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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
五章 西の最果て
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【13】芯


 呪魔(テルメア)は取り込んだ生き物の形を真似るが、空を飛ぶ生き物を取り込んだ個体はあまり多くない。呪魔(テルメア)は本来飛行能力がないので、空の生き物を捕らえづらいからだ。

 そして、仮に空を飛ぶ生き物を取り込み、形を真似ることに成功したとしても、飛行能力までは得られないというケースが多い。どんなに形状を真似たところで、素材や重量が異なるのだから、当然と言えば当然である。

 以前、アドコック研究所から逃げ出した、カルラの体をベースにした呪魔(テルメア)は、カルラの飛行能力を再現していたが、これは極めて特殊なケースと言えるだろう。

 そして今、飛行船『M・ジェネシス号』は飛行する呪魔(テルメア)の襲撃を受けているという。

 ヒューゴが真っ青な顔で喚き散らした。


「気嚢に穴って、つ、つ、墜落するってことだよな? 落ちるのか!? 俺達、落ちて死ぬのか!?」


 狼狽えるヒューゴに、ディエゴが冷静な口調で言う。


「多少穴が空いても気嚢が形を保ってりゃ、すぐに墜落はしません。ただ……まぁ、でかい穴だとまずいな」


「つまり、呪魔(テルメア)をぶっ殺せば良いんだろ!」


 そう発言したのは、黙っていれば美少年のキース君である。

 テオはなんとなく嫌な予感を覚えた。その予感をディエゴが代弁する。


「……どうやって?」


「登って」


 ディエゴが片手で顔を覆った。飛行船にしがみついてよじ登り、正体不明の呪魔(テルメア)を倒す……流石に無理だろう。

 ところが、このキース案を「名案ね」と肯定した者がいた。聖女パメラである。


「それじゃ、登ってくるわ」


「っしゃ、行くぜオラァ!!」


 クールに外に出て行こうとする聖女パメラと、暴走機関車を体現したようなキース。そんな二人をディエゴが慌てて引き止めた。

 伝声管からキャプテン・ヨーゼフの声が響く。


『大人が二人ぐらい乗れる凧がある! ただ、ロープの巻き上げに力がいるんだ!』


「僕が行きます!」


 テオがすかさず名乗り出ると、カルラとロゼが立ち上がる。


「わたし、飛べる」


「巻き上げはアタシに任せろ」


 そして当然の如く、ヒューゴは座席にしがみついた。


「俺はいかねぇぞ、非戦闘員だからな」


 テオとしても、嫌がる者に無理強いをしたくはない……が、敵の居場所を正確に把握するために、ヒューゴの能力がいるのだ。

 テオは有無を言わさずヒューゴを座席から引っぺがした。メリメリと。


「ヒューゴ、君の力が必要なんだ!」


「ふざけんな畜生ぉぉぉ!」



 * * *



 キャプテン・ヨーゼフが言っていた凧とは、端的に言うと金属製の籠に翼をつけたものだ。それが見張り台とロープで繋がっている。

 この金属製の籠部分にテオ達は乗り込んだ。大人なら二人乗りだが、比較的小柄なテオ、カルラ、ヒューゴなら、ギリギリ三人乗ることができる。

 ヒューゴはテオとカルラの間に挟まり、「離すなよ、絶対離すなよ」と言いながら二人の服を握りしめていた。


「飛ばすぞ!」


 ロゼが声を上げ、凧を固定する金具を外す。凧の羽は強い風を受けてフワリと舞い上がった。見張り台と繋ぐロープがグングンと伸び、凧は飛行船を離れていく。

 ゴウゴウと強い風に、テオは目を細めた。飛行船の窓から見るのとはまた違う、自分が空にいると実感する光景だ。この状況にそこまで恐怖を感じないのは、炭鉱の昇降機で鍛えられたからだろう。あれはあれで、なかなかスリリングなのだ。


(目に見える範囲だと、飛行船に異常はなさそうだけど……)


 目を凝らすテオの横で、ヒューゴが呪装顕現を発動する。


「『呪装顕現──聖歌の奉仕を』」


 テオとカルラの間で、ヒューゴは赤黒い闇の衣を纏った。聖歌隊衣装を身につけた彼は、とても耳が良いのだ。

 彼はすぐに、ここからでは見えない異変に気付いたらしい。


「……機体を挟んで反対側、ガス袋の左斜め前方から変な音がする。多分、空気が漏れてる音だ。かなりハッキリ聞こえるし、まずいんじゃねぇのこれ?」


 テオの耳にはゴゥゴゥという風の音しか聞こえないが、ヒューゴはその音を細かく聞き分けることができるらしい。やはりとんでもない聴力だ。


「あと羽音……これは鳥、か? おい、二匹だ! 二匹いる!」


 丁度その時、飛行船の影から赤黒い何かが一瞬見えて、引っ込んだ。


「わたしが行く」


 カルラはヒラリと凧から飛び降りた。その背中に赤黒い羽が広がり、手の中に赤黒い大鎌が現れる。カルラの呪装顕現だ。

 自由に飛び回れない凧に変わって、カルラは高速飛行で赤黒い影に接近する。敵も、正体を隠しても無駄だと気付いたのだろう。飛行船の影から飛び出してきた。

 その呪魔(テルメア)は、猛禽類に似た鳥のシルエットをしていた。そして、大きい。人間の背丈ぐらいはあるだろうか。

 カルラが大鎌を振るう。甲殻持ちでない限り、あのぐらいの大きさの呪魔(テルメア)なら、カルラは一撃か二撃で仕留められる。だが、カルラの大鎌の刃は、赤黒い鳥の胴体の途中で止まった。

 カルラは大鎌を手放し、体勢を立て直す。その手の中に再び大鎌が現れた。大鎌を作り直したのだ。


「おいテオっ! 後ろだぴぎゃおぇぁぁあぁぁ!!」


 カルラに注視していたテオは、ヒューゴの悲鳴に素早く振り向いた。

 カルラが戦っているのと同じ猛禽類の呪魔(テルメア)がこちらに向かってくる。ヒューゴが二匹いることに気づいてくれて助かった。

 もう一匹を警戒していたテオは、片手を持ち上げ叫ぶ。


「『呪装顕現──汝、騎士たれ』」


 テオは右手の中に生まれた剣をしっかりと握り、姿勢を低くする。結果、呪魔(テルメア)は自らテオの剣に突っ込む形になった。ザクリ、と赤黒い刃が呪魔(テルメア)の羽の付け根辺りを切り裂く。このまま凧の中に落ちてきたら厄介だ。テオは素早く剣を返し、呪魔(テルメア)の首を切断した。

 その手応えに、テオは違和感を覚える。


(なんだ? いつもより……硬い? いや、芯がある、ような……)


 おそらくカルラが一撃で呪魔(テルメア)を仕留められなかったのも、そのせいだ。

 できれば呪魔(テルメア)の亡骸を確認したいところだが、狭い凧の中だと余裕がない。硬化した呪魔(テルメア)はそのままボロボロと地面に落ちていく。

 そこに、もう一体の呪魔(テルメア)を仕留めたカルラが戻ってきた。


「ガス袋の反対側、見てきた。大きい穴が空いてる」


「穴の大きさはどのぐらい?」


 テオの問いにカルラは少し考えるそぶりをして、答えた。


「わたしの背丈ぐらい。縦にも横にも大きい。このままだと、もっと広がりそう」


「マジかよ、死ぬじゃん、俺ら……」


 カルラの報告に、ヒューゴがズルズルとしゃがんで泣き言を言う。

 だが、テオはまだ諦めていなかった。テオが名乗りをあげたのは、この状況を打開する手段があるからだ。


「カルラ、すまないが僕を抱えて飛んでほしい」


「分かった」


 できれば両手は塞がっていない方が望ましいので、カルラがテオに後ろから抱きつくようなかたちで飛び上がる。見た目は華奢な少女だが、呪装顕現しているだけあって、その力はしっかりとしていた。

 カルラの羽で見張り台の近くまで移動したところで、テオはロゼに声をかける。


「ロゼさん、思ったより穴が大きい! 僕が十五分稼ぐので、着陸してほしいとキャプテンに伝えてください! あと、凧とヒューゴの回収お願いします!」


 ロゼは「分かった」と言い、凧を繋ぐロープを巻き上げた。ロゼの怪力で、凧はグングンと巻き上げられていく。これでヒューゴは大丈夫だろう。

 あとは、気嚢の穴を塞ぐだけだ。

 カルラはテオを抱えても高度を落とすことなく、グングンと飛んで気嚢の穴に近づく。やがて、大きく空いた穴が見えてきた。テオの身長よりは幾らか小さいが、それでも放ってはおけない穴だ。


(……意識を集中。大丈夫、できる)


 気嚢にギリギリまで近づいたところで、テオは両手を前に掲げた。


「『騎士のマントは、惨劇を防ぐために!』」


 手の中に現れたのは赤黒いマント。当然だが、風に煽られ吹っ飛ばされそうになる。

 テオはしっかりをマントを握り締めると、気嚢に手を伸ばした。


「ぐ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅ!」


 マントの先端が気嚢に触れる。そこに全集中。


(貼り付けぇぇぇぇ!)


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