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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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情報屋たちの鼻


 情報には、匂いがある。


 もちろん、本当に鼻で嗅げるわけではない。視界に漂うわけでもないし、ログに「香ばしい情報です」などと表示されるわけでもない。そんな機能があったら、情報屋より先に配信者が群がる。地獄絵図だ。


 だが、匂いはある。


 不自然な相場の揺れ。


 小さな村から出された再査定請求。


 登録外の職人が関与した試作品ログ。


 そこに添えられた、黒鉄の重装騎士と灰衣の旅剣士という簡略名。


 ひとつひとつは小さい。


 だが、繋げれば線になる。


 線になれば、誰かが辿る。


 そして、この世界には線を辿ることを仕事にしている人間がいる。


 情報屋だ。


「……来たな」


 翌朝。


 リーフェ村の外れ、根麻畑の脇で、俺は遠くの森を見ていた。


 空はまだ薄い。村の共同炉からは、朝の細い煙が上がっている。昨日の夜に《理外創成》で作った試作品、《灰鉄の偽装外殻片》と《根麻の可動外套片》は、今はロアン村長の家の地下貯蔵室にしまってある。


 再査定請求は受理された。


 担保執行は一時保留。


 つまり、リーフェ村はひとまず明日のない朝を迎えずに済んだ。


 ただし、それはノイズにこちらを知らせたということでもある。


 村の外、森の切れ目。


 そこに、鳥が一羽止まっていた。


 ただの鳥ではない。


 羽ばたきが少ない。


 首の動きが一定すぎる。


 目がこちらを見ている時間が長い。


 偵察用の小型使い魔か、遠隔視認アイテムの類だろう。こういうものは、持ち主が近くにいなくても情報を拾える。昔、白騎士団の遠征でも何度か使った。便利だ。便利なものは、敵が使うと腹が立つ。


「鳥ですか?」


 隣でルナが小声で聞いた。


 彼女は灰色のポンチョを着ている。昨日作った可動外套片はまだ試作品で、完成防具ではない。今朝は、それを内側に仮留めして動きの確認をしていた。外見上はただのフード付きポンチョに見えるが、昨日より足元の布さばきが少し滑らかになっている。


「鳥の形をした目だ」


「目?」


「偵察用だ。ノイズ側か、情報屋か、どちらかはまだ分からない」


「壊しますか?」


「壊さない」


「どうしてですか」


「壊したら、見つけたことが向こうに伝わる。今は見つけていないふりをする」


 ルナは少しだけ眉を寄せた。


「見られてるのに?」


「見られているからこそだ。相手が何を見たいのか、先に見せてやればいい」


「見せるんですか?」


「見せたいものだけな」


 変装とは、隠れることだけではない。


 別の情報を見せることだ。


 俺たちは世界を動かした二人組ではない。


 黒鉄の重装騎士と、灰衣の旅剣士。


 リーフェ村の再査定請求を手伝った、少し腕の立つ中級冒険者。


 そう見えればいい。


 絶対に見せてはいけないものは三つ。


 《古代変形機装》の多形態変形。


 ルナの《白銀の剣気》。


 そして、フェネキアに関わる情報。


 それ以外の多少の怪しさは、むしろ煙幕になる。


「ルナ、今日は村の護衛をする」


「はい」


「ただし、本気は出すな。白銀の剣気も使わない。剣と足だけでやる」


「分かりました」


「俺も重装騎士として動く。盾形態は使うが、それ以上は見せない」


 正確には、《古代変形機装》の盾形態を、見た目装備の重装騎士装備と重ねて使う。


 外から見れば、普通の盾役が盾を構えているだけに見える。


 見える、はずだ。


 この「はずだ」に人生を賭けるのは、かなり心臓に悪い。


「アイズドさん」


「何だ」


「普通って、大変ですね」


「ああ。普通は、意識してやると難しい」


「普通にしてる人って、すごいんですね」


「たぶんな」


 俺は森の鳥から視線を外し、何食わぬ顔で村の方へ歩き出した。


 鳥はまだこちらを見ている。


 いい。


 見ていろ。


 見せたいものだけ、見せてやる。


ーーーーーー


 リーフェ村の朝は、忙しかった。


 共同炉の差し押さえが一時保留になったとはいえ、村の仕事が止まるわけではない。根麻の選別、灰鉄鉱の洗浄、道具の修理、畑の黒斑病対策。昨日まで沈んでいた空気が、今朝は少しだけ動き始めていた。


 ただし、全員が安心しているわけではない。


 むしろ、いつ領主館の者が来るか分からない緊張が、村のあちこちに残っている。


 ロアン村長は集会小屋で帳簿を整え、リリィは村人たちと一緒に根麻の束を運んでいた。きなこもちは共同炉の横で試作品の追加記録をまとめている。彼女は「証拠は一枚だと破られる。三枚重ねて殴る」と言っていた。生産職なのに、発想が物理的である。


 俺とルナは、村の外周を見て回った。


 表向きは護衛。


 実際は、ノイズ側と情報屋の動きを確認するための巡回だ。


「いた」


 ルナが小さく呟いた。


 彼女の視線の先、古い木材運搬路の入口に、二人のプレイヤーがいた。


 片方は旅商人風。


 片方は弓持ちの軽装。


 レベルは五十前後。村へ入るでもなく、離れるでもなく、道端で話し込んでいるように見える。だが、視線がこちらへ流れている。露骨ではない。素人ではない。


 情報屋か、ノイズの斥候か。


 あるいは両方を兼ねているか。


「気づかないふりだ」


 俺は言った。


「はい」


 俺たちは村の外周を歩き続ける。


 すると、旅商人風の男が自然な顔で近づいてきた。


「お二人さん、リーフェ村の護衛かい?」


 軽い口調。


 だが、目が笑っていない。


「臨時だ」


 俺は重装騎士らしく短く答えた。


「へえ。昨日、グレイム領で再査定請求が出たって聞いたんだけど、ここの村かね」


「村長に聞け」


「冷たいねえ。黒鉄の重装騎士さん」


 その呼び方で、相手がある程度情報を掴んでいると分かった。


 理外創成の補助ログか、大通りの目撃情報か。どちらにせよ、昨日の今日でここまで来ている。鼻が利く。


 男は肩をすくめた。


「俺はただの素材商だよ。灰鉄鉱に興味があってね」


「搬入門を通せ」


「今は領主館が止めてるらしいじゃないか。だから、直接見に来た」


「なら村長に許可を取れ」


「堅いねえ。重装騎士ってのは、もっとこう、盾でどんと構えてるだけかと思ってた」


「書類にも盾がいる」


「いいこと言う」


 男は笑った。


 その笑い方が気に入らない。


「ところで、隣の剣士さんは顔を見せないのかい? 最近、珍しい剣士の噂が多くてね。白い光を使うとか、使わないとか」


 ルナの空気がわずかに変わった。


 俺は一歩、前に出る。


 盾の影に彼女を入れる。


「配信者に絡まれてから、顔を出したがらない」


「なるほど。最近多いもんな、配信者。分かる分かる」


「分かるなら、下がれ」


「怖いねえ」


 男は両手を上げて、一歩引いた。


「じゃあ、村長に挨拶してくるよ。商談は正規に、だ」


「そうしろ」


 男は笑顔のまま村へ向かった。


 弓持ちの軽装プレイヤーは、少し離れた位置からこちらを見ている。戦う気配はない。だが、逃げ足には自信がありそうだ。


 ルナが小声で聞く。


「今の人、情報屋ですか?」


「だろうな。商人を兼ねているかもしれないが、主目的は情報だ」


「私の白銀のこと、聞いてきました」


「ああ。噂がもう混ざり始めてる」


「見せてないのに」


「情報屋は、見ていないものも聞く。聞いて、反応を見る。今みたいにな」


 ルナが悔しそうに唇を引き結んだ。


「少し反応しました」


「少しな。だが、俺が前に出た。向こうには、顔を隠した剣士を守る重装騎士、くらいに見えたはずだ」


「それはそれで怪しくないですか?」


「怪しい。だが、白銀剣士本人と断定されるよりはましだ」


「怪しさで上書きですね」


「そうだ。世の中には、もっと大きい怪しさで本命を隠す技術がある」


「勉強になります」


「ならない方が健全だ」


 ルナは小さく笑った。


 だが、その顔には緊張が残っている。


 無理もない。


 自分の力が噂になりつつある。しかも、その力をまだ完全には制御できない。使えば目立つ。使わなければ守れないかもしれない。


 厄介な段階だ。


 俺も似たようなものだ。


 機装を使えば楽になる。


 使えば終わる。


 使わなければ不自由だ。


 その不自由さを、どう戦術に変えるか。


 今日の課題は、それだった。


ーーーーーー


 昼前、領主館からの使者が来た。


 馬車ではない。


 三人のプレイヤーと、一体の徴税官NPC。


 大通りでリリィを追っていた補助警備とは別の顔ぶれだ。先頭の男は軽鎧を着ており、胸には領主館の銀貨紋。レベルは五十四。そこそこ戦えるが、最前線組ではない。


 村の入口に立った男は、にやついた顔で告げた。


「リーフェ村。再査定請求の件で確認に来た」


 ロアン村長が前へ出る。


「請求は正式に受理されたはずです」


「受理はされた。だが、こちらにも確認する権利がある。提出された試作品と素材の保管状況を確認する」


 正当な理由だ。


 だが、タイミングが早すぎる。


 おそらく、証拠を奪うか、難癖をつけるつもりだろう。


 きなこもちが共同炉の前で腕を組んだ。


「確認なら、手続き書を出しな」


「野良職人が口を挟むな」


「その野良職人の署名で再査定が止まってるんだよ。無視したいなら、領地管理システムに文句を言いな」


 補助警備の男が舌打ちする。


 俺はロアンの横へ立った。


 重装騎士として。


「確認書を提示しろ」


「またお前か。黒鉄の」


「書類にうるさい重装騎士だ」


「自分で言うのか」


「言った方が早い」


 男は忌々しげにウィンドウを開いた。


 確認書はある。


 形式上は正規だ。


 ただし、権限範囲が広い。


 《素材および関連生成物の保管確認》


 《不正加工の疑いがある場合、一時押収可能》


 来た。


 不正加工。


 登録外工房。


 理外創成。


 そこを突くつもりだ。


「きなこもち」


「分かってる」


 きなこもちはすぐにログを出した。


 《理外創成:限定成功》


 《生成場所:リーフェ村共同炉》


 《分類:試作部品》


 《商業販売登録:未実施》


 《用途:素材評価用試作品》


 《領内販売規則対象外》


「売ってない。装備として登録もしてない。素材評価用の試作品。商業加工じゃない」


 きなこもちは言った。


「だから登録工房規則には引っかからない」


 補助警備の男が顔をしかめる。


 想定していたより、きなこもちの準備が早かったのだろう。


「屁理屈だな」


「規則ってのは、屁理屈でできてるんだよ」


「なら、現物を確認する」


「見るだけだ。触るなら押収手続きになる」


「確認のためだ」


「触るなら押収手続き」


 きなこもちが一歩も引かない。


 小柄なドワーフだが、立っている場所が炉の前だと妙な迫力がある。自分の領域にいる職人は強い。


 男は苛立った様子で、試作品を見た。


 《灰鉄の偽装外殻片》。


 《根麻の可動外套片》。


 どちらも机の上に置かれている。


 男は表示ログを確認し、何か言いがかりを探しているようだった。


「二等級上位……」


 彼の口元が歪む。


「本当にこの村の素材か?」


「素材ログを見な」


 きなこもちが添付ログを出す。


 灰鉄鉱、リーフェ村採取。


 根麻布、リーフェ村加工。


 補助素材、持ち込み。


 生成品への村素材寄与率、七十二%。


 十分だ。


「この素材があるなら、税を払えたはずだ」


 男が言った。


 ああ、来た。


 論点ずらしだ。


「違うな」


 俺は言った。


「試作品は少量の素材から作ったものだ。税額は領主館指定の見込み採取量に基づいている。素材価値の証明と、納税能力は別問題だ」


「お前に聞いていない」


「俺は補助者だ。再査定請求に名がある」


「簡略名だろうが」


「領地管理システムは認識している。文句があるなら、そこへ言え」


 男の顔が赤くなる。


 怒りやすい。


 だが、ここで怒らせすぎると戦闘になる。戦闘は避けたい。村人の前で領主館の補助警備と揉めれば、相手が悪くてもこちらの情報が残りすぎる。


 俺は声を少し落とした。


「確認は済んだはずだ。現物に不正はない。再査定請求は有効。担保執行は保留。この場でできることは、確認ログを持ち帰ることだけだ」


 男はしばらく俺を睨んだ。


 その時、後ろにいた別のプレイヤーが小さく耳打ちした。


 おそらく、強行はまずいという判断だ。


 男は舌打ちし、確認ログだけを記録した。


「……いい気になるなよ。領主ノイズ様は、この程度で止まらない」


「だろうな」


「分かってるなら、大人しくしてろ」


「大人しくしている。書類を出しただけだ」


「その書類が余計なんだよ」


 男は吐き捨てるように言い、NPCを連れて村を出ていった。


 背中に、村人たちの視線が突き刺さっている。


 誰も歓声は上げなかった。


 当然だ。


 相手は帰っただけ。


 次が来る。


 そのことを、みんな分かっている。


「アイズドさん」


 ルナが小声で言った。


「今の、戦わずに済みました」


「ああ」


「でも、すごく怖かったです」


「俺もだ」


「本当ですか?」


「書類で殴り合うのは、魔物より面倒だ」


「そこですか」


「そこだ」


 ルナは少しだけ笑った。


 緊張が緩む。


 だが、その瞬間、村の外で鳥が飛び立った。


 朝からこちらを見ていた偵察鳥だ。


 役目を終えたらしい。


 俺はその飛び去る影を見て、眉を寄せた。


 今のやり取りも、どこかへ送られた。


 ノイズだけではない。


 情報屋の耳にも、届くかもしれない。


ーーーーーー


 グレイム領の酒場では、昼過ぎにはもう噂になっていた。


 リーフェ村が再査定請求を通した。


 モチモチきなこもちが試作品を作った。


 黒鉄の重装騎士が領主館の補助警備を言い負かした。


 灰衣の旅剣士は顔を隠したまま、一言も喋らなかった。


 村素材から二等級上位の防具部品ができたらしい。


 理外創成を使ったらしい。


 最後の一文が、一部の生産職の目を引いた。


 理外創成。


 死に機能。


 触る価値のない、タイパ最悪、素材を灰にするだけの沼。


 そのはずの機能で、査定材料になる試作品が出た。


 情報は一気に値段を持ち始めた。


 素材商が動く。


 生産職がざわつく。


 領主館の税制に不満を持つ小工房が、そっとログを集め始める。


 そして、情報屋たちは別の匂いを嗅いだ。


 黒鉄の重装騎士。


 灰衣の旅剣士。


 二人組。


 全ワールドアナウンスの「名もなき二名」とは関係があるのか。


 偶然か。


 それとも、別の火種か。


 掲示板に、小さなスレッドが立った。


 《グレイム領リーフェ村再査定騒動》


 書き込みはまだ少ない。


 だが、その中に一つ、嫌な一文があった。


 ――灰衣の旅剣士、顔隠しすぎ。白髪隠しか?


 別の誰かがすぐ反応する。


 ――名もなき二名、片方が白銀エフェクト剣士説あったよな。


 ――さすがにこじつけ。


 ――でも黒鉄と灰衣で二人組はちょっと気になる。


 匂いが、混ざり始めていた。


ーーーーーー


 その情報は、南方の《八咫烏》にも届いた。


 封魔の峡谷を管理する拠点の作戦室で、クロウは薄い笑みを浮かべながらログを読んでいた。


 高坂マネージャーが横に立つ。


「グレイム領の小規模騒動です。領主税関連の再査定請求。通常なら、八咫烏が拾うほどの案件ではありません」


「通常ならね」


 クロウは表示を拡大した。


 《黒鉄の重装騎士》


 《灰衣の旅剣士》


 《理外創成》


 《既存レシピ外生成品》


 《素材評価の矛盾》


 彼の指が、黒鉄の重装騎士という文字で止まる。


「この重装騎士、面白い」


「戦闘ログはありません」


「だから面白い。戦闘ログではなく、書類と素材評価で領主の手を止めている。普通の中級タンクは、そんなことをしない」


「生産職側の入れ知恵では?」


「モチモチきなこもちの関与は大きい。でも、再査定請求の構成が少し違う。素材評価だけでなく、担保執行期限と審査期間の矛盾まで突いている。これは拠点運用か、領地システムに詳しい人間の組み方だ」


 高坂が少し考える。


「ジンなら、やりそうですか」


 クロウは笑った。


「君が言うんだ」


「私は彼のファンですので」


「そうだったね」


 クロウは椅子にもたれた。


「断定はしない。だが、もしジンが新しい名前で遊んでいるなら、こういう場所に現れる可能性はある」


「グレイム領に人を送りますか」


「まだいい。騒がせると逃げる。彼が彼なら、目立つことを嫌う」


「彼でなければ?」


「それでも面白い。理外創成で税制を殴る中級冒険者なんて、十分観察対象だ」


 クロウはログを閉じた。


「グレイム領の相場と、リーフェ村関連の情報を静かに追って。特に黒鉄と灰衣。顔写真や戦闘映像が出ても、買い叩かない。高値をつけると他の情報屋が集まりすぎる」


「了解しました」


「それと、ノイズの動きも。ああいう小物は、追い詰められると大きな音を立てる」


 クロウは楽しげに目を細めた。


「音がした時、盤面がよく見える」


ーーーーーー


 夕方、リーフェ村に戻る風は冷たかった。


 ノイズ側の確認は退けた。


 再査定請求もまだ有効。


 試作品も守れた。


 だが、俺は集会小屋の端で掲示板を見て、深く息を吐いた。


 小さなスレッド。


 まだ火は大きくない。


 だが、そこに「黒鉄」と「灰衣」と「白髪隠し」の文字が並び始めている。


 早い。


 本当に早い。


 情報屋たちの鼻は、こちらが思っているよりずっと利く。


「アイズドさん、どうしました?」


 ルナが近づいてきた。


 俺は掲示板を閉じる。


「匂いを嗅がれ始めた」


「匂い?」


「情報の匂いだ。俺たちの特徴が、グレイム領の噂に混ざり始めている」


 ルナの表情が硬くなる。


「私の髪のことも?」


「まだ推測だ。だが、推測は放っておくと形になる」


「どうしますか」


「次の一手を早める」


 俺は地図を開いた。


 グレイム領。


 領主館。


 登録工房区。


 リーフェ村。


 きなこもちの小屋。


 そして、ノイズが握る搬入門。


「ノイズは明日以降、村の素材搬出を止める可能性が高い。きなこもちの小屋にも圧をかけるだろう。なら、その前にこちらから動く」


「領主館へ?」


「いや。正面から行くには材料が足りない」


「じゃあ、どこへ?」


「搬入門だ」


 素材の入口。


 ノイズの税の檻、その最初の棒。


 そこに、必ず記録がある。


 領主館指定価格。


 実際の搬入量。


 村ごとの査定。


 そして、価格操作の痕跡。


「税の檻を壊すには、入口の記録がいる。村の帳簿と試作品だけでは、ノイズは言い逃れる。だから、搬入門のログを取る」


「取れるんですか?」


「普通には無理だ」


「普通には」


「だから、普通じゃない方法を探す」


 ルナは少しだけ笑った。


「アイズドさん、楽しそうです」


「気のせいだ」


「でも、目が少しだけ」


「フードでお前の目は隠れているのに、なぜ俺の目は読む」


「声です」


「面倒な才能だな」


 彼女は微笑んだ。


 だが、すぐに真剣な顔へ戻る。


「私は、何をすればいいですか」


「村に残って護衛。ノイズ側が次に来る可能性がある。白銀は使うな。だが、リリィたちに何かあれば迷わず守れ」


「はい」


「ただし、目撃される戦い方はするな」


「難しいですね」


「難しい。だが、お前ならできる」


 ルナが少し驚いた顔をした。


「今の、褒めました?」


「事実だ」


「アイズドさんの褒め方ですね」


「らしいな」


 俺は視線を外した。


 正直、ルナに村を任せるのは少し怖い。


 彼女は強い。


 だが、まだ未完成だ。


 《白銀の剣気》も、身体制御も、ポンチョでの戦い方も、全部途中。


 それでも、彼女は昨日より確実に前へ進んでいる。


 なら、任せる。


 任せなければ、人は役割を持てない。


 昔の俺は、何でも自分で拾いすぎた。


 その結果、土台の下に一人で潜り込み、上から見えないまま切られた。


 同じことを繰り返す気はない。


「アイズドさん」


「何だ」


「気をつけてください」


「ああ」


「あと、無茶はしないでください」


「努力する」


「それ、する人の返事じゃないです」


「なら、善処する」


「もっと駄目です」


 ルナの声に、少しだけ不満が混じる。


 俺は肩をすくめた。


「大丈夫だ。今回は殴り込みじゃない。記録を見に行くだけだ」


「それで済みますか?」


「済ませる」


 そう答えて、俺は黒鉄の鎧を確認した。


 《灰鉄の偽装外殻片》はまだ仮装着だが、肩の動きが少し楽になっている。重装騎士に見えるまま、可動域がわずかに増えた。


 武器は作っていない。


 俺の武器は、左腕の《古代変形機装》だけだ。


 それは隠す。


 使うなら、誰にも見られない場所だけ。


 今夜、必要なのは戦闘力ではない。


 記録を読む目と、見つからずに戻る足だ。


 共同炉の火が、夜の村を赤く照らしている。


 情報屋たちの鼻が、こちらを嗅ぎ始めた。


 ノイズの手も伸びてくる。


 なら、こちらも動く。


 檻の入口を見に行く。


 税金と書類でできた檻にも、必ず継ぎ目はある。


 そこへ指をかける。


「本当に、最高のクソゲーだな」


 俺が呟くと、ルナがフードの奥で笑った。


「やっぱり楽しそうです」


「気のせいだ」


 そう言って、俺は夜のグレイム領へ向けて歩き出した。

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