表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
五章 西の最果て
100/100

【17】西の空にて


 大陸西の海上は、大陸から離れるほど霧が濃くなる。この霧に触れた者は我を忘れ、遭難してしまうことから、この霧が浮かぶ一帯を〈忘却の海〉と呼んだ。

 そんな〈忘却の海〉の境界線とも言える空に、女の姿があった。

 年齢は二十歳前後。くすんだ金髪に青い目の、勝ち気そうな顔立ち。

 スラリと細身の体に身につけているのは、黒を基調とした服だ。動きやすさを重視した細身のブラウスとパンツに、彼女の好みを反映した装飾の多い上着。そして歩きやすさを一切考慮していない、ヒールの高い靴。どうせ地上を歩くことなど稀なのだ。ならば靴ぐらい好きにして良いだろう、という強い意思で選んだ彼女のお気に入りである。

 そして特筆すべきは、頭上に輝く光輪と、背中から伸びる大きな羽──ただし、鳥のような羽毛ではない。彼女の背中に白い光の粒子が集い、翼の形状を保っているのだ。

 光の輪と白い羽を持つ女は、まるで椅子にでも座るかのように足を組み、一冊の本を広げた。

 黒い革表紙に暗い金の装丁を施した本の題は『破壊聖典』。


(あるじ)様、十時の方角に四体、鳥の呪魔(テルメア)にございます』


 開いた本から年老いた男の声が響き、女に語りかけた。

 女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「……最近増えたわね、〈忘却の海〉を越える奴らが。あいつら、向こうで覚えたものを忘れていない(、、、、、、)のよ。この間も〈骨持ち〉が三体入り込んだわ」


『やはり、忘却の加護が年々弱くなっているのでしょう』


「〈大忘却〉から五百年……流石にそろそろ限界ね」


 女は開いたページが捲れぬよう指先で押さえ、その一節を読み上げる。その声に、老人の声が重なる。


「『破壊聖典九章──第四の加護を乗り越えし侵略者よ、その罪を赦そう。この贖罪の雷をもって』」


 空に浮かぶ黒雲を裂いて、雷が降り注ぐ。その雷は天から降る槍となって、鳥の形状を得た呪魔(テルメア)を次々と貫いた。

 雷に射抜かれた呪魔(テルメア)の胴体には、幾つもの穴が空いている。丁度、体積の半分以下になるように。

 硬化した呪魔(テルメア)達は、ボトリ、ボトリと海に落ちる。

 女が本を閉じると、老人の声が控えめに言った。


『……どうか、じいの進言をお許しください』


「何を言う気か分かったわ。嫌よ」


『〈再生〉〈創造〉の方々と、今一度協議を……』


「い、や、よ」


 頑なな声で言い、女は手元の本を睨みつける。


「私は、あの二人みたいに永遠なんて信じていない。私がこうして戦い続けているのは、この海を守る加護が、お兄様の残してくれた最後のものだから」


 女の言葉には、自分に言い聞かせるような響きがあった。事実、女は何度も何度も自分に言い聞かせている。

 己がこうして戦い続ける理由を。そうでないと、心が折れてしまうから。

 それを理解している女の顔に、自嘲が滲む。


「この忘却の霧がなくなれば、私が戦う意味もなくなるわ」


『主様……』


「だって、もう………………顔も、声も、思い出せない」


 この海を守る忘却の霧が消える時、自分も一緒に消えるのだと、女は決めていた。

 もうすっかり弱くなってしまったこの霧だけが、彼女が愛した人の生きた証だから。

 女は本を片手に、海上を飛び回り、水中あるいは上空に呪魔(テルメア)を見つけたら、容赦なく雷で撃ち落とす。そうしていつものルートを一周したところで、ふと思いついたように東の方角に目を向けた。


「そういえば、最近あまり見ないわね」


『見ない、と申しますと?』


「あの白髪の、仮面の子」


 女は常にこの辺りの海上を飛び回っているので、呪魔(テルメア)と戦う人間達も目にしている。

 その中で一際異彩を放つ存在が、仮面をつけた白髪の少女だ。

 色こそ違えど、彼女もまた背中に羽を持ち、空を自由自在に飛び回って呪魔(テルメア)を狩っている。なので、女はあの少女に少しばかり興味を覚えていた。

 それは、よく見かける野良猫に向ける程度の愛着だ。全く見かけないと「どうしたんだろう」と気になる。


「あの子、灰色戦奴(せんど)の頃から見かけたけれど……同一人物なのかしら?」



 * * *



 聖騎士見習いキース・ウォルフォードは、真っ直ぐに前を向いていた。お前は寝違えたのかと言われたら反論できないほどに、ただただ前だけを……。


「警戒するなら、全方位を意識しないと駄目」


 真横から聞こえた声に、キースは肩を震わせる。


「おおおおう、分かってるぁ」


 裏返った声で返事をし、キースは己の右隣を歩く少女をチラチラと見る。

 白髪を高い位置で二つ結びにした仮面の少女。灰色騎士のカルラ。噂は何度か耳にしている。灰色騎士団の斬り裂き人形だとか、不老不死だとか。ただ、同じ任務に参加するのは今回が初めてだった。

 西方海軍は灰色騎士の呪魔(テルメア)化を恐れているので、灰色騎士団が活動する際は必ず聖騎士を同行させてほしいと言われている。

 そこで、カルラの偵察に同行することになったのがキースだ。何故俺が、と狼狽えるキースにディエゴは簡潔に一言。


『お前が一番軽いから』


 カルラの最大の強みは、その飛行能力である。そして彼女は、小柄な人間ならぶら下げて飛びことができるらしい。

 聖騎士団の中で、その重量をギリギリクリアしているのがキースなのだ。

 更に言うなら、キースは〈創造〉の加護持ち(ブレスド)なので、剣を自在に出し入れできる。つまり剣の分だけ重量を減らせるので、都合が良かった。

 ディエゴは、ピンチになったらすぐに飛んで逃げてこい、と二人に言い含めた。


「……緊張している?」


「別に、そんなんじゃねぇよ」


 呪魔(テルメア)との戦いに対する緊張を問うカルラに、お前相手に緊張してるわけじゃないからな! と言葉を返すキース。この時点で二人は微妙にすれ違っていた。

 仮面をつけた顔がじぃっとキースを見る。それをなるべく視界に入れないようにしていると、カルラが「大丈夫」と断言した。


「ファルケ団長があなたとわたしを組ませたのは、それが一番、あなたの死亡率が低くなるから」


「……は?」


 言われた言葉の意味を判断しかねていると、カルラが動いた。その手には赤黒い大鎌、背中にはコウモリの羽。少し遅れてキースも気づく。背後に呪魔(テルメア)が忍び寄っていたのだ。

 不定形のブヨブヨした呪魔(テルメア)から、尾刺棘(ブラッド・テール)が細い鞭のように伸びる。それがカルラの腹に突き刺さった──が、カルラは動きを止めることなく、一っ飛びで敵との距離を詰め、大鎌で呪魔(テルメア)を切り裂く。


(速い!)


 速さと強さだけで言えば、〈破壊〉の下位の加護と同程度だろう。ただ、飛行能力が圧倒的に強い。直線速度が速いだけでなく、小回りもきくらしい。

 呪魔(テルメア)は硬化し、ゴトリと地面を転がった。キースが〈創造〉の剣を作り出す間もない。


「──って、おい! 怪我して……っ!」


 呪魔(テルメア)尾刺棘(ブラッド・テール)は、カルラの腹に深々と刺さっていた筈だ。だが、カルラはけろりとした態度で「平気」と返す。

 灰色の制服は腹部が裂け、血液が付着している。だが、その下の白い肌に傷痕はない。

 彼女の呪いは不老不死。多少の傷なら、あっという間に塞がってしまうらしい。

 カルラは回避の際に少しずれた仮面を外す。あどけない素顔にキースの心臓が跳ねた。

 赤い目がキースを見つめている。目を逸らしたいのに、目が離せない。


「わたしが盾になるから、あなたの死亡率が低いことは保証する」


(健気かよ……っ!)


 それに比べて自分はなんて様だ! カルラに庇われているだけで、自分は敵に一矢報いることすらできなかった。

 キースは祝福二つ(ダブル)なのに。祝福二つ(ダブル)の力はこういうか弱い少女を守るためにあるのに。


(テオのやつは、飛行船を守ったのに……俺はまだ、何の成果も挙げられてねぇ……!)


 悔やむキースの前で、カルラは仮面を付け直すとテクテクと進んでいく。言うべきことは言ったと言わんばかりの態度だ。

 その時、キースは気づいてしまった。カルラの制服は腹部が裂けて、白い肌が見えているのだ。

 大変だ。女の子のお腹が見えている! 白いお腹が! お腹が!


「おい、そこ! 見えてるだろ!」


「……そこって?」


「いや、だから…………は……ら……言わせんなっ!」


 情緒が大忙しのキースに対し、カルラは情緒の乏しい態度で首を傾げる。

 キースが何に動揺しているのか、理解していない顔だ。


(魔性かよ……っ!)


 家族以外の女性と接した経験の少ないキースには、少しばかり刺激が強い少女であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ