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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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五十万の賭けと、狂人の微笑


石造りの冷たい壁に囲まれた、薄暗い路地裏。

大通りの喧騒から切り離されたその空間には、酷く不釣り合いな光景が広がっていた。



「だからさぁ、この『導きの護符』があれば、獲得経験値が三日間ずっと二倍になるんだって。初心者応援キャンペーンってことで、お姉さんにだけ特別に一万ゴルドで譲ってあげるよ」


「え、ええと……でも私、本当にゲームを始めたばかりで、初期支給金しか持っていなくて……」


「大丈夫だって! 足りない分は、とりあえずフレンド登録して、後からリアルマネーで振り込んでくれればいいからさ。な? お得だろ?」



白銀の髪を持つ美しい少女が、柄の悪い三人の男プレイヤーに壁際へと追い詰められている。

リーダー格と思われる大柄な剣士が、少女の目の前に小さな木札のようなアイテムをちらつかせていた。



(……呆れたな。サービス開始直後ならともかく、今時あんな古典的な詐欺を働く輩がいるとはな)



俺――アイズドは、石壁の影に身を潜めたまま、冷ややかな視線を送った。

EHOエターナル・ホライゾン・オンラインには、公式に『金銭換算リアルマネートレードシステム』が存在する。ゲーム内の希少アイテムや通貨は、専用の暗号資産を経由して現実の現金リアルマネーと交換できるのだ。

だからこそ、ゲームの知識が全くない初心者を狙ってゴミアイテムを高額で売りつけ、現実の金を巻き上げようとする『初心者狩り(カモねぎ)』と呼ばれる詐欺集団が後を絶たない。

男が手にしている木札は、経験値アップアイテムなどではない。

最も安価な消費アイテムである『帰還の護符』――ただの街へのワープアイテムだ。アイテムの詳細情報テキストを非表示にする小賢しいツールを使って、外見だけを取り繕っているのだろう。



「あのさぁ……」



俺は足音も立てずに男たちの背後へと歩み寄ると、路地裏に響くほど低く、ドスの効いた声で吐き捨てた。



「見てて虫唾が走るんだよ。その底の浅いテンプレ詐欺、三流ザコの匂いがプンプンしてキツいんだけど」



ビクッとして振り返った男たちは、俺の鋭い三白眼に一瞬怯んだ。

しかし、彼らの視線が俺の頭上に浮かぶ『Lv.1』の表記と、初期装備である粗末な布の服を捉えた瞬間、その顔に下卑た嘲笑が浮かんだ。



「あァ? なんだテメェ。レベル一の初期アバター(無職)が、俺たちに説教垂れようってのか?」



リーダー格の男が、肩に担いでいた大剣をドスンと石畳に突き立てる。

彼の頭上には『Lv.22』の文字。後ろに控える二人の魔法使いと盗賊も、同程度のレベル帯だ。

対する俺は、作ってから一時間も経っていない、正真正銘の最弱ステータスである。



「そのアイテムID『0014』の『帰還の護符』を経験値バフアイテムだと偽装する手口、βテスト時代からあるカビの生えた詐欺だぜ。騙すなら、せめてもう少しマシな偽装ツールを使えよ、低能」



俺が鼻で笑いながら指摘すると、男たちの顔が屈辱と焦りで真っ赤に染まった。

彼らの後ろで、白銀の髪の少女――ルナが、驚いたように大きなサファイアブルーの瞳を瞬かせている。



「……ッ、チクってんじゃねえぞ、初心者が! ここはセーフエリアだから直接PKプレイヤーキルはできねえが、俺たちの邪魔をした落とし前はキッチリ払ってもらうからな!」



男が一歩前に出る。その眼には明確な敵意が宿っていた。

街の中ではシステムによる保護セーフティが働いており、プレイヤー同士が直接ダメージを与えることはできない。

だが、彼らが何を望んでいるのか、俺には痛いほど分かっていた。



「なるほど、決闘デュエルでボコボコにして、身ぐるみ剥がそうって魂胆か。いいぜ、受けてやる」



俺がそう言うと、男たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。



「威勢がいいのは結構だが、お前、自分がどういう状況か分かってんのか? こっちは三人、お前はレベル一が一人だぜ?」

「ああ、分かってるよ。だから、特別に面白い提案をしてやる」



俺は空中に仮想キーボードを展開し、システムメニューを素早く操作した。

そして、彼らの目の前に一枚のホログラム・ウィンドウをスワイプして提示する。



「……な、なんだこりゃ!?」



ウィンドウに表示されていたのは、俺の『現実の銀行口座』と連携した、EHO内の資金残高証明だった。

そこには、昨日プロチームから叩きつけられたばかりの、多額の違約金と年俸がそのまま記載されている。



「五十万だ」



俺は、目を丸くしている三人の男たちに向かって、淡々と告げた。



「俺が負けたら、現実通貨リアルマネーで五十万円、お前らに支払ってやる。システム経由の公式な『賭け(ベット)』として設定してやるから、持ち逃げの心配はないぞ」

「ご、五十万……ッ!?」



男たちの目の色が、完全に「金(欲望)」へと変わった。

たかがゲーム内のいざこざで五十万。彼らのような底辺の詐欺師にとっては、喉から手が出るほど欲しい大金だろう。



「た、ただし! 俺からの条件がある」



息を呑む彼らを前に、俺は言葉を続ける。



「公式決闘システムの中にある、『イコール・コンディション・モード』を使わせてもらう」

「イコール・コンディション……?」

「そうだ。決闘に参加するプレイヤーのレベルを『最も低い者』に自動的に同期シンクし、さらに装備のステータス補正を完全に無効化してフラットにする特殊ルールだ。つまり――」



俺は手にしたなまくらな初期ソードをクルリと回し、切っ先を男たちに向けた。



「俺はレベル一。お前らも強制的にレベル一の初期ステータスになる。強力な上位魔法も、装備によるゴリ押しも通用しない。純粋な『プレイヤースキル(PS)』だけの勝負だ」



EHOの決闘システムには、初心者と上級者が技術だけを競い合うためのフラットルールが存在する。

さらに、このモードではお互いの体力(HP)を削りきることはない。HPがゼロになる直前、残り「1」の状態でシステムによる強制ストップ(ダウン保護)がかかり、勝敗が判定されるという安全な仕様だ。



「……ハッ! なーんだ、そんなことかよ」



リーダーの男が、安堵したように下品な笑い声を上げた。



「レベルがフラットになろうが、ステータスが同じになろうが、こっちには三人の頭数があるんだぜ? スキルなしの殴り合いなら、数が多い方が絶対的に有利に決まってるだろ。五十万、ありがたく頂いてやるよ!」



「アホか。イコール・コンディションは一対一タイマン専用のシステムだ。同時に三人は相手にできない」

俺がそう言うと、男たちは「なんだ、逃げる気か」とばかりに眉をひそめた。



「だが、安心しろ。俺はお前らと『一人ずつ、三人連続で連戦』してやる」

「……は?」

「俺が一回でも負けたら五十万はお前らのものだ。俺のHPも一戦ごとに全回復したりはしない。ダメージは引き継ぎだ。つまり、実質的には『一対三』のハンデ戦ってことだ。これなら文句ねえだろ?」



路地裏が、水を打ったように静まり返った。

いくらイコール・コンディションとはいえ、レベル一のステータスで三人連続の連戦。しかもダメージは蓄積していく。

常識的に考えれば、ただの自殺行為であり、五十万円をドブに捨てるような提案だ。



「……ククッ、ギャハハハハ!! いいぜ、乗ってやるよ! テメェが馬鹿なおかげで、今日は最高のボロ儲けだ!」



金に目が眩んだ男たちが、一斉に決闘申請の『承諾(ACCEPT)』ボタンを押下した。

空中に電子的なカウントダウンが浮かび上がり、俺たちを囲むように、赤みがかった半透明の隔離結界デュエルフィールドが展開され始める。

その時だった。



「や、やめてください!」



ずっと後ろで震えていた白銀の髪の少女――ルナが、決闘フィールドに遮られる直前、俺の背中に向かって叫んだ。



「私のために、そんな大金を賭けるなんて……! そ、それに、いくらなんでも三人連続なんて無茶です! 絶対に勝てるわけがありません!」



彼女のサファイアブルーの瞳には、見ず知らずの自分を助けようとして破滅に向かう男への、強い罪悪感と焦燥が浮かんでいた。

ゲームのシステムを理解していなくとも、一対三の連戦がどれほど絶望的かは分かるのだろう。

俺は肩越しに振り返り、彼女の怯えた顔を見下ろした。

プロ時代であれば、「勝率は一〇〇%だ。指示通りに動け」と、冷徹な仮面を被って言っていただろう。

だが今の俺は、誰の目も気にしない、ただの狂人ゲーマーだ。



「心配すんな」



俺は、長く伸びた前髪の間からギラつく三白眼を細め、獲物を前にした肉食獣のような――最高に悪そうな笑みを浮かべた。



「おじさんに任せな」

「え……?」



ルナが呆然と息を呑む。

俺は前を向き、一番手の剣士と対峙した。



『Duel Standby…… 3、2、1』

「さあ、底辺ザコども」



俺はなまくらな剣をだらりと下げたまま、全身の筋肉をバネのように弛緩させる。

頭の中ではすでに、レベル一における移動速度、攻撃フレームの発生時間、そして相手の目線から予測される初動の軌道計算が、スーパーコンピューターのような速度で最適化されていた。

『――FIGHT!!』

システムの無機質な開始合図が、路地裏に鳴り響いた。

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