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失業した軍師、産廃ジョブで世界の余白を攻略する 〜古代変形機装は、使い手の頭がおかしいほど強くなる〜  作者: 三元豚


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沈み、残ったもの


 フェネキアの空は、何事もなかったように青かった。


 根脈浅層の第二流路で、黒い蛇が暴れた。白砂を飲み、根を濁し、俺たちの動きと声と脆いところを真似てきた。最後には蛇の形すら捨て、流路そのものへ散ろうとした。


 だが、地下都市の表層へ戻ってくると、水路は澄んでいた。子供たちは白い橋の上を走り、老人は光草の鉢を手入れし、遠くでは誰かが根麦を焼く匂いがした。


 世界は、思っているより簡単には壊れない。


 同時に、壊れかけていることにも気づきにくい。


 見えないところで根が濁り、流れが詰まり、黒いものが蛇になっていても、空は青いままだ。だからこそ、土台を見るやつが必要になる。


 また土台か。


 俺は心の中で苦笑した。


 昔の名前に幕を引いたはずなのに、結局やっていることはあまり変わらない。見えない場所へ潜り、誰かが普通に歩ける場所を保つ。どうやら俺は、派手な勝利より配管の詰まりを気にする性格らしい。主人公適性としてはかなり地味だ。いや、配管工が世界を救う話もあるか。あれはあれで偉大だ。


「アイズドさん、顔がいつもより疲れてます」


 隣を歩くルナが言った。


「実際、疲れてる」


「珍しく素直ですね」


「否定する体力が惜しい」


「それ、かなり疲れてますね」


 ルナも疲れているはずだった。


 ゲーム内の身体に本物の筋肉痛はない。だが、集中の疲労は残る。淀みの魔蛇との戦いでは、彼女は何度も黒糸の進路へ剣先を差し込み、《白銀の剣気》でその軌道を逸らし、俺の護域へ流した。


 斬り伏せるのではなく、逸らす。


 避けるだけではなく、誘導する。


 自分の脆いところを突かれながら、それでも白狐を見て戻ってきた。


 成長した、と言っていい。


 ただ、その成長がどういう傷の上に立っているのかは、まだ聞かない。黒い影がルナに見せた道場の床。あの声。


 また逃げるのか。


 その言葉の意味を、俺は知らない。


 知らないままでいい。


 少なくとも、今は。


 イリスは少し前を歩いていた。浄砂袋はほとんど空で、白澄砂の容器ももう使い切っている。それでも彼女の歩き方は崩れていない。守り手らしい姿勢だった。


 白狐は、さらに前。


 尾の先を揺らしながら歩いている。ときどきこちらを振り返るが、褒めろと言っているのか、遅いと言っているのか、俺にはまだ判別できない。


 たぶん両方だ。


 根の間に入ると、セレンが水盤の前で待っていた。


 水盤には、根脈浅層の図が映っている。第二流路の黒い点は、もう蛇の形をしていなかった。代わりに、底の方へ沈む小さな黒点がある。白砂の流れはその上を越えて、細く、けれど確かに巡っていた。


「魔蛇は、沈んだか」


「倒したわけじゃない」


 俺は答えた。


「核の外殻は崩した。芯は本流から切り離して、根の底へ沈めた。流路侵食率は最後に見た時点で六%。第三流路への侵入は止まっている」


「十分だ」


 セレンは静かに頷いた。


「淀みは、消えぬ。消えたように見えても、また別の暗がりで沈む。大切なのは、流れを飲ませぬこと。汝らは、それを成した」


「根本解決ではないんだな」


「根に根本を問うか。面白いことを言う」


「今のは別に狙ってない」


 セレンの口元がわずかに緩んだ。


 九尾の族長、たまに笑いのツボが分かりにくい。


「淀みは、後ほど我らが薄める。白尾さまの光と浄砂を使い、時間をかけて根へ戻す。だが、魔蛇となるほどの形は、しばらく取れぬだろう」


「しばらく、か」


「永遠ではない」


 セレンは水盤の黒点を見つめた。


「流れあるところに淀みは生まれる。痛みあるところに影は寄る。完全に消し去ることはできぬ。だからこそ、見つけ、沈め、流れを戻す」


 ルナが小さく呟いた。


「倒すんじゃなくて、戻す」


 昨日も似たことを言っていた。


 彼女の中で、何かが言葉になりかけているのかもしれない。


 セレンはルナへ視線を向けた。


「白銀の娘よ。汝は、己の影を見たな」


「……はい」


「怖かったか」


「怖かったです」


 ルナは素直に答えた。


「でも、本物じゃないって分かりました」


「なぜ分かった」


 ルナは少し考えた。


 それから、剣の柄に触れる。


「私の剣じゃなかったからです。形は似てました。でも、あの影の剣は、ただ刺そうとしてきただけでした。私がやりたい剣とは、違いました」


 セレンの金色の瞳が、静かに細まる。


「では、汝の剣とは何だ」


「まだ、分かりません」


 ルナは少し困ったように笑った。


「でも、今日少しだけ分かりました。強く斬るだけじゃなくて、届かせたいものを通す剣。誰かを逃がすために、軌道をずらす剣。そういうのも、たぶん私の剣なんだと思います」


 俺は横で聞いていた。


 いい答えだと思った。


 ただし、それを口にすると彼女が照れるので黙っておく。こういう沈黙もまた、軍師の仕事……いや、今のはただの人付き合いだ。たぶん。


「よい」


 セレンは言った。


「白銀は、ただ眩いだけでは折れる。だが、己の影を見てなお、そこへ呑まれぬなら、光は少し深くなる」


 その直後、ルナの視界にログが浮かんだらしい。


 彼女が目を瞬かせた。


「何か出ました」


「読め」


「はい。えっと……」


 ルナは少し緊張した声で、表示を読み上げた。


「《白銀の剣気》の制御精度が上昇しました」


 続いて、彼女の前に小さな文字列が連なる。


 《絶剣系統適性:高》


 《白銀の剣気:未定着》


 《制御精度:微上昇》


 《攻撃線・魔力線・淀みの糸への干渉精度が向上しました》


 《正式上級職《絶剣》の解放条件を一部更新しました》


 《正式解放条件は未達成》


「また未達成です」


 ルナが少し不満そうに言った。


「このゲームは未達成通知が好きすぎるな」


「でも、制御精度は上がりました」


「前進だ」


「はい」


 ルナは、少しだけ嬉しそうに笑った。


 《絶剣》にはまだ遠い。


 それでいい。


 ここで簡単に手に入るなら、白銀の価値が軽くなる。今のルナに必要なのは称号ではない。自分の剣が何を守り、何を通すのかを、自分で知ることだ。


 その過程で、彼女はたぶん強くなる。


「アイズドさん」


「何だ」


「《白銀の剣気》って、やっぱり火力のスキルじゃないんですね」


「ああ。少なくとも今は違う」


 俺は頷いた。


「お前の白銀は、強く斬るための光じゃない。普通の剣では触れない線へ、剣先を届かせるための技術だ。敵の攻撃線、魔力の流れ、淀みの黒糸。そういうものに干渉する」


「線に触るための光」


「そうだ。魔蛇戦でも、お前は黒糸を斬り倒したんじゃない。剣先に白銀の剣気を集めて、進路をずらした。最後も、黒い自分の影そのものを斬ったんじゃなく、影と流路を繋いでいる淀みの線を断った」


 ルナは自分の剣を見下ろした。


 鞘の中にある刃は見えない。けれど彼女には、さっきの感覚が残っているのだろう。


「だから、影が崩れたんですね」


「ああ。本体を砕く火力はまだ足りない。だが、線を断つことはできた。今のお前にとっては、そっちの方が重要だ」


「強くなった気がしたんですけど、まだ強くないんですね」


「違う」


 俺は少しだけ考えてから言った。


「強くなった。ただし、強さの種類を間違えると死ぬ」


「種類」


「火力が伸びたと思って正面から斬り込めば、今のお前は普通に潰される。だが、届かせたいものを通すために、邪魔な線へ剣先を差し込むなら強い。お前の《白銀の剣気》は、そういう方向の強さだ」


 ルナはしばらく黙った。


 それから、小さく頷く。


「じゃあ、ちゃんと使えるようになりたいです」


「未定着だからな。出力も不安定だ。集中が乱れたら出ない。出ても、剣先に集める位置を間違えれば弾かれる。今日みたいに淀み相手なら効果が分かりやすいが、普通の物理攻撃には全部通じるわけじゃない」


「課題が多いです」


「報酬の顔をした宿題だ」


「またそれです」


「このゲームの本質だ」


 ルナは苦笑した。


 だが、その表情に落胆は少ない。むしろ、何を練習すればいいか分かった分だけ、少し安心しているようにも見えた。


 それはいい傾向だ。


 分からない才能は危うい。


 名前がついた才能は、まだ扱える。


 《白銀の剣気》。


 ルナの剣に、ようやくひとつ目の名前がついた。


ーーーーーー


 俺は左腕の機装へ視線を落とした。


 こちらにもログが残っている。


 《守護対象:根系流路》


 《護域展開:線状》


 《守護対象の連続再定義を確認》


 《守護系統適合率:大幅上昇》


 《正式形態解放条件は未達成》


 お前もか。


 いや、俺の方も未達成だ。


 似た者同士みたいで少し嫌だ。


「アイズドさんも、何か出てます?」


「守護系統適合率が大幅上昇。正式形態は未達成」


「お揃いですね」


「嬉しくないお揃いだな」


「でも、前進です」


「お前、前向きになったな」


「アイズドさんが言ったんですよ。足りないものが見えてるだけましだって」


「言ったか」


「言いました」


 自分の言葉は、たまに返ってくる。


 厄介だが、悪くない。


 俺はログを閉じた。


 守護系統。


 白銀の剣気。


 どちらも未完成。


 だが、今回の魔蛇戦で役割はかなりはっきりした。


 俺は流れを守る。


 ルナは線に触れる。


 イリスが浄砂を届かせる。


 白狐が道を示す。


 単独で完結する力ではなく、互いの役割を繋げる力。


 それが今回の成果だった。


 セレンは水盤の光を変えた。


 根脈浅層の図が消え、代わりにフェネキア全体の模式図が浮かび上がる。空を抱く地下都市。その中央に根の間があり、外縁に訓練環、水路、沈殿槽が巡っている。そして、都市のさらに外側には、ぼやけた白い空白が広がっていた。


「これは?」


「根が覚えている道だ」


 セレンは言った。


「かつて、フェネキアは外界といくつもの細い道で繋がっていた。だが、長い時の中で多くは閉ざされ、忘れられ、淀みを避けるために封じられた」


「外へ出る道か」


「外へ出る道であり、外から来る道でもある」


 白狐が水盤の縁へ飛び乗った。


 尾を一振りすると、模式図の外縁に小さな白い点が浮かぶ。次に、金色の細い線がその点から都市の外へ伸びた。だが、途中で線は途切れている。


「白尾さまは、汝らをここへ導いた。だが、今のままでは、汝らはこの都市へ自由に戻ることはできぬ」


「一度外へ出たら、また迷子頼みになるわけか」


「誰が迷子ですか」


 ルナが即座に反応した。


「お前以外に誰がいる」


「最近は地図見てます」


「最近はな」


「成長しています」


「認める」


 ルナは少し満足げだった。


 ただし、迷子実績が消えるわけではない。ゲームに称号システムがあるなら、彼女には《地図外へ愛されし者》くらいが付いているかもしれない。便利なのか不名誉なのか判断に困る称号だ。


 セレンは続けた。


「汝らが外界へ戻り、再びこの地へ来るには、道標が要る。白尾さまの光をそのまま渡すことはできぬ。白尾さまの光は、根の道そのもの。淀みにも狙われる」


 白狐は誇らしげに尾を揺らした。


 狙われるという話なのに、少し嬉しそうなのはどういうことだ。自己評価が高い狐である。


「道標を、器に封じる必要がある」


 セレンの指が水盤に触れる。


 白い点の周囲に、円形の紋様が浮かんだ。


 羅針盤。


 そう呼ぶのが一番近い形だった。


 円盤の中央に白狐の尾を模した針があり、外周には古代文字のような紋様が刻まれている。金と白の光で編まれた、小さな道具。


「白狐の羅針盤」


 イリスが言った。


「外界の者へ渡すことは、滅多にない」


「滅多にないものを渡していいのか」


「本来ならば、まだ早い」


 セレンは俺を見る。


「だが、汝らは根脈の淀みを見た。魔蛇を沈め、流れを戻した。白尾さまもまた、汝らを道から外す気はないらしい」


 白狐が尾を振る。


 どこか偉そうだ。


「ただし、羅針盤は簡単には作れぬ。白尾さまの尾光、根脈の澄んだ白砂、そして淀みを沈めた者の跡が要る」


「跡?」


「汝らが戻した流れを、器に刻む。心を抜き取るわけではない。歩いた道の形を、道具に覚えさせるだけだ」


「十分不穏だが」


「外界の者は、器に記すことを恐れる」


「中身が何かによる」


 セレンは微かに笑った。


「羅針盤は、汝らをここへ戻すためだけの道具ではない。根が拒む場所では針は止まり、淀みが濃い場所では針は震え、白尾さまの許した道でだけ開く。便利な鍵ではなく、問うための器だ」


「また問いか」


「道とは問いだ」


「哲学的なナビゲーションだな」


 ルナが横で真面目に頷いていた。


「道は問い……」


「そこは深く受け止めなくていい」


「でも、かっこいいです」


「分からなくはないが、地図は実用的に覚えろ」


「はい」


 イリスが静かに言う。


「羅針盤を作るには、白尾さまの尾光を受ける儀が必要です。そのためには、今夜、根の間で清めを行います。淀みを沈めた直後の流れが、最も澄んでいる」


「つまり、今日中か」


「はい」


 今日中。


 朝から魔蛇と戦い、昼に戻り、今夜は羅針盤の儀式。


 なかなかのスケジュールだ。ブラック企業も真っ青……いや、プロ時代の俺が言うと少し笑えない。ゲーム内で労基はどこへ訴えればいいんだ。管理者か。無理だな、あいつが一番働かせてくる。


「休息は取れるのか」


「儀まで数刻ある」


「なら休む。ルナもだ」


「はい」


 ルナは素直に頷いた。


 さすがに疲れているのだろう。


 白狐は水盤から降り、俺たちの前を横切った。尾の先が、俺の左腕に軽く触れる。


 触れた瞬間、機装が小さく鳴った。


 視界に、短いログが走る。


 《白尾の道標反応を検知》


 《羅針盤生成条件:一部接続》


 おい。


 まだ何も作っていないのに、条件だけ出すな。


 このゲームは未達成と一部接続が好きすぎる。


「また何か出たんですか?」


 ルナが覗き込む。


「羅針盤生成条件、一部接続」


「また一部ですね」


「一部ばかりだ。全体を出せ、全体を」


「でも、なんか進んでる感じがします」


「まあな」


 進んでいる。


 確かに、そうだ。


 淀みを沈めた。


 ルナの《白銀の剣気》の制御精度が上がった。


 俺の守護系統適合率も上がった。


 そして、白狐の羅針盤への条件が開き始めた。


 報酬画面のように派手な宝箱が出たわけではない。レベルが一気に上がったわけでもない。金貨の雨も降らない。そもそも地下都市で金貨が降ったら清掃が面倒だ。


 だが、確かに世界は少しだけ先へ進んでいる。


ーーーーーー


 休息のために外縁の庵へ戻る途中、ルナはいつもより少し静かだった。


 白い橋を渡り、水路沿いの道を歩く。フェネキアの住人たちは俺たちを見ると、軽く会釈した。根脈の異常が収まったことを知っているのかもしれない。あるいは、白狐が一緒に歩いているからかもしれない。


 白狐はいつものように偉そうに歩いている。


 完全に先導者の顔だ。


 小さいくせに。


「アイズド」


 ルナがぽつりと言った。


「何だ」


「淀みって、消えないんですね」


「セレンはそう言っていたな」


「沈めて、流れを戻す。そういうものなんですね」


「ああ」


 ルナは水路を見た。


 白砂が澄んだ光を帯びて流れている。


「私の中にあるものも、消えないのかな」


 それは、独り言に近かった。


 だから、俺は少しだけ返事を迷った。


 何の話かは分からない。


 道場のことか。


 逃げるのかと言われた過去か。


 現実の誰かとの関係か。


 どれでもいい。


 俺が今すべきことは、暴くことではない。


「消えなくても、今の流れを飲ませなければいいんじゃないか」


 俺は言った。


 ルナがこちらを見る。


「アイズドも、そうしてるんですか」


「たぶんな」


「たぶん」


「俺もまだ練習中だ」


 自分で言って、少しおかしかった。


 三十歳。


 元プロ。


 産廃ジョブ使い。


 地下都市で狐に叩かれながら、過去を沈める練習中。


 文字にするとかなり混沌としている。人生、どこでどう転ぶか分からない。いや、転びすぎだろう。


 ルナは少しだけ笑った。


「じゃあ、私も練習します」


「そうしろ」


「逃げない練習じゃなくて、流れを飲ませない練習」


「いい言い方だ」


「褒めました?」


「褒めた」


「やった」


 ルナは嬉しそうに笑った。


 その笑顔には、まだ疲れが残っている。けれど、魔蛇に見せられた黒い影に呑まれた顔ではなかった。


 白狐が前で鳴いた。


 早く来い、と言っているらしい。


 やはり偉そうだ。


 庵に着くと、イリスが簡単な食事を用意してくれていた。根麦の丸パン、干した果物、柔らかい白いチーズのようなもの。そして薬草茶。


 ルナの顔が一瞬だけ固まる。


「薬草茶……」


「身体に良い」


 イリスが言った。


「味も良くしてほしいです」


「努力はしている」


「これで?」


「これで」


 フェネキア族の努力の方向性は、少し見直した方がいいかもしれない。


 俺は薬草茶を一口飲んだ。


 苦い。


 相変わらず、身体に良さそうな味しかしない。味覚の多様性をどこかに置き忘れてきた飲み物だ。


 ルナも覚悟を決めて飲む。


 そして、微妙な顔をした。


「淀みよりは、平気です」


「比較対象がおかしい」


「でも本当です」


 イリスが真面目な顔で頷いた。


「なら、効果はある」


「今の会話でどうしてそうなった」


 白狐が庵の入口で丸くなる。


 尾の先が微かに光っている。


 今夜、その光を器に封じる。


 白狐の羅針盤。


 外界へ戻り、またフェネキアへ来るための道標。


 つまり、俺たちの冒険はここで終わらない。


 むしろ、ここから外へ繋がる。


 俺は根麦の丸パンをかじりながら、外の空を見た。


 地下都市の空は、ゆっくり夕方へ向かっている。


 夜になれば、根の間で儀式が始まる。


 白狐の尾光。


 澄んだ白砂。


 淀みを沈めた者の跡。


 それらを刻んだ羅針盤。


 そしておそらく、次の道。


「アイズド」


 ルナが言った。


「今度は、何を考えてるんですか」


「今夜の儀式と、次に外へ出た後のこと」


「もう次ですか」


「次を考えるのが癖でな」


「でも、今は少し休んでもいいと思います」


 珍しく、まともなことを言う。


 いや、ルナは基本的にまともだ。情報リテラシーと地図能力と薬草茶耐性が壊滅的なだけで。


「そうだな」


 俺は椅子にもたれた。


「少し休む」


 ルナは満足そうに頷いた。


 白狐が片目を開け、こちらを見た。


 サボるなよ、と言われた気がした。


 大丈夫だ。


 休むのもルーティンの一部だ。


 たぶん。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は目を閉じた。


 魔蛇は沈んだ。


 淀みは残った。


 ルナの剣には、《白銀の剣気》という名前が宿った。


 白砂は流れている。


 それで今は、十分だった。

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