【16】西に嵐の予兆あり
この非常事態に余計なことをしてくれるな、と西方海軍に叱られたテオ達は、改めて敷物の上に円陣になるよう座った。
まずは西の最果て の状況を把握しなくてはいけない。
(……地上に現れた成り立ての呪魔達。多分、僕達が想像していた以上に状況は悪い)
状況を最もよく知るクロードが、取れる首の付け根を指でなぞりながら言った。
「お前ら飛行船が不時着してラッキーだぜ。予定通りに到着してたら、呪魔の群れのど真ん中だ」
「あのー、不時着しても、普通に呪魔の群れのど真ん中だったんすけど……」
ヒューゴが腰の低い態度で言うと、クロードは鼻で笑った。
「あれがマシだって思えるぐらい、西の方は大惨事だ。灰色騎士二名──ジネットとセドリックが呪魔化したのは聞いてるな?」
テオ達は頷く。
ジネットという女性は複尾持ち、セドリックという盾使いは甲殻持ちになったと聞いている。だからテオ達が増援のため呼ばれたのだ。
「灰色騎士が呪魔化すると、その灰色騎士の能力が、そのまま呪魔に引き継がれることがある。今回はそのパターンだった」
ジネットの呪装顕現は、赤黒い植物の蔓や花を自在に操るというものだった。セドリックは巨大な盾を複数作り出すことができた。
その能力が、呪魔に引き継がれてしまったらしい。
「聖騎士団は、ジネットだった呪魔を〈棘持ち花〉、セドリックだった奴を〈甲殻盾〉と命名。四等級以上の危険種として認定した……で、更に悪いことに、この二体。どうやら悪食だったらしい」
テオは呪魔博士ことガートルードが書いた本を思い出す。そこに悪食の記載もあった。
呪魔は基本的に、動物を取り込むことで体積を増やす。だが、稀に植物や鉱物を取り込み、その性質を真似するものもいるのだ。
以前、テオが対峙した呪魔は、体にキノコを生やしていた。それを飛ばして、貼りつけた者を傀儡にするのだ。あれも悪食の一種なのだろう。
「〈棘持ち花〉は植物、〈甲殻盾〉は鉱物をそれぞれ取り込み、成長している。植物と鉱物は体積に変換しづらいが、『性質の強化』にはもってこいだ」
たとえば、植物を取り込んで体積にすることができたら、麦畑一つで恐ろしい怪物ができあがってしまう……が、大抵はそうならない。悪食が植物や鉱物を取り込んでも、そこまで体積は増えないのだ。
ただ、性質の強化というだけでも充分に脅威である。鉱物の性質を取り込まれたら、それだけ甲殻が固くなるのだから。
「結果、〈棘持ち花〉と〈甲殻盾〉により聖騎士団西の最果て 北方支部は壊滅。呪い憑き化した奴の何人かは自害したが……それでも聖騎士およそ五十名が呪魔化した」
クロードの言葉に、テオは唇を噛む。
(あぁ、やっぱり……草原にいた呪魔は……)
飛行船が不時着した草原にいた、成り立ての呪魔達。
あれは、呪魔化した聖騎士達の成れの果てだったのだ。
* * *
「地下の方で小爆発があったらしいが……一体何事だ?」
西方海軍司令官の問いに、部下がハキハキと報告をした。
「灰色騎士の一人が、虫に驚いて能力を暴発させたそうです」
「こんな時に何やってんだ……」
第五騎士団長ディエゴ・ファルケが呆れたように呟いた。キースもそう思う。
(何やってんだ、あいつら。バッカじゃねーの、バーカ、バーカ)
西方海軍第三基地は今、灰色騎士に対して非常にピリピリしている。
なにせ、灰色騎士二名が呪魔化したことで、西の最果て 北方戦線は大打撃なのだ。
だからこそ、呪魔化の可能性を秘めている灰色騎士は地下に隔離されていた。
そこに小規模とはいえ、爆発騒ぎである。西方海軍が心穏やかでないのは、言うまでもない。
重い空気になる会議室で、聖女パメラと飛行船の船長ヨーゼフが口を挟んだ。
「あまり酷いことはしないであげて。良い子だったわ」
「俺からもお願いするよ! 『M・ジェネシス号』にとって、灰色騎士は恩人だからね!」
西方海軍司令官の男は、葛藤を飲み込んだ顔で言った。
「我々としても、灰色騎士の処遇には頭を悩ませているのです。私は今まで、灰色騎士に何度も助けられてきました。先日も、船上で羽持ちに救われている」
へぇ、とキースは思った。西方海軍は灰色騎士を嫌悪しているものだとばかり思っていたのだ。
だから、到着早々有無を言わさず地下にぶちこんだのだろう、とキースは考えていたが、そうではないらしい。
「灰色騎士は我々にとって戦友です。ですが……灰色騎士二名が呪魔化している現状、灰色騎士に対する不信を募らせている者も少なくはありません。不要な諍いを避けるためにも、隔離は必要なのです。どうか、ご理解ください」
西方海軍司令官の言葉に、ディエゴが小さく頷いた。
「灰色騎士の力は必要だ。我々聖騎士が見張りつつ、適宜運用しましょう」
そう言って、ディエゴは煙草の箱を取り出す。
キースはむっと眉をひそめたが、誰もディエゴを咎めたりはしなかった。
聖騎士で煙草を吸う者はあまりいない。ただ、元傭兵の第五騎士団は煙草や酒を我慢しないのだ。
(まぁ、ここは教皇庁傘下の建物じゃねぇけどよぉ……)
キースは直情的で暴走機関車などと言われているが、育ちが良いのでこの手のものには潔癖なのである。
ディエゴはマッチで煙草に火を点けると、目を閉じた。それは亡き部下に対する黙祷だったのだろうか。今回犠牲になった聖騎士は、大半が第五騎士団の者だ。
「勇敢に戦い、命を散らした戦士達に安らぎを……──続く決起の言葉は、第五騎士団流でやらせてもらおう」
次に目を開いた時、その眼光は怒れる猛禽のそれだった。その気迫に、キースの体がゾクリと震える。
ディエゴは煙草を灰皿に押しつけ、吠えた。
「呪魔ぶっ殺すぞ、お前らぁ!!」
聖騎士達が「おう!!」と吠える。聖女パメラも、飛行船の技師達航空機管理部も、気づけばキースも熱気に当てられ吠えていた。
この場にいる者達の顔に絶望はない。あるのは死者への追悼と、呪魔への怒りのみ。
ディエゴが広げた地図を指でなぞりながら言う。
「まずは偵察隊を出す。敵は〈棘持ち花〉と〈甲殻盾〉、そして呪魔化した聖騎士が……パメラがだいぶ殺したから、残りは推定三十ちょいか。司令、海の方はどうなってる?」
「海上には一定数の呪魔が確認されています。この辺りは崖が多く、登ってくるのは困難ですが……骨食い入江周辺は警戒した方が良いでしょう」
「分かった。そちらにも人をやる」
ディエゴと西方海軍が淡々と情報のやりとりをしている間、聖女パメラは窓の外を見ている。
女性をあまりマジマジと見るのは失礼だが、キースは彼女の眼差しの先がやけに気になった。
「雷の音がするわ」
聖女パメラがポツリと言う。
キースは耳を澄ませた。祝福二つのキースは人より幾らか耳が良い。確かに西の空から雷の音が聞こえる気がする。
「〈破壊〉の天使の裁きね。嵐が来るんじゃないかしら」
キースは窓の外、西の空に目を凝らす。遠い空にはうっすらと黒い雲が見えた。
西の空では、〈破壊の天使〉が裁きの雷で呪魔を退けているという。実際、聖騎士団の中には、西の空に美しい天使を見た者が何人もいた。
(……もし会えたら、俺に〈破壊〉の加護を授けてくれないかな)
たとえば、かつて〈再生〉の天使に出会い、加護を授けられた、高位聖騎士エルバート・ランドルフのように。




