【13】芯
呪魔は取り込んだ生き物の形を真似るが、空を飛ぶ生き物を取り込んだ個体はあまり多くない。呪魔は本来飛行能力がないので、空の生き物を捕らえづらいからだ。
そして、仮に空を飛ぶ生き物を取り込み、形を真似ることに成功したとしても、飛行能力までは得られないというケースが多い。どんなに形状を真似たところで、素材や重量が異なるのだから、当然と言えば当然である。
以前、アドコック研究所から逃げ出した、カルラの体をベースにした呪魔は、カルラの飛行能力を再現していたが、これは極めて特殊なケースと言えるだろう。
そして今、飛行船『M・ジェネシス号』は飛行する呪魔の襲撃を受けているという。
ヒューゴが真っ青な顔で喚き散らした。
「気嚢に穴って、つ、つ、墜落するってことだよな? 落ちるのか!? 俺達、落ちて死ぬのか!?」
狼狽えるヒューゴに、ディエゴが冷静な口調で言う。
「多少穴が空いても気嚢が形を保ってりゃ、すぐに墜落はしません。ただ……まぁ、でかい穴だとまずいな」
「つまり、呪魔をぶっ殺せば良いんだろ!」
そう発言したのは、黙っていれば美少年のキース君である。
テオはなんとなく嫌な予感を覚えた。その予感をディエゴが代弁する。
「……どうやって?」
「登って」
ディエゴが片手で顔を覆った。飛行船にしがみついてよじ登り、正体不明の呪魔を倒す……流石に無理だろう。
ところが、このキース案を「名案ね」と肯定した者がいた。聖女パメラである。
「それじゃ、登ってくるわ」
「っしゃ、行くぜオラァ!!」
クールに外に出て行こうとする聖女パメラと、暴走機関車を体現したようなキース。そんな二人をディエゴが慌てて引き止めた。
伝声管からキャプテン・ヨーゼフの声が響く。
『大人が二人ぐらい乗れる凧がある! ただ、ロープの巻き上げに力がいるんだ!』
「僕が行きます!」
テオがすかさず名乗り出ると、カルラとロゼが立ち上がる。
「わたし、飛べる」
「巻き上げはアタシに任せろ」
そして当然の如く、ヒューゴは座席にしがみついた。
「俺はいかねぇぞ、非戦闘員だからな」
テオとしても、嫌がる者に無理強いをしたくはない……が、敵の居場所を正確に把握するために、ヒューゴの能力がいるのだ。
テオは有無を言わさずヒューゴを座席から引っぺがした。メリメリと。
「ヒューゴ、君の力が必要なんだ!」
「ふざけんな畜生ぉぉぉ!」
* * *
キャプテン・ヨーゼフが言っていた凧とは、端的に言うと金属製の籠に翼をつけたものだ。それが見張り台とロープで繋がっている。
この金属製の籠部分にテオ達は乗り込んだ。大人なら二人乗りだが、比較的小柄なテオ、カルラ、ヒューゴなら、ギリギリ三人乗ることができる。
ヒューゴはテオとカルラの間に挟まり、「離すなよ、絶対離すなよ」と言いながら二人の服を握りしめていた。
「飛ばすぞ!」
ロゼが声を上げ、凧を固定する金具を外す。凧の羽は強い風を受けてフワリと舞い上がった。見張り台と繋ぐロープがグングンと伸び、凧は飛行船を離れていく。
ゴウゴウと強い風に、テオは目を細めた。飛行船の窓から見るのとはまた違う、自分が空にいると実感する光景だ。この状況にそこまで恐怖を感じないのは、炭鉱の昇降機で鍛えられたからだろう。あれはあれで、なかなかスリリングなのだ。
(目に見える範囲だと、飛行船に異常はなさそうだけど……)
目を凝らすテオの横で、ヒューゴが呪装顕現を発動する。
「『呪装顕現──聖歌の奉仕を』」
テオとカルラの間で、ヒューゴは赤黒い闇の衣を纏った。聖歌隊衣装を身につけた彼は、とても耳が良いのだ。
彼はすぐに、ここからでは見えない異変に気付いたらしい。
「……機体を挟んで反対側、ガス袋の左斜め前方から変な音がする。多分、空気が漏れてる音だ。かなりハッキリ聞こえるし、まずいんじゃねぇのこれ?」
テオの耳にはゴゥゴゥという風の音しか聞こえないが、ヒューゴはその音を細かく聞き分けることができるらしい。やはりとんでもない聴力だ。
「あと羽音……これは鳥、か? おい、二匹だ! 二匹いる!」
丁度その時、飛行船の影から赤黒い何かが一瞬見えて、引っ込んだ。
「わたしが行く」
カルラはヒラリと凧から飛び降りた。その背中に赤黒い羽が広がり、手の中に赤黒い大鎌が現れる。カルラの呪装顕現だ。
自由に飛び回れない凧に変わって、カルラは高速飛行で赤黒い影に接近する。敵も、正体を隠しても無駄だと気付いたのだろう。飛行船の影から飛び出してきた。
その呪魔は、猛禽類に似た鳥のシルエットをしていた。そして、大きい。人間の背丈ぐらいはあるだろうか。
カルラが大鎌を振るう。甲殻持ちでない限り、あのぐらいの大きさの呪魔なら、カルラは一撃か二撃で仕留められる。だが、カルラの大鎌の刃は、赤黒い鳥の胴体の途中で止まった。
カルラは大鎌を手放し、体勢を立て直す。その手の中に再び大鎌が現れた。大鎌を作り直したのだ。
「おいテオっ! 後ろだぴぎゃおぇぁぁあぁぁ!!」
カルラに注視していたテオは、ヒューゴの悲鳴に素早く振り向いた。
カルラが戦っているのと同じ猛禽類の呪魔がこちらに向かってくる。ヒューゴが二匹いることに気づいてくれて助かった。
もう一匹を警戒していたテオは、片手を持ち上げ叫ぶ。
「『呪装顕現──汝、騎士たれ』」
テオは右手の中に生まれた剣をしっかりと握り、姿勢を低くする。結果、呪魔は自らテオの剣に突っ込む形になった。ザクリ、と赤黒い刃が呪魔の羽の付け根辺りを切り裂く。このまま凧の中に落ちてきたら厄介だ。テオは素早く剣を返し、呪魔の首を切断した。
その手応えに、テオは違和感を覚える。
(なんだ? いつもより……硬い? いや、芯がある、ような……)
おそらくカルラが一撃で呪魔を仕留められなかったのも、そのせいだ。
できれば呪魔の亡骸を確認したいところだが、狭い凧の中だと余裕がない。硬化した呪魔はそのままボロボロと地面に落ちていく。
そこに、もう一体の呪魔を仕留めたカルラが戻ってきた。
「ガス袋の反対側、見てきた。大きい穴が空いてる」
「穴の大きさはどのぐらい?」
テオの問いにカルラは少し考えるそぶりをして、答えた。
「わたしの背丈ぐらい。縦にも横にも大きい。このままだと、もっと広がりそう」
「マジかよ、死ぬじゃん、俺ら……」
カルラの報告に、ヒューゴがズルズルとしゃがんで泣き言を言う。
だが、テオはまだ諦めていなかった。テオが名乗りをあげたのは、この状況を打開する手段があるからだ。
「カルラ、すまないが僕を抱えて飛んでほしい」
「分かった」
できれば両手は塞がっていない方が望ましいので、カルラがテオに後ろから抱きつくようなかたちで飛び上がる。見た目は華奢な少女だが、呪装顕現しているだけあって、その力はしっかりとしていた。
カルラの羽で見張り台の近くまで移動したところで、テオはロゼに声をかける。
「ロゼさん、思ったより穴が大きい! 僕が十五分稼ぐので、着陸してほしいとキャプテンに伝えてください! あと、凧とヒューゴの回収お願いします!」
ロゼは「分かった」と言い、凧を繋ぐロープを巻き上げた。ロゼの怪力で、凧はグングンと巻き上げられていく。これでヒューゴは大丈夫だろう。
あとは、気嚢の穴を塞ぐだけだ。
カルラはテオを抱えても高度を落とすことなく、グングンと飛んで気嚢の穴に近づく。やがて、大きく空いた穴が見えてきた。テオの身長よりは幾らか小さいが、それでも放ってはおけない穴だ。
(……意識を集中。大丈夫、できる)
気嚢にギリギリまで近づいたところで、テオは両手を前に掲げた。
「『騎士のマントは、惨劇を防ぐために!』」
手の中に現れたのは赤黒いマント。当然だが、風に煽られ吹っ飛ばされそうになる。
テオはしっかりをマントを握り締めると、気嚢に手を伸ばした。
「ぐ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅ!」
マントの先端が気嚢に触れる。そこに全集中。
(貼り付けぇぇぇぇ!)




