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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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白銀一閃

『警告:ボスエネミーが広域殲滅魔法【瘴澱の創世ジェネシス・オブ・マイア】の詠唱を開始しました』

『対象エリア:闘技場全域。回避手段:なし』

『詠唱完了まで、残り60秒――』


不吉な赤色に染め上げられたシステムアラートが視界を埋め尽くし、闘技場の上空に禍々しい巨大な魔法陣が展開される。

真っ二つに両断されたはずの肉体から這い出し、六つの瞳と悍ましい触角を持つ真の異形へと変貌を遂げた『瘴澱の魔蛇』。奴が放とうとしているのは、規定時間内に阻止できなければパーティが確定で全滅する、無慈悲な即死ギミック(ワイプ)だった。


空中にホログラムのように浮かび上がった巨大なカウントダウンタイマーが、無機質に時を刻み始める。


「嘘……あの異常な長さのHPバー、さっきまでの倍以上ありますよ!?」

触角のなぎ払いによる衝撃で泥濘に膝をついたルナが、自身のステータス低下と敵の絶望的な体力を前にして顔を蒼白にする。

「残り一分で削り切るなんて、物理的に不可能です……!」


「ああ、その通りだ。真っ当に殴り合って削り切れる体力じゃねぇ」

アイズドは口内に溜まった血の味を吐き捨てながら、鋭い三白眼で空を覆う魔法陣と魔蛇の挙動を睨み据えた。

超高度AI『アルファ』の乱数によって行動パターンが完全に書き換えられている今、彼の中にこのボスの『正解マニュアル』は存在しない。どうすればこの即死ギミックを止められるのか。


「ルナ! お前は一旦攻撃を中止しろ! 剣を納めて回避に専念するんだ。俺がすべてのヘイト(敵視)を引き受ける!」

「でも、アイズドさんの体が……!」

「プロの軍師の計算を舐めるな。HPがゼロにならない限り、どれだけ血を流そうが『かすり傷』だ!」


アイズドは狂気的な並列処理で三十のクラスを高速で切り替え始めた。

「――《機装変形:要塞大盾フォートレス・アイギス》! からの《重装騎士の挑発ナイト・ハウル》ッ!」

タンクとしての最高位のヘイト固定スキルを放ち、魔蛇の六つの瞳を自身にのみ釘付けにする。

直後、魔蛇が詠唱の合間を縫うようにして、無数の毒弾と石化の光線を雨あられと降らせてきた。大質量の触角が闘技場の石壁を粉砕しながらアイズドへと迫る。


「《機装変形:双刃剣ツイン・グレイブ》!」

アイズドは巨盾を瞬時に双刃剣へと変え、アタッカークラス固有のステップ回避の無敵フレームを利用して触角の一撃をすり抜ける。しかし、完全には躱しきれず、余波だけで彼の仮想肉体が吹き飛ばされそうになる。

「くそっ、重さが段違いだ……《機装変形:魔道大杖アーク・ワンド》! 《浄化のクリアランス》、からの《遅延回復ディレイ・ヒール》!」

吹き飛びながらも杖を展開し、着地の瞬間にルナの毒状態を解除しつつ、自身の体力が回復するようタイムラインを調整して魔法を撃つ。

防御、回避、回復、ヘイト管理。常人なら数秒で脳が焼き切れるほどのマルチタスクを限界まで回し続け、アイズドはルナを完全に自由な状態フリーにしつつ、敵のギミックの解除条件を探っていた。


残り45秒。


(焦るな。考えろ。ゲームのシステムには必ず『ルール』がある。これだけのHPを持つボスが放つ全体即死攻撃……ただのDPSチェック(火力測定)として設定されているはずがない)


アイズドは、自らを犠牲にして数万回にも及ぶボスの行動ログを収集・解析してきた過去の経験をフル稼働させる。

特定の部位破壊か? いや、魔蛇の全身を覆う漆黒の甲殻は、魔法の詠唱開始と同時に絶対的な防御力(インビンシブル状態)を得ており、どのような攻撃も弾き返すようになっている。

状態異常の付与か? 特定の属性魔法による干渉か?

アイズドは攻撃を捌きながら、機装を《魔銃》や《呪術書》に変形させ、あらゆるデバフや属性攻撃を叩き込んでみる。だが、そのすべてが「無効(Resist)」の文字とともに弾かれた。


残り30秒。


(ダメだ、通らない……! ギミックの解除条件が、どこにも提示されていない! クソAI『アルファ』め、どこに抜け穴を隠しやがった……!?)

アイズドの思考が焦燥に焼かれ始める。


一方、アイズドの完璧なヘイト管理のおかげで完全に自由の身となっていたルナは、闘技場の端を駆け抜けながら、魔蛇の巨体を穴のあくほど観察し続けていた。

彼女はVRMMOの初心者であり、ゲーム的なセオリーやギミックの定石など何も知らない。だからこそ、彼女は純粋に「目の前の巨大な生物」としての不自然さを探していた。

彼女が頼るのは、現実世界で幼少期から骨の髄まで叩き込まれた、極限の観察眼と生物学的な洞察力だった。


(アイズドさんは全部の攻撃を引き受けて、私に考える時間をくれている。……見つけなきゃ。絶対に、奴の弱点を)


ルナのサファイアブルーの瞳が、限界まで見開かれる。

魔蛇は天に向けて詠唱を続けている。闘技場の泥濘から凄まじい密度のマナが吸い上げられ、魔蛇の体表を伝って上空の魔法陣へと送り込まれている。

その光のエフェクトの動きを、ルナは瞬きすら忘れて追った。


(おかしい……。足元から吸い上げた光が、頭の先まで均等に流れていない。首の根元、胸のあたりにある分厚い甲殻のところで、一度光が『滞留』している。まるで、あの中に強大なポンプのような心臓コアがあるみたいに)


だが、その胸部は魔蛇の全身の中でも最も分厚く、頑丈そうな漆黒の装甲板で完全に覆い隠されていた。先ほどアイズドが魔法を撃ち込んでも、傷一つ付かなかった部位だ。

今のルナの片手直剣の攻撃力では、何度斬りつけてもあの装甲を割ることは不可能に思えた。


残り20秒。


(どうすればいい? あの装甲の下にコアがあるのは間違いないのに、攻撃が通らない。……ううん、違う。今は通らないだけだ)


ルナの脳裏に、現実世界での師の教えが蘇る。

『どれほど堅牢な鎧を着込んだ相手でも、攻撃を放つ瞬間には必ず関節が開き、呼吸のために隙が生まれる。その一瞬の”かい”を突け』


(あんなに膨大なエネルギーを体内で圧縮しているのに、ずっと装甲を閉じたままでいられるはずがない。もし本当にあの胸の下にコアがあるなら、魔法を撃ち出す直前に、絶対にあそこが『開く』!)


それは、システムのアシストも、ゲームの知識も関係ない。純粋な物理法則と生物の構造に基づく、ルナ自身の直感と仮説だった。


残り15秒。


アイズドの息が上がり始めているのが遠目にも分かった。三十のクラスを同時に回す過剰なフィードバック負荷が、彼の仮想肉体を軋ませているのだ。

(アイズドさんは、まだ答えを見つけていない。このままアイズドさんの合図を待っていたら……間に合わない!)


ルナは片手直剣の柄を強く握りしめ、泥濘を蹴り飛ばした。

アイズドからの「待機しろ」という指示を無視し、彼女は独断で魔蛇の死角へと向けて最高速で駆け出したのだ。


残り10秒。


頭上の巨大な魔法陣が臨界点に達し、網膜を焼くほどの白銀の光が闘技場を埋め尽くそうとしていた。

アイズドは絶望的な状況の中で、血を吐きながらもまだ諦めずに魔蛇の行動を解析していた。

(万策尽きたか……!? いや、待て。詠唱完了直前のこの異常な魔力圧……奴の装甲は、排熱をどう処理している?)

アイズドの優れた分析力が、ようやくルナと同じ答えに辿り着こうとしていた。


残り5秒。


アイズドの視界の端で、魔蛇の胸元の甲殻の継ぎ目が、内側からの魔力圧によってカタカタと震え始めているのが見えた。

(……そこか! 魔法を放出するために、最後に排熱の窓が開く! それがこの即死ギミックを止める唯一の答えッ!)


アイズドが喉を震わせ、ルナに向けて突撃の指示を叫ぼうと息を吸い込んだ。


残り3秒。


ガコンッ!!

という重々しい機械音のような響きと共に、魔蛇の胸元を覆っていた分厚い甲殻が、左右に大きくスライドした。

アイズドの視界が、その奥で赤黒く脈打つ、無防備な『真のコア』の存在を完全に捉える。


「ルナッ! 胸元だ、いけェ――!」


だが、アイズドの叫びは、最後まで響くことはなかった。

なぜなら、彼が指示を出すよりも遥かに早く、一直線に伸びる白銀の流星が、すでに魔蛇の胸元へと到達していたからだ。


「――っ!?」

アイズドは驚愕に目を見張った。


ルナだ。

彼女はアイズドの合図を待たず、己の観察眼だけを信じて、すでに跳躍していたのである。

魔蛇が甲殻を開く数秒前から助走をつけ、アイズドが引きつけていた触角の隙間を縫うようにして、空高く舞い上がっていた。


(私の仮説通り……開いたッ!)


空中で身体を捻り、全身のバネと落下のエネルギーのすべてを片手直剣に込める。

極限の集中力が、時間の流れを泥のように遅く感じさせる。

システムが引き起こすコンマ数秒の遅延ラグすらも計算に入れた、完璧なタイミングでのスイング。


残り1秒。


魔法陣から致死の光が降り注ぎ始めるその刹那。


「――《ソニックスラスト》ッ!!」


ルナの全霊を込めた、素浪人の神速の突進スキルが、音の壁を突破して放たれた。

一直線に伸びた銀色の閃光が、開ききった甲殻の隙間を縫い、真のコアの中心へと正確に吸い込まれていく。


残り0.1秒。


パリィィィィィィンッ!!!!


ガラスが砕け散るような、甲高く、そして圧倒的なカタルシスを伴うクリティカルヒットの破砕音が、円形闘技場の全域に響き渡った。

ルナの片手直剣が、魔蛇の魔力核を完全に貫き、粉砕したのだ。


直後、闘技場を包み込んでいた劇的な変化が起こる。

魔蛇の内部で極限まで圧縮されていた広域殲滅魔法【瘴澱の創世】の膨大な魔力が、放出の出口コアを破壊されたことによって完全に行き場を失ったのだ。


『ギ、ギュォォォォォォォォッ!?』


魔蛇の巨体が、内側から風船のように異様に膨れ上がる。

システムが強制終了を告げるエラー音を鳴り響かせた瞬間、空を覆っていた巨大な魔法陣が、嘘のようにその輝きを失い、無数のポリゴンの破片となってパラパラと崩れ落ちた。即死ギミックの強制中断である。


ドゴォォォォォォォォンッ!!

それと同時に、魔蛇の体内で圧縮されていた自らの魔力が大爆発を引き起こした。

漆黒の甲殻が内側から吹き飛び、青黒い体液と腐肉が闘技場に撒き散らされる。自爆にも等しい甚大なフィードバックダメージ(ギミックブレイク・ペナルティ)がシステムによって計算され、魔蛇の絶望的だった異常な長さのHPバーが、滝のように削り取られていく。


一割、五分、三分……そして、ほんのわずかなドット(1%)だけを残し、ボスの体力は限界の底まで消し飛んだ。


「ッ……やった、コア破壊成功です!」

空中で体勢を立て直し、泥濘に着地したルナが、歓喜の声を上げる。

アイズドもまた、両腕の機装を解除しながら、安堵と驚愕の混じった荒い息を吐き出した。

「はっ……お前、俺の指示を待たずに突っ込んだな。あの甲殻が開くって、確信があったのか?」

「はい! 観察してたら、あそこだけエネルギーの流れが不自然だったんです。開くなら魔法を撃つ直前しかないって思って」

「……末恐ろしい才能だな、まったく。結果オーライだ。奴の魔法の暴発で、体力も完全にミリ(瀕死)まで削り切れた。あとはトドメを刺すだけだ」


勝利を確信した二人が、泥濘に沈みゆく魔蛇の巨体へと歩み寄ろうとした、その時だった。


「――っ!?」

ルナが、ビクリと肩を震わせて足を止めた。

彼女の並外れた生存本能が、全身の産毛を逆立ててけたたましい警鐘を鳴らしていた。


爆発によって半身の装甲を失い、血の海に沈んでいた魔蛇。

システム上は「瀕死(HP1%)」のステータスであり、本来であれば行動不能に陥っているはずのその異形が、ズルリ、と泥を這うようにして鎌首をもたげたのだ。


ひび割れ、溶け落ちた顔面。

六つあった瞳のうち、五つは潰れ、もはや光を失っている。

だが、残された最後の一つ――赤熱する溶岩のように爛々と輝く右の瞳だけは、死の淵にあってもなお、決して消えることのない異常な熱量を放っていた。


その瞳が、自分をこの絶望的な状況に追いやった張本人である、白銀の髪の少女を真っ直ぐに捉える。


『…………ギ、ル…………』


それはもはや、獣の咆哮ですらなかった。

地の底から湧き上がるような、呪詛に満ちた低い擦過音。

瀕死の魔蛇の瞳に宿っていたのは、単なるモンスターの敵対心ではない。システムによってプログラムされたヘイト(敵視)のロジックすらも完全に逸脱した、純粋で、濃密で、底知れぬほどの『殺意』そのものだった。


「アイズドさん……っ。こいつ、まだ……死んでません……!」

ルナが片手直剣を握る手に、再び限界以上の力が込められる。

圧倒的なカタルシスを伴ったギミックブレイク。しかし、死闘はまだ終わっていなかった。満身創痍の異形と、限界を超えた二人の開拓者。

闘技場を覆う緊迫した空気は、最後の決着へ向けて、さらなる絶望の温度を上げ始めていた。

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