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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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素材の価値


 きなこもちが、広場の中央に立った。


 小柄なドワーフの職人。煤のついた作業着。腰には金槌。背には小さな道具鞄。見た目だけなら、領主館前広場の舞台に立つにはあまりにも場違いだった。


 だが、その場違いさこそが、今は妙に似合っていた。


 派手なコートを着た領主ノイズ。


 階段上に並ぶ補助警備。


 広場を囲む見物人。


 浮遊する録画ウィンドウ。


 その中心で、きなこもちはまったく怯えていなかった。むしろ、面倒な客に無茶な注文をつけられた職人の顔をしている。つまり、半分怒っていて、半分楽しんでいる顔だ。


 厄介な顔である。


「さて」


 きなこもちは、査定台の上に置かれた二つの試作品を指で叩いた。


 《灰鉄の偽装外殻片》。


 《根麻の可動外套片》。


 どちらも完成品ではない。防具の一部。試作部品。だが、すでに第一査定と第二査定で、一定以上の性能を示している。


 ルナは顔と髪を隠したまま外套で動いた。


 俺は武器の機能を見せず、外殻だけで衝撃と可動を通した。


 ここまでは、こちらの勝ちだ。


 ただし、ノイズはそこで逃げ道を切った。


 試作品の性能は認める。


 だが、それは素材の価値ではなく、職人の腕ではないか。


 つまり、リーフェ村の素材そのものが高品質だった証明にはならない。


 悪くない反論だった。


 腹立たしいことに、筋は通っている。


 優れた職人が粗悪な素材からそれなりのものを作った可能性はある。理外創成という不安定なシステムを使った以上、偶然という言い逃れもできる。ノイズはそこを突いてきた。


 だから、ここからはきなこもちの戦場だ。


「領主様は、こう言いたいわけだ」


 きなこもちは広場全体に聞こえるように言った。


「試作品が動いたのは、あたしの腕が良かったから。素材そのものが良かったわけじゃない。だから、リーフェ村の灰鉄鉱と根麻布の評価を変える理由にはならない。そういうことだね」


 ノイズが薄く笑う。


「その通りだ。職人の腕前を否定するつもりはない。君が優秀なのは認めよう。だが、優秀な職人が例外的な成果を出したからといって、村全体の素材評価を覆す根拠にはならない」


「褒められても嬉しくないね」


「褒めているとも。登録工房に入れば、その腕をもっと有効に使えるだろう」


「やだよ。あんたの首輪付きの炉なんか、火が腐る」


 広場がざわついた。


 ノイズの笑みが、ほんの少しだけ引きつる。


 火が腐る、か。


 職人らしい罵倒だ。意味は分かるようで分からないが、言われた側が嫌な気分になることだけは分かる。いい罵倒である。使いどころは限られるが。


「話を戻すよ」


 きなこもちは、査定台の横に素材サンプルを並べた。


 灰鉄鉱の小塊が三つ。


 根麻布の束が三種類。


 それぞれに、小さな鑑定札が付いている。


「ここにあるのは、三つの村の灰鉄鉱。リーフェ村、カルム村、ノド村。どれもグレイム領に登録されている供給村の素材だ」


 彼女が指を鳴らすと、素材ログが広場に表示された。


 《灰鉄鉱サンプル比較》


 《リーフェ村産:領主館評価 二等級下位》


 《カルム村産:領主館評価 二等級中位》


 《ノド村産:領主館評価 二等級中位》


 観衆の生産職たちが、身を乗り出す。


 素材比較。


 これは彼らにとって、戦闘職の決闘に近いものなのだろう。俺には鉱石の見た目の差など細かくは分からない。だが、彼らは違う。色、粒、光沢、魔力の通り、割れ方。そういうものを見ている。


「まず、領主館評価ではリーフェ村産が一番低い」


 きなこもちは言った。


「理由は、採掘量低下、選別不備、品質不安定。そう書かれている」


 ノイズは余裕の顔で頷く。


「事実だ。リーフェ村は近月、納付量を落としている。素材の品質も安定していない」


「納付量と素材品質は別の話だよ」


 きなこもちの声が少し低くなる。


「採れないことと、採れたものが悪いことを混ぜるな。量が少ないなら量の問題。質が悪いなら質の問題。あんたの評価書は、そこをわざと濁してる」


 観衆の一部がざわめいた。


 ノイズが即座に返す。


「村単位の供給評価では、量と質を総合的に見る。何もおかしくはない」


「うん。総合評価ならね。でも、税額算定には領主館指定価格を使ってる。そっちは一等級相当。買い取りと担保評価では二等級下位。都合よく総合したり、都合よく分けたりしてる」


 きなこもちは査定台を軽く叩いた。


「だから、まず素材そのものを見る」


 彼女は三つの灰鉄鉱を順に手に取り、小さな試験台へ置いた。


 試験台は、きなこもちが持ち込んだものらしい。簡易型の素材反応装置だ。小型の槌と、魔力を流す針、薄い衝撃板がついている。


 ノイズ側の鑑定NPCが確認する。


 《持ち込み試験具:素材反応測定用》


 《攻撃機能なし》


 《改竄検出:なし》


 ノイズは少しだけ不機嫌そうな顔をしたが、止めなかった。


 公開査定である以上、試験具を一方的に拒む理由がないのだろう。


「まずカルム村産」


 きなこもちが小槌で鉱石を叩く。


 硬い音が響いた。


 ログが浮かぶ。


 《硬度:中》


 《魔力伝導:低》


 《衝撃拡散:中》


 次にノド村産。


 《硬度:中》


 《魔力伝導:低》


 《衝撃拡散:中上》


 そして、リーフェ村産。


 きなこもちが、同じ強さで叩いた。


 音が違った。


 さっきよりも低く、横へ広がる響き。


 ログが出る。


 《硬度:中》


 《魔力伝導:低》


 《衝撃拡散:上》


 広場の空気が変わった。


 生産職たちの声が、明らかにざわつく。


「拡散上?」


「二等級下位でそれ出るか?」


「いや、硬度は普通だけど、衝撃逃がしはかなり良いぞ」


「盾……いや、防具外殻向けか」


「重装風の軽量外装に合うってことか」


 今、彼らの視線は俺ではなく、灰鉄鉱を見ている。


 いい。


 それでいい。


 黒鉄の重装騎士が妙に動けたことではなく、その動きを支えた素材の性質へ意識が移っている。


 きなこもちが、にやりと笑った。


「分かった? リーフェ村の灰鉄鉱は、硬い素材じゃない。魔力も通りにくい。だから標準レシピの剣や重鎧に使うと、ぱっとしない」


 彼女は《灰鉄の偽装外殻片》を持ち上げる。


「でも、衝撃を逃がす癖が強い。薄く延ばして、力の流れを作れば、外殻部品としてはかなり優秀。硬さだけ見て低評価にするのは、素材の見方が雑なんだよ」


 ノイズの顔が歪む。


「特殊用途に限った話だろう」


「素材評価ってのは、用途も含めて見るものだよ。剣に向かないから無価値? 馬鹿言っちゃいけない。布に向かない革も、靴には向く。魔力を通さない鉱石も、魔力を遮る防具には使える。素材には向き不向きがある。職人の仕事は、それを見つけることだ」


 広場の生産職たちから、小さな同意の声が上がった。


 ノイズは、ほんの少しだけ孤立した。


 まだ完全ではない。


 だが、場の温度は変わり始めている。


ーーーーーー


 次に、根麻布の比較が始まった。


 きなこもちは三種類の布束を広げる。


 リーフェ村産。


 カルム村産。


 ノド村産。


 領主館評価では、リーフェ村産が三等級扱い。


 理由は黒斑病。


 確かに、布の一部には黒い斑点が見える。だが、束全体が使えないほどではない。少なくとも、昨日きなこもちが選別した時には、使える部分と使えない部分は明確に分かれていた。


「根麻布は、鉱石より分かりやすい」


 きなこもちが言った。


「黒斑が出た。だから低評価。ここまでは分かる。でも問題は、全体を一律で三等級に落としてること」


 彼女は布を一枚ずつ裂く。


 裂く、といっても破壊ではない。繊維の目に沿って、検査用に細く分ける作業だ。手つきが早い。雑に見えて、繊維を痛めていない。


「黒斑部分」


 黒い斑点のある布片。


「これは確かに弱い。耐湿も落ちてる。三等級で妥当」


 次に、斑点のない部分。


「でも、選別した良品部分は違う」


 試験台に通す。


 《根麻布サンプル》


 《耐久:中上》


 《耐湿:上》


 《魔力伝導:低》


 《繊維復元:中》


 さらに、カルム村産。


 《耐久:中》


 《耐湿:中上》


 《魔力伝導:低》


 《繊維復元:中》


 ノド村産。


 《耐久:中》


 《耐湿:中》


 《魔力伝導:低》


 《繊維復元:中上》


 きなこもちが、リーフェ村産の良品布を掲げた。


「黒斑が出た束でも、選別すれば二等級上位相当の部分が残ってる。特に耐湿と耐久は強い。外套型防具には向いてる。これを村全体で三等級扱いにするのは乱暴すぎる」


 ノイズが即座に反論する。


「選別には手間がかかる。供給村として安定納品できないなら、評価を下げるのは当然だ」


「それなら、供給安定性の評価を下げればいい。素材そのものの等級を全部下げる理由にはならない」


「領主館は総合判断をしている」


「便利な言葉だね、総合判断」


 きなこもちが笑う。


「総合判断って言えば、何でも混ぜられる。量が少ない。病気が出た。選別に手間がかかる。だから素材価値も低い。だけど税額を計算する時だけは、高い指定価格を使う。ずいぶん都合のいい総合だ」


 観衆が大きくざわめいた。


 今のは効いた。


 総合判断。


 ノイズが使った便利な言葉を、きなこもちがそのまま返した。


 こういう場では、相手の言葉を奪うのは強い。剣を奪うのと同じだ。もっとも、きなこもちの場合、本当に金槌で奪いそうな怖さがあるが。


 リリィが、ロアン村長の隣で手を握っている。


 顔色はまだ悪い。


 だが、目は逸らしていない。


 ルナも黙って見ている。


 フードの奥の視線は、きなこもちの手元に向けられていた。


 彼女は今、税金や素材評価を剣ではないものとして見ているのだろう。どこで線が曲げられ、どこで村が止められているのか。


 いいことだ。


 世界には、斬れない敵の方が多い。


ーーーーーー


 ノイズは、まだ笑みを崩さなかった。


 ただし、余裕の質は変わっている。


 先ほどまでは、こちらを見下ろす笑みだった。今は、相手の喉元に短剣を突きつけられた人間が、まだ自分には鎧があると信じている笑みだ。


「職人としての見解は理解した」


 ノイズは言った。


「だが、これはあくまで君個人の査定だ。領主館には領主館の基準がある。登録工房の査定士たちも、その基準に従って評価している」


「じゃあ呼びなよ」


 きなこもちが即答した。


 ノイズの表情が止まる。


「何?」


「登録工房の査定士。呼べばいい。今ここは公開査定の場なんでしょ? 素材評価が争点なら、領主館側の査定士に説明させるべきだ」


 広場がざわつく。


「確かに」


「査定士いるよな?」


「登録工房の親方連中、来てないのか?」


「あ、あそこにいるぞ」


 観衆の一角に、何人かの生産職がいた。


 服装からして、登録工房の職人だ。彼らは最初から見物人の中にいたらしい。だが、今の流れで一斉に視線を向けられ、明らかに居心地が悪そうな顔をしている。


 ノイズが彼らを睨む。


 その視線には、出るな、という圧があった。


 だが、広場の空気はもう動いている。


 ここで誰も出なければ、領主館側の査定基準そのものが怪しまれる。


 しばらくして、一人の中年ドワーフが前へ出た。


 大柄な身体。


 鍛冶師の腕。


 胸には登録工房の紋章。


 顔には、苦いものを噛み潰したような表情。


「……登録工房第三炉、査定士グランだ」


 彼は低い声で名乗った。


 ノイズの顔が硬くなる。


「グラン。君は見物に来ただけだろう」


「領主様。公開査定で素材評価が争点になっております。査定士として意見を求められたなら、黙っている方が不自然です」


 おお。


 このグランという職人、思ったより骨がある。


 きなこもちが小さく口笛を吹いた。


「久しぶり、グラン親方」


「お前は相変わらず厄介事の真ん中にいるな、きなこもち」


「厄介事があたしを呼ぶんだよ」


「その言い訳は昔から下手だ」


 知り合いらしい。


 生産職界隈は狭いのかもしれない。


 グラン親方は、試験台の素材を確認した。


 灰鉄鉱。


 根麻布。


 試作品。


 ログ。


 彼はしばらく黙って見ていた。


 広場も静かになる。


 ノイズは何も言わない。


 いや、言えないのだろう。


 公開査定の場で、登録工房の査定士が素材を見ている。ここで遮れば、それ自体が不自然になる。


 グラン親方は、やがて重い息を吐いた。


「リーフェ村産灰鉄鉱については、硬度、魔力伝導の標準評価だけなら二等級下位でも通る」


 ノイズの顔に、少しだけ笑みが戻る。


 だが、グランは続けた。


「ただし、衝撃拡散特性を加味するなら、外殻・緩衝材用途では二等級上位相当。特定用途では優良素材と言ってよい」


 広場がざわめいた。


 ノイズの笑みが消える。


「根麻布については、黒斑部分を含めた束全体の一括評価なら三等級も理解できる。しかし、選別後の良品部分は二等級中位から上位。外套型防具、耐湿旅装用途なら十分に価値がある」


 グラン親方は、ノイズの方へ向いた。


「領主館評価は、供給安定性と素材品質を混同しているように見える。税額算定に一等級相当の指定価格を用いるなら、担保評価で低等級一括扱いするのは、査定基準として一貫しない」


 決定的だった。


 領主館側の登録工房査定士が、公開の場でそう言った。


 観衆のざわめきが一気に大きくなる。


「やっぱりおかしいんじゃないか」


「査定士が言ったぞ」


「リーフェ村、低く買い叩かれてたってことか?」


「税は高く、評価は低くってやつ?」


「うちの村も同じことされてないか?」


 最後の声はまずい。


 いや、こちらにとってはいい。


 ノイズにとっては、非常にまずい。


 これはリーフェ村だけの話ではなくなる。


 税の檻は、一度見えれば他の村にも見えてしまう。


 自分たちも同じ檻の中にいるのではないか。


 そう思わせた時点で、ノイズの支配は揺らぐ。


ーーーーーー


 ノイズは、階段の上からグラン親方を睨んでいた。


「グラン。君は領主館の登録工房に所属している。その立場を忘れていないだろうな」


 脅しだ。


 公開の場で、それをやるか。


 俺は内心で舌を巻いた。悪い意味で。


 追い詰められると雑になるタイプだ。こういう相手は、ある意味扱いやすい。自分でログに傷を残してくれる。


 グラン親方は、少しだけ顔を強張らせた。


 だが、下がらなかった。


「忘れておりません。だからこそ、査定士として事実を述べました」


「事実かどうかは領主館が判断する」


「素材の性質は、炉と槌が判断します」


 きなこもちがにやりと笑った。


「いいこと言うじゃん、親方」


「お前に褒められると嫌な予感がする」


「ひどい」


 広場にわずかな笑いが起きる。


 ノイズの顔がさらに険しくなる。


 空気は変わった。


 ノイズの舞台だったはずの公開査定が、少しずつ彼の手を離れ始めている。


 だが、まだ終わりではない。


 素材価値は示した。


 試作品の性能も示した。


 登録工房の査定士からも、領主館評価の一貫性に疑問が出た。


 次に必要なのは、税の構造そのものだ。


 ノイズがリーフェ村をどう縛ったのか。


 高い税額、低い担保評価、短すぎる猶予期間、審査より先に執行される担保徴収。


 その檻を、公の場で見せる必要がある。


 それは、俺の仕事だ。


 きなこもちが一歩下がり、こちらへ目を向けた。


 出番だよ、という顔だった。


 俺は小さく息を吐く。


 戦闘より疲れる。


 だが、戦闘でないからこそ意味がある。


 俺は黒鉄の外殻を鳴らさないように、一歩前へ出た。


「素材の価値については、今の査定で十分だろう」


 俺は言った。


 広場の視線が集まる。


「次は、その素材にどんな税がかけられていたかを確認する」


 ノイズの目が細くなった。


「何を言うつもりだ」


「数字の話だ」


 俺はメニューを開き、昨日搬入門で写した記録を表示する。


 灰鉄鉱の指定価格。


 買い取り評価。


 担保評価。


 査定回数。


 根麻布の一括評価。


 異議申し立ての審査期間。


 担保執行期限。


 数字が、広場の上に並ぶ。


「リーフェ村は、払えなかったんじゃない」


 俺は言った。


「払えない形にされていた」


 ざわめきが、また一段大きくなった。


 ノイズが、初めて明確に顔を歪めた。


 素材の価値は示された。


 次は税の檻。


 ようやく、領主の足元に手が届く。

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