騎士王の目覚め
『スペシャルクエスト発現:【騎士王の残影と、妖妃モルガンの呪縛】』
『※本クエストは、あなた方のパーティが独占受注権を獲得しました』
プラチナ色の豪華なクエストウィンドウが虚空に消えた後、俺は早速システムのクエストログを開き、次なる行動の指針を探ろうとした。
だが、そこに表示されていたのはクエストのタイトルだけで、MMORPGの基本である「目的地の座標」や「討伐対象の表示」といった項目は完全に白紙だった。
「……なるほどな。さすがは世界に一つしかないスペシャルクエストだ。親切なナビゲーションなんて一切用意されてねぇ」
俺は小さく息を吐き、足元の泥に塗れて眠り続ける巨大な老ドワーフを見下ろした。
「どうするんですか、アイズドさん。どこに行けばいいか分からないんじゃ、進めようがないですよ」
ルナが白銀の片手剣を鞘に収めながら、首を傾げる。
「いや、フラグは目の前にある。これは『お使いクエスト』じゃなくて、NPCから直接情報を引き出し、プレイヤー自身に考えさせるタイプのイベントだ。このおっさんが目を覚ますまで、ここで待つしかない」
俺たちは葦の群生する湖畔の縁に、サバイバルスキルの《簡易キャンプ》で焚き火を設置した。
パチパチと薪がはぜる音と、ストライダーが近くで草を食む音だけが静かに響く。
冷涼な風が徐々に肌を刺すような寒さへと変わり始めていた。極光の氷原は、もう目と鼻の先だ。
数時間が経過した頃。
焚き火の温もりに当てられ、毛布にくるまってコクリコクリと船を漕いでいたルナが、ハッと顔を上げた。
「アイズドさん……お爺さんが」
「ああ、お目覚めみたいだな」
システムの睡眠状態(イベント待機時間)が解除され、巨大なドワーフの老騎士がゆっくりと重い瞼を開いた。
彼は周囲の状況と、焚き火のそばに座る俺たちを視界に収めると、ビクリと身体を強張らせて身をよじった。
「……何者だ、貴様ら。モルガンの……追手か?」
ひどく掠れた重低音の声。その眼光は衰弱してなお鋭く、俺たちに対する明確な警戒心と王としての威圧感を放っていた。
「安心しろよ、おっさん。俺たちはただの通りすがりの開拓者だ。あんたの傷を治したのも俺たちだよ。モルガンとかいう奴の仲間じゃない」
俺は焚き火に薪をくべながら、敵意がないことを示すために両手を軽く上げてみせた。
「そうですよ! 倒れていたお爺さんを放っておけなくて、アイズドさんがすごい魔法で治したんですから!」
ルナも慌てて身を乗り出し、ウンウンと頷く。
老騎士は己の胸に手を当て、致命傷だった傷が完全に塞がっていることを確認すると、ふうっと長く、深い息を吐き出した。
「……そうか。疑ってすまなかった。私の命を繋ぎ止めてくれたこと、深く感謝する」
彼はゆっくりと上体を起こし、泥に塗れた姿勢のまま、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「我が名は、アーサー。かつてこの凍てつく大地の奥に栄えた騎士の国、『キャメロット』を統べていた王である」
アーサー。キャメロット。
その単語を聞いた瞬間、俺の脳内でプロゲーマーとして蓄積してきた現実世界の神話や伝承(文献)のデータベースが、カチリと音を立てて検索を完了した。
(やはりな。クエスト名にあった通り、現実の『アーサー王伝説』をベースにしたシナリオか)
「キャメロットの王様……! じゃあ、本当にすごい人だったんですね」
ルナが目を輝かせてアーサー王を見つめる。
「すごい、などというものではない。私は……愚かな王だ。自らの国も、忠義を誓ってくれた騎士たちも、何一つ護ることができなかったのだからな……」
アーサー王の顔が、深い悲哀と後悔に歪んだ。彼は焚き火の炎を虚ろな目で見つめながら、重々しい口調で惨劇の歴史を語り始めた。
「すべては、妖妃モルガンの呪縛から始まったのだ……。彼女は私の異父姉でありながら、国を乗っ取るために闇の魔術に手を染めた。そして、私の息子でもある叛逆の騎士モードレッドを唆し、キャメロットに反乱を起こしたのだ」
「息子さんが、反乱を……!?」
ルナが思わず口元を覆う。
「ああ……あの悲惨な戦いで、我が忠義の『円卓の騎士』たちは次々と命を散らした。国はモルガンの呪いによって永遠の氷に閉ざされ、民は苦しみに喘いでいる。……私もまた、モルガンの放った魔獣に深手を負い、王としての責務を投げ出してここまで逃れるのが精一杯であったのだ……」
アーサー王はギリッと奥歯を噛み締め、悔しさに震える巨大な拳を地面に叩きつけた。
俺は黙ってその話を聞きながら、脳内で完璧な『メタ推理』を組み上げていた。
(モルガンとモードレッドの反乱。カムランの戦いによる円卓の騎士の崩壊。そして致命傷を負って退場するアーサー王。……間違いない、現実の文献に記されたアーサー王伝説のバッドエンドルートと完全に一致している)
EHOのクエストシナリオは、現実世界の神話や伝承をモチーフに再構築されるのが基本設計だ。
神話通りに円卓の騎士が全滅している状況下で、プレイヤーである俺たちにこのスペシャルクエストが発現した意味。それは明白だ。
(俺たちプレイヤーが、死に絶えた円卓の騎士の代わりとなって王を助け、国を滅ぼした魔女モルガンを討伐する『英雄』のロール(役割)を与えられたってことだ。目的地のナビゲーションが表示されなかったのは、プレイヤー自身に文献の知識から『モルガンの居城』へ向かえと推理させるための、没入感を高める高度なゲームデザインってわけか)
俺の軍師としての思考回路は、クソAI『アルファ』の用意したシナリオの意図を完全に読み切ったと確信していた。
「アーサー王。あんたの話はよく分かった」
俺は立ち上がり、課金スキンである漆黒の重鎧を鳴らして不敵に笑った。
「国を追われ、騎士を失ったあんたに代わって、俺たちがその妖妃モルガンってのを討伐してやる。もちろん、タダでとは言わねぇ。クリアした暁には、世界に一つだけの『スペシャルクエストの報酬』をたっぷり弾んでもらうぜ?」
「おお……! 旅の者よ、真か!? モルガンは恐るべき魔女だ。だが、貴殿らのような猛者であれば、あるいは……!」
アーサー王の目に、一筋の希望の光が宿る。
「アイズドさん! 私もやります!」
ルナが立ち上がり、腰の白銀の片手剣の柄を強く握りしめた。
「国を奪われて、大切な騎士様たちを失ったアーサー王が可哀想です! そんなひどいことをしたモルガンって魔女、私たちが絶対に倒して、キャメロットの人たちを助けましょう!」
彼女のサファイアブルーの瞳は、純粋な正義感と使命感に燃えていた。
「ああ。善は急げだ。モルガンの居城は、この先にある『極光の氷原』の奥地で間違いないな?」
「如何にも。氷原の中央にそびえ立つ、氷の城塞……そこにモルガンは居るはずだ。どうか……我が国を、民を救ってくれ……!」
アーサー王の悲痛な願いを背に受けながら、俺とルナはマウントのストライダーにまたがった。
神話のシナリオを完全に読み切ったというプロの驕り。
そして、目の前の悲劇を純粋に信じた初心者の正義感。
俺たちは、この『王道ファンタジー』の展開に一片の疑いも抱くことなく、意気揚々と氷原の奥地へと歩みを進めはじめた。




