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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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黄金の号砲



闘技場の底で光の粒子となって消え去った『瘴澱の魔蛇』の残滓が、完全に浄化された大気の中へと溶けていく。

死線の果てに掴み取った泥臭い勝利の余韻に浸る間もなく、すり鉢状の円形闘技場の上空から、地鳴りのような大歓声が降り注いだ。


「――おおおおおおおおおおっ!!」

「見事だ! なんという鮮烈な剣技、なんという強固な護りか!」

「我らが数千年の長きにわたり恐れ、封じてきた澱みの化身を、たった二人で……!」


いつの間に集まっていたのか、高台の観客席には『空を抱く地下都市』に住まう狐人族(フェネキア族)のNPCたちが無数に立ち並び、アイズドとルナに向かって割れんばかりの拍手と喝采を送っていた。

その歓声の波を割るようにして、闘技場の壁面から優雅に飛び降りてきたのは、黄金の九本の尻尾を持つ族長・セレンだった。彼女は水面のように澄み切った石畳を歩み寄り、満身創痍の二人の前で深く、恭しく頭を下げた。


「ふふっ、素晴らしい戦いでしたよ、見知らぬ開拓者たちよ。族長として、そしてこの地下都市に生きるすべての命を代表して、盛大なる感謝を捧げます」


セレンの顔には、長年一族を縛り付けていた恐怖から解放された安堵と、圧倒的な強者に対する純粋な敬意が浮かんでいた。


「大層な歓迎だな、族長殿。これで約束通りってわけだ」


アイズドは疲労で重い身体を引きずりながらも、気さくに手を挙げて応える。

その横で、ルナは自身の身体を包み込むようにして連続で弾ける、黄金色のレベルアップエフェクトに目を白黒させていた。


「ア、アイズドさん……なんか、光と音が全然止まらないんですけど!?」

「落ち着け。莫大な経験値が一気に流れ込んで、システムの描画処理が追いついてないだけだ。今回のボスは未発見のフィールドボス、おまけにワールドファースト(初クリア)のボーナス付き。さらに本来なら八人のフルパーティで挑むべきレイド級の敵を、たった二人で分割シェアしたんだ。獲得経験値の倍率計算は、システムの上限をぶっちぎってるはずだぜ」



光が収まり、ルナの目の前に浮かび上がったステータスウィンドウ。そこに表示されていた『Lv.』の項目の数字を見て、アイズドの三白眼が限界まで見開かれた。


「……は? ご、50……だと?」


そこにははっきりと、『素浪人 Lv.50』という信じがたい数字が刻まれていた。AGI(敏捷性)やSTR(筋力)といった基礎パラメータの数値が、先ほどまでの初心者帯とは次元の違う、暴力的なまでの桁数へと跳ね上がっている。



「なるほど、私の現実での武術の経験値が、ゲームのシステム数値としてようやく追いついてきた感じですね!」

「お前のその異常な物理センスに、レベル50のステータス補正が乗るのか……想像するだけで恐ろしいぜ。これならこの先、どんな理不尽なギミックが来ようとステータス不足で押し負けることはない」


アイズドは頼もしそうに笑い、ルナの頭を乱暴に撫でた。


「さて、開拓者殿。澱みの化身は払われましたが、我らの都市を真の脅威から守り抜くための『最後の一手』が残っております」


セレンがスッと真剣な表情に戻り、黄金の杖で闘技場の奥、祭壇のような石柱を指し示した。


「以前、我ら一族の商人バアルが持ち帰った『古代の記録晶』……あの中には、都市を覆う大結界を再起動するためのコードが封じられております。どうか、澱みを払ったあなた方の手で、その記録晶を祭壇に捧げ、結界の再起動を行っていただけないでしょうか」


「なるほど、クエストの最終フェーズってやつだな。いいぜ、サクッと終わらせよう」

アイズドはインベントリから、バアルを護衛した際に預かっていた青白く光る結晶体――『古代の記録晶』を取り出し、セレンに導かれるまま祭壇へと向かった。


祭壇の中心には、結晶をはめ込むための奇妙な窪みが存在した。

アイズドは何の気なしに、その窪みに記録晶をセットし、起動のためのパスを流し込むべく右腕の【古代変形機装】を接触させた。


――その瞬間だった。


ガァァァァァァァァンッ!!

という、世界そのものを揺るがすような、規格外の重低音が闘技場の底から鳴り響いた。


「な、なんだ!?」


アイズドが思わず後ずさった直後。

記録晶と祭壇が強烈な黄金色の光を放ち、その光の奔流は闘技場の天井を突き抜け、地下都市を覆う空、さらにはEHOの『全サーバーの空』へと一瞬にして広がっていったのだ。


ピィィィィン、という、プレイヤーの鼓膜を直接震わせる最上位のシステムアラート。

世界中のすべてのフィールド、すべての街、数千万人のプレイヤーの視界のど真ん中に、強制的にポップアップウィンドウが展開される。


『ワールドアナウンス:匿名の開拓者により、メインストーリーPhase 2【深淵の扉】の封印が解除されました』

『世界各地の環境レベルが更新されます。次なる開拓領域への道が示されました――』


黄金色の文字が空を覆い尽くす、あまりにも大々的で、あまりにも劇的なサーバー全体への通知アナウンス


「……は?」


アイズドの口から、間抜けな声が漏れた。


「わぁ……すごいですね、アイズドさん。空が金色に光ってますよ! さすがは都市の大結界、エフェクトも派手ですね!」


ルナは無邪気に空を見上げて拍手をしているが、アイズドの顔面からは一瞬にして血の気が引いていた。


「馬鹿、違う! これはただの結界のエフェクトなんかじゃねぇ!!」


アイズドは頭を抱え、絶望的な声で叫んだ。


「おいおいおい、嘘だろクソAI『アルファ』! ただの街を護る結界の再起動イベントだろ!? なんでそれが、世界の根幹に関わる『ワールドクエスト(メインストーリー)』の進行トリガー(鍵)に直結してんだよ!!」


「ワールド、クエスト……? メインストーリーが進んだってことですか? いいことじゃないですか」


ぽかんと小首を傾げるルナの両肩を、アイズドはガシッと掴んで前後に激しく揺さぶった。


「いいことなわけあるか! お前、事の重大さが分かってないな!?」


アイズドは早口で、かつてプロシーンの最前線にいたからこそ知る『仮想資本主義の闇』をまくしたてた。


「EHOのメインストーリーの進行権ってのはな、全プレイヤーで共有されてるんだ! 誰かがフラグを立てれば、世界全体が次のフェーズに進む。そして、その『ワールドファースト(進行の第一発見者)』の権利や、そこから派生する新領域の独占情報は、現実世界リアルの金に換算すれば数億……いや、それ以上の莫大な価値を生むっていっただろ?!」


「……!?」


現実離れした金額に、ルナのサファイアブルーの瞳が点になる。


「だからこそ、企業勢や血に飢えた廃人プレイヤーどもは、ワールドクエストのトリガーを血眼になって探してる。今のアナウンスで、世界中の連中が『誰かが深淵の扉を開けた』と気づいた。システム上、俺たちの名前は匿名で伏せられているが、最前線のトップギルドの連中なら、環境の変化やNPCの動向から、この地下都市が震源地だとすぐに特定しやがる!」


アイズドの背筋に、冷たい汗が流れる。

進行権トリガーを持つプレイヤーが特定されれば最後だ。奴らは莫大な利益を横取りするために、昼夜を問わずストーキングしてくる。戦闘エリアに出れば、何百人というプレイヤーから真っ先にPKプレイヤーキルの標的にされ、レアアイテムからクエストアイテムまで身ぐるみをすべて剥がされる! 現実の金が絡んだ連中の執念を舐めるな、地獄の粘着が始まるぞ!!」


「えええっ!? そ、そんなの嫌です! やっと強いボスを倒して休めると思ったのに、今度は数千万人のプレイヤーから命を狙われるんですか!?」


ルナが顔を青ざめさせ、アイズドの布の服の袖をギュッと握りしめる。


「ここに長居は無用だ! 追っ手の企業勢どもがこの地下都市に雪崩れ込んでくる前に、さっさと次のエリアにズラかるぞ!」


アイズドは即座に虚空を叩き、システムのクエストウィンドウを乱暴に展開した。

ワールドクエストが更新された以上、必ず彼らのログに『次なる目標』が提示されているはずだ。そこから先へ進む転移門ゲートか、未知の領域へと足を踏み入れれば、ひとまずは安全圏へと逃げ込める。


『メインクエスト進行:【深淵の扉の奥へ】』

『概要:新たなる領域へ進み、古代の真理に触れよ』


ウィンドウの中央に浮かび上がった、金色のクエスト受注ボタン。

アイズドは迷わずそのボタンをタップしようと指を伸ばした。

しかし。

彼の指はボタンをすり抜け、無機質な『ブブッ』というエラー音が闘技場に虚しく響いた。


「……あ?」


アイズドの動きが止まる。

金色のボタンは、タップした瞬間に暗い灰色へと反転グレーアウトしており、その下部に、不吉な赤いフォントの警告文が浮かび上がっていたのだ。


『※受注条件未達:レベル制限が適用されています』

『次のメインクエストを受注するための条件を満たしていません』


「はっ……ははっ。なるほど、レベル制限のストッパーか。RPGにはよくある仕様だ。進行を焦らせないための足止めってやつだな」


アイズドは引きつった笑みを浮かべ、額の汗を拭った。


「まぁ、ルナもレベル50に上がったばかりだしな。俺の内部レベルも似たようなもんだ。強大な敵が待つ新領域に進むには、もう少しレベルを上げろってことだろ。……で、一体いくつまで上げればいいんだ?」


アイズドは、灰色のボタンの詳細情報を確認するために、指でテキストを展開した。

そこに記されていた『要求レベル』の数字を見た瞬間。

アイズドの呼吸が、完全に停止した。


『必要条件:プレイヤーレベル 90以上』


「…………は?」


アイズドは、己の目を疑い、もう一度、まばたきをしてその数字を凝視した。

90。

間違いなく、そこには90と書かれている。


「アイズドさん? どうしたんですか、そんなに固まって。レベル90って書いてありますけど、あと40くらいレベルを上げればいいんですよね? 私たちならすぐに――」

「違う……!!」


アイズドは顔面を両手で覆い、闘技場の底から、天を仰いで魂の底からの絶叫を上げた。


「現在のこのゲームの、絶対的なレベル上限キャップは『80』だぞォォォォォォッ!!!」


その絶叫は、静まり返った地下都市の壁に何度も反響した。


「カンストが80なのに、どうやって90を要求してくるんだよ!! 物理的に到達不可能だろうが!! 次のアプデで上限が解放されるまで待てってのか!? その前に企業勢のPK集団に袋叩きにされて身ぐるみを剥がされるわ!!」


理不尽なシステム。悪意に満ちた条件設定。

ワールドアナウンスで世界中のヘイトを一身に集めさせておいて、逃げ道となる次のクエストは「現在のシステム上、絶対に到達不可能なレベル」を要求して塞ぐという、悪辣極まりない仕様。


「テメェの計算式はどうなってんだ、このポンコツAI『アルファ』ァァァァァァッ!!」


アイズドの悲痛な嘆きと怒号が、どこまでも理不尽な仮想世界の空に虚しく響き渡る。

数千年の澱みを祓った直後、彼らを待ち受けていたのは、世界を巻き込んだ果てしない狂乱の鬼ごっこと、絶対に開かない理不尽な扉という、最高の遊戯ゲームの次なる洗礼であった。

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