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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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歩く矛盾


「ルナ。今日はお前のジョブと装備を、丸ごと更新するぞ」


エリュシオンのセーフゾーンである宿屋の一室。

朝の陽光が差し込む中、ログインして早々に俺が告げた言葉に、ルナは目を丸くしてパチパチと瞬きをした。


気のせいか、今日のルナはやけに機嫌が良い。俺の顔を見るなり、何かを思い出したように時折クスッと笑いをこぼしている。


「えっ? 装備を買い替えるのは分かりますけど、ジョブもですか? 私、この『素浪人』の剣の振りにようやく慣れてきたところなんですけど……って、ふふっ」

「……お前、さっきから何を笑ってやがる。それに慣れてきたも何も、お前のレベルはもう『50』なんだぞ」


俺は訝しげに眉をひそめながら、彼女のステータス画面を指差した。


「いいか、よく聞け。レベル50ってのは、一般プレイヤーなら数週間から数ヶ月かけて泥臭く経験値を稼ぎ、ようやく到達する中堅の壁だ。そのレベル帯の奴らが、初期ジョブの『素浪人』のままで、おまけにチュートリアルで配られるような初期装備のボロ布を着ているなんてことは、システム上あり得ないんだよ」

「あ……言われてみれば、確かにアンバランスですね」

「アンバランスどころの話じゃねぇ。それはこのゲームにおいて『歩く矛盾』だ」


俺は腕を組み、窓の外の喧騒――昨夜のワールドクエスト更新に沸き立つ街の方向へ視線を向けた。


「今、外の連中はワールドアナウンスを聞きつけて、進行フラグを持った『匿名の開拓者』を血眼になって探している。そんなピリピリした状況下で、レベル50のステータスを隠しきれていない初期装備の女が歩いていればどうなる? 『こいつは異常なパワーレベリングを受けたカモだ』、あるいは『何か隠し要素を持っているイレギュラーだ』と、悪質なPKプレイヤーキラーや特定班の目を引く絶好の標的ターゲットになっちまう」


「なるほど……。私たちの正体がバレないための、カモフラージュが必要なんですね」

「その通りだ。レベル相応の上級職に就き、適正レベルの防具で身を固める。そうすれば、街を歩いていても『ただの攻略組のプレイヤー』として風景に溶け込める。木を隠すなら森の中ってやつだ」


俺の論理的な説明に、ルナは素直に頷いた。


「分かりました! じゃあ、さっそく転職所に行きましょう。私、どんなジョブになれるんですか?」


エリュシオンの中央商業区にある、巨大な冒険者ギルドの転職カウンター。

NPCの受付嬢から提示されたホログラムウィンドウには、レベル50の『素浪人』から派生する、近接アタッカーの上級職の候補がずらりと並んでいた。


「お前のプレイスタイルと、昨日までの戦闘ログからして、候補はこの三つだな」


俺はウィンドウの項目をスクロールし、それぞれの特徴をピックアップする。


「一つ目は【絶剣ブレイドマスター】。素浪人の純粋な上位進化職だ。攻撃を当てることで『練気ゲージ』を溜め、刀身のオーラを段階的に強化していく。複雑な魔法やコンボがない代わりに、純粋な反射神経と手数で押し切る直感的なジョブだ。二つ目は【影行暗殺シャドウウォーカー】。双剣の手数と機動力で死角を突き、味方の火力を上げるデバフを撒ける。三つ目は【冥府死神ソウルテーカー】。大鎌を使って異界の存在を憑依させ、爆発的な火力を叩き込むタイプだ。どれも一癖ある上級者向けクラスだが、お前の天性の反射神経なら問題なく扱える」


俺の言葉に対し、ルナは腕を組み、ホログラムウィンドウの文字をじっと見つめながら、うんうんと唸り始めた。


「うーん……文字だけじゃ、武器を振った時の感触が全然分かりませんね。絶剣のシンプルな操作性も魅力的ですけど、双剣の手数も捨てがたいし、大鎌も前に使ったから手に馴染みそうだし……」

「まあ、ステータス補正の方向性が違うだけで、近接アタッカーとしての基本の動きは変わらねぇよ。適当に直感で――」


「決めました!」


ルナが顔を上げ、満面の笑みでビシッと人差し指を突き立てた。


「全部、一回ずつ試してみてから決めます! もちろん、それに合う新しい防具や武器も、実際にお店で色々と着比べて、じっくり選びたいです!」


「……は?」


俺の口から、間抜けな声が漏れた。


「全部試す? じっくり、着比べる……?」

「はい! やっぱり、見た目の可愛さやモチベーションって大事じゃないですか。せっかく新しい服を買うなら、街中のお店を見て回って、一番気に入ったものにしたいです!」


その無邪気な言葉を聞いた瞬間。

俺の脳内に、冷たく、そしてけたたましい『死の警報アラート』が鳴り響いた。

視界がぐにゃりと歪み、俺の脳裏に封印していたはずの『プロ時代』の忌まわしい記憶がフラッシュバックしてくる。


あれは、白騎士団で軍師『ジン』として、効率と利益のみを追求するマシーンのように働いていた頃のことだ。

当時のチームにいた某エルフの女性ヒーラー(ミレイ)に無理やり連れ出された商業区での買い物デート……いや、地獄の行軍。それは目的地もゴールすらも設定されていない、無間地獄のような『回遊』だった。

Aの店で服を見ては買わずにBの店へ行き、試着してはまたAの店に戻るという、タイムラインも予測不可能な理不尽極まりないギミック。


極めつけは、あの『死の二択』である。


『ジンさん、この純白のローブと少しオフホワイトのローブ、どっちが可愛いと思いますか?』


俺の視界(UI)には、どちらの装備も【物理防御力+15、魔法防御力+20】という全く同じステータス値が表示されていた。


『……どっちも防御力(DEF)は同じだろ。どうせなら、回復魔法のヘイト上昇率を下げる装飾品でも買え』


純粋な『最適解』を提示した瞬間、彼女の尖ったエルフの耳がピクッと吊り上がり、理不尽なまでに怒られたのだ。


『もう! ジンさんはいつもそうやって数字でしか物を見ないんだから! 配信の時の見栄えってすごく大事なんですよ!』


超高度AI『アルファ』が設計した初見殺しのレイドボスよりも、女の買い物というやつは遥かに難解で、軍師の思考回路を破壊する凶悪なデバフ空間だった。インベントリの空き枠をステータスに寄与しない服で埋め尽くされ、俺は荷物持ちをさせられながら心の中で血涙を流していた。


(装備なんてステータスと効率が全てだろうが! なんでただのテクスチャの色違いを選ぶために半日も消費するんだよ! この時間を解析に回せば、パーティの生存確率が5パーセントは上がるんだぞ!)


プロの世界で戦っていたストイックな感覚と、目的の定まらない買い物の煩わしさのギャップ。それは、俺にとってどんなボス戦よりも精神を削られる、究極の『苦痛』であった。


「……アイズドさん? どうしたんですか、そんなに青い顔をして」

「ハッ……!」


ルナの声で、俺は忌まわしい過去から現実へと引き戻された。


「……いや。なんでもない。ただ、昔の古傷が少し痛んだだけだ」


俺は右手で顔を覆い、深々とため息をついた。


「よし、分かった。全部試せ。全部着比べろ。……どうせ今日は、情報収集とカモフラージュのための準備日だ。お前の気が済むまで付き合ってやるよ」

「本当ですか!? わーい、ありがとうございます!」


ルナは無邪気に喜び、俺の腕を引いて商業区のメインストリートへと歩き出した。


(……やれやれ。まさか、プロのしがらみを捨てて自由になったこの辺境の地で、再び『女の買い物』というレイドボスに挑むことになるとはな)

俺は内心で盛大に毒づきながら、ルナの背中を追った。


しかし。

その後、俺は彼女の『買い物』が、かつてのプロ時代の女たちのそれとは、根本的に異なっていることを知ることになる。


「うーん……アイズドさん、この防具、デザインは可愛いんですけど……肩の装甲の出っ張りが、腕を振り上げる時にコンマ数秒だけ関節の動きに干渉します。これだと、フレーム回避の邪魔になりますね。却下です」

「おいおい、お前、防具の見た目じゃなくて『可動域』で選んでんのかよ」

「当然じゃないですか! 命が懸かってるんですよ?」


「それからこの片手剣。さっきの【絶剣】のジョブに合わせて振ってみましたけど、重心が切っ先よりに寄りすぎてて、手首のスナップを効かせた後のリカバリーにラグが生じます。これじゃ、素早い連撃が間に合いません。……すいません店主さん、こっちの重心が手元にある直剣を見せてもらえますか?」


「……お前、もしかして俺よりガチの効率厨(実戦主義)なんじゃねぇの?」


武器屋の親父を相手に、片手剣の重心とミリ単位のフレームのズレについて真剣に議論を始めるルナの姿を見て、俺は呆れを通り越して感心してしまった。

彼女の買い物は「可愛さ」や「配信映え」といった無駄な要素を追求するものではなかった。己の生存本能と、生物学的な反射神経を極限まで活かすための、徹底的な『実用性』の追求であった。


数時間後。

街外れの修練場で、最終的な調整を終えたルナが俺の前に立った。

初期装備の布の服は姿を消し、上質な蒼色の革としなやかな金属糸で編まれた、機動性と防御力を両立する美しい軽装鎧。腰には、彼女の異常な反射速度に完璧に追従する、重心の整った白銀の片手剣が提げられている。

ジョブは、素浪人の純粋な進化先であり、攻撃を当てるほどに刀身のオーラが強化される【絶剣ブレイドマスター】を選択していた。


「どうですか、アイズドさん! これなら、どこから見ても『ちょっと強そうな攻略組のプレイヤー』に見えますよね?」


くるりとその場で回ってみせるルナの姿には、路地裏で初心者狩りに怯えていた頃の面影は微塵もない。堂々たる中堅アタッカーの風格が漂っていた。


「ああ。完璧だ。お前のその異常な機動力を殺さない、いいチョイスだ」


俺が素直に褒めると、ルナは花が咲いたようにパッと表情を輝かせた。


「えへへ、ありがとうございます!」


ルナの選んだ【絶剣】は、攻撃を当て続ければ練気ゲージが溜まり、剣のオーラが強化されるという非常にシンプルで直感的なジョブだ。だが、その真の恐ろしさは「敵の攻撃を一発でも被弾すれば、ゲージがゼロにリセットされる」という厳しいペナルティにある。

しかし、現実世界で培われた反射神経によってシステム上の無敵フレームすら完全に支配し、『そもそも絶対に被弾しない』ルナにとっては、そのペナルティは完全に存在しないも同義だった。まさに、彼女のセンスが100パーセント出力される「最強の刃」である。


「それで、準備も整ったことですし、そろそろ教えてくれませんか? アイズドさんが昨日の夜に見つけたっていう、私たちの『次なる目的地』を」


ルナが真剣な瞳で俺を見つめてくる。


「ああ。お前が寝てる間、ネットの海を漁って、レベルキャップを80から90へ引き上げるユニーククエストの開始地点の『目星』をつけた」


俺は空中に全体マップを展開し、北の果てにある雪と氷に覆われた地域を指差した。


「『極光の氷原』。そこの最深部にある古代遺跡の扉が、神話の深淵への入り口……かもしれない」


「かもしれない、ですか? 確実じゃないんですか?」

「正直なところ、そこが本当に開始地点だという確証はどこにもない。ネットの海から拾い上げた断片的なバグ報告と、俺の勘をすり合わせただけの予測に過ぎないからな」


俺は腕を組み、険しい表情で地図を睨んだ。


「そこは、一般のカンストプレイヤーたちが近づくと、無条件で99999のダメージを受けて即死する『未実装のバグエリア』として放置されている場所だ。もし俺の読みが外れて、ただの無関係なハズレの場所だった場合、俺たちも即死ギミックの餌食になって、手痛いデスペナルティを食らうだけの骨折り損で終わる」


ルナがゴクリと息を呑む。


「じゃあ、すごく危険な賭けなんですね……」

「ああ。だが、だからこそ誰も寄り付かない。プロの連中は『最適化の罠』にハマって、レベル80のカンスト状態こそが完全だと思い込んであの場所を避けている。だがもし、システムが拒絶したのが『レベル80という完成された器そのもの』だったとしたら?」


俺はインベントリから、地下闘技場の扉を開けた際に使ったのと同じ『古代の遺物ガラクタ』を取り出して見せた。

「レベル50のお前と、内部レベルがバグっている産廃ジョブの俺。そしてこの古代の『鍵』……これらすべてのイレギュラーが揃った時、あの即死の扉が開く可能性がある。不確定要素だらけの綱渡りだが、挑む価値はある」


俺の言葉に、ルナは静かに、だが力強く頷いた。


「企業勢のハイエナどもが、ワールドアナウンスで追加された『七つの竜種』を血眼になって探して世界中を駆けずり回っている隙に……俺たちは、その大博打に勝ってレベル90の高みへと至る」


プロの常識を蹂躙し、最高のクソゲーを誰よりも楽しむための、緻密で泥臭い計画。


「行くぞ、ルナ。世界中のトッププレイヤーどもを、完全に過去の遺物にしてやろうぜ」

「はいっ、アイズドさん! どこまでも付いていきます!」


歩く矛盾を脱ぎ捨て、白銀の片手剣を携えた絶剣使いと、限界突破の変形機装を操る三十歳の狂人。

二人の開拓者は、エリュシオンの北門を抜け、不安と期待の入り混じる極寒の死地へと向かって、力強い一歩を踏み出した。

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