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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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白狐の羅針盤



「テメェの計算式はどうなってんだ、このポンコツAI『アルファ』ァァァァァァッ!!」


現在の絶対的なレベル上限である『80』を遥かに超える、『レベル90要求』という理不尽なクエスト受注条件。

アイズドの悲痛な嘆きと怒号が、どこまでも理不尽な仮想世界の空に虚しく響き渡る。

企業勢から追われる身となるワールドアナウンスを鳴らしておいて、逃げ道となるはずのメインクエストを物理的に進行不可能にする。それはまさに、開発陣の性格の悪さを煮詰めたような鬼畜仕様だった。


「アイズドさん、落ち着いてください。画面の下の方、なんかチカチカ光ってませんか?」


ルナが、頭を抱えてしゃがみ込むアイズドの肩をトントンと叩き、空中に展開されたクエストウィンドウの隅を指差した。


「あぁ? 光ってる……?」


アイズドが恨めしげに目を向けると、確かに灰色のメインクエストの項目のすぐ下に、見慣れない装飾の施された小さな通知アイコンが明滅していた。

彼が訝しげにそのアイコンをタップすると、羊皮紙のUIがスライドし、隠されていた新たなクエスト文が黄金色の文字で浮かび上がった。



『ユニーククエスト:【神話の深淵へ至る試練】』



『概要:古代の理に触れし開拓者よ。さらなる高みへ至るための試練を乗り越えよ』

『クリア報酬:【レベルキャップ上限解放(Lv.80 → Lv.90)】』


「…………ッ!!」


アイズドは目を見開いたまま、数秒間、完全にフリーズした。

その間、彼の脳内では先ほどまでの絶望が凄まじい勢いで上書きされ、歓喜のバグを引き起こしていた。


「キタキタキタキタァァァァァッ!! 上限解放リミットブレイクの隠しクエストだァァァッ!!」


アイズドは勢いよく立ち上がると、両腕を天に突き上げて狂喜乱舞した。


「はっははは! やっぱり俺の読みは間違ってなかった! システムはただ理不尽な壁を用意するだけじゃねぇ、その壁をぶち壊すための『鍵』を必ずどこかに隠してるんだよ! しかもこれ、誰も見たことのない完全なユニーククエストだぞ!」


狂ったように笑い声を上げる三十歳の元プロゲーマーを、ルナは酷く冷めたジト目で見つめていた。


「……アイズドさん。さっきまでこの世の終わりみたいに絶望してたのに、変わり身が早すぎませんか? というか、そんなに『レベル』って大事なものなんですか? 私、ゲームの仕組みはよく分かりませんけど、プレイスキルがあればレベルなんて関係ないんじゃ……」


「甘い! 甘すぎるぞルナ!」


アイズドは興奮冷めやらぬ様子でルナに詰め寄り、ビシッと人差し指を突きつけた。


「いいか、これはただの数字遊びじゃないんだ。EHOのシステムにおける『レベル差』というのは、絶対的な神のルールなんだよ。お前の言う通り、格上相手ならプレイスキルでなんとでもなる。だがな、問題は『格下』から攻撃された時の仕様だ」


アイズドは悪い魔法使いのように口角を吊り上げ、ニヤリと笑った。

「このゲーム、プレイヤー同士の戦闘(PvP)において、レベルが『10』離れると、格下からの攻撃ダメージやデバフはシステムによって【すべて完全にカット(無効化)される】っていう極悪な仕様があるんだよ。公式のPvPマッチならレベル補正が掛かるからフェアだが、フィールドでの野良PKにはそんな補正は存在しない」


「すべてカット……? それってつまり……」

「そう! もし俺たちがこのクエストをクリアしてレベル90に到達すれば、現在レベル80でカンストしてイキり散らしている企業勢やトッププロ連中からの攻撃は、何人束になって掛かってこようが『ダメージ0』になるってことだ!!」


アイズドの三白眼が、悪党そのものの黒い光を帯びて爛々と輝く。


「ワールドアナウンスを聞きつけて、血眼になって俺たちをPKしに来るハイエナどもを、指一本触れさせずに一方的に蹂躙できる……無敵の存在になれるんだよ! はははっ、想像しただけで最高に胸糞悪くて痛快な盤面じゃねえか!!」


なぜ彼らにだけこの上限解放クエストが表示されたのか、本当の理由はアイズドにも分かっていない。おそらく、最適化の罠にハマらず産廃ジョブを極めたことや、特定のフラグ(古代の遺物)を持っていたことが要因なのだろう。

だが、そんなことは今の彼にとってはどうでもよかった。彼を突き動かすのは、かつて自分を縛り付けていたプロの常識どもを、システムの上から一方的に叩き潰せるという最高に狂ったカタルシスだった。


「はぁ……。本当に、性格が悪いんだから」


ルナは呆れたように小さくため息をつきながらも、どこか楽しそうに笑う師の顔を見て、自然と口元をほころばせた。


「お見事な推察と闘志ですね。あなた方なら、必ずやその試練を乗り越えられると信じております」


不意に背後から、優しく温かな声が掛けられた。

振り返ると、族長のセレンをはじめとするフェネキア族の面々が、柔らかな微笑みを浮かべて二人を見つめていた。結界の再起動を終え、彼らを囲む空気は、数千年の呪縛から解き放たれたような、暖かく穏やかなものへと変わっていた。


「澱みを払い、結界を甦らせてくれたこと……我らフェネキア族は、決して忘れません」

セレンが一歩前に進み出ると、両手で大切そうに包み込んでいた「何か」をアイズドの前に差し出した。

それは、手のひらに収まるほどの美しい白磁の羅針盤だった。表面には狐の横顔と三日月が精緻に彫り込まれており、中心にはサファイアのように深い青色をした魔石がはめ込まれている。


「これは『白狐びゃっこの羅針盤』。我らフェネキア族の里と、世界のあらゆる場所とを繋ぐ、一族の長のみが持つ専用の転移装置アイテムです。これがあれば、あなた方がいかなる遠方にいようとも、いつでもこの地下都市へと帰還することができます」


アイズドは息を呑み、両手で恭しくそれを受け取った。

手にした瞬間、見た目の美しさからは想像もつかないようなズシリとした重みが伝わってくる。それはただの金属の重さではない。数千年にわたり澱みと戦い続けてきた一族の歴史と、彼らへの絶対的な信頼という『想い』の重さだった。滑らかな白磁の手触りが、冷え切った手にじんわりとした温もりを伝えてくる。


「こんな貴重なものを……いいのか?」

「ええ。あなた方はもはや見知らぬ開拓者ではありません。我らの恩人であり、同胞です。……それに、その奥の扉を開くためには、必ずここへ戻ってくる必要があるのでしょう?」


セレンは、硬く閉ざされたままの『深淵の扉』に視線を向け、悪戯っぽく微笑んだ。


「……ああ、違いない」


アイズドは羅針盤をギュッと握りしめ、インベントリに大切にしまった。

彼はルナと視線を交わし、力強く頷き合う。


「セレンさん、皆さん。本当にありがとうございました」


ルナが深々と頭を下げる。


「約束します。私とアイズドさんで、絶対にその『レベル90』の試練を突破して……もっともっと強くなって、必ずここに戻ってきます。そして、その扉の奥にある世界の真理を、一緒に見に行きましょう」

「ええ、待っていますよ。白銀の剣士殿、そして……規格外の軍師殿」


別れの刻が来た。

闘技場から続く長い石段を登り、二人はフェネキア族の里の入り口へと向かう。

振り返ると、地下都市の全景が広がっていた。巨大な世界樹の根が幾重にも絡み合い、天井からは淡い光の粒子が雪のように降り注いでいる。浄化された澄み切った大気と、彼らを見送るために手を振る温かな狐人族の人々。

そこには、プレイヤー同士が利益のために血を流し合う地上プロシーンとは全く違う、ゲームが持つ本来の『美しさ』と『冒険のロマン』が息づいていた。


名残惜しさはある。だが、彼らの行く手には、未知なる神話の試練と、世界を巻き込んだ最高の遊戯クソゲーが待ち受けているのだ。


「行くぞ、ルナ」

「はいっ、アイズドさん!」


アイズドとルナは、光の粒子が舞う美しい地下都市を背に、力強い足取りで未知なる大地へと通じる転移門ゲートを潜り抜けた。


第一部終了です。

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