旧友(ライバル)との再会
フェネキア族の里から遠く離れた、南の交易都市。
そこは、豊富な物資と情報が飛び交う、EHOの世界でも有数の巨大都市だ。
俺は初期装備の布の服の上に安物のフード付き外套を深く被り、行き交うプレイヤーの波に紛れながら、その都市の中央にそびえ立つ堅牢なギルドハウスの前に立っていた。
白と銀を基調とした白騎士団のギルドハウスとは対極的な、漆黒のレンガで造られた重厚な城塞。
その入り口には、誇り高き三本足の烏のエンブレムが掲げられている。
プロギルド『八咫烏』。
俺が軍師『ジン』として白騎士団に所属していた頃、幾度となく覇権を争い、盤面の裏側で情報戦と相場操作の激しい削り合いを演じてきた最大のライバルギルドの拠点だ。
白騎士団が崩壊の危機に瀕している今、彼らはすでに探求期における既存ボスの攻略を終え、このEHOにおけるトップ集団の先頭を走っている。
俺は深くフードを被ったまま、城塞の入り口を固めている二人の屈強な門番プレイヤーへと歩み寄った。
「止まれ。ここは八咫烏のギルドハウスだ。部外者の立ち入りは禁じられている」
門番の一人が、俺の貧相な装備を訝しげに見下ろしながら槍を交差させた。
「ああ、分かってる。あんたらのギルドのトップ軍師……『クロウ』に用があって来た」
俺が静かな声で告げると、門番たちは一瞬ぽかんとした後、鼻で笑った。
「はっ、クロウ様に用だと? てめぇみたいな薄汚いモブプレイヤーが、うちのトップに簡単に会えるわけねぇだろ。何かの攻略情報の売り込みか? ならギルドの受付窓口に回れ」
「いや、窓口じゃダメだ。本人に直接伝えたいことがある」
「帰れ帰れ! クロウ様は今、『匿名の開拓者』の特定と対策で忙しいんだよ。てめぇの相手をしてる暇はねぇ!」
追い払おうとする門番たちに、俺は一歩も引かず、フードの奥から三白眼を鋭く光らせた。
「なら、言伝だけでも頼む。クロウに、こう伝えてくれ」
俺は声を潜め、かつてクロウとの間でだけ通じていた『暗号(合言葉)』を口にした。
「……『三ヶ月前の廃竜戦、第四フェーズでヘイトキャップを悪用したスイッチ遅延は、見事なブラフだった』、とな」
「あぁ?」
「それから、『二人の時に会いたいなら、南の丘の枯れ木の前に一人で来い』とも伝えておけ。……あいつなら、これで必ず分かる」
俺はそれだけを言い残し、門番たちの怪訝な視線を背に受けながら、踵を返してギルドハウスの前から立ち去った。
門番たちは「なんだあいつ、頭がおかしいんじゃないか?」とヒソヒソ話していたが、俺には確信があった。
情報戦の化け物であるあいつが、この不可解で極めて専門的なメッセージを無視するはずがない。
***
南の都市から少し離れた、モンスターの湧かない安全エリア『南の丘』。
俺は丘の頂上にある一本の枯れ木に寄りかかり、腕を組んで目を閉じていた。
どれくらい待っただろうか。
ザッ、ザッ、という、雪原とは違う乾いた土を踏みしめる足音が、丘の下から急ぎ足で近づいてくるのが聞こえた。
「……随分と待たせるじゃないか。情報収集が取り柄の八咫烏にしては、動きが遅いぜ」
俺が目を開け、フードを脱ぎ捨てて不敵に笑うと、そこに立っていたのは、漆黒のローブに身を包んだ一人の男だった。
目元を覆うような長い黒髪。顔の半分を隠す黒いマスク。そして、ローブの隙間から覗く、計算し尽くされた冷徹な瞳。
八咫烏のトップ軍師、クロウ。
だが、今の彼の瞳にいつもの冷徹さはなく、信じられないものを見るような驚愕と、血相を変えたような焦燥感が入り混じっていた。
「……誰だテメェ。あの合言葉を知っているのは俺と……白騎士団の『ジン』だけだ」
クロウは、俺の顔――初期装備の布の服を着た、少し無精髭のある三十歳のおっさんの顔を食い入るように見つめた。
「いや、お前まさか、ジン……なのか? お前、白騎士団をクビになったんじゃ……」
「ああ、クビになったよ。見栄えが悪いし、もうマニュアルがあるから不要だってな」
俺は肩をすくめ、カチャリと右腕の機装を鳴らした。
「だから今は、心機一転、新しいアバターで気ままなソロプレイを楽しんでるところさ。……名前は『アイズド』だ。よろしくな、クロウ」
俺がアバター名を名乗った瞬間。
クロウの瞳孔が、極限まで収縮した。
「……アイズド」
クロウがその名を呟き、ギリッと奥歯を噛み締める。
「まさかとは思うが、世界中が血眼になって探している極光の氷原の隠しダンジョンを見つけて、世界で初めてレベル80の壁を越えた、その正体がお前だとかクソつまらねえB級映画のオチみたいな展開じゃねえよな?」
「ご名答。さすがは八咫烏のトップアナリストだ、話が早くて助かる」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに。
シュォォォォォンッ!!
クロウの姿が陽炎のようにブレ、俺の背後へと一瞬で回り込んだ。
彼の手に握られていた黒い短剣が、俺の首元に向けて音もなく薙ぎ払われる。
「――ッ!」
俺は咄嗟に身を沈め、右腕の機装を《双刃剣》へと変形させてその一撃を弾き返した。
ガガガァンッ! と、激しい火花が散る。
「おいおい! 久しぶりに会った旧友に向かって、いきなり辻斬りかよ!」
「旧友だからこそ、挨拶代わりに確かめさせてもらう! お前が本当にジンなのかを!」
クロウの瞳には、一切の殺意はなかった。
そこにあるのは、純粋な『ゲーマー』としての歓喜と闘争心だ。
レベル80でカンストしているクロウの攻撃は、レベル81の俺には『レベル差10』のレジスト(完全無効化)の対象外だ。純粋なステータスとプレイスキルのぶつかり合いが成立する。
「《影縫い》!」
クロウが短剣を地面に突き刺すと、俺の足元から黒い影が伸び、動きを封じようとしてくる。
「甘え! 《機装変形:戦陣軍師》! 《浄化の光》!」
俺は即座に杖に変形させてデバフを解除し、そのまま《機装変形:抜刀術士》へと移行。
「――《紫電一閃》ッ!」
神速の居合がクロウのローブを掠め、彼のHPバーを削り取る。
「ハハッ! なんだそのデタラメなジョブは! お前、軍師のくせに前衛でゴリゴリに動いてるじゃないか!」
「うるせぇ! これが今の俺だ!」
俺たちは互いにダメージを削り合いながら、丘の上で本気のPvP(じゃれ合い)を繰り広げた。
お互いの思考回路を知り尽くしているからこそ成立する、極限のフェイントとカウンターの応酬。
かつてのライバル同士が、組織のしがらみを離れて純粋に刃を交える。
丘の上に激しい金属音と魔法の光が弾け、二人の軍師による、再会を祝する熱狂的な死闘が南の風を激しく切り裂いていた。




