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『地味だと追放された元プロ、限界突破の産廃ジョブで全ロール最強へ』  作者: 料理長


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働き者の騎士たちと、軍師の食べ歩き

 

 極光の氷原での死闘から数日が経過し、『空を抱く地下都市』での生活はすっかり穏やかな日常軌道に乗っていた。

 環境制御オプティマイズによって完璧に調整された地下都市の気候は、常にポカポカとした春の陽気そのものだ。激戦で焼き切れそうになっていた俺の脳髄も、この数日間の完全な休息によって、ようやく正常なクロック数を取り戻しつつあった。


 ルナは現実世界リアルで大学の授業があるため、日中はログインしていない。

 俺は暇を持て余し、普段着の『布の服』のまま、地下都市の広場へと散歩に出かけた。


「――この区画の貯水タンクの配管は老朽化が進んでいます。すぐに予備の魔力石を用いて修繕を。それから、第三農園の土壌の魔力濃度が偏っていますね。作物の配置をこちらの図面の通りに最適化すれば、収穫量は現在の百二十パーセントに向上するはずです」

「おおお……! さすがはアグラヴェイン様! なんという的確で無駄のない指示!」

「我々フェネキア族が数百年かけても見直せなかった生産ラインを、たったの数日でここまで……! まさに知の巨人だ!」



 広場の一角で、何十人ものフェネキア族の農家や役人たちに囲まれているのは、鉄灰色の甲冑を着たアグラヴェインだった。

 彼は空中に無数のシステムウィンドウ(彼にとっては魔法の書類だろうが)を展開し、羽ペンを猛烈な勢いで走らせながら、次々と的確な指示を飛ばしている。


 元々、あの巨大なキャメロットの城で、狂王の暴走という最悪の状況下でも兵站と実務をたった一人で回し続けていた男だ。数千人規模の地下都市の備蓄管理や農業の効率化など、彼にとっては息をするより簡単なのだろう。



「ふふっ。やりがいのある仕事を与えられて、アグラヴェインも水を得た魚のようですね」



 呆然と立ち尽くす俺の横に、いつの間にか黄金の九尾を揺らす族長セレンが並んで立っていた。



「水を得た魚っていうか……完全に社畜の顔に戻ってねぇか? あいつの目の下の隈、キャメロットにいた時より濃くなってる気がするぞ」

「あら。アグラヴェイン殿は『誰も死なないための在庫管理ほど、心躍る実務はない』と、三日三晩寝ずに農園の土壌計算をされていましたよ」

「……生粋のワーカーホリックじゃねぇか」



 裏方で組織を回すことに無上の喜びを見出す、悲しき中間管理職のさが。俺も人のことは言えないが、彼にはもう少しスローライフというものを学んでほしい。

 ズドォォォォンッ!!

 そんなことを考えていると、広場の反対側から凄まじい地響きが鳴り響いた。



「おーい! 狩猟班、戻ったぞー!」



 地響きの正体は、巨大な岩石の殻を持つレベル70相当の魔獣『ロック・トータス』の巨体だった。

 それをたった二人で、まるで軽い荷車でも引くようにズルズルと引きずってきたのは、モードレッドとガウェインの二人だ。



「おおお! モードレッド様にガウェイン様! またこんな大物を!」

「これでお肉の備蓄は三ヶ月分は安泰だ! さすがは我らが騎士様!」



 フェネキア族の狩人たちや、キャメロットの避難民たちが、大歓声を上げて二人を出迎える。



「ハッハッハ! これくらい造作もない! この程度、私とガウェインが軽く剣を振れば一撃だからな!」



 モードレッドは真紅の甲冑をガシャガシャと鳴らし、鼻高々に胸を反らせている。彼女の足元には、獣人族の子供たちが「モードレッドお姉ちゃん、すごーい!」とキラキラした目で群がっていた。



「うむ。皆の腹が膨れるのであれば、これほど騎士冥利に尽きることはない。さあ、今日はこの魔獣の肉で盛大に宴を開こうぞ!」


 ガウェインも豪快に笑い、子供たちの頭を優しく撫で回している。


「……あいつらも、完全にこの里に馴染みやがったな」


 俺は額を押さえて苦笑した。

 アグラヴェインは管理業務に没頭し、モードレッドとガウェインは力仕事や魔獣の狩猟で大いに里に貢献している。種族や立場の壁を越え、かつての円卓の騎士たちが生き生きと『スローライフ』を謳歌している姿は、見ていてなんだかとても微笑ましかった。

 だが、問題は……俺だ。


(仲間たちがここまで一生懸命働いているのに、俺だけが昼間からブラブラ散歩しているというのは、軍師としてどうなんだ? いや、一人の大人として完全にニートじゃないか)


 変なところでプロゲーマー特有の「何もしていないことへの焦燥感」が働き始めた俺は、隣に立つセレンに向かって真顔で口を開いた。


「なぁ、セレン。俺にも何か手伝えることはないか? 備蓄の在庫管理でも、防衛結界の魔力計算でも、なんでもやるぞ」

「まぁ。アイズド殿も、我々のお手伝いをしてくださるのですか?」

「ああ。仲間があんなに頑張ってるのに、俺だけただ飯を食ってるのも落ち着かなくてな。遠慮なく裏方の仕事を回してくれ」



 俺が腕まくりをして気合を入れると、セレンは目を丸くした後、ふふっと優しく、そしてどこか悪戯っぽく微笑んだ。



「お気持ちは大変嬉しく思いますが……お断りいたします」

「えっ、なんで!?」

「アイズド殿は、我らフェネキア族とキャメロットの民を絶望の底から救い出してくださった、最大の恩人であり英雄です。英雄に裏方の雑務などさせるわけにはいきません。……それに」


 セレンは俺の胸を軽く指で突き、黄金の瞳を細めた。


「アイズド殿はこれまで、ご自身の身を削り、誰よりも重い責任を背負って戦ってこられました。ですから、この里にいる間くらいは、どうか『ただ純粋に、この街の恵みを楽しむこと』に専念していただきたいのです。それが、私たちからの何よりの恩返しですから」


 気高く、そして有無を言わさない族長の微笑み。

 その言葉の奥にある深い感謝と労りの念に触れ、俺は思わず言葉に詰まってしまった。


「そ、そう言われちまうと……反論できねぇな」

「ええ。ですから、アイズド殿は今日一日、大市場を回って私たちの自慢の食事をたくさん食べてきてくださいな」


 セレンに背中を押されるようにして、俺は半ば強制的に大市場へと向かわされることになった。

 市場に足を踏み入れると、俺の姿を見つけたフェネキア族の商人や娘たちが、待ってましたとばかりに一斉に群がってきた。


「あっ、アイズド様だわ! アイズド様、こちらへどうぞ! うちの焼きたてのパンをぜひ!」

「アイズド殿! 我が店で採れたての果実を搾ったジュースです、受け取ってください!」

「こっちの串焼きも食べてくだせぇ! 英雄様に食ってもらうために、朝から仕込んでたんですよ!」


 狐耳をピンと立てた可愛らしいフェネキア族の娘たちが、次から次へと食べ物を差し出してくる。

 俺が少しでも財布からお金を出そうとすると、「恩人からお金なんて取れません!」と頑なに拒否され、結果として俺の両手はあっという間に、パンや串焼き、色とりどりの果物やジュースで完全に塞がってしまった。


「お、おい、ちょっと待て! こんなに食いきれねぇって!」

「ふふっ、遠慮なさらないでくださいな! あーっ、アイズド様のお顔にソースがついてますよ。私が拭いてさしあげますね」

「ちょっ、近い近い! 自分で拭けるから!」


 狐人族の娘たちが、キャッキャと笑いながら俺の周囲を取り囲む。

 甘い果実の香りと、モフモフの尻尾がそこかしこで揺れる圧倒的なハーレム状態。三十歳のおっさんである俺は、彼女たちの純粋すぎる好意と無邪気なスキンシップに、完全にタジタジになっていた。


(……やべぇ。戦闘のプレッシャーとは違う意味で、顔が熱い。というか、こんなの傍から見たら完全に調子に乗ってるニヤけ顔の――)

「…………めっちゃ楽しんでますね、アイズドさん」



 背後から、氷点下マイナス五十度のような、絶対零度の声が響いた。


「っ!?」


 俺の心臓が、ビクゥッ!と跳ね上がった。

 両手に串焼きとジュースを抱え、キツネ耳の娘たちに囲まれたまま、俺はギギギ……と錆びた機械のように首を後ろへ回した。

 そこには、現実世界リアルでの大学の講義を終え、たった今ログインしてきたばかりのルナが立っていた。

 蒼色の軽装鎧に白銀の髪。いつもの美しい彼女の姿だが、そのサファイアブルーの瞳は、見事なまでの『ジト目』になり、完全に光を失っていた。


「あ、ル、ルナ! お帰り! 今日は講義、早く終わったんだな!」


 俺は引きつった笑顔を浮かべ、必死に平静を装うとする。


「はい。アイズドさんたちが今頃次の試練に向けて真剣な会議でもしてるんじゃないかと思って、急いで帰ってきたんですけど」


 ルナは、俺の周囲にいる狐人族の娘たちと、俺の両手に抱えきれないほどの食べ物を交互に見比べた。


「なんだか、とっても『スローライフ』を満喫されているみたいですね。綺麗なお姉さんたちに囲まれて、美味しそうなものもたくさん持って。……ふーん。すごく、楽しそうです」

「ち、違う! これは不可抗力だ!」


 ルナの瞳の奥に、何か得体の知れない黒いオーラ(無自覚なヤキモチ)が渦巻いているのを感じ取り、俺の軍師としての危機回避能力が全開になった。


「俺はアグラヴェインたちみたいに裏方の仕事を手伝おうとしたんだ! だがセレンに『お前は英雄だから休んでろ』って強制的に市場に追放されて、気がついたらこうなってただけで……!」

「へえ。それで、鼻の下をだらしなく伸ばして、お姉さんたちにソースを拭いてもらってたんですね。さすがは私たちの『軍師様』、人心掌握術も完璧ですね」

「鼻の下なんか伸ばしてねぇよ! むしろ困ってたんだ! 助けてくれルナ!」


 必死に弁明する俺だが、ルナは「ふんっ」とそっぽを向いてしまった。


「私は別に怒ってませんよ。アイズドさんが誰と仲良く食べ歩きしようが、私には関係ないですから。……ただ、なんだかすごく、無性に、この串焼きの木串をへし折りたい気分なだけです」


 ボキッ!

 ルナが俺の手から串焼きを一本奪い取ると、見事な笑顔のまま、木串を真っ二つにへし折った。


「ひぃッ!?」

「さ、アイズドさん。せっかくの美味しいご飯、冷めないうちに全部食べてくださいね? 私が『あ・ん』してあげますから。ほら、口を開けて」

「ま、待てルナ! その殺気を帯びた目であーんは怖い! というか串が折れてて肉が落ちてる! 落ちてるからァァァッ!!」


 穏やかで平和な地下都市の市場に、俺の情けない悲鳴が響き渡った。

 最強のアタッカーが見せる、無自覚な嫉妬と理不尽な攻撃力。

 束の間の休息は、俺にとって別の意味でHPと精神力をゴリゴリと削られる、最高に恐ろしくて賑やかなスローライフの始まりであった。


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