【14】味方を強化してセルフ殲滅
以前、アドコック研究所から逃げた呪魔を市街地で追い回した時、テオはマントを広げて呪魔を捕らえようとして、失敗している。あれは、マントを固定できないのが敗因だった。
そこで、マントをある程度自在に操れないか──例えばピタリと張り付くようにしたら色々と応用が効くのではないか、と考えたテオはあれから独自に訓練していたのだ。
広げたマントで二箇所を固定。強風に煽られたマントはバサバサと翻るが、テオはその先端を強く握り締め、三箇所を固定した。カルラの飛行能力が非常に安定しているのが有難い。
「これで……最後だっ」
マントの四隅を気嚢に貼り付け、固定したところで、テオはダラリと手を垂らした。
マントで穴を塞ぐだけ、といえばそれまでだが、呪いを顕現したまま固定して維持というのは、なかなか集中力がいるのだ。
(僕がマントを固定できるのは四箇所のみだけど……気嚢が形を保っていれば、すぐには落ちないはず)
カルラが速度を落とした。このままゆっくりと飛行船内に戻ろうとしたのだろう。
だがその途中、テオは強い目眩を覚えた。呪装顕現の維持が途端にきつくなる。呪印の浮かぶ胸の辺りがズキズキと痛い。脈が早くなって視界が狭くなる。
「うぐぅぅぅ……そう、か……マントから離れると、持続が、難しいのか……」
呪装顕現で作り出した剣、盾、マント、ブーツは基本的にテオの手の中に現れる。
これらのものは、たとえば大剣を顕現して敵の上から落としたり……と手放しても短時間なら維持できる。ただ、一定距離を離れると大抵は消えてしまうのだ。
たかがマント一枚でも「貼り付けるように固定」と「距離を空けても維持」の二つをこなそうとすると、テオに強い負荷がかかる。
察したカルラが飛行速度を上げて、気嚢の穴を塞ぐマントに近づいた。手を伸ばせば触れられるような距離になると、心臓の痛みがおさまる。
「なるべく、マントの近くを飛ぶから」
「うぅ……すまない……面倒をかけて……」
この高度と速度でテオを抱えたまま飛ぶというのは、決して楽なことではないはずだ。心底カルラに申し訳ない。
テオが謝ると、後ろから抱きしめる手に力が籠る。
「嫌じゃない。から、平気」
吹きつける風は冷たいけれど、ピタリとくっついた体は温かい。
テオがフゥフゥと呼吸を整えていると、耳元で少女の声が囁いた。
「『──あなたが望んでくれるなら、わたしはあなたの羽になる』」
それは、ある物語の登場人物の台詞ではなかったか。
(……カルラ?)
後ろから抱かれているので、カルラの表情は分からない。今のテオには振り向く余裕もない。
その時、ポケットの辺りがモゾモゾとした。頭を出したのは白い毛玉だ。
「めふぅ〜」
「レニー? 落ちたら危ないから、出てきちゃ駄目だよ……」
レニーはめふめふと鳴きながらテオの体をよじ登り、上着の中に潜り込んだ。くすぐったいが温かい。その温もりに意識を傾けていると、少しだけ胸の痛みが薄れるような気がする。
飛行船は緩やかに下降を始めていた。おそらく目的地の手前にある、草原に着地するのだろう。だんだんと地面が近づいてくると、地上の様子も見えるようになってくる。
初夏の草の匂いがする青々とした草原、そこに行き交う黒い影は野生動物か人間か──最初はボンヤリと見ていたテオだったが、すぐ自分の勘違いに気づき、叫んだ。
「カルラっ、飛行船に戻ってくれ。みんなに伝えないと……地上に呪魔がいるっ! それも十体以上だっ!」
すぐ後ろでカルラが息を呑む声が聞こえた。これは、感情表現の乏しいカルラでも動揺する光景だ。
本来着地する筈だった西の最果て 北部よりも手前の地点に、これだけの数の呪魔がいる。テオの頭を恐ろしい想像がよぎった。
(まさか、この呪魔達は……)
呪魔は人間以外の生き物を取り込み、その形を真似る。だが、この場にいる呪魔達は、不定形のまま地面を這っていた──おそらく、まだ他の生物を取り込んでいない、「発生したて」の呪魔なのだ。
(一度にこれだけの呪魔が発生してたということは、おそらく……)
「オラァァァ、地上着いたぞ、ゴルァァァァ!! 呪魔は全部ぶっ殺すっ!!」
テオの思考を遮るように吠えたのは、聖騎士団の暴走機関車キース少年だった。飛行船はまだ完全に着地していないが、聖騎士達は地上の異変に気づいたらしい。おそらく耳の良いヒューゴが気づいて、伝えてくれたのだろう。
聖騎士達は各々武器を構えて、戦闘体制に入っている。そんな中でも一際目を惹くのは、見張り台の上に立つ聖女パメラだ。
彼女は両手に赫鋼の大剣を握っていた。厳密には剣ではなく、分厚い赫鋼のブレードに持ち手をつけた物だ。一本だけでも重そうなのに、彼女はそれを両手に一本ずつ握り締めて、佇んでいる。
「神の加護を」
そう言って聖女パメラが右手を持ち上げると、彼女の全身が金色に発光した。
その輝きは周囲に広がり、淡い金色のベールとなって他の聖騎士達に降り注ぐ。
(あれが、〈破壊〉の聖女の祝福……!)
〈破壊〉の加護の力は肉体の強化である。そして聖女パメラは、自身の周囲にいる〈破壊〉の加護持ちの力を増幅することができるのだ。
この場の聖騎士だと、キースの加護は〈創造〉と〈再生〉。〈破壊〉の加護を持っていないので適用されないが、〈破壊〉の加護持ち達は、「力が湧いてくる!」「聖女の奇跡だ!」と感動の声をあげていた。
聖女パメラは味方を強化すると、そのままヒラリと飛行船から飛び降り、ブレードを振るう。
──嵐が、起こった。
赫鋼のブレードが凄まじい速さで、呪魔をザクザクと切り裂く。
カルラに抱えられて飛ぶテオの真横を、赤黒い塊が通り過ぎていった。聖女パメラのブレードで切り刻まれた呪魔の残骸だ。
「………………ひぇ」
テオの喉から、なんとも言えない声が出た。
聖女パメラの力は、灰色騎士団のメンバーで言うとロゼに近い。とにかく一撃が重たいのだ。そして速い。
分厚い赫鋼のブレードを軽々と振り回し、目についた呪魔を片っ端から斬り刻んでいく光景はあまりに壮絶で、下手に近づいたら巻き込まれることは必至だ。
だから、誰も聖女パメラに近づけない。
(すごい……すごいんだけど……)
テオは頭に浮かんだ疑問を、そのまま口にする。
「……仲間を強化した意味は?」
「めあー」
テオの呟きに応えたのは毛玉だけだ。ただ、他の聖騎士達も同じことを思っているのだろう。
第五騎士団長のディエゴも、テオ同様に何とも言えない顔をしている。キースは飛び込むタイミングを逃したらしく、武器を構えたまま戸惑っていた。あの猪突猛進のキースが踏み込むのを躊躇うほど、聖女パメラの戦い方は荒々しいのだ。正直、近づいただけで挽肉にされそうである。
やがて、赫鋼の塊が巻き起こす嵐は終わった。
赤黒い残骸が飛び散る草原で、聖女パメラはクールに一言。
「片付いたわ」
丁度そのタイミングで飛行船も着地した。テオは呪装顕現を解除し、カルラに頼んで地上に降ろしてもらう。
まだ疲労感は残っているが、自分の足で立てないほどではない。ふらつくテオをカルラが横から支える。そこに、聖女パメラが特大ブレードをぶら下げて歩み寄ってきた。
聖女パメラは穴の空いた飛行船を一瞥し、テオを見る。
「ありがとう。大放屁を止めてくれて」
テオは言われた言葉の意味を、即座に理解できなかった。
(僕は今、何を言われたんだろう?)
「あなたは命の恩人ね」
本当によく分からないが、聖女に感謝されているらしい。ならば、ここは素直に喜ぶべきだろうか。
その時、カルラが大鎌を振り上げた。地面に転がっていた呪魔の残骸の一つが、尾刺棘を放ってきたのだ。ぎりぎり体積の半分以下にならず、生きていたらしい。
尾刺棘はカルラの大鎌の柄を的確に叩いた。不意打ちにカルラの手から、大鎌が落ちる。
(いけない!)
テオが呪装顕現で剣を作り出そうとしたその時、カルラを襲った呪魔が突然爆発した。
ギョッとするテオの前で、散り散りになった呪魔は今度こそ硬化する。
一体何が起こったのか分からず、困惑するテオの横で、カルラがボソリと言う。
「妖精爆弾……」
ガサガサと茂みをかき分ける音がした。草原の草をかき分けて、灰色の制服を着た若者二人が、こちらに駆け寄ってくる。
銀髪の華奢な少年と、紺色の髪の青年だ。
「ひぃん……皆さん、ご、ご無事ですかぁ……?」
「おせーんだよ、羽持ち」
知らない顔だ。だが、身につけた制服とチョーカーから、この二人が生き残った灰色騎士セファとクロードなのだとテオは察した。




