ、俺が表示した外殻片の衝撃ログが参照され、薄い線として重なる。


 《衝撃拡散ログ参照》


 《灰鉄鉱特性:適合》


 《形状補正:進行中》


 いい流れだ。


 そう思った瞬間、小型炉の火が跳ねた。


 赤い線が混じる。


 《魔力流路不安定》


 《素材消失リスク上昇》


 広場がざわつく。


 リリィが息を呑む。


 きなこもちの表情は変わらない。


「安定剤、半滴」


「半滴って何だ」


「半滴は半滴」


「単位系に喧嘩を売るな」


「じゃあ、アイズド、黙って数えて。三、二、一で火力が落ちる。その直前で入れる」


 俺は炉の火を見る。


 赤が強い。


 揺れが大きい。


 火力の周期を読む。


 戦闘の予兆と同じだ。ボスの腕が動く前、魔法陣が光る前、ヘイトが剥がれる前。全部、揺れに出る。


「三、二、一」


 きなこもちが安定剤を落とした。


 本当に半滴だった。


 意味が分からない。


 だが、効果はあった。


 赤い線が白へ戻る。


 金槌が最後の一打を入れる。


 小さな金属音が鳴った。


 ログが流れる。


 《理外創成:部分成功》


 《灰鉄の緩衝留め具》


 《分類:防具補修部品》


 《品質:二等級中位》


 《効果:衝撃拡散補助》


 《素材由来:リーフェ村産灰鉄鉱》


 《実用品質:達成》


 広場がどよめいた。


 一つ目、成功。


 ノイズの表情が少しだけ固まる。


 きなこもちは汗を拭わない。


 すぐに次へ移った。


 まだ終わっていない。


 灰鉄鉱は通した。


 次は根麻布。


 防湿補修帯。


 こちらを失敗すれば、追加査定は失敗扱いになる。


ーーーーーー


 根麻布の方が、静かな地獄だった。


 鉱石は、火と槌で見える。


 音も鳴る。


 失敗しそうな時も、赤く濁る。


 だが、布は違う。


 焦げる時は一瞬だ。


 魔力糸の通し方を間違えれば、繊維が硬化し、耐湿性が落ちる。張りを間違えれば、補修帯として使った時に裂ける。緩めすぎれば防具に固定できない。


 ルナは、布の端を持っていた。


 白銀は使っていない。


 ただ、両手と膝で、布の張りを保っている。


 きなこもちが針を入れるたび、ルナはほんのわずかに角度を変えた。引くのではなく、逃がす。支えるのではなく、布が歪まない位置にいる。


 さっきの外套査定と同じだ。


 彼女は、布の重さと張りを身体で読んでいる。


「ポンチョちゃん、少し緩めて」


「ルナです。これくらいですか」


「緩めすぎ。膝で戻す」


「はい」


「いい。そこ。動かない」


 きなこもちの手が速くなる。


 根麻布に魔力糸が通る。


 布の繊維が淡く光る。


 《根麻布特性:耐湿適性》


 《補修帯用途:適合》


 《張力補正:進行中》


 《魔力伝導:低》


 《繊維硬化リスク:上昇》


 低い魔力伝導。


 それが根麻布の弱点だ。


 魔力を通しにくいということは、魔力補強を入れにくい。無理に通せば、繊維が硬くなる。硬くなれば、補修帯としての柔軟性が死ぬ。


 きなこもちが舌打ちした。


「やっぱり通らないね」


 ノイズが、聞こえるように笑う。


「どうした。根麻布の価値を示すのではなかったか」


「示すよ」


 きなこもちの声は低い。


「魔力を通さないなら、通さなければいい」


 彼女は針の向きを変えた。


 魔力を布の中へ通すのではない。


 布の外側に沿わせる。


 根麻布そのものに無理をさせず、繊維の間を縫うように、魔力糸を外周へ逃がす。防湿性と耐久性を布自体に任せ、固定力だけを糸で補う構造。


 なるほど。


 素材の弱点を消すのではなく、弱点を避けた。


 剣に向かない鉱石を外殻に使うのと同じだ。


 魔力を通しにくい布なら、魔力を通す設計を捨てる。


 そういう発想が職人の仕事なのだろう。


 ルナが小さく息を止める。


 布が震えた。


 《繊維硬化リスク:低下》


 《張力補正:安定》


 《防湿補修構造:成立》


 きなこもちが最後の結びを入れる。


 根麻布の帯が、淡い光を帯びて収束した。


 ログが流れる。


 《理外創成:限定成功》


 《根麻の防湿補修帯》


 《分類:防具補修部品》


 《品質:二等級下位》


 《効果:耐湿補修》


 《効果:可動部固定補助》


 《素材由来:リーフェ村産根麻布》


 《実用品質:達成》


 成功。


 二つ目も、成功。


 広場に、今度こそ大きなどよめきが起きた。


「二つとも通したぞ」


「理外創成で連続成功?」


「いや、成功って言っても小物だろ」


「小物でも二等級実用品質なら十分だろ」


「根麻布、三等級一括は無理あるな」


「灰鉄鉱も補修部品で需要出るぞ」


 生産職たちの声が、はっきりと変わった。


 好奇心。


 驚き。


 そして、商売の匂い。


 素材の価値が、彼らの頭の中で値段になり始めている。


 これは大きい。


 素材価値とは、領主館が紙で決めるだけのものではない。


 職人が使いたいと思い、商人が扱いたいと思い、冒険者が欲しいと思うことで、市場にも価値が生まれる。


 ノイズが独占していた評価の場に、別の視線が入った。


 きなこもちが、深く息を吐く。


 額に汗が浮かんでいた。


 ルナも布から手を離し、ほっとしたように息を吐く。


 リリィは泣きそうな顔で、でも泣かずに立っていた。


 ロアン村長は、静かに頭を下げる。


「ありがとうございます……」


 きなこもちは、少しだけ照れくさそうに顔を背けた。


「まだ終わってないよ」


 そう言った声は、ほんの少しだけ柔らかかった。


ーーーーーー


 ノイズは、黙っていた。


 公開査定のログは、無慈悲に結果を表示している。


 《追加査定結果》


 《灰鉄の緩衝留め具:実用品質達成》


 《根麻の防湿補修帯:実用品質達成》


 《供給継続能力:一部確認》


 《共同炉封印措置:保留条件達成》


 保留条件達成。


 つまり、ノイズが提示した条件は突破された。


 共同炉の封印は、少なくともこの場では即時確定できない。


 広場の空気は、明らかにこちらへ傾いていた。


 ノイズは、それを見ている。


 見えているはずだ。


 それでも、彼は笑った。


 ただし、その笑みはもう余裕ではない。


 薄く、硬く、割れそうな笑みだった。


「見事だ」


 ノイズは言った。


「職人モチモチきなこもち。君の腕は認めよう。そして、リーフェ村の素材にも一定の用途価値があることは認める」


 観衆がざわめく。


 認めた。


 だが、俺は警戒を解かなかった。


 こういう時、追い詰められた人間は、正しい結論へ向かうとは限らない。


 むしろ、逆だ。


 自分が積み上げたものが崩れかけた時、人はそれを支えるために、さらに危うい手を打つ。


 ノイズは、まさにその顔をしていた。


「しかし」


 来た。


「素材に用途価値があることと、供給義務違反が消えることは別だ。共同炉封印は保留しよう。だが、リーフェ村の未納が消えたわけではない」


 また、それか。


 だが、もう同じ論法では広場を支えられない。


 観衆の反応も鈍い。


 ノイズ自身も、それは分かっているはずだ。


 だから、次の言葉は別の形で来た。


「ゆえに、領主権限により、リーフェ村の素材搬出を一時停止する」


 広場が、一瞬で静まった。


 俺は目を細める。


 ノイズは続けた。


「再審査が完了するまで、リーフェ村産素材の搬入門通過を停止する。素材の価値が再確認された以上、不正流通を防ぐ必要がある。これは保全措置だ」


 きなこもちが低く呟いた。


「……今度は搬出停止か」


 共同炉は封印できない。


 なら、素材を街へ出させない。


 村の炉は使える。だが、作ったものを売れない。納められない。流通できない。結局、村の首は絞まる。


 ノイズは、手を変えただけだ。


 だが、これはまずい。


 共同炉封印よりは見えにくい。保全、不正流通防止、再審査完了までの一時停止。言葉だけなら通りそうに見える。


 ノイズは、その場で権限ログを開いた。


 《領主権限:素材搬出一時停止》


 《対象:リーフェ村産灰鉄鉱/根麻布》


 《理由:再審査中の評価保全、不正流通防止》


 《期間:再審査完了まで》


 《発動確認:領主承認待ち》


 発動確認。


 まだ承認前だ。


 ここで止める必要がある。


「領主ノイズ」


 俺は言った。


「その措置は、公開査定の結果と矛盾する」


「何が矛盾だ」


「供給継続能力確認の追加査定で、村の素材が実用品質に達することを示した。共同炉封印措置を保留する条件も達成した。にもかかわらず、素材搬出を止めれば、供給継続能力を領主自ら潰すことになる」


「不正流通防止だと言ったはずだ」


「不正流通を防ぐなら、監査付き搬出にすればいい。全停止は過剰だ」


 ノイズの目が険しくなる。


 俺は続ける。


「発動するなら、全停止が必要な理由を公開ログに残せ。監査付き搬出では不足する理由もだ」


 また、ログ。


 ノイズの指が、承認ボタンの上で止まる。


 広場の視線が集まる。


 ノイズは、今度こそ明確に苛立った顔をした。


「どこまでも……」


 彼の声が低くなる。


「どこまでも、私の領地運営に口を出すつもりか」


「領地運営ではなく、公開査定の結果について話している」


「同じことだ!」


 ノイズの声が、広場に響いた。


 初めて、完全に怒鳴った。


 空気が震える。


 補助警備が動く。


 NPC徴税官たちも反応する。


 ノイズの手が、承認ボタンへ近づく。


 まずい。


 怒りで押す気だ。


 ここで権限を通されると、公開査定の勝利が一部潰される。もちろん、そのログは残る。後で追及できる。だが、リーフェ村は今すぐ打撃を受ける。


 止める必要がある。


 だが、どう止める。


 俺が前に出れば、また個人対領主の構図になる。ルナが出れば、剣の問題になる。きなこもちが怒鳴れば、職人対領主の対立になる。


 必要なのは、別の声だ。


 その時。


 グラン親方が、静かに前へ出た。


「領主様」


 低い声。


 広場のざわめきが止まる。


「登録工房第三炉、査定士グランとして申し上げます」


 ノイズの目が血走る。


「また君か」


「リーフェ村素材の搬出全停止には、登録工房として反対します」


 広場がどよめいた。


 グラン親方は続ける。


「灰鉄鉱の緩衝留め具、根麻の防湿補修帯。今の追加査定により、どちらも実用品質が確認されました。これらの補修部品は、工房側にも需要があります。再審査中であっても、監査付き搬出なら十分管理可能です」


 さらに、別の生産職が声を上げた。


「うちの工房も監査付きなら買う」


「根麻の防湿補修帯、旅装向けに使える」


「灰鉄の留め具は盾外装にも回せるだろ」


「全停止は困る。むしろ流してくれ」


 空気が変わる。


 職人たちが、リーフェ村素材を「欲しい」と言い始めた。


 これは、ノイズにとって大きな誤算だったはずだ。


 素材価値が示された結果、職人たちの需要が生まれた。


 その需要を、領主が全停止しようとしている。


 そう見えた瞬間、ノイズの「領地全体の安定」という理屈は揺らぐ。


 なぜなら、工房側が止めるなと言っているからだ。


 ノイズは、顔を真っ赤にした。


「黙れ」


 その一言は、広場によく響いた。


 グラン親方が止まる。


 職人たちも黙る。


 だが、黙っただけだ。


 納得はしていない。


 ノイズは、承認ボタンへ指を伸ばした。


「領主権限により、リーフェ村素材の搬出を――」


 その瞬間、イベントログが割り込んだ。


 《警告》


 《公開査定結果と矛盾する領主権限行使が検出されました》


 《措置理由の追加説明を要求します》


 広場が、静まり返った。


 ノイズの指が止まる。


 俺は、そのログを見た。


 来た。


 領地管理システムが反応した。


 公開査定の結果、供給継続能力の一部確認、共同炉封印保留条件達成。それにもかかわらず、素材搬出全停止を即時発動しようとした。


 そこに矛盾が出た。


 まだ停止ではない。


 警告だ。


 だが、これは大きい。


 ノイズの権限行使に、システムが説明を求めた。


 つまり、彼の領主権限は絶対ではない。


 ノイズの顔が歪む。


「……追加説明だと」


 彼は小さく呟いた。


 広場の全員が、そのログを見ている。


 ノイズが出した公開査定。


 そのログが、今度はノイズ自身に牙を向け始めた。


 きなこもちが、低く笑う。


「灰にならなかったものが、ちゃんと残ったね」


 俺は頷いた。


 灰になるはずだった素材は、補修部品になった。


 消えるはずだった村の価値は、ログになった。


 そして今、そのログが領主の手を止めている。


 ノイズは、まだ終わっていない。


 だが、彼の足元には、確かに亀裂が入った。


 次に彼が何をするか。


 それが、この公開査定の決着を決める。


 おそらく、彼は引けない。


 プライドが高すぎる。


 そして、追い詰められた小物ほど、最後に大きな音を立てる。


 俺は黒鉄の外殻の下で、静かに息を整えた。


 ここから先は、暴走の時間だ。

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