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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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七つの竜種


白狐の羅針盤をインベントリに大切に収め、地下都市から地上の『始まりの街・エリュシオン』へと続く転移門ゲートを潜り抜けたアイズドとルナ。

視界が晴れ、見慣れた石造りの街並みが現れた瞬間、二人は物理的な圧力すら感じるほどの異様な熱気に包み込まれた。


「な、なんですかこれ……街中が、お祭り騒ぎみたいになってますよ?」


ルナが目を丸くして周囲を見渡す。

エリュシオンの中央広場は、普段の何十倍ものプレイヤーでごった返していた。誰もが空に浮かんだ黄金色のワールドアナウンスの余韻に当てられ、興奮した様子で武器を振り回し、大声で情報交換を行っている。


「おい、新エリアの入り口はどこだ!?」「『七つの竜種』ってなんだよ、レイドボスのことか!?」「誰だ、進行フラグを踏んだ神プレイヤーは!」


狂乱の坩堝と化した広場の端を縫うように歩きながら、アイズドは目立たないように深くフードを被った。


「アイズドさん……みんな、目の色が違います。なんだか少し、怖いくらいです」

「当然だ。メインストーリーの更新ってのは、この世界じゃ天変地異と同義だからな」


アイズドは視界の端に浮かぶ自らのクエストログ――『ユニーククエスト:【神話の深淵へ至る試練】』そしてワールドクエスト:【七つの竜種】という黄金の文字をちらりと確認し、低く息を吐いた。


「ルナ。お前はまだ実感が湧かないだろうが、このEHOのワールドクエストには、現実世界リアルの人生を狂わせるほどの莫大な金が動くんだ」


アイズドの脳裏に、かつての記憶が蘇る。


「最初のワールドクエスト――フェーズ1である『古代人の残骸』のクリアフラグを見つけたのは、『白騎士団』だった」

「あー、なんか友達がなんか言ってました。そのギルド名」

「まあいちばん有名だからな、ボスの行動パターンとタイムラインの解析に忙殺されていて、ストーリーのテキストなんてまともに読んでいなかったから、詳しい内容はほとんど覚えてないがな」


アイズドは自嘲気味に笑う。


「だが、結果だけは強烈に覚えている。白騎士団はワールドファーストを達成し、フェーズ1のクリア報酬として得られた限定アイテムや新エリアの先行情報を企業に売り渡した結果……白騎士団が手にした利益は、リアルマネー換算で『約二億円』にものぼったんだ」

「に、二億円……!?」


ルナが息を呑み、足を踏み外しそうになるのを、アイズドが慌てて腕を掴んで支えた。


「そうだ。そして、それ以降、このゲームには『一攫千金』を狙う企業勢やプロチームが爆発的に増え、今のような利益至上主義の地獄ができあがった。……逆に言えば、だ」


アイズドは広場で騒ぐプレイヤーたちを一瞥した。


「直近の今日まで、数千万人のプレイヤーが血眼になって探していたにも関わらず、フェーズ1から先のシナリオに誰も進めなかったということだ。半年間、誰も攻略の糸口すら掴めなかった。いかにこのゲームが生半可なVRMMORPGじゃないかが分かるだろう?」

「半年間も……」


ルナは呆然と呟き、改めて自分たちがどれほど途方もない偉業フラグを立ててしまったのかを理解し始めていた。


「だからこそ、今日はもう切り上げよう。これ以上ウロウロしていると、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃない。セーフゾーンの宿屋に入って、ひとまずログアウトだ」


石畳の路地裏を抜け、ひっそりとした宿屋の個室に滑り込む。扉を閉め、ようやく喧騒から遮断されると、ルナはふうっと長い息を吐いて木製のベッドに腰掛けた。


「そういえばアイズドさん。さっきシステムメニューを見た時に気づいたんですけど……現実世界の時間、もう深夜の二時を回ってますよ」

「……は?」


アイズドは虚空を弾いて時計のウィジェットを呼び出した。


「うおっ、マジか。地下闘技場での死闘に集中しすぎて、タイムセンスが完全にバグってたな……。悪いルナ、明日の学校とか仕事に響く時間まで付き合わせちまったか?」

「ふふっ、私は大丈夫ですよ。でも、これ以上無理をしたら、いくらゲームの中とはいえアイズドさんの身体リアルが心配です」


ルナは優しく微笑み、ログアウトのウィンドウを展開した。


「今日は本当に、ありがとうございました。アイズドさんが庇ってくれなかったら、私、絶対にあの魔蛇に勝てませんでした。……また明日、ログインしたら一緒に『レベル90』を目指しましょうね」

「ああ。次も最高にキツい死闘になるぞ。ゆっくり休んでおけ」

「はいっ。おやすみなさい、アイズドさん!」


ルナの身体が光の粒子となってフッと消滅する。

彼女がログアウトしたのを見届けた後、アイズドもまた、自らのメニューから『ログアウト』の項目をタップした。


視界が暗転し、完全没入型VRMMO『エターナル・ホライゾン・オンライン(EHO)』の世界が遠ざかっていく。

ピーッという無機質な電子音とともに、意識が仮想の戦場から現実の肉体へと帰還した。

VRヘッドセットを外した神代冬司かみしろ とうじは、深く息を吐き出しながら、身体を預けていたゲーミングチェアの背もたれを倒した。


「……あー、クソッ。全身がバキバキだ」


仮想肉体で受けた魔蛇の攻撃による激痛は、システム上の安全装置によって現実の肉体にはフィードバックされない。だが、極限の並列思考マルチタスクによるオーバーロードの疲労感は、確かな頭痛と倦怠感となって三十歳の肉体にのしかかっていた。


都内のタワーマンション、その低層階。

元プロゲーマーとしての稼ぎで借りたこの部屋には、成金趣味のような華美な装飾や無駄な家具は一切ない。部屋の中心を占めるのは、長時間のプレイを支える最高級のエルゴノミクスチェアと、水冷式の超ハイスペックPC、そして壁一面に展開されたマルチモニター群だけだ。機能性と効率のみを極限まで追求した、軍師にしてアナリストたる彼の「城」であった。


冬司は立ち上がり、静まり返った部屋の隅にある無機質な冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。冷たい液体を一気に煽り、乾いた喉を潤す。


「さて、と……外野のハイエナどもは、どう動いているか、ね」


マウスを操作し、ブラウザを立ち上げる。

表示されたEHOの公式フォーラム、大手匿名掲示板、そしてSNSのタイムラインは、予想通り……いや、予想を遥かに超える規模で大炎上、もとい大爆発を起こしていた。

トレンドの1位から10位までが、すべてEHO関連のワードで埋め尽くされている。

『#EHOワールドクエスト』『#深淵の扉』『#匿名の開拓者』『#七つの竜種』。

タイムラインをスクロールする冬司の目に、凄まじい勢いで流れていくプレイヤーたちの狂乱の言葉が飛び込んでくる。

『マジでフェーズ2に移行したぞ!? 誰だトリガー引いたの!?』

『トップギルドの連中じゃないのか? 白騎士団の配信見てたけど、連中普通にダンジョン周回しててアナウンス鳴った瞬間ポカンとしてたぞwww』

『特定班急げ!! ワールドファースト達成者の名前が伏せられてるってことは、企業勢じゃなくて野良のソロか少人数パーティだ!』

『砂漠エリアのNPCのセリフが「地下の澱みが晴れた」に変わってる! 震源地は西の辺境の地下だ! 急行しろ! PKしてでも情報吐かせろ!!』

(……案の定、特定班どもが砂漠の地下都市の存在を割り出しつつあるな。まあ、あれだけ目立つ結界の光柱を上げちまったんだ、時間の問題だったが)


(ルナの奴、あっさりとレベル50に到達しやがったが……あのままじゃマズいな)


彼女の装備は、依然として初心者街で手に入る安物のままだ。レベル50という中堅層のステータスを持ちながら初期装備というアンバランスな姿は、目ざといプレイヤーから見れば「異常なパワーレベリングを受けた初心者」あるいは「何らかの隠し要素を持つ標的」として、格好のカモになる。


ワールドアナウンスによって数千万人のプレイヤーが血眼になって『匿名の開拓者』を探している現在、彼女が少しでも周囲に怪しまれないよう、早急に装備を更新して適正レベル帯のプレイヤーに偽装カモフラージュさせなければならない。


さらに深刻なのは、彼女の対人戦(PvP)における経験不足だ。

モンスターの挙動は天性のセンスで読めても、対人戦は別物である。プレイヤーはフェイントをかけ、システムのラグを意図的に悪用し、死角からヘイト無視の奇襲を仕掛けてくる。企業勢のハイエナどもから身を守るためにも、彼女にPvPの基礎と「プレイヤーの悪辣なセオリー」を叩き込むことは急務だった。


「ルナの強化メニューはこれでいい。問題は……俺たちの次なる目的地だ」


冬司はマルチモニターの一つにEHOの全体マップを開き、もう一つのモニターで検索ツールを走らせた。

目的はただ一つ。レベルキャップを解放するユニーククエスト『神話の深淵へ至る試練』の発生地点の特定である。クエストのテキストには具体的な場所が一切書かれておらず、開始地点すら不明な状態だった。


企業勢のように人海戦術で世界中をしらみつぶしにする力はない。だが、彼にはプロ軍師として培った情報精査の技術と『見えざる土台』がある。


公式フォーラム、匿名掲示板、海外のマイナーな攻略サイト、さらには探索系クランが放置している過疎ブログ。玉石混交の膨大なデータの中から、彼はノイズを弾き出し、矛盾を抽出し、点と点を結びつけていく。


「古代の理、さらなる高み、か……」


冬司は過去数年分のマップ開拓ログと、不可解な全滅記録をクロスチェックする。レベルカンストのプレイヤーたちが「原因不明の進行不可バグ」や「即死ギミック」として処理し、攻略を諦めて放置されている未踏破領域。

疲労で軋む脳細胞を酷使しながら数万件のログをスクリーニングし、彼はモニター上のデジタルマップに、可能性の高いポイントとして三つの赤いマーカーを打った。


(場所の目星はついた。だが、いきなりそこに突っ込むのは愚策だ)


冬司は椅子の背もたれから身を起こし、両手を組んで鋭い三白眼を細めた。

試練の全貌は不明だが、現在のレベル50台のステータスで突入すれば、再び今日のような、あるいは今日以上の死闘になることは明白だ。それに、道中でレベル80のプロ連中に囲まれれば、数の暴力で押し潰される危険性もある。

「まずは、レベル80への到達だ」

冬司は暗い部屋の中で、誰に言うでもなく独りごちた。

EHOにおける「レベル10差のダメージ無効化」という絶対的なシステムのアドバンテージを、現在のトッププロたちに対して行使するためには、まず自分たちがその土俵(レベル80)に立たなければならない。

カンストという現在のシステムの上限に追いつき、己のステータスと装備を完全に整えること。それこそが、神話の深淵に挑むための最低条件だ。


「現在の最高到達点に立ち、そこからさらに常識をぶち壊してやる」


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