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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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ドワーフ



 グレイム領の南西門を使わずに外へ出る、というだけで、難易度は一段上がる。


 門を通れば記録が残る。記録が残れば、領主館側にリリィの移動が知られる可能性がある。正式執行前とはいえ、未納税の対象村の娘が街を出たとなれば、ノイズ側がどう解釈するかは分からない。


 だから、裏道を使う。


 リリィが案内したのは、南西工房区の外れにある古い木材運搬路だった。


 かつては山から切り出した木材を街へ運ぶために使われていたらしい。今は新しい街道と領主館管理の搬入門が整備されたせいで、ほとんど使われていない。石畳は割れ、両脇には背の高い草が伸び、途中の木柵も半分ほど腐っていた。


 都合がいい。


 人が通らない道は、監視も薄い。


 ただし、監視が薄い場所には別の問題がある。


「魔物、出ますよね」


 ルナがフードの奥から小声で言った。


「出るだろうな」


「ですよね」


「不安か?」


「少し。でも、街道で見られるよりはいいです」


 いい判断だ。


 安全な道は、人の目が多い。


 危ない道は、戦闘が増える。


 どちらを選んでも問題はある。なら、今の俺たちにとって致命的なのがどちらかを考えるべきだ。


 魔物は倒せる。


 目撃情報は、倒せない。


 だから裏道を選ぶ。


 俺は黒鉄色の重装騎士姿のまま、先頭へ出た。大型盾を構え、腰の片手剣に手を添える。見た目だけなら、いかにも護衛役だ。


 ルナはリリィの少し後ろ。


 深いフード付きポンチョで顔と白銀の髪を隠し、剣は布で軽く覆っている。あまりにも隠しすぎると逆に怪しいが、今の彼女は「顔を見せたくない旅剣士」くらいには収まっていた。たぶん。


 リリィは、慣れた足取りで古い道を進んでいく。


「この道は、村の人しかあまり使いません。昔は木材を運ぶ道だったんですけど、今は街の搬入門を通さないと売れないことになっていて……」


「領主館指定の搬入門か」


「はい。そちらを通さないと、グレイム領内の工房では正式素材として扱ってもらえません」


「なるほどな」


 また一本、線が見えた。


 素材を生産しても、領主館の搬入門を通さなければ正式素材にならない。つまり、村が独自に職人へ売ることを封じている。素材の入口を握るための制度だ。


 正面から見ると管理。


 裏から見ると独占。


 便利な言葉の表と裏は、だいたい別の顔をしている。


「リリィ。村から直接、個人の職人へ素材を渡したことはあるか」


「昔はありました。鍛冶師さんや裁縫師さんが、村まで買い付けに来てくれて。でも、今はそれをすると密売扱いになるって……」


「密売ね」


 俺は少し笑いそうになった。


 村が自分たちの採った素材を、職人へ直接売る。


 普通なら、それは取引だ。


 だが領主館が間に入り、認定制度を作り、搬入門を通さない素材を違法扱いにすれば、取引は密売になる。


 言葉を変えれば、罪が生まれる。


 よくできた檻だ。


「アイズドさん」


 ルナが低い声で言った。


「これ、線が多いですね」


「多いな」


「どこをずらせばいいんでしょう」


「まだ見る段階だ。焦るな」


「はい」


 彼女は頷いた。


 以前なら、ここで「ひどいです」と前へ出ていたかもしれない。今は違う。怒りを抱えながら、観察しようとしている。


 悪くない。


 ただ、その変化が彼女にとって楽なものかどうかは別の話だ。


 しばらく進むと、道の先で草が揺れた。


 灰色の狼型魔物が三体。


 レベルは四十六から四十八。今の俺たちと同程度だ。リリィを連れている状況では、放置できない。


「ルナ、白銀はなし。通常剣で足止め」


「はい」


「リリィは後ろの倒木の陰へ」


「は、はい」


 俺は盾を前に出した。


 重装騎士として戦う。


 何度も言い聞かせる必要がある。癖というものは、油断すると出る。射装で先制し、槍装で間合いを潰し、双剣で処理する。それが早い。だが早すぎる動きは、目撃された時に足跡になる。


 今は遅くていい。


 鈍く見えろ。


 硬く見えろ。


 ありふれた盾役でいろ。


 狼が飛びかかってくる。


 一体目を盾で受け、外へ流す。二体目が横からリリィへ回ろうとするが、ルナがそこへ入った。ポンチョの裾を抑えつつ、剣の腹で狼の鼻先を叩く。斬るのではなく、進路を止める動きだ。


 いい。


 動きはまだ少し窮屈だが、ポンチョの制限を計算に入れ始めている。


 三体目が俺の足元を狙った。


 盾を下げる。


 重装騎士らしく、鈍く受ける。


 実際には、盾の下端で爪の角度をずらし、爪先だけを地面へ落とす。狼の体勢が崩れたところへ片手剣を入れる。浅いが十分。


 戦闘時間は長い。


 だが、安定している。


 最後の一体をルナが通常斬撃で仕留めると、魔物は光の粒になって消えた。


「白銀なしでも、いけました」


 ルナが少し嬉しそうに言った。


「いい傾向だ。剣気に頼りすぎると、逆に剣が雑になる」


「はい。でも、出さないようにするのも難しいです。こう、剣先に集まりそうになります」


「感覚が残っているんだろうな。未定着と言っても、扉の位置は覚えたわけだ」


「扉を開けない練習ですね」


「今はな」


 リリィが倒木の陰から出てきた。


 目を丸くしている。


「お二人とも、すごいんですね……」


「普通の中級冒険者だ」


 俺は即座に言った。


「普通……?」


「普通だ」


 リリィは納得していない顔だった。


 まずい。


 NPCの素直な反応は、時々プレイヤーより刺さる。


「アイズドさん、普通って難しいですね」


「黙って歩け」


「はい」


 ルナの声は笑っていた。


ーーーーーー


 木材運搬路を抜ける途中、道の脇に古い小屋が見えた。


 最初は崩れた倉庫かと思った。


 だが、近づくにつれて違うと分かる。


 煙突がある。


 それも、まだ使われている煙突だ。細い煙が、枝葉の間から空へ上がっていた。小屋の外には薪と鉱石箱が積まれ、壁には古い鍛冶道具がかけられている。


 小さな鍛冶場。


 正規の登録工房には見えない。


 だが、廃墟でもない。


 リリィが足を止めた。


「あ……きなこもちさんの鍛冶場です」


「きなこもち?」


「はい。村の道具を直してくれる職人さんです。街の工房から離れて、ここに小さな炉を作って……」


 名前に対して、職業の気配が濃すぎる。


 いや、プレイヤーネームなら何でもありだ。白騎士団にも、戦場で呼ぶにはだいぶ緊張感のない名前のやつが何人もいた。強ければ名前の甘さはだいたい許される。たぶん。


「その職人は、プレイヤーか?」


「はい。ドワーフの方です」


 ドワーフ。


 生産職。


 領主館の登録工房ではなく、村の裏道沿いの小屋。


 興味が湧いた。


 同時に、警戒も必要だ。


 腕のいい職人なら接触する価値がある。だが、口が軽ければ危険だ。アイズドとルナの装備事情は、外に漏らせない。特に《古代変形機装》と《白銀の剣気》に関わるものは論外だ。


「寄っていくのか」


 俺が聞くと、リリィは少し迷った。


「村へ急いだ方がいいとは思います。でも、きなこもちさんなら、村の帳簿や素材のことも知っています。父ともよく話していて」


「なら寄る」


 情報源として有用。


 ついでに、職人の腕も見られる。


 俺たちは小屋へ近づいた。


 扉の前に立つと、中から金属を叩く音が聞こえた。


 速い。


 一定。


 迷いがない。


 ただ力任せに叩いている音ではない。温度と硬さを見て、叩く位置を変えている。たぶん、かなり上手い。


 リリィが扉を叩いた。


「きなこもちさん、リリィです」


 中の音が止まった。


 少し間があって、扉が開く。


 出てきたのは、小柄なドワーフの女性だった。


 背は低い。だが、肩と腕はしっかりしている。栗色の髪を雑にまとめ、額には煤がついていた。丸い頬と大きな目のせいで柔らかい印象もあるが、その目つきは職人のものだ。


 視線が早い。


 リリィ。


 ルナのポンチョ。


 俺の鎧。


 盾。


 剣。


 足元。


 手。


 一瞬で見た。


「あんた、街から逃げてきたのかい」


 彼女はリリィを見るなり言った。


「はい。領主館の人に追われて……この方たちに助けてもらって」


「助けてもらった?」


 ドワーフの視線が俺へ向いた。


 刺さる。


 目だけで装備を分解されているような感覚があった。


「黒鉄の重装騎士に、灰色ポンチョの剣士。ふうん」


 彼女は鼻を鳴らした。


「あんたたち、怪しいね」


「第一声がそれか」


「怪しいものを怪しいと言って何が悪い」


「正しい」


「でしょ」


 妙に話が早い。


 彼女は扉を大きく開けた。


「中に入りな。道端で話すよりましだ。ああ、炉の横には触らないで。今、温度を落としたくない」


 俺は少し迷ったが、入ることにした。


 この手の職人は、外で話すより工房内の方が本音を出す。自分の領域にいる時、人は少し強くなる。強くなった人間は、口も少し滑る。情報収集の基本だ。


 小屋の中は狭かった。


 だが、道具は整っている。


 炉。


 小型の金床。


 革細工用の台。


 錬金用の小瓶。


 裁縫針と糸巻き。


 木材加工用の工具。


 ひとつの工房に置くには、種類が多すぎる。


「……複合生産職か」


 俺が呟くと、ドワーフがにやりと笑った。


「分かるんだ」


「道具の置き方でな。鍛冶だけなら、錬金瓶と裁縫針はここまで使いやすい位置に置かない」


「へえ。重装騎士のくせに目がある」


「重装騎士にも目はある」


「そういう意味じゃないよ」


 彼女は腰に手を当てた。


「モチモチきなこもち。鍛冶、彫金、革細工、裁縫、錬金。五つカンスト。木工は八割。調理は捨てた。食べられるものを作るより、食べられないものを作る方が性に合ってる」


「五つカンスト……」


 ルナが小声で驚いた。


 それは驚く。


 生産職をひとつ極めるだけでも時間がかかる。五つカンストは、正直かなりおかしい。戦闘職でいえば、複数の上位職を高水準で運用できるレベルだ。


 名前との落差が激しい。


 モチモチきなこもち。


 恐るべし。


「で、あんたたちは?」


 きなこもちが聞いた。


「俺はアイズド。こっちはルナ」


 偽名ではない。


 だが、現時点でこの名前が外界に強く出回っているわけではない。隠しすぎて不審を増やすよりは、普通に名乗った方が自然だ。


「職は?」


「重装騎士系」


「へえ」


 きなこもちの目が細くなった。


 まずい。


 この「へえ」は信じていない「へえ」だ。


「そっちは剣士?」


「はい。旅の剣士です」


 ルナの返事は少しぎこちない。


 きなこもちは彼女を見て、また「へえ」と言った。


 こちらも信じていない。


 このドワーフ、面倒だ。


「まあいいや。詮索は趣味だけど、売るのは趣味じゃない。リリィを助けたってことは、領主館と揉めたんだろ」


「揉めたというほどではない」


「揉めたやつの言い方だね、それ」


「正式執行前の連行を止めただけだ」


「十分揉めてる」


 きなこもちは肩をすくめた。


「ノイズの取り巻きはしつこいよ。書類で負けたら、次は別の書類を持ってくる。あいつら、戦うより紙を振り回す方が得意だからね」


「詳しいな」


「詳しくもなるさ。こっちはその紙で何度も炉を止められてる」


 きなこもちは炉の方へ顎をしゃくった。


「この鍛冶場も、正規工房じゃない。だから高位加工はできないことになってる。やれば密造扱い。罰金。素材没収。最悪、工房封鎖」


「それでもここでやっているのか」


「村の鍬や釜を直すのに、領主館の高級炉なんか使ってられるか。修理まで税金まみれにされたら、村が先に死ぬ」


 リリィが俯いた。


「きなこもちさんには、ずっと助けてもらっていて……」


「助けてない。仕事してるだけ」


「でも、お金、ほとんど受け取ってくれません」


「村が潰れたら素材が入らない。先行投資だよ」


 どこかで聞いたような言い訳だ。


 ルナが俺を見る。


 見るな。


 俺も同じことを言っている自覚はある。


「で、リリィ。村の方は?」


 きなこもちが聞く。


 リリィは、領主館でのこと、明日の正午までの期限、担保徴収の話を説明した。きなこもちは表情を変えずに聞いていたが、炉の横に置いていた鉄鋏を握る手に力が入っていた。


「共同炉まで狙ってきたか」


「はい」


「村の足を折る気だね」


「共同炉がなくなると、どうなる」


 俺が聞くと、きなこもちはすぐ答えた。


「道具の修理が遅れる。灰鉄鉱の一次加工もできなくなる。根麻の乾燥器も共同炉の熱を使ってるから、布の品質も落ちる。つまり、次の納税分も作れなくなる」


「払えないから設備を取る。設備を取られるから、さらに払えなくなる」


「そう。綺麗な首輪だよ。趣味が悪い」


 まったくだ。


 ノイズのやり方は、単に税を取るだけではない。


 払えなくなる構造を作り、払えないことを理由にさらに取り上げる。素材供給村を借金漬けにし、生産都市側では登録工房と搬入門で利益を吸う。


 村も職人も、両方を縛っている。


「帳簿は村にあるんだな」


「あるよ。あたしも何度か見た。リーフェ村の数字はおかしくない。おかしいのは領主館指定価格と見込み採取量の方」


「証明できるか」


「素材サンプルと市場価格、過去の取引ログがあればね。ただ、領主館の市場はあいつらが握ってる。街の表示価格だけ見れば、あいつらの指定価格も一応通って見える」


「価格操作か」


「露骨ではないけどね。買い占めと搬入制限で、表示価格をじわじわ上げてる。で、その高い表示価格を税の計算に使う。村から買い取る時は品質難癖で下げる」


「二重基準」


「そう。腹が立つくらい丁寧な二重基準」


 きなこもちの説明は速い。


 感情もあるが、数字で話している。


 いい職人だ。


 いや、職人というより、生産経済に詳しいプレイヤーだ。五つの生産職をカンストしているなら、素材相場への理解も当然高い。


「アイズド」


 ルナが小声で言った。


「かなり、線が見えてきました」


「ああ」


 素材村。


 搬入門。


 登録工房。


 領主税。


 価格操作。


 共同炉の差し押さえ。


 労働契約。


 すべてが繋がっている。


 これを断ち切るには、剣では足りない。


 だが、線が見えれば、ずらす場所も見える。


「きなこもち」


「何」


「俺たちは装備を作りに来た」


「この状況で?」


「この状況だからだ。俺たちには、少し特殊な条件の装備が必要だ。普通の店売りでは足りない」


 きなこもちの目が、また細くなった。


「特殊ね」


「俺は重装騎士に見える外装がいる。だが、可動域を潰したくない。盾役として見えながら、中身の動きを隠せるもの」


「中身の動き?」


「言葉通りだ」


「ふうん」


 きなこもちは俺の周りを歩いた。


 近い。


 遠慮がない。


 彼女は俺の鎧の肩、盾の縁、肘の隙間、足運びを順に見た。それから、いきなり言った。


「あんた、その鎧、見た目だけだね?」


 ルナが固まった。


 俺は無言を保つ。


 きなこもちは続ける。


「重量の乗り方が違う。重装鎧なら、肩と腰にもっと沈みが出る。盾の構えはタンクっぽいけど、足の逃がし方が妙に軽い。重装一本の人間じゃない」


「生産職は目がいいな」


「褒めても何も出ないよ」


「褒めてはいない。警戒している」


「正直でよろしい」


 彼女はにやりと笑った。


「で、こっちのポンチョちゃん」


「ポンチョちゃん……」


 ルナが小さく呟いた。


「その外套、動きに合ってない。顔と髪を隠したいのは分かるけど、裾が長すぎる。剣を振る時に右膝の抜けを邪魔してる。フードも深すぎ。視界が死ぬ」


「分かるんですか?」


「見ればね」


 きなこもちは言った。


「剣士の動きってのは、布で分かる。布が遅れる場所には無駄がある。逆に、布が邪魔して動きが死んでる時も分かる。あんたは後者」


「……すごいです」


「すごいんだよ、あたしは」


 自分で言うタイプだった。


 嫌いではない。


「つまり、あんたたちは隠したい。でも動きも殺したくない。しかも、普通の工房では頼めない。口が軽い職人も避けたい」


「理解が早くて助かる」


「そりゃ、怪しいからね」


「怪しさから理解するな」


「怪しい客ほど面白い注文を持ってくる」


 きなこもちは炉の前へ戻った。


「ただし、今は無理だ」


「理由は?」


「素材が足りない。炉も足りない。ここは小屋だよ。応急修理ならできるけど、あんたたちの要求に耐える装備を作るには、まともな設備がいる。高温炉、精密織機、魔力安定台。全部グレイム領の登録工房にある。そして、その全部をノイズが握ってる」


「だろうな」


「だから、リーフェ村を助けるだけじゃ足りない。村の素材線を戻して、工房の使用権もどうにかしないと、あんたたちの装備は作れない」


 見事に繋がった。


 リリィの村を助けること。


 グレイム領の搾取構造を調べること。


 俺たちの装備を更新すること。


 全部が同じ線上に乗った。


 ルナがこちらを見る。


 もう「助けますか」とは聞かなかった。


 必要なことになった、と分かったのだろう。


「取引をしよう」


 俺は言った。


 きなこもちの眉が上がる。


「取引?」


「俺たちはリーフェ村の未納問題を調べる。できる限り、共同炉の差し押さえを止める。ついでに、ノイズの税制の穴も探す」


「ついでにしては大きいね」


「そちらは、村の帳簿と素材情報、グレイム領の工房事情を出せ。さらに、条件が整ったら俺たちの装備を作る」


「素材代と工賃は?」


「払う」


「高いよ」


「腕次第だ」


 きなこもちは笑った。


 短く、楽しそうに。


「いいね。そういう客は嫌いじゃない」


「引き受けるのか」


「まだ仮だよ。あたしは安売りしない。ただ、ノイズの鼻を明かす話なら乗る価値はある」


 彼女は炉の横から、小さな金属片を取り出した。


 灰色の鉱石を薄く打ったものだ。


「これ、リーフェ村の灰鉄鉱。見た目は地味だけど、軽量盾の芯材に向いてる。魔力の通りは悪いけど、衝撃を逃がす癖がある。あんたみたいに、重装に見せて実際は軽く動きたいなら悪くない」


 次に、白っぽい布片。


「こっちは根麻布。普通の布より丈夫で、湿気に強い。加工すればフード付き外套に使える。裾を分割して、内側に軽い骨を入れれば、顔を隠しつつ足捌きの邪魔を減らせる」


 ルナが目を輝かせた。


「そんなことできるんですか?」


「できるよ。設備と素材と時間があればね」


「全部足りないんですね」


「そういうこと」


 きなこもちは布片をしまった。


「だから、まず村へ行く。帳簿を見る。素材を見る。ノイズの連中が来る前に、出せる材料を揃える」


「お前も来るのか」


「行くよ。あたしがいないと素材査定ができないでしょ」


「密造工房の職人が村へ同行して大丈夫か?」


「正規登録してないだけで、存在は知られてる。今さらだよ」


「強いな」


「弱かったら生産職を五つもカンストしてない」


 説得力がある。


 かなり。


 リリィが少しほっとした顔をした。


「きなこもちさんも来てくれるなら、父も安心します」


「あんたの父さんには、まだ怒ることが残ってるからね。勝手に娘を差し出そうとするなって」


「父は、そんなつもりじゃ……」


「分かってる。でも怒る」


 きなこもちは工具をまとめ始めた。


 小さな鞄に、金槌、鑿、針、瓶、糸、試金石のようなものを詰める。手際がいい。どこに何があるか、身体が覚えている動きだ。


 俺はその様子を見ながら、少しだけ考えた。


 モチモチきなこもち。


 五つの生産職カンスト。


 素材相場と工房制度に詳しい。


 アイズドの見た目装備の違和感を見抜く観察眼。


 ルナの外套の問題も即座に指摘。


 口は悪いが、リリィの村を見捨てていない。


 条件に合う。


 腕がよく、口が堅そうで、変な注文を面白がる職人。


 ただし、想定通りかなり面倒くさい。


 予定調和というやつだ。


「アイズドさん」


 ルナが小声で言った。


「いい人そうですね」


「いい人かは知らない。腕は良さそうだ」


「でも、村を助けようとしてます」


「先行投資だそうだ」


「アイズドさんと同じですね」


「違う」


「違いますか?」


「俺は装備更新に必要だから動いている」


「きなこもちさんも素材に必要だから動いてます」


「……」


「同じですね」


「黙れ」


 ルナはフードの奥で笑った。


 いつの間にか、ずいぶん言うようになったものだ。


ーーーーーー


 小屋を出る頃には、空が少し赤くなり始めていた。


 リーフェ村までは、ここからさらに歩く。日没前には着けるだろうが、村で帳簿を確認し、明日の正午までに領主側の正式執行を止めるとなると、時間は多くない。


 きなこもちは小さな鞄を背負い、炉の火を落とした。


 それから、小屋の扉に簡易ロックをかける。


「ノイズの手下が来たら?」


 俺が聞くと、彼女は鼻を鳴らした。


「盗れるものは大してないよ。価値のある道具は全部インベントリ。炉は重すぎて持っていけない。壊されたら、殴る」


「物理か」


「鍛冶師だからね」


「理屈が分からない」


「分からなくていい」


 このドワーフ、話が早いようで妙なところが雑だ。


 だが、そういう人間の方が信用できる場面もある。全部を整えすぎるやつは、整えた形で裏切る。雑なやつは、裏切る時も雑なので見抜きやすい。


 リリィが先導し、俺たちはリーフェ村へ向かって歩き出した。


 前方には森。


 その奥に、素材税で沈みかけた村がある。


 後方にはグレイム領。


 煙突の煙が、夕暮れの空に低く流れている。


 そして、その街の中心には領主ノイズがいる。


 まだ顔も見ていない。


 だが、やつの作った線は、もう何本も見えた。


 素材の入口。


 工房の炉。


 村の共同設備。


 労働契約。


 価格表示。


 どれも、一本ずつは細い。


 だが、束ねれば首輪になる。


「アイズド」


 きなこもちが歩きながら言った。


「何だ」


「あんた、戦闘職だよね」


「見ての通り重装騎士だ」


「見た目はね」


「しつこいな」


「職人はしつこいんだよ。で、ひとつ聞くけど」


 彼女は俺の盾を見た。


「その盾、ただ硬くしたいわけじゃないでしょ」


「なぜそう思う」


「受け方が、盾で止める人間の動きじゃない。逃がす。流す。角度を変える。衝撃を殺すより、行き先を変えてる。なら必要なのは、硬さだけじゃなく、力を逃がす芯材と可動する外装」


 俺は少しだけ黙った。


 見抜きすぎだ。


 面倒だが、頼もしい。


「その通りだ」


「やっぱりね」


「作れるか」


「設備があれば」


「リリィの村を助けて、グレイム領の工房を使えるようにすれば?」


「面白いものは作れる」


 きなこもちの目が、夕暮れの中で少し光った。


 職人の目だ。


 未知の注文を前にした、厄介で頼もしい目。


「それと、ポンチョちゃん」


「はい」


「その剣、普通の剣じゃ足りなくなるよ。布も外装も合わせないと、あんたの動きは伸びない」


「私の動き、分かるんですか?」


「全部は分からない。でも、布が教えてくれる。あんたは避ける時に身体が先に答えを出すタイプだ。だったら、防具はその答えを邪魔しないように作らないと駄目」


 ルナは驚いたように黙った。


 それから、小さく頷く。


「お願いします」


「まだ頼まれてない」


「え?」


「正式な依頼は、素材と設備が揃ってから。職人に空手形を切らせるんじゃないよ」


「す、すみません」


「でも、面白そうではある」


 きなこもちは笑った。


「だから、村を助ける。素材を守る。炉を守る。そうしないと、作りたいものが作れない」


 言い方は違う。


 だが、結局そこへ行き着く。


 作るために守る。


 フェネキアでは、流れを守るために戦った。


 グレイム領では、作る場所を守るために動くことになるらしい。


 俺は盾を担ぎ直した。


 重装騎士の見た目を保ったまま。


 中身を隠したまま。


 それでも、少しだけ次の形が見えてきた。


 俺の盾。


 ルナの外套。


 そして、職人の炉。


 必要なものは、だいたい面倒事の向こう側にある。


 なら、向こう側まで行くしかない。


 夕暮れの森の奥に、リーフェ村の灯りが見え始めていた。

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