【15】首無し騎士と妖精爆弾
飛行船を降りたテオ達が案内されたのは、西方海軍第三基地という建物だった。
ただし、聖騎士達と行動を共にできたのは途中まで。建物に入ってすぐに、西方海軍の見張りは「お前達はこっちだ」と灰色騎士達を地下に案内した。
カビ臭い地下室は、細い廊下と金属扉の牢屋が複数並んでいる。その中で一番広い雑居房に、テオ達灰色騎士はまとめて放り込まれた。
室内には粗末な敷物があるだけだ。椅子やベッドの類もなく、床に座るしかない。
「鍵はかけないが、基本的に地下から出るな。用事がある時は、見張りに声をかけろ」
殆ど罪人扱いである。以前も任務中に隔離され、聖騎士に見張られたことはあるが、今回の扱いはそれよりも悪い。
……ただ、その理由がテオにはなんとなく想像できた。
既に、灰色騎士二名が呪魔化している。おそらく、その呪魔が原因で大きな被害が出たのだ。
雑居房にテオ、カルラ、ヒューゴ、ロゼ、それと以前から滞在していたセファとクロードが入る。その一番後ろについてきた準職員のノアが、見張りに話しかけた。
「僕は灰色騎士団の準職員です。準職員が同行する旨を申請しているので、聖騎士の方に確認してください」
「……分かった。確認が取れたら、お前は地下を出て良い」
西方海軍は、なるべく灰色騎士と接触したくないのだ。なので、食事を運んだり、伝達をしたりできる雑用係がいると都合が良いのだろう。
ヒューゴは分かりやすく「うへぇ」という顔をしていたが、それ以外の者は慣れた様子だ。
テオはこっそり、セファとクロードを観察した。
セファは身長も年齢もテオと同じぐらいだろうか。色白で銀髪の大人しそうな少年だ。テオと目が合うと、はにかむように微笑んでくれた。
クロードは二十歳前後。紺色の髪を伸ばして後頭部で結っている、どこか遊び慣れた雰囲気のある男だ。制服は上着の袖がゆったりした物に改造されていて、着崩し方もどこか小慣れている。
ノアが雑居房に戻り、粗末な敷物の上に座ったところで、紺色の髪の男──クロードが全員の顔を見回し、皮肉気に笑った。
「団長ももう少し面子を考えて欲しいもんだな。これじゃあ、俺がガキのお守り係じゃねぇか。せめて、ベリルみたいな良い女がいれば、やる気が出るってぇのに」
女性であるカルラとロゼに限りなく失礼なことを言い、クロードは露骨に不快そうな顔でノアを見た。
「しかも、今回はお前が来たのかよ、ノア」
「……準職員の出動要請が出ていたので」
いつも堂々とした態度のノアが、今は視線を下に向け、ボソボソと答える。それを遮るみたいに、クロードが舌打ちをした。
「足引っ張るなよ──あの時みたいにな」
ビクリ、とノアの肩が震えた。視線が泳ぐ。その顔は酷く青ざめていた。
そんなノアを庇うように、ロゼが立ち上がり、クロードの胸ぐらを掴む。
「ノアをビビらせんな、クソ野郎!」
「うっせぇ! 来るのが遅ぇんだよ、クソブス! いつまで燃え滓邸でぬくぬくしてやがった!」
激昂するロゼをクロードが口汚く罵る。
テオは慌てて治安の悪い大人の間に、割って入った。
「喧嘩はいけません! ロゼさん、暴力は駄目です! ほら、手を離してくださいっ!」
テオが宥めるように声をかけると、ロゼはフーフーと野生動物じみた呼気を漏らしながら、それでもクロードから手を下ろす。
ロゼの剣幕と怪力も恐ろしいが、それに怯む様子もなく、寧ろ挑発的な態度を隠さないクロードも不気味だ。
ノア、ロゼ、クロード、この三人は、灰色騎士団になる前からの知り合いらしい。ただ、昔からの知り合い特有の気安さというより、悪い意味での遠慮の無さを感じる。
クロードはノアとロゼに悪意を隠さないし、ロゼは今にもクロードに殴りかかりそうな雰囲気だ。
そしてノアだけが、ずっと強張った顔で俯いている。いつも大人達に対しても容赦なくズケズケと物を言うノアが、まるで叱られるのを怖がる子どものように見えた。事実、彼は十三歳。テオより歳下なのだ。
気まずい空気の中、セファが控えめに声をあげた。
「は、初めましての人もいますし……まずは自己紹介、しませんか? あのっ、ボクはセファっていいます……」
助かった。カルラは仮面をつけた無表情で微動だにしないし、ヒューゴは絶対に関わりたくないという態度だったので、進行役がテオしかいなかったのだ。
ありがとう、セファ君。と感謝の気持ちを込めて、テオは自己紹介をした。
「僕はテオと申します。十四歳です。固有の呪いは忘却。よろしくお願いいたします」
「忘却の呪いって……?」
セファが恐る恐る訊ねる。クロードも無言で、だが探るようにジィッとテオを見ていた。
同じ灰色騎士の仲間なら、能力は共有しておいた方が良いだろう。テオはハキハキと答えた。
「僕は、歩く呪いと加護持ち以外の人間から忘れられてしまいます。それと……自分以外の相手の、任意の記憶を消したりもできます」
クロードが「へぇ」と呟き、立ち上がる。ふと気がついた。セファは丸腰だが、クロードは剣を二本さげているのだ。
(剣を持っているということは、この人の呪装顕現は武器じゃない……?)
立ち上がったクロードは、床に座るテオを上から見下ろしている。
そのニヤニヤ笑いに明確な嗜虐心を感じ、テオが身構えたその時──クロードの頭が、落ちた。チョーカーの真上のあたりで首をスパッと切ったかのように、頭だけが落ちてきたのだ。
コロリと落ちた頭をクロードの両手が受け止め、テオの真正面に突きつける。右目の下に泣きぼくろのある顔が、ニタリと笑った。
「──〜〜〜〜っ!?」
流石のテオも、これには悲鳴をあげそうになった。だが、テオが悲鳴を上げるより速く、上着の中から毛玉が飛び出し、クロードの顔面に張り付く。
「めふん」
「うおっ、なんだこりゃ!? ギャッ、鼻をくすぐるな! ……ふぇっくしゅっ!!」
クロードがクシャミをした拍子に、レニーは吹っ飛ばされて床をコロコロ転がる。
レニーのおかげで悲鳴を我慢できたテオは、少し冷静になってクロードの頭部と体を観察した。
まずは首の断面。赤黒い何かで覆われている。おそらく呪装顕現なのだろう。首の断面からは手首ほどの太さの帯が伸びていて、それが頭部の断面に繋がっている。
不思議な呪いだ。テオがまじまじと断面を見ていると、カルラがボソリと言った。
「首無し騎士の法則──首が取れても死なない呪い。あと、両手両足も取れる」
各パーツを繋ぐ黒い帯は長さが自由自在で、それを利用して敵を拘束するという戦い方もできるらしい。
テオはドキドキしている胸を押さえて、自分に言い聞かせた。
(落ち着け、僕。ビックリしたけど……カルラの方がすごい)
なにせ、首が取れても死なないどころか、体が生えてくるのだ。不老不死の方がどう考えてもすごい。
テオはレニーを手に乗せると、クロードの真正面にズイと突きつけた。
「こちら、僕の相棒のレニーです。どうぞ、よろしくお願いします」
この手の相手に弱気は厳禁だ。舐められてたまるか、とテオはあえて不敵に言った。
クロードは生首のまま、何か考え込むような顔をする。その目が一瞬、ロゼを見た。
やがてクロードは両手で己の頭を持ち上げ、元の位置に戻す。まるで膠で固めたかのように、首はピタリと貼りついた。
「……お前の相棒は、使役体か?」
「おそらく」
テオが即答すると、クロードは気難しげな顔で黙り込む。
とりあえず、侮られているわけでないのなら、何よりだ。テオが密かにホッとしていると、セファがレニーを見て「わぁ、可愛い」と声をあげた。
「ふわふわしてる! ねぇ、ボクも触っていい?」
「うん、良いよな、レニー?」
「めふん」
レニーはセファの膝の上にピョコンと跳び乗る。セファは「可愛い〜」とニコニコしながら、レニーを撫でた。
「十四歳ってことは、ボクと同じ歳なんだね。ボクのことは、セファって呼んでほしいな。ねぇ、テオって呼んでいい?」
「勿論! よろしく、セファ」
「ふふ、よろしく、テオ」
あぁ、良かった。セファとは仲良くなれそうだ。何より、歩く呪いのセファはテオのことを忘れたりしないのだ。
友達になれたらいいな、と密かに考えていると、今まで異様に静かだったヒューゴがテオに耳打ちする。
「おい、テオ。セファはあんまり刺激すんなよ。そいつ、無害そうに見えてマジでやべーから」
ふと思い出す。
テオが燃え滓邸に来たばかりの頃、ヒューゴはそれはもう態度が大きかったのだ。歳下相手に先輩風をビュウビュウ吹かせて、パンを買ってこいなどと言い出す始末。
「まさか、セファにも僕の時みたいに、パンを買ってくるよう強要したんじゃ……」
ヒューゴが目を逸らしたその時、部屋の隅で物音がした。バサバサと羽音を立てているのは、大きな蛾だ。
「キャー!!」
この場の誰よりも甲高い悲鳴をあげたのは、セファだった。彼の細い指先から、赤黒い何かが生じる。手のひらに乗るほど小さな少女に羽をつけたそれは、妖精を模した使役体だろうか。
次の瞬間、カルラがテオの手を引いた。ロゼもノアを抱き抱えて飛びすさり、クロードとヒューゴも素早くその場を離れる。
赤黒い妖精はヒラヒラと飛んで、蛾に張りつき、バァン! と音を立てて破裂した。蛾は木っ端微塵だ。ついでに床が少し抉れている。
絶句するテオに、カルラが囁いた。
「あれが、セファの呪装顕現……妖精爆弾」
その爆音に、上の階から西方海軍が「何事だ!?」と駆けつけてきて、地下室はちょっとした騒ぎになった。




