黒鉄の重装騎士
次は、俺の番だった。
領主館前広場の視線が、灰衣の旅剣士から黒鉄の重装騎士へ移る。
ルナは第一査定を突破した。
顔も髪も隠したまま、《白銀の剣気》を使わず、攻撃スキルも使わず、外套の性能と自分の足だけで、ノイズの用意した嫌がらせじみた障害フィールドを抜けた。
結果は条件達成。
《根麻の可動外套片》は、ただの隠れ蓑ではない。剣士の動きを殺さない外套型防具である。少なくとも、広場にいる全員の前で、それは示された。
なら、次は俺が示す番だ。
《灰鉄の偽装外殻片》。
見た目は黒鉄の重装鎧の一部。だが、中身はただの分厚い装甲ではない。灰鉄鉱の衝撃拡散特性を使い、重装に見える外観を保ったまま、肩、肘、腰、背中の可動を殺さないための防具外殻。
つまり、俺に必要なものだ。
俺の武器は、鍛冶屋で作るものではない。
左腕の《古代変形機装》。それが俺の武器であり、盾であり、手札であり、爆弾だ。
だが、それを見せるわけにはいかない。
だから今日の俺は、ただの黒鉄の重装騎士でなければならない。
普通より少し書類にうるさく、普通より少し動ける、しかし決して正体不明の産廃ジョブ使いには見えない重装騎士。
……普通の定義がかなり迷子だな。
まあいい。迷子はルナの担当だ。
俺は査定台の前へ歩き出した。
広場中央に設置された衝撃試験装置が、鈍い音を立てて起動する。
大きな振り子式の打撃槌。
足元には不揃いな石板。
左右には可動域を測るための狭い枠。
さらに、背後には押し戻し用の魔力板。
重装騎士用の防具試験、という名目なら、そうおかしくはない。
だが、俺には分かる。
これは、防御力だけを測る装置ではない。
受けた衝撃で足を止め、狭い枠に肩をぶつけさせ、背後の魔力板で姿勢を崩させる。重装鎧なら可動域が死ぬ。軽装なら衝撃を受けきれない。中途半端な防具なら、どちらかで破綻する。
ノイズは、俺を転ばせたいのだ。
あるいは、俺が重装騎士らしからぬ動きを見せるのを期待している。
どちらに転んでも、向こうは笑える。
性格の悪い二択だ。
「黒鉄の重装騎士」
ノイズが階段上から声を響かせた。
「君の試作品、《灰鉄の偽装外殻片》は、重装外観と軽量可動を両立する、という触れ込みだったな」
「そう聞いている」
「聞いている?」
「作ったのは職人だ。俺は使用者にすぎない」
きなこもちが横で鼻を鳴らした。
「使用者がちゃんと動かないと、職人の仕事が無駄になるからね。変な受け方したら怒るよ」
「査定中に客を脅すな」
「脅しじゃない。品質管理」
このドワーフ、どこでも平常運転である。
ノイズは気に入らなさそうに眉を動かしたが、すぐに笑みを戻した。
「では、品質管理とやらも含めて見せてもらおう。第二査定、開始条件を提示する」
視界にログが表示された。
《第二査定:偽装外殻実演》
《条件:重装外観維持》
《条件:指定衝撃試験の突破》
《条件:可動域試験の突破》
《制限:武器機能の開示禁止》
《制限:攻撃スキル使用不可》
《評価対象:灰鉄の偽装外殻片》
……武器機能の開示禁止。
俺は、内心で少しだけ眉を上げた。
ノイズがこちらの武器の正体を知っているわけではない。おそらく、試作品の防具査定で武器性能を持ち込ませないための一般制限だ。
だが、今回はむしろ助かる。
この条件がある限り、俺が武器を見せないことには正当な理由がある。
こちらが隠しているのではない。査定条件に従っているだけだ。
やはり、ルールは嫌なやつが使うと檻になるが、こちらが使えば盾にもなる。
盾という言葉を使うと、少しややこしいな。今のは比喩である。たぶん。
「確認する」
俺は声を上げた。
「今回の評価対象は、《灰鉄の偽装外殻片》を含む防具外殻の可動性と衝撃拡散性。俺の武器、職、スキル構成は査定対象外だな」
ノイズの笑みが薄くなる。
「当然だ。君自身がそう主張したのだろう?」
「では、判定ログにもそう残せ」
「細かい男だな」
「書類にうるさい重装騎士なので」
観衆の一部から、くすりと笑いが漏れた。
ノイズの顔がわずかに引きつる。
よし。
少しだけ空気を軽くできた。
こちらが追い詰められている印象を薄めることも、こういう場では重要だ。人前の論戦は、中身だけでなく空気も戦場になる。
ノイズが手を振ると、イベントログが追記された。
《補足:武器性能、職業固有技能、攻撃スキルは評価対象外》
《補足:評価対象は防具外殻の素材性能および可動構造》
これでいい。
俺は査定フィールドへ足を踏み入れた。
ーーーーーー
足場が悪い。
一歩目で、それが分かった。
石板の高さが微妙に違う。しかも表面が少し滑る。重装鎧なら、足裏の感覚が鈍くなり、姿勢を崩しやすい。軽装なら対応しやすいが、今度は衝撃試験に耐えにくい。
俺の外見は重装騎士だ。
だから、動きすぎてはいけない。
鈍く見せる。
だが、鈍くなりすぎない。
重く見せる。
だが、実際には重心を逃がす。
この辺り、やっていることがかなり詐欺師に近い。
職業欄に「重装騎士」と書いてあるならともかく、実態は偽装である。だが、向こうが制度を使って村を檻に入れているのだ。こちらが見た目を使って一枚噛ませるくらい、許されたい。誰に許しを請うているのかは知らない。
衝撃試験装置が動いた。
最初の打撃槌が、正面から振り下ろされる。
俺は左腕を前へ出した。
外から見れば、大型盾を構えたように見える。実際には、左腕の機構は沈黙させたまま、見た目装備と外殻で防御姿勢を作っている。武器機能は開示しない。展開もしない。
ただ、受ける。
いや、受けているように見せる。
槌がぶつかった。
重い衝撃が来る。
灰鉄の偽装外殻片が、肩から胸へ走る力を横へ逃がす。真正面で踏ん張れば、足場の悪さで膝を持っていかれる。だから、半歩だけ引く。外からは衝撃で後退したように見える程度に。
実際には、力の行き先を選んでいる。
打撃の余波が肩へ残る。
痛い。
だが、動ける。
ログが表示された。
《衝撃試験一:成立》
《外殻破損率:二%》
《姿勢崩壊:なし》
広場がざわつく。
「受けたぞ」
「重装外観なのに、肩が潰れてない」
「灰鉄鉱って、あんな衝撃逃がせるのか?」
「いや、加工が特殊だろ」
生産職たちの声が混じる。
悪くない。
衝撃を受けても破損率二%。姿勢崩壊なし。
数字として出た。
ノイズの表情はまだ余裕を保っている。
当然だ。
一発受けただけでは終わらない。
次に、左右の狭い枠が動いた。
可動域試験。
重装外観を保ったまま、指定された枠内で腕を上げ、身体をひねり、低い姿勢へ移行する。普通の板金鎧なら、肩と腰が引っかかる。軽装なら通れるが、重装外観とは言いにくくなる。
俺は息を整えた。
本来の動きで抜ければ、速すぎる。
怪しい。
重装騎士に見える範囲で抜ける必要がある。
きなこもちの声が飛ぶ。
「肩を上げすぎない。腰で逃がして。左は見せすぎるな」
さらっと危険な指示をするな。
だが、的確だ。
彼女は俺の秘密を知らない。何を隠しているかまでは知らない。けれど、隠したい動きを見せすぎないための外殻の使い方は分かっている。
職人の目というのは、時々怖い。
俺は腕を上げる。
外殻の内側が開く。外からは重い肩装甲に見える部分が、わずかに逃げる。肘を畳み、腰を沈め、枠の内側で身体をひねる。
重い。
だが、止まらない。
見た目はぎこちない重装騎士。
中身は、必要なだけ可動している。
ログが流れる。
《可動域試験一:成立》
《重装外観:維持》
《外殻干渉:軽微》
《不自然な武器機能:未検出》
よし。
未検出。
これが大事だ。
観衆には、少し変わった防具に見える。
システムには、武器機能を使っていないと出る。
職人には、灰鉄鉱の加工価値が伝わる。
ぎりぎり、こちらの欲しい形になっている。
ノイズは、指で操作盤を叩いた。
嫌な予感がした。
次の瞬間、背後の魔力板が起動する。
押し出し。
同時に、正面の打撃槌が二本に増えた。
左右から挟むような衝撃。
さらに足元の石板が、一段沈む。
広場がざわめいた。
「条件増えてないか?」
「いや、第二査定内の連続試験扱いだろ」
「これ防具試験か?」
「転ばせにきてるな」
ノイズは笑っている。
「実用品であるなら、単一方向の衝撃だけでは不十分だろう。冒険者の防具は、常に予期せぬ負荷に晒される」
正論だ。
腹立たしいことに、言っていること自体は正しい。
正しいことを、悪意のために使う。こういうやつが一番面倒くさい。
「アイズドさん」
フィールド外から、ルナの声がした。
小さい声。
だが、届いた。
「崩れないでください」
さっき俺が言ったことを、今度は返された。
まったく。
人に言った言葉は、だいたいあとで自分に刺さる。言葉とはブーメランの一種である。扱いには注意が必要だ。
「分かっている」
俺は短く答えた。
打撃槌が左右から来る。
背後から魔力板の圧。
足場は沈む。
普通に受ければ、前後左右の力で姿勢が割れる。
本気なら、ここで別の手を使う。
一瞬で姿勢を変え、別形態で流し、反撃まで繋げる。そうすれば簡単だ。
だが、それはできない。
やるべきことは、ひとつ。
重装騎士として、崩れない。
左右の槌が触れる直前、俺は両肩を固めなかった。
固めれば終わる。
力が逃げず、外殻が割れる。
だから、外殻に任せる。
灰鉄の薄片が衝撃を横へ走らせる。右から来た力を腰へ、左から来た力を足へ。背後の魔力板の圧は、半歩前へ出ることで正面の槌の力とぶつける。
力を消すのではない。
ぶつける。
ずらす。
流す。
身体の中で、数字が並ぶ。
衝撃角度。足場の沈み。外殻の逃げ。可動域。観衆から見える動きの大きさ。
大きく動けば怪しい。
小さすぎれば潰れる。
なら、見せる動きは三割。
逃がす動きは七割。
槌が当たった。
鈍い音。
身体が沈む。
膝が鳴る。
だが、倒れない。
外殻の内側で、衝撃が広がり、肩から腰へ逃げていく。足元の石板がさらに沈む。俺は踏ん張らず、沈みに合わせて重心を落とした。
重装騎士が、衝撃を受けて膝を落としたように見える。
実際には、姿勢を低くして力を逃がした。
ログが走る。
《複合衝撃試験:成立》
《外殻破損率:九%》
《姿勢崩壊:なし》
《重装外観:維持》
《武器機能:未検出》
観衆から声が上がった。
「耐えた!」
「破損一桁?」
「あの足場で倒れないのか」
「重装に見えるのに、沈み方が変だな」
「いや、防具の逃げだろ」
「灰鉄鉱って、あんな使い方できるのか?」
生産職たちが、ざわついている。
いい。
見てほしいのはそこだ。
俺の正体ではない。
灰鉄鉱の使い方。
偽装外殻の構造。
リーフェ村の素材が、低評価では済まないこと。
そちらへ視線を誘導する。
ノイズは、まだ諦めない。
操作盤に手を伸ばした。
「もう一段――」
「領主殿」
俺は声をかけた。
膝をついた姿勢から、ゆっくり立ち上がる。
「今の試験条件は、査定ログに含まれているか」
「……含まれている」
「なら、結果も出た。複合衝撃試験成立。外殻破損率九%。姿勢崩壊なし。重装外観維持。武器機能未検出」
俺は広場に表示されたログを指した。
「これ以上の追加条件は、査定対象の確認ではなく、対象者の破壊試験になる。目的が変わるなら、イベント条件を更新しろ」
ノイズの動きが止まった。
観衆がざわめく。
「確かに、今ので成立してるよな」
「これ以上やったら壊しにいってるだけじゃね?」
「公開査定でそれはまずいだろ」
「ログ残るしな」
ログ。
その言葉に、ノイズの表情が歪む。
こいつの弱点はそこだ。
領主権限を使い、制度を悪用するくせに、自分がログに縛られることを嫌がる。いや、嫌がるというより、軽視している。
だから、そこを突く。
「続けるなら続けてもいい」
俺は言った。
「ただし、追加条件と目的変更を公開ログに残せ。リーフェ村素材の価値確認ではなく、補助者への過負荷試験としてな」
ノイズはしばらく黙った。
周囲の視線が彼に集まる。
領主館前広場。
公開査定。
透明性を謳った舞台。
そこで、領主が条件を後出しし続ける。
それは、ノイズにとっても得策ではない。
彼はゆっくり手を下ろした。
「……よかろう。第二査定は、条件達成とする」
ログが表示される。
《第二査定終了》
《灰鉄の偽装外殻片:条件達成》
《衝撃拡散性能:確認》
《可動干渉軽減:確認》
《重装外観:維持》
《武器機能:未検出》
広場に、またざわめきが広がった。
今度は、さっきより明確に生産職の声が多い。
「灰鉄鉱、見直す必要あるな」
「リーフェ村の素材、低く見積もりすぎじゃないか?」
「偽装外殻って、需要ありそうだぞ」
「重装見た目で軽量可動……PvPでも使えるんじゃ」
「でも理外創成だろ? 再現性あるのか?」
いい流れだ。
疑問も含めて、素材価値の話になっている。
俺の正体ではなく、素材と防具の話へ視線が移り始めている。
俺はフィールドを出た。
左肩が痛む。
外殻破損率九%。
試作品にしてはよく耐えたが、俺自身への負荷はゼロではない。防具が衝撃を流しても、身体の中までは完全に守れない。まして、これは本番装備ではなく仮外装だ。
きなこもちが近づいてくる。
「無茶な受け方したね」
「無茶な試験だった」
「でも、外殻は生きてる」
「職人としては?」
「不十分」
「だろうな」
「でも、証明には十分」
きなこもちは、少しだけ誇らしげに笑った。
ルナも近づいてくる。
フードの奥から、心配そうに見上げてきた。
「大丈夫ですか」
「問題ない」
「本当ですか?」
「痛いだけだ」
「それは問題では?」
「動けるなら問題ではない」
「アイズドさん基準、怖いです」
否定はできない。
昔から、俺は問題の定義が少し狭い。動けるなら問題ではない。勝てるなら問題ではない。崩れていないなら問題ではない。
そうやって、見えない場所の傷を放置する癖がある。
今は、少しだけ自覚している。
「後で確認する」
俺は言った。
ルナが瞬きする。
「ちゃんと?」
「ああ。ちゃんと」
「ならいいです」
どうやら、今ので許されたらしい。
成長しているのは彼女だけではない、と思いたい。俺の方は成長というより、周囲に矯正されているだけかもしれないが。
ーーーーーー
ノイズは、広場の中央へ降りてきた。
第一査定、第二査定。
どちらも条件達成。
これで、《根麻の可動外套片》と《灰鉄の偽装外殻片》が、少なくとも実用品として一定の性能を持つことは示された。
つまり、リーフェ村の根麻布と灰鉄鉱は、低評価素材では済まない。
だが、ノイズはまだ笑っていた。
追い詰められた者の笑みではない。
次の手を持っている者の笑みだ。
「なるほど」
彼は広場全体へ声を響かせる。
「灰衣の旅剣士、黒鉄の重装騎士。両名の実演により、試作品に一定の機能があることは確認された」
一定の機能。
またそれだ。
「だが」
来る。
「試作品の性能と、素材そのものの評価は同一ではない。優れた職人が偶然引き出した一例をもって、村全体の素材価値を語ることはできない」
観衆のざわめきが変わる。
なるほど。
次はそこか。
試作品は認める。
だが、それはきなこもちの腕が良かっただけ。
素材価値の証明にはならない。
そういう逃げ道を用意していたわけだ。
予想通りではある。
ただ、ここからは俺やルナの実演ではない。
職人の番だ。
きなこもちが、金槌を肩に担いで前へ出た。
「じゃあ、次は素材の話をしようか」
その声は、楽しそうだった。
かなり怒っている時の楽しそうな声である。
「領主様が、職人の腕と素材の価値を分けたいって言うなら、分けて説明してあげるよ」
広場の視線が、今度は小柄なドワーフへ集まった。
きなこもちは笑っている。
ノイズも笑っている。
ただし、その二つの笑みは、まったく別の温度をしていた。
俺は一歩下がり、ルナの横へ戻った。
第一査定、灰衣の旅剣士。
第二査定、黒鉄の重装騎士。
どちらも突破。
だが、公開査定はまだ終わらない。
ここから先は、生産職の戦場だ。
素材の価値。
領主館の査定。
リーフェ村の帳簿。
そして、税の檻。
ようやく本丸に近づいてきた。
本当に、面倒くさい。
だが、少しだけ面白くなってきたのも事実だった。




