表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/120

税の檻



 《理外創成》は、始まる前から胃に悪かった。


 通常のクラフトなら、まだいい。素材を入れる。レシピを選ぶ。工程を進める。成功率に一喜一憂することはあっても、少なくとも何を作っているかは最初から分かっている。


 剣なら剣。


 鎧なら鎧。


 外套なら外套。


 だが、今、リーフェ村の共同炉の前に浮かんでいる作業盤には、完成品の名前がなかった。


 灰鉄鉱。


 根麻布。


 革紐。


 古い炉心炭。


 きなこもちが持ち込んだ魔力安定剤。


 それらが円形の盤面に並び、素材同士を結ぶ細い光の線が揺れている。線は白くなったり、赤く濁ったり、時折ぷつりと切れかけたりした。


 正解がない。


 いや、正確には、正解をその場で作らなければならない。


 既存レシピの外側へ手を伸ばす特殊合成システム、《理外創成》。響きだけなら浪漫に満ちている。だが、現実の評価は死に機能。理由は単純で、失敗すると素材が灰になるからだ。


 金も時間も素材も飲み込んで、成果が出る保証はない。


 企業勢が嫌う。


 攻略組も嫌う。


 商人も嫌う。


 まともな生産職も、たいてい距離を置く。


 つまり、俺の好みだった。


 ……いや、好みと言うと語弊がある。期待値の外にだけ落ちているものがある、という話だ。五十万を天秤に載せた時と同じで、割に合わない場所には、たまに誰も拾っていない答えが眠っている。


「アイズド、先に確認するよ」


 炉の前で、きなこもちが振り返った。


 小柄なドワーフの職人は、煤で汚れた頬を袖で拭い、俺の左腕をちらりと見た。視線は鋭い。こちらが何を隠しているか、全部ではないにせよ、かなりの部分を見抜いている目だった。


「あんたの武器には触らない」


「賢明だな」


「触ったら面倒な匂いしかしないからね。剣にも盾にもなるんでしょ、それ」


 ルナが小さく息を呑んだ。


 俺は否定しなかった。


 ここで下手に誤魔化す方が不自然だ。きなこもちの目は、すでにその程度の嘘を許す段階を越えている。


「外には出すな」


「出さないよ。職人は客の変なところを守ってこそ職人だからね。売る職人は商人。喋る職人は三流。あたしは一流なので、面白い秘密は眺めるだけにする」


「十分危ない発言だな」


「褒め言葉として受け取る」


 きなこもちはにやりと笑った後、灰鉄鉱の小塊を持ち上げた。


「作るのは武器でも盾でもない。あんたに必要なのは防具側。重装騎士に見えるけど、実際にはあんたの妙な動きを邪魔しない外殻。肩、肘、腰、背中。そこに逃げを作る」


「偽装用の鎧か」


「そう。見た目は重い。でも中身は軽い。硬いだけじゃ駄目。衝撃を逃がす。動きを隠す。けど殺さない」


 彼女は次に、根麻布の束を作業台へ広げた。


「ポンチョちゃんの方は、顔と髪を隠す外套型防具。深いフードは必要。でも視界は殺さない。裾は長く見せる。でも足捌きは邪魔しない。剣を振る時だけ布が逃げる構造にする」


「ポンチョちゃん……」


 ルナがフードの奥で複雑そうに呟いた。


「いい呼び名じゃん。覚えやすい」


「本名も覚えてください」


「ルナでしょ。覚えてるよ。愛称だよ、愛称」


「愛称……」


 納得していない声だった。


 俺も重装騎士さん呼びをされているので、人のことは言えない。


「じゃあ、始める」


 きなこもちが金槌を取った。


「最初に言っておく。これは本番装備じゃない。証明用の試作品。村の素材が二束三文じゃないって形にするための部品だ。本番は、グレイム領のまともな設備を使わないと無理」


「試作品の目的は、素材価値の証明だな」


「そう。領主館は税を計算する時だけ一等級相当で見て、買い取りや担保評価では二等級下位から三等級扱いしてる。だったら、この素材で二等級上位の部品を作る。数字の矛盾を、物で殴る」


「生産職はよく殴るな」


「職人仕事はだいたい殴るところから始まるんだよ」


 鍛冶師としては正しいのかもしれない。


 裁縫師として正しいかは知らない。


 共同炉に火が入る。


 古い炉が赤く鳴り、村人たちが固唾を呑んで見守る。リリィは両手を胸の前で握り、ロアン村長は顔を強張らせていた。彼らにとって、今投入される素材は村の残り少ない在庫だ。


 灰になれば、終わる。


 少なくとも、明日の正午に差し出せる材料は減る。


 それでも、何もしなければ共同炉を取られる。共同炉を失えば、灰鉄鉱の一次加工も、根麻の乾燥も、農具の修理も止まる。村は次の納税どころか、次の生活すら危うくなる。


 だから賭ける。


 そういう選択肢しか残されていない時点で、すでに檻の中だ。


「アイズド、そこに立って。左腕の武器は展開しなくていい。むしろするな。見せたら話がややこしくなる」


「分かっている」


「その代わり、普段どう動くか見せて。重装騎士のふりをする時の肩の入れ方と、本当は動きたい時の肩の抜き方。両方」


「注文が細かいな」


「注文が雑な職人は仕上げも雑」


 俺は炉の横に立ち、見た目装備の黒鉄鎧をまとったまま、軽く構えた。


 重装騎士として見える動き。


 盾形態で前に立つ時の体重移動。


 そこから、機装を変形させる時に必要になる肩と肘の逃げ。


 もちろん、実際に変形はしない。だが、どこが動くかは身体が覚えている。腕を開き、肘を畳み、肩を抜く。そのわずかな動作を、きなこもちが見ている。


「やっぱり。鎧の肩が邪魔になるタイプだね。普通の重装鎧を着せたら、あんたの動きは死ぬ」


「重装騎士のふりをするには必要だ」


「だから、ふりだけ重くする」


 きなこもちが灰鉄鉱を炉へ入れる。


 赤く染まった鉱石を取り出し、金床へ置いた。


「灰鉄鉱は、硬さで勝つ素材じゃない。衝撃を広げて逃がす癖がある。防具外殻に向いてる。薄くしても、流れを作れば意外と耐える」


「だから偽装外殻か」


「そう。分厚く見える薄い鎧。いいでしょ。詐欺みたいで」


「言い方」


「でも、あんたに合ってる」


「否定しづらいのが嫌だな」


 金槌が振り下ろされる。


 鋭い音ではなかった。


 低く、横へ広がる音。叩いた衝撃が金属の中で散っていく。灰鉄鉱の特性を引き出しているのだろう。


 視界の端にログが浮かぶ。


 《理外創成:工程一》


 《素材相性を確認中》


 《灰鉄鉱:衝撃拡散傾向》


 《防具外殻用途:適性あり》


 《形状補正:未確定》


 《失敗時:投入素材消失》


 だから最後の一文をいちいち出すな。


 分かっている。


 分かっているが、表示されるたびに心臓へ悪い。


「ポンチョちゃん、次」


「はい」


 ルナが根麻布の前に立った。


 きなこもちが布を広げ、彼女の肩から軽くかける。今使っている灰色のポンチョよりも薄い布片だが、根麻特有のしなやかな強さがある。普通の布より重い。だが、張りがある。


「いつもの構え」


 ルナは剣を抜かず、柄に手を添えて構えた。


 フードの奥で目だけが細くなる。


 肩が落ち、膝が柔らかく沈む。


 きなこもちが布の動きを見る。


「右膝が遅れる。裾が絡むね。あと、フードが深すぎると、視線が下がる。あんたは足元を見すぎると逆に遅れるタイプだ」


「そんなところまで分かるんですか?」


「布が言ってる」


「布が……」


 ルナが困惑する。


 俺も少し困惑した。


 職人はたまに、素材と会話しているようなことを言う。たぶん本当に会話しているわけではない。そう信じたい。もし本当に布が喋っていたら、このゲームはいよいよ情報量が多すぎる。


「剣気は使わなくていい」


 きなこもちが何気なく言った。


 ルナがぴくりと反応した。


 俺も視線を向ける。


 きなこもちはすぐに肩をすくめた。


「言い方が悪かった。剣士の集中って意味。あんた、剣先に意識を集めるタイプでしょ。外套がそれを邪魔したら駄目」


 リリィとロアンには、その説明で通ったようだった。


 ルナは少しだけ俺を見る。


 俺は小さく頷いた。


 大丈夫だ。


 きなこもちは、こちらの秘密を無理に掘らない。だが、必要な部分だけ察してくる。


 腕のいい職人は、厄介なほど目がいい。


「裾は一枚布にしない。外からは一枚に見せるけど、中は四枚に割る。踏み込む時だけ布が逃げるように骨を入れる。フードは深さを残して、内側に細い芯。顔は隠す。でも視界は残す」


「できますか?」


「設備があれば綺麗にできる。今は無理やりやる」


「無理やり……」


「理外創成なんてだいたい無理やりだよ」


 きなこもちが針を取る。


 根麻布の織り目に沿わず、斜めに魔力糸を通していく。ルナの足運びに合わせ、布が逃げる道を作っているようだった。


 作業盤のログがまた更新される。


 《根麻布:耐湿・高耐久傾向》


 《外套型防具用途:適性あり》


 《視界補助構造:未確定》


 《足捌き干渉軽減:補正中》


 《失敗時:投入素材消失》


 親切と脅迫を同じ欄に出すな。


ーーーーーー


 作業は進むにつれて、クラフトというより戦闘に近くなっていった。


 きなこもちが炉の温度を上げる。


 俺が灰鉄鉱の装甲片に肩の動きを合わせる。


 ルナが根麻布をまとった状態で半歩動く。


 きなこもちがその癖を拾い、また素材へ手を入れる。


 その繰り返し。


 村人たちは、最初こそ遠巻きに見ていたが、次第に息を詰めるように共同炉の周りへ集まっていた。リリィは炉心炭を渡す係になり、ロアンは帳簿と素材記録を抱えたまま、じっと作業を見つめている。


 火が揺れる。


 灰鉄鉱の光が白へ寄る。


 根麻布の繊維に、淡い金の線が入る。


 いい流れだ。


 そう思った直後、作業盤の線が赤く濁った。


 ログが跳ねる。


 《魔力流路不安定》


 《形状補正に失敗の可能性》


 《素材消失リスク上昇》


「来た」


 きなこもちの声が低くなる。


「炉が弱い。魔力が逃げる。アイズド、肩を動かすな。今ずれたら外殻が割れる」


「了解」


 俺は動きを止めた。


 外殻片はまだ完成していない。肩装甲の試作品として成形されている途中だ。ここで形が崩れれば、ただの金属片になる。いや、灰になる可能性もある。


「ポンチョちゃん、布を引きすぎ。少し緩めて。違う、手じゃなくて膝で緩める」


「膝で?」


「そう。あんたの外套は足で逃がすんだよ。手で引っ張ったら剣が死ぬ」


「はい」


 ルナはすぐに動きを変えた。


 剣を抜かず、膝だけで布の張りを調整する。いつもの回避に近い。相手の攻撃ではなく、布の抵抗を避ける動きだ。


 根麻布の赤い濁りが、少しだけ薄くなった。


「リリィ、炉心炭一本。半分だけ入れて。全部入れると温度が跳ねる」


「はい!」


 リリィが慎重に炉心炭を差し込む。


 火が青く揺れた。


 灰鉄鉱の線と根麻布の線が、作業盤の中央で一瞬だけ重なる。


 きなこもちが金槌を握り直した。


「ここで固定する」


 最後の一打。


 金属音と、布が鳴るような柔らかい音が重なった。


 白い光が共同炉の中で弾ける。


 村人たちが息を呑む。


 数秒。


 いや、体感ではもっと長かった。


 ログが流れた。


 《理外創成:限定成功》


 《試作品が生成されました》


 《灰鉄の偽装外殻片》


 《分類:防具外殻・試作部品》


 《品質:試作二等級上位》


 《効果:可動干渉軽減》


 《効果:衝撃拡散補助》


 《備考:重装外観と軽量可動を両立する既存レシピ外生成品》


 続いて、もう一つ。


 《根麻の可動外套片》


 《分類:外套型防具・試作部品》


 《品質:試作二等級上位》


 《効果:視界補助》


 《効果:足捌き干渉軽減》


 《備考:隠蔽性と剣術可動を両立する既存レシピ外生成品》


 成功。


 村人たちの間から、小さな歓声が上がった。


 リリィは口元を押さえ、ロアンは机に手をつくようにして息を吐いた。ルナは布片を見つめ、きなこもちは金槌を肩に担いで笑っている。


「できたね」


 きなこもちの声には、疲労と誇りが混じっていた。


 俺は完成した外殻片を手に取る。


 薄い。


 だが、見た目は黒鉄の重装鎧に近い厚みがあるように見える。表面の加工でそう見せているのだ。実際には軽く、裏側には細かな逃げの構造が刻まれている。肩に当ててみると、腕の可動を邪魔しない。


 防御力は試作品なので限定的だ。


 だが、方向性は合っている。


 重装騎士に見える。


 しかし機装の動きは殺さない。


 これだ。


 俺に必要なのは武器ではない。武器はすでにある。《古代変形機装》は唯一無二の変形武装であり、鍛冶屋に新しく作らせるものではない。


 必要なのは、その機装を隠し、扱い、外から見た役割を偽装するための防具だ。


「悪くない」


 俺が言うと、きなこもちが眉を上げた。


「悪くない、じゃないでしょ。かなりいい、でしょ」


「かなりいい」


「よろしい」


 ルナは根麻の可動外套片を受け取っていた。


 布片を肩へかけ、軽く足を動かす。


 フードの影は深い。


 だが、顔の向きが前より自然だ。視界を塞ぎすぎていない。裾も、一見すると長く垂れているが、踏み込むと内側の分割が開き、足に絡まない。


「すごいです。動きやすい」


「本番ならもっと良くなる」


 きなこもちが言う。


「でも、これで素材価値の証明には十分。二等級下位や三等級扱いの素材から、この品質の試作品は作れない」


「領主館の査定を突けるな」


「突ける」


 きなこもちの目が鋭くなる。


「税の計算では一等級相当。担保評価では低等級。実際の試作品は二等級上位。数字が割れてる。領主館の評価基準が一貫してない証拠になる」


「つまり、再査定請求の材料だ」


「そう。手続きで村を縛るやつには、手続きで足を引っかける」


 村人たちの歓声が、少しずつ現実的な緊張へ変わっていく。


 喜ぶだけでは終わらない。


 ここからが本番だ。


ーーーーーー


 集会小屋へ戻り、俺たちは証拠を並べた。


 リーフェ村の帳簿。


 過去の採取量。


 領主館指定評価額。


 実売価格。


 担保通知。


 異議申し立ての審査期間。


 きなこもちの素材査定。


 そして、《理外創成》で生成した試作品二点。


 《灰鉄の偽装外殻片》。


 《根麻の可動外套片》。


 どちらも完成防具ではない。


 だが、素材の質と加工適性を示すには十分だった。


 俺は机の上に簡単な図を描いた。


 リーフェ村。


 搬入門。


 領主館市場。


 登録工房。


 販売所。


 そこに税と手数料の矢印を重ねる。


 一本ずつ見れば、ただの制度だ。


 素材を持ち込むなら搬入税。


 工房を使うなら使用料。


 売るなら販売手数料。


 未納なら担保。


 しかし、全部を繋げて見ると別の姿になる。


 檻だ。


 鉄格子ではない。


 税率、評価額、登録制度、契約、手数料。


 そういう見えにくい棒でできた檻。


「村がどこへ動いても、取られるんですね」


 ルナが言った。


「素材を出す時も、加工する時も、売る時も。払えなくなった時まで」


「ああ」


「これ、戦う相手が見えにくいです」


「だから厄介なんだ。魔物なら殴れる。税制は殴っても数字が減らない」


「でも、線は見えます」


 ルナは机上の図を見つめる。


「どこで止められて、どこで曲げられて、どこを通れば届くのか」


「いい見方だ」


 俺は頷いた。


「今回は、そこを使う」


 ロアンが緊張した顔で聞いた。


「どうすればよいのでしょう」


「再査定請求を出す」


 俺は言った。


「領主館の評価が一貫していないことを理由に、担保執行前の再審査を求める。税額算定は高評価、担保評価は低評価。さらに、実素材から試作二等級上位の防具部品が生成された。これで、少なくとも即時差し押さえに待ったをかける」


「止められるのですか?」


「確実とは言えない。だが、領地管理システムには素材評価の不服申し立て機能がある。普段ほとんど使われていないだけで、存在はしている」


 きなこもちが口笛を吹いた。


「よく知ってるねえ」


「昔、拠点運用で調べた」


「ただの重装騎士にしては、だいぶ事務処理に詳しい」


「重装騎士にも書類仕事はある」


「苦しいね、その言い訳」


 ルナがちらりとこちらを見る。


 その視線が少し痛い。


 白騎士団の名前は出さない。


 ジンだったことも話さない。


 ただ、過去の経験が今の俺を作っていることまでは、もう完全には隠せないのかもしれない。


 俺は話を戻した。


「再査定請求には、きなこもちの査定署名が必要だ」


「出すよ」


 きなこもちは即答した。


「ただし、それを出せばノイズはこっちにも圧をかけてくる」


「分かっているのか」


「今さら。あたしの小屋はとっくに目をつけられてる。圧力一枚増えたところで、重ね着みたいなものだよ」


「その例えは暑苦しいな」


「今のグレイム領にぴったりでしょ」


 確かに。


「それと、試作品の生成ログには補助者が残る」


「名前は?」


 きなこもちがログを操作した。


 《製作:モチモチきなこもち》


 《補助:黒鉄の重装騎士》


 《補助:灰衣の旅剣士》


「名前そのものは出ない。理外創成の補助ログは、動作情報を簡略化して残すだけ。アイズド、ルナという名は伏せられる」


「なら使える」


 黒鉄の重装騎士。


 灰衣の旅剣士。


 十分怪しい。


 だが、全ワールド通知の「名もなき二名」と直結するほどではない。世の中には黒い鎧も灰色の外套も山ほどいる。いるはずだ。いてくれ。


「送るぞ」


 俺は再査定請求フォームを開いた。


 対象村。


 リーフェ村。


 対象素材。


 灰鉄鉱、根麻布。


 不服内容。


 領主館指定価格と担保評価の不一致。


 実素材による防具試作部品生成結果。


 異議申し立て審査期間と担保執行期限の矛盾。


 添付資料。


 帳簿。


 素材査定。


 試作品ログ。


 職人署名。


 送信先。


 グレイム領管理システム。


 確認ウィンドウが出る。


 《再査定請求を送信しますか?》


 《送信後、領主館側に通知されます》


 ここから先は戻れない。


 送れば、ノイズに知られる。


 リーフェ村が抵抗したこと。


 モチモチきなこもちが関与したこと。


 黒鉄の重装騎士と灰衣の旅剣士という補助者がいること。


 全部、向こうに渡る可能性がある。


 だが、送らなければ明日の正午に共同炉かリリィが取られる。


 選択肢は、見えているようで少ない。


「アイズドさん」


 ルナが言った。


「何だ」


「これも、ずらすんですよね」


「ああ」


 俺は確認ボタンへ指を置いた。


「剣じゃなく、書類でな」


 送信。


 ログが走る。


 《再査定請求を受理しました》


 《担保執行処理に一時保留が発生しました》


 《領主館へ通知されました》


 《審査開始まで残り:未定》


 集会小屋の中で、村人たちが一斉に息を吐いた。


 完全に止まったわけではない。


 あくまで一時保留。


 だが、明日の正午に即座に差し押さえられる可能性は下がった。


 税の檻に、小さな隙間が開いた。


ーーーーーー


 同じ頃、グレイム領の領主館。


 黒い石造りの執務室で、派手なコートを着た男が通知を睨んでいた。


 指にはいくつもの指輪。


 椅子は大きい。


 机も豪奢だ。


 だが、座っている男の器までは大きく見えない。自分を大きく見せるための装飾が、逆に中身の小ささを際立たせている。


 領主ノイズ。


 彼は再査定請求のログを読み、顔を歪めた。


「リーフェ村だと? あの小村が再査定?」


 側近の補助警備プレイヤーが頭を下げる。


「はい。職人査定と試作品ログが添付されています。製作はモチモチきなこもち。補助者が二名」


「きなこもち……あの野良ドワーフか。まだ小屋で遊んでいたのか」


 ノイズは机を指で叩いた。


「補助者は?」


「黒鉄の重装騎士、灰衣の旅剣士と表示されています。本日、大通りでリリィの連行を止めた二名と一致する可能性があります」


「余所者が首を突っ込んだか」


「担保執行は一時保留です。強行も不可能ではありませんが、領地評価に傷がつく恐れが」


「ちっ」


 ノイズは舌打ちした。


「なら、別の口を塞げ。リーフェ村の素材搬出を止めろ。あのドワーフの小屋も監視しろ。登録外工房の使用実態があるなら罰金を出せる」


「黒鉄と灰衣の二人は?」


「調べろ。余所者なら金か脅しで黙る。中級冒険者程度なら、領内規則違反をひとつ作れば動けなくなる」


「了解しました」


 補助警備が下がる。


 ノイズは表示された試作品ログを睨み続けた。


 《灰鉄の偽装外殻片》


 《根麻の可動外套片》


 既存レシピ外生成品。


 その文字が、彼の苛立ちをさらに強めた。


「この街で、勝手なものを作るな」


 その声は、執務室の壁に低く沈んだ。


ーーーーーー


 リーフェ村の夜は、静かだった。


 再査定請求が通ったことで、村人たちの表情には少しだけ光が戻っていた。だが、俺は楽観していない。


 一時保留は、勝利ではない。


 ノイズは必ず次の手を打つ。


 素材搬出停止。


 きなこもちへの圧力。


 俺たちへの調査。


 あるいは全部。


 税の檻は、一箇所こじ開けただけでは壊れない。むしろ、檻の主がこちらへ顔を向けた段階だ。


 俺は共同炉の横に置かれた試作品を見た。


 《灰鉄の偽装外殻片》。


 《根麻の可動外套片》。


 どちらも小さな部品だ。


 だが、意味は大きい。


 防具としての方向性。


 偽装と可動の両立。


 素材価値の証明。


 ノイズの査定矛盾を突く証拠。


 ひとつの部品が、複数の線を繋いでいる。


「アイズドさん」


 ルナが隣に立った。


「少しだけ、通りましたね」


「ああ」


「でも、まだ終わってない」


「これからだ」


 ルナは頷いた。


 疲れているはずなのに、目は逸らしていない。


「私、税金は斬れないと思ってました」


「斬れないな」


「でも、ずらすことはできるんですね」


「線が見えればな」


 ルナは根麻の可動外套片をそっと撫でた。


「この布も、線なんですね。私の動きを邪魔しないように、逃げ道を作ってくれてる」


「そうだな」


「じゃあ、村にも逃げ道を作れますか」


「作る」


 自然とそう答えていた。


 言ってから、少しだけ自分で驚く。


 だが、取り消す気はなかった。


 装備更新のため。


 素材を守るため。


 取引として。


 名目はいくつもある。


 だが、結局のところ、俺はこの檻の構造が気に入らない。


 効率の顔をした搾取。


 制度の顔をした首輪。


 数字を使って、人と場所の余白を削るやり方。


 それは、俺がいた場所にも少し似ている。


 だから、余計に腹が立つのかもしれない。


「アイズドさん、今のは褒めていいですか?」


「何を」


「作る、って言ったところ」


「褒めるな。目立つ」


「ここ、村です」


「俺の心が目立つ」


「それは知りません」


 ルナが小さく笑った。


 その笑い声が、夜の共同炉に柔らかく溶けた。


 遠く、グレイム領の方角に、煙突の煙が低く流れている。


 その煙が、こちらへ向かってくるような気がした。


 次に来るのは、魔物ではない。


 書類か、兵か、金か。


 いずれにしても、斬って終わる相手ではない。


 だからこそ、面白いとは言わない。


 言わないが。


 俺は少しだけ、口角が上がるのを自覚した。


 本当に、最高のクソゲーである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ