【12】痙攣(難しい言葉で賢そう!)
騎士に憧れを持つテオは「騎士は馬に乗る」という考えに割と固執している。だが、それはそれ、これはこれ。空飛ぶ船なのだ。少年心が踊らない筈がない。
流石に任務中なので、大声ではしゃいだりはしないが、テオは飛行船が浮上してからずっと、窓に張りついていた。
飛行船の内部は狭い。座席は中央の通路を挟み、三人ずつ横に並んで座る形になる。この座席も、座席の間の通路もかなり狭いのだ。窓際から、テオ、カルラ、ヒューゴの順で並んでいるが、比較的小柄なこの三人で丁度良いサイズ感なのである。前列のキースは、大柄な聖騎士達に挟まれて窮屈そうだった。
操縦室はまた別にあり、船長のヨーゼフはそちらにいるらしい。何かあった時は、伝声管でやりとりをするのだ。
(すごい……すごい……! こんなに雲が近いなんて! 空から見た雲って、こんな感じなんだ!)
何せ人生初の飛行船なのだ。任務中でなかったら、歓声をあげて誰かと感動を分かち合っているところである。
テオは以前、任務中にカルラに掴まって空を飛んだことはある。だが、飛行船は高さが段違いだ。
今は工業地帯の上空を飛んでいるので、窓の下の方を赤みがかった灰色の煙が流れていた。その煙の合間に、工場群が見える。
上空から見た工場はあんなにも小さく見えるのか、とテオは新鮮な気持ちだった。
(ダンカン父さんも、こうして飛行船に乗ったりしたのかな……)
テオは上着の中に引っ込んでいたレニーをそっと取り出し、窓に近づけてやった。
「レニー、ほら、工場だよ」
「めう」
「すごいなぁ……本当に、すごいや……」
「めあー」
やがて、眼下の景色が変化していった。工業地帯の赤みがかった灰色の煙が薄くなり、初夏の麦畑が広がる。
黄緑色の小麦は、ところどころ金色がまじり始めていた。やがて夏を迎えたら、一面が金色に染まるのだろう。
──眼下に広がるは美しき黄金の海、民の命を繋ぐ糧。我らが守るべきもの。
(……あれ?)
不思議だ。工業地帯を見下ろしていた時は、あんなに新鮮な気持ちだったのに、それが小麦畑になった途端、郷愁にも似た懐かしさに胸が締め付けられる心地がする。
テオが育ったウォルグは炭鉱街である。それなのに、どうしてこんなにも小麦畑が懐かしいのだろう。
(本の挿絵で、こういう光景を見たのかな)
該当する本はあるだろうか、と振り返りつつ、テオはカルラを挟んだ隣、通路側に座るヒューゴに声をかけた。
こんな素敵な景色を独り占めするのは、なんだか申し訳ない気がしたのだ。
「ヒューゴ、窓の外を見なくて良いのか?」
返事はない。
乗船前、あれほどキースを挑発していたヒューゴだが、飛行船が浮上してからはずっと静かだ。今も腕組みをして目を瞑っている。
「もしかして……寝てるのか?」
テオの呟きを、隣に座るカルラが即座に否定した。
「違う。ヒューゴは震えている」
「ばっか、余計なこと言うんじゃねぇよ! 別に震えてねぇしぃ!?」
「じゃあ、痙攣している」
「してねぇわ! これは飛行船の振動だっつーの!」
ヒューゴは寝たふりをやめて、ギャアギャアと騒ぎ出す。
確かに飛行船は、全く振動がないわけではないが、それでもテオが想像していたよりずっと揺れない。飛び立つ時だって、物凄くガタガタ揺れるのを覚悟していたが、ふわりと浮遊感を感じたぐらいなのだ。
つまるところ、ヒューゴから生じる振動は体の震えである。どうやら高い所が怖いらしい。
強がるヒューゴの大声に、前列のキースが振り向き、悪態を飛ばした。
「はっ、ダッセェなぁ! 灰色騎士ってのは、ビビり野郎の集まりかぁ?」
「……そういうの、女の子から微妙に目を逸らして言っても、説得力ないからな」
第五騎士団長ディエゴ・ファルケが、テオ達と通路を挟んだ反対側の席でボソリと言った。テオも同意見である。
キースはわざわざ振り向いておきながら、カルラを視界に入れないようにするため、やたらと視線を彷徨わせているのだ。
女の子を前に目が泳いでいるキースと、高い所が怖くて震えを隠せないヒューゴ。不毛さという点では、実に良い勝負である。
テオはカルラに訊ねた。
「カルラは西の最果ては初めてではないんだっけ。いつもどれぐらいかかるんだい?」
テオの言葉に、カルラは無言で俯き指を折り始めた。どうやら時間を数えているらしい。
「……飛行船だと、六時間もかからないぐらい、だったと思う」
「そんなに速いのか! あれっ、でも蒸気機関車も同じぐらい……?」
蒸気機関車なら故郷のウォルグでもよく見かけたので、その速さを知っている。だが、飛行船はたまに見かける程度だし、空に浮いている物は速さが分かりづらいのだ。
飛行船と蒸気機関車、どちらの方が速いのだろう? テオが疑問に思っていると、キースが大声で言った。
「馬ぁー鹿、そんなの蒸気機関車の方が速いに決まってるだろ? 常識だぜ!」
「それなら、どうして僕達は飛行船に乗っているんだ?」
テオの疑問に、キースが「うっ」と黙り込む。
飛行船と蒸気機関車では積載量が圧倒的に違う。蒸気機関車一つで済むのなら、その方が断然良いように思えた。
テオの指摘に、ヒューゴも眉根を寄せて考え込むような顔をする。
「言われてみりゃそうだな……蒸気機関車の方が速いんなら、飛行船いらねぇじゃん」
「最高速度は蒸気機関車の方が上です。ですが、実際の走行速度はほぼ同じと言って良いでしょう」
淡々とした声で言ったのは、テオ達の後方の席に座る準職員のノアだ。
「蒸気機関車の最高速度というものは、計測器だけを積んで極限まで軽量化し、ベストな状態で計測した時の記録なんです」
鉄道会社にとって、最高速度は宣伝材料だ。速ければ速いほど良い。
だが、実際の運行では積荷も人も多いし、天気や線路の状態によって遅れも出る。常に最高速度というわけにはいかないのだ。
実際に人や物を載せるとなると、飛行船も蒸気機関車も大差ない。そして走行速度がほぼ同じなら、障害物を無視して真っ直ぐに進める飛行船の方が、結果として速くなるというわけだ。
テオは感心し、後方の席のノアを振り返った。
「すごいや。ノア君は物知りなんだな」
「別に……昔、兄に教わっただけです」
そう言ってノアはプイッとそっぽを向く。彼が目を背けたのは、近くの席に座るロゼだ。
ノアは物知りだな、すごいな──という顔のロゼを視界に入れないようにそっぽを向いたまま、ノアは続ける。
「西の最果て は土地が少し入り組んでいるんですよ。中央と南の移動は容易いですが、これから僕達が向かう北は崖が多いし、鉄道の線路が行き届いていない」
西の最果て はざっくりと、北・中央・南に分かれている。
これからテオ達が向かうのは、西の最果て 北。骨食い入り江という物騒な名前の入江だ。そして、そこに行くには飛行船の方が都合が良いらしい。
ふと、ヒューゴが何かを思いついたような顔をした。
「なぁ、それって船は駄目なのかよ? 西の最果て 中央辺りで船出して、北上するとかさ」
ヒューゴの疑問に答えたのは、第五騎士団長のディエゴだ。
「夏以外の季節なら、船を使うこともありますよ。流石に呪魔の多いこの季節は、自殺行為なんでやりませんがね」
大陸周辺の海は呪魔に襲撃される可能性が高い上に、大陸から離れすぎると〈忘却の海〉の霧で我を忘れて難破してしまう。
故に、大陸沿いの海を船で進むのは危険なのだ。西の最果て 北部から中央にかけて、川でもあれば良いのだが、船で行き来できる丁度良い川はないらしい。
そもそも、大陸内に鉄道が発達したのも、大陸周辺の海を安全に長距離移動できないからだ。
水上運輸における最大の強みは浮力のおかげで、重い荷物を少ない力で運べるという点である。だが、海が危険となると、内陸の川だけに頼らざるをえない。それでは大量輸送が追いつかないから鉄道ができた。
「痙攣してるわ」
テオの思考を遮ったのは、聖女パメラの呟きだった。誰が痙攣しているというのか。やはりヒューゴか。
ところが聖女パメラはテオ達の席と通路を挟んで反対側の窓際で、窓の外を見ている。
「飛行船の具合が悪いんじゃないかしら」
誰もが彼女の言葉の意図を汲み取れず、困惑している──が、テオは気づいた。飛行船が先ほどより揺れているのだ。
注意を促そうと思ったその時、飛行船がガタガタと左右に激しく揺れる。そんな状況でも聖女パメラは動じなかった。
「すごい痙攣ね」
「そこは『飛行船の揺れ方がおかしい』でいいんだよ! おい、何があった!」
ディエゴが伝声管に向かって怒鳴る。ラッパのような伝声管から、キャプテン・ヨーゼフの声がした。
『飛行する呪魔の襲撃だ! もしかしたら、気嚢に穴が空いたかもしれない!』
ヒューゴが「ヒェッ」と声をあげて白目を剥いた。




