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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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高額雑用係


 南の都市のさらに奥に位置する、一般プレイヤー立ち入り禁止のプライベート狩場『封魔の峡谷』。

 そこで俺たちが本格的なレベリングを開始してから、現実世界の時間にして二週間が経過していた。


「――《孤影の絶華》ッ!」


 ルナの白銀の片手剣が閃き、レベル80台後半の凶悪なモンスターである『キメラ・マンティス』の硬質な甲殻を容易く両断した。

 パリンッ! というクリティカルの破砕音と共に、巨大なカマキリの魔獣が光の粒子となって砕け散る。


 すかさず、俺は《戦陣軍師》の魔導書から次のターゲットへ向けてデバフを放った。

「ルナ、右からもう二体来るぞ! 動きを止める、一気に片付けろ!」

「はいッ!」


 視界の端で、経験値バーがギュンッと音を立てて伸びていく。

 この二週間、俺とルナは寝食の時間を除き、ひたすらにこの峡谷でモンスターを狩り続けていた。

 八咫烏やたがらすが流したフェイクニュースのおかげで、世界中のハイエナどものヘイトは完全に俺たちから逸れている。誰一人として邪魔者の入らない、文字通りの『VIP待遇』の最高効率エリア。

 探す手間も、横殴りされるリスクもない。ただ目の前に無限にリポップ(再出現)する高レベルモンスターを、作業のように、だが極限の効率で処理し続けるだけだ。


「……ふぅ。お疲れ様です、アイズドさん!」


 最後の一体を斬り伏せたルナが、額の汗を拭いながら満面の笑みで戻ってきた。


「ああ、お疲れさん。いいペースだぞ」


 俺は魔導書を閉じ、ルナの頭上に表示されているレベルを確認した。

 俺たちのレベルは、目標である『90』に向けて、着実かつ爆発的なペースで上がり続けている。

 プロ時代、白騎士団の軍師として俺が必死に盤面をコントロールして作り上げていた『安全な環境』を、今度は俺自身が享受する側になっている。皮肉なものだが、余計な情報戦や物資の確保にリソースを割かず、純粋に戦闘だけに集中できる環境がどれほどありがたいか、身に染みて理解できた。


「――随分と順調そうだな、アイズド」


 ふと、峡谷の入り口の方から、乾いた足音と共に声が掛かった。

 振り返ると、漆黒のローブに身を包み、黒いマスクで顔の下半分を隠した男――八咫烏のトップ軍師、クロウが歩いてくるのが見えた。


「クロウか。ああ、おかげでな」

 俺は立ち上がり、軽く手を挙げた。

「外部からのノイズが一切ない環境ってのは、本当に最高だぜ。お前らの情報操作ヘイトコントロールの腕には感服するよ」

「フッ、お互い様だ。お前から貰った神話の鍵とダンジョンの情報のおかげで、うちのトップパーティも無事に上限解放の試練を突破できたからな。……それに、白騎士団の残党が嗅ぎ回って強行偵察に来たが、それもあしらっておいた」

「そうか。あの泥船は完全に沈んだってわけだ」


 俺は鼻で笑った。マニュアルを失った彼らが、クロウの敷いた防衛網を突破できるはずがない。


「で? わざわざこんな辺境の狩場まで、八咫烏のトップが直々に何の用だ? 契約の更新か?」

 俺が本題を促すと、クロウは腕を組み、少しだけ真剣な目つきになった。


「……お前たちに一つ、頼みがある。いや、これは取引の延長――高額な『雑用』だと思ってくれていい」

「雑用、ね。内容によるな」

「EHOの国内大会が迫っているのは、知っているな?」


 クロウの言葉に、俺の記憶のデータベースが即座にヒットした。

「ああ、もうそんな時期か」

 EHOのプロシーンにおける大会は、大きく分けて二つの部門が存在する。

 一つは、ボス討伐の速度とギミック処理の正確さを競う『PvE(対モンスター戦)部門』。俺がかつて白騎士団で猛威を振るっていたのはこちらだ。

 そしてもう一つが、プレイヤー同士が純粋な立ち回りと読み合いで戦う『PvP(対人戦)部門』である。


「うちのPvP部門の出場メンバーたちの、『練習台スパーリングパートナー』になってほしいんだ」

 クロウが真っ直ぐに俺を見て言った。

「国内大会に向けた最終調整の時期に入っているんだが、通常のマッチングじゃもう練習にならないレベルに仕上がっていてな。……アイズド。お前のような、システムの常識から外れた『規格外』の相手と模擬戦をすれば、あいつらにとって最高の刺激になる」


「なるほどな……PvPの練習台、か」

 俺は顎に手を当てて、思考を巡らせた。

 狩場と保護を提供してもらっている手前、断る理由は薄い。それに、俺の軍師としての食指も、激しく動かされていた。


 俺はチラリと、隣で話を聞いていたルナを見た。

 彼女は、現実世界で培った「生物学的な反射神経」により、PvEにおけるモンスターのモーション回避や、格下の三流傭兵プレイヤー相手には無双できる。

 だが、対人戦のセオリーや心理戦、トッププロ特有の『騙し合い』の経験値は、まだまだ圧倒的に不足している。あのレベル121の憤怒の竜を相手にするなら、ルナの反射神経に『対人戦の読み合い』の要素を組み込んでおくのは、絶対にプラスになる。


「……いいぜ、クロウ。願ってもないチャンスだ」

 俺が快諾しようとした、その時だった。


「助かる」

 クロウは短く頷き、そしてチラリとルナの方へと視線を流した。

「ああ、そっちのお嬢さんは、怪我をするといけないから見学席にいてくれて構わないぞ。うちのPvPメンバーは血の気が多い連中ばかりでな。流れ弾が当たって泣かれても、こっちが困るんでね」


「――――」


 俺の思考が、一瞬だけピタリと停止した。


 クロウのその言葉は、純粋な気遣いの皮を被った、あまりにも露骨な『過小評価』だった。

 先日、俺の【古代変形機装】を見たクロウは、その異常な情報処理負荷とシステムハックの本質を即座に見抜き、俺のプロとしての力量を誰よりも高く評価した。

 だが、ルナのことは違ったらしい。

 彼の目には、この白銀の髪の美少女が、ただの「凄腕の軍師にくっついてレベル上げをしてもらっている、お供の可愛い女の子」程度にしか映っていないのだ。


「えっ? 私ですか?」

 ルナ本人は、自分がコケにされたことにすら気づいていない様子で、きょとんと首を傾げている。怒るどころか、完全に目の前の男の言葉の意味を理解していないような、冷ややかで無反応な様子だった。


 そのルナの天然っぷりと、クロウの知ったかぶりな態度が、俺の腹の底で奇妙な化学反応を起こした。


(……なるほどな)


 俺は目を伏せ、込み上げてくる黒い歓喜を押し殺すように、肩を僅かに震わせた。

 そして、クロウに悟られないように、口角を歪で底意地の悪い三日月型に吊り上げた。


(後で泣いてもしらないぜ……。いや、いい機会だ。彼女の本当の恐ろしさを、お前ら八咫烏の精鋭どもに、ここで『公開』してやるか)


 クロウがどれだけヤバい地雷を踏み抜いたか。

 俺が認めた「最強の相棒アタッカー」の実力がどれほどのものか。

 それを世界トップレベルのプロたちに骨の髄まで思い知らせてやるという、軍師としての冷徹で嗜虐的なプロモーションの青写真が、瞬時に脳内に組み上がっていく。


「いや、こいつも一緒に出る」

 俺は表情を通常の飄々としたものに戻し、クロウに向かってあっけらかんと言い放った。

「人数合わせの案山子くらいにはなるだろ。適当に端っこで立たせておくさ」


「ええっ!? 案山子ってひどいです、アイズドさん!」

 ルナがポカポカと俺の腕を叩いて抗議してくるが、俺はそれを軽くあしらった。


「……ふむ。お前がそういうなら構わないが。手加減はできないぞ」

 クロウは少しだけ怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに興味をなくしたように背を向けた。

「では、案内しよう。うちのPvPメンバーが待つ、闘技場へ」


 クロウの背中を追いながら、俺はルナと目を合わせた。

 単なるレベル上げの作業から一転。

 洗練されたトッププロたちとの高度な騙し合いと、純粋なプレイスキルが激突するPvPの舞台へ向けて。

 俺の胸の中には、無知な獲物が自ら罠に足を踏み入れるのを安全な場所から観察する、極めて特権的な快楽が渦巻いていた。

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