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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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踊らされる白騎士


『我々【八咫烏】は、極光の氷原の最深部にて、レベル上限解放の鍵となる情報を独占的に獲得した。これより当ギルドの精鋭による先行検証に入る。他ギルドの干渉は一切容認しない』


 その大々的な公式声明がSNSに投下されてから、EHOの世界はかつてないほどの熱狂と混乱の渦に包まれていた。

 だが、その熱狂が『絶望』という名の冷水となってぶっかけられた場所が、一つだけ存在した。


「ふざけるな……! ふざけるなァァァッ!! なんで八咫烏の連中が、俺たちより先に上限解放の鍵を手に入れてやがるんだッ!」


 白と銀を基調とした豪奢な内装が虚しく残る、白騎士団のギルドハウス。

 その広間で、エースアタッカーであるレオンが、高価な木製のテーブルを蹴り飛ばして吠え猛っていた。


「落ち着きたまえ、レオン君! 今ここで喚いても何も解決しない!」

 代表マネージャーの神崎も、血走った目でホログラムウィンドウを睨みつけている。彼のスマートフォンの通知は、先ほどからスポンサー企業からの『契約打ち切り』を告げるメッセージで埋め尽くされていた。

「八咫烏の発表で、世間の注目は完全に奴らに移った。うちのギルドの株は暴落し、大半のスポンサーが手を引いてしまった。……このままでは、白騎士団は終わりだ」


「終わらせてたまるかよッ! 俺の、俺の華麗な剣技を見せつける最高の舞台が、こんなところで……!」

 レオンは己の金髪を乱暴に掻きむしった。

 彼らには理解できなかった。なぜ、自分たちは急に勝てなくなったのか。なぜ、今まで見下していたライバルギルドや中堅どころに、いとも容易く追い抜かれてしまったのか。

 かつて軍師『ジン』が裏でどれほどの血を吐くような情報戦を行い、相場を操作し、彼らを『絶対に勝てる安全圏』に立たせていたか。その真実を代表から突きつけられてもなお、レオンの肥大化した自尊心は、己の無力を認めることを拒絶していた。


「神崎さん! 八咫烏の精鋭部隊が、南の『封魔の峡谷』周辺を完全封鎖して検証作業に入っているというタレコミがありました! 奴らの主力は今、そこに集結しています!」

 残った情報班の一人が、焦燥した声で報告を上げる。


 それは、八咫烏のトップ軍師であるクロウが、意図的に流したフェイクの座標だった。アイズドとルナが安全にレベリングを行っている最深部のプライベート狩場から目を逸らさせるため、わざと手前のエリアに防衛線を敷き、ハイエナたちのヘイトをそこへ向けさせたのだ。

 だが、余裕と冷静な思考力を完全に失っているレオンたちが、そのブラフに気づくはずもなかった。


「……そこだ! 今から全戦力を結集して、封魔の峡谷に強行偵察を掛けるぞ!」

 レオンが血走った目で剣を抜き放ち、叫んだ。

「八咫烏の連中を力ずくでPKして、上限解放のアイテムと情報を奪い取ってやる! そうすれば、俺たちが再び最強の座に返り咲けるんだ!」


「待つんだレオン君! 相手はあの八咫烏だぞ、まともな準備もなしに突っ込めば――」

「うるせぇ! このまま指をくわえて泥船が沈むのを待ってろってのか! 行くぞ、お前ら!!」

 レオンの狂気的な扇動に、後がなくなった白騎士団の残党たちも次々と武器を手に取り、破れかぶれの歓声を上げてギルドハウスを飛び出していった。


 ***


 数時間後。

『封魔の峡谷』の入り口付近は、一方的な蹂躙の舞台と化していた。


「がああああっ!?」

「クソッ、右からまた増援だ! 回復が追いつかねぇ!」

「盾役は何をやってる! ヘイトが完全に漏れてるぞッ!」


 レオン率いる白騎士団の強襲部隊は、峡谷に一歩足を踏み入れた瞬間に、完全に息の根を止められていた。

 待ち構えていたのは、クロウの指揮によって完璧な陣形を敷いた八咫烏の精鋭防衛部隊。彼らは地の利を活かし、高所からの魔法の集中砲火と、死角からの伏兵による挟撃という、教科書通りの『キルゾーン』を形成していた。


 対する白騎士団の動きは、あまりにも無様だった。

「どけッ! 俺が斬り伏せる! 《イアイ・ストライク》ッ!!」

 レオンは味方の陣形を完全に無視し、見栄えの良い大技を放つためだけに単騎で敵陣へと突っ込んでいく。

 だが、かつて軍師ジンがミリ単位で調整してくれていた『敵の攻撃の死角』も『ヘイト管理による安全網』も、今の彼には存在しない。


「――バカが。単独で突っ込んでくるアタッカーなど、ただの的だ」

 八咫烏の防衛部隊を率いる指揮官が冷酷に鼻で笑い、手を振り下ろした。


「なっ――!?」

 レオンが剣を振り被ったその瞬間、彼の足元に仕掛けられていた拘束魔法が発動し、動きが完全に停止する。

 そこに、八咫烏の魔導士たちが放った数十発の火炎魔法が、寸分違わぬタイミング(スナップショット)で集中着弾した。


 ズガァァァァァァァァンッ!!!!


「ぎ、がァァァァァァァァッ!!」

 レオンのHPバーが一瞬にして消し飛び、彼の身体は光の粒子となって無惨に砕け散った。

 エースを失い、元より連携のレの字もなかった白騎士団の残党たちは、パニックに陥って蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、次々と八咫烏の連携の前に狩り尽くされていった。


 クロウが敷いた完璧な防衛網の前に、かつての絶対王者は、文字通り手も足も出ずに完膚なきまでに返り討ちにされたのだ。

 それは、白騎士団という虚飾のギルドが、完全に崩壊した決定的な瞬間であった。


 ***


 白騎士団ギルドハウスの中庭。

 薄暗い月明かりの下、静寂に包まれたその場所で、規則正しい呼気と、素振りの風切り音だけが響いていた。


「……踏み込みが浅いわ。敵の攻撃の予兆を見てから、〇・五秒遅らせて盾を構えて。息を吐きながら重心を落とすのよ」

「はいっ、ミレイ先輩!」


 数名の若手メンバーを前に、樫の木の安物の杖を持ったエルフの少女――ミレイが、厳しくも丁寧な指導を行っていた。

 彼女の身を包むのは、かつての豪華な絹のローブではなく、動きやすさを重視して自ら裾を切り裂いた地味な装束だ。装飾品は一切なく、その姿に『覇権ギルドのトップヒーラー』の面影はない。


 レオンたちが八咫烏の狩場へと無謀な突撃を仕掛けた時、彼女は同行をきっぱりと拒否した。

 彼らがこれからどうなるか、火を見るより明らかだったからだ。見えざる土台を失った彼らが、盤面を完全に支配しているクロウの罠に突っ込めば、ただ無様にすり潰されるだけ。


「いい? 派手なスキルなんて必要ない。私たちが生き残るために必要なのは、どんな攻撃を受けても陣形を崩さない強固な足腰と、絶対に被弾しないための死角の把握よ」


 ミレイの小脇には、かつてジンが遺していった分厚い革張りのマニュアルが抱えられていた。

 彼女は、ジンが書き残した泥臭い基礎の反復練習を、残された才能のない若手メンバーたちと共に、ただひたすらに繰り返している。

 英雄になるためではない。バズるためでもない。

 ただ、この過酷な理不尽の世界を『生き残る』という、ただ一つの生物学的な目的のために。


 シュゥゥゥン……ッ。

 その時、中庭の端にあるリスポーン地点のクリスタルが青白く発光し、数人のプレイヤーが光の粒子となって実体化した。

 PKされ、デスペナルティを受けて死に戻りをしてきたレオンと、その取り巻きたちだった。


「クソォォォォォッ!! なんでだ! なんで俺の攻撃が通らねぇんだよォォォッ!!」

 レオンは地面に突っ伏し、泥に塗れた拳で何度も何度も石畳を殴りつけ、醜く泣き叫んでいた。

 かつてのプライドは粉々に砕け散り、彼に残されたのは、己の無力さを呪う虚しい怒号だけだった。


「ミレイ先輩……団長たちが……」

 若手の一人が、怯えたようにレオンたちの惨状を見つめる。


 だが、ミレイは泣き叫ぶかつてのエースに一瞥もくれず、ただ冷ややかな、そしてどこまでも静謐な視線を向けただけだった。


「……よそ見をしない。基礎の反復を続けます」


 ミレイの凛とした声が、レオンの怒号を掻き消して中庭に響く。

「他人の敷いたレールの上で踊るだけの時間は終わったの。私たちは、私たち自身の足で立つために……この泥濘に、新しく見えない土台を築くのよ」


「……はいッ!」

 若手メンバーたちが、迷いを振り切ったように力強く頷き、再び剣と盾を構え直す。


 崩れ去り、沈みゆく泥船の中で、かつての虚飾を捨て去り、痛切な後悔を胸に刻み込んだ一人のエルフの少女だけが、ジンが遺した真の『強さ』の意味を受け継ぎ、泥臭く、しかし決して折れない歩みを静かに進め始めていた。

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