【11】キャプテン・ヨーゼフのためになる話 〜広告って大事〜
「やぁやぁ君達、ようこそ俺の『M・ジェネシス号』へ! 俺がキャプテンのヨーゼフ・マリオットだ! キャプテン・ヨーゼフと呼んでくれ!」
格納庫中に響き渡る声で自己紹介をしているのは、赤毛の若者だ。年齢は二十歳ぐらいだろうか。背が高く、額にゴーグルをつけている。身につけているのは聖騎士団の制服ではなく、革のジャケットだ。
飛行船の周りでは似たような格好の者達が、それぞれ飛行船の最終点検をしている。彼らはこの飛行船の技師達らしい。
溌剌としたヨーゼフに、第五騎士団長ディエゴ・ファルケは苦笑まじりに言った。
「俺のとか言っちゃ駄目だろ。一応、名目上は聖騎士団の船なんだから」
「ダディの会社の船だろう?」
「はいはい、ダディの会社から借りてる船な」
ディエゴの言葉にテオはギョッとした。
「飛行船ってレンタルなんですか!? 聖騎士団の所有物じゃなくて!?」
聖騎士団の飛行船は、聖騎士団の所有物である、とテオはずっと思っていたのだ。
だが、今の話を聞いていると、どうやらそうではないらしい。
ヨーゼフが長身の体を折り曲げ、テオの顔を覗き込んだ。
「初めて見る顔だな、その制服、灰色騎士かい? じゃあ、聖騎士団の事情に詳しくないのも納得だ。オーケー! 俺が教えてあげよう!」
ヨーゼフはテオの肩を叩いて、飛行船がよく見える飛行船の真横に案内する。
興味を持ったのか、カルラとヒューゴもテクテクとついてきた。
「これは大きい声じゃ言えないんだけど……」
そう前置きをして、ヨーゼフは語り出す。
まぁまぁ大きい声だった。
「聖騎士団の飛行船の導入は、俺のダディ──第二騎士団長ルドルフ・マリオットが推進したんだ。当初ダディはレンタルじゃなく売りつけるつもりだったらしい。ただ、教皇庁には飛行船反対派もいてね。天使様でもないのに空を飛ぶなんてけしからん! 恐れ多い! ってさ」
羽十字教では翼や羽を神聖な物として扱う。だから、翼で空を飛ぶ鳥は神様の使いだし、食べてはいけない。鶏などの空を飛べない鳥は、神が人間に糧として与えたものなので食べて良いというわけだ。
そして、黒い翼や羽の生き物は、不吉なものとして扱われる。カルラの呪装顕現の羽は蝙蝠の羽に似ているので、聖騎士団は神聖なものとして扱わないのだ。なお、空を飛ぶ虫はまた別のカテゴリーである。
「偉い人は『万が一にも空飛ぶ船が海を超えた時、天使様がお怒りになる。必ずや裁きを受けるだろう』……なーんて言い出してさ。ナンセンスだと思わないか?」
「あの、声が大きいのでは、あの……」
テオは聖騎士達の方をチラチラ見ながら口を挟んだが、ヨーゼフは気にせず話を続ける。
「ただ、どんなに偉い人が反対したところで、飛行船が便利なのは事実だろう? 鉄道だって、大陸の隅々まで行き渡ってるわけじゃない。どこに呪魔が現れるか分からない以上、飛行船があって困ることはないはずだ」
それはテオも同意見だった。
呪魔が頻出するのは大陸西だが、それ以外の地域に出ることも皆無ではない。そして、たった一体の呪魔が街を滅ぼすこともある。
「とはいえ、この規模の飛行船ともなると、維持費が馬鹿にならない。そこでダディが教皇庁のお偉いさんに言ったわけだ」
ヨーゼフは険しい顔で眼鏡を持ち上げるようなジェスチャーをした。どうやらダディの真似らしい。
「『ならば、レンタルで手を打とう。飛行船は最高の広告媒体である。機体に羽十字を掲げる際、本来は広告費を請求するところだが、そこはサービスしようではないかね』──って、本来かかる広告費を伝えたら、教皇庁はあっさり陥落したのさ!」
「こ、広告媒体……?」
なにやら利権と金の香りがする話である。テオが困惑していると、ヨーゼフは訳知り顔で頷いた。
「飛行船ってのは、最高の広告媒体なのさ。羽十字教の権威を示すのにもってこいだろう?」
こうして聖騎士団の飛行船はレンタル、羽十字を掲げることの広告費はサービス、という形で決着したらしい。
その際に、ヨーゼフのダディこと、ルドルフ・マリオット氏が聖騎士団の第二騎士団長に就任。以降、飛行船は第二騎士団が管理している。
テオはヨーゼフの革ジャケットのワッペンを見た。羽十字のワッペンには、「第二騎士団航空機管理部」の文字が添えられている。
(つまり、キャプテン・ヨーゼフは第二騎士団の所属だけど聖騎士ではない、飛行船の運用に関わる人間……ってことか)
テオの横で話を聞いていたヒューゴが、感心半分、呆れ半分の顔で言った。
「飛行船売り込んで、聖騎士団の団長になって、自分が飛行船管理して、身内に船長やらせるって……すげーやり手だな、おたくのダディ」
「そうなんだ! 最高だろう、うちのダディ。本当は叔父だけどね」
皮肉とも取れるヒューゴの言葉に、ヨーゼフは気を悪くした様子もなく親指を立てて笑う。
それは良いのだが、叔父でダディとはどういう意味だろう。身内の事情があるかもしれないし、迂闊に訊いても良いものか。
テオが悩んでいると、カルラが同じ疑問を口にした。
「……分からない。父親と叔父は、別のもの」
「ハハハ、紛らわしくてごめんよ! 叔父の養子になったってことさ!」
ヨーゼフがサラリと答えたところで、第五騎士団長のディエゴがのっしのっしとやってきた。
聖騎士団の際どい内部事情を聞いてしまったテオは少し気まずかったが、ディエゴは特に咎めたりはせず、自然な態度で会話にまざった。
「そいつはね、マリオット社の現社長のご子息なんですよ。実家を継ぐのが嫌で、叔父のルドルフ・マリオット氏の養子になったんです」
「俺の夢はキャプテンだったからね!」
これにはテオもヒューゴも驚いた。大会社の社長の息子! 将来が約束されていたも同然ではないか。
それを蹴って飛行船の操縦士になったヨーゼフに、テオは尊敬の目を向けた。
(すごい人なんだなぁ……)
自分の夢のため、熱意を持って行動できる人間を、テオは素直に尊敬する。テオもまた、立派な騎士になるという夢を抱いているからだ。
ヨーゼフはディエゴと親しいらしい。親しい友人にするかのように、ディエゴの肩をバシバシ叩きながら言った。
「君達、今回は第五騎士団と一緒でラッキーだぜ。実力派揃いな上に冗談が通じるからね! 第一と第四の連中はお硬いからジョークが通じないのさ! ハハッ!」
第一騎士団長は英雄エルバート・ランドルフ。第四騎士団長は真面目なお姉さんステラ・ガーネットである。なるほど、ヨーゼフのこの空気は通じないだろう。
ヨーゼフに肩を叩かれながら、ディエゴは若者のノリに巻き込まれたオッサンの顔で言う。
「……やばい話を冗談で済ませるのも、まぁまぁ気を遣うんだ。できれば、危ない橋を渡らせないでほしいね」
「彼らは聖騎士団の中で、最もやばい橋を渡り慣れてる連中なのさ! 最高だろ!」
第五騎士団の団長であるディエゴと、第二騎士団所属の船長であるヨーゼフ。階級はディエゴの方が上だが、マリオット社の社長子息で第二騎士団長の養子という複雑な立場である。
そのためか、ディエゴの方には遠慮しているような空気があった。聖騎士団の人間関係も、なかなかに複雑らしい。
テオがそんなことを考えていると、ヨーゼフが笑顔のままテオをじぃっと見る。
「ところで、君は?」
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。灰色騎士のテオと申します!」
「いつからいたんだい? 全然気づかなかったよ」
非常に馴染みのある話の流れだ。テオは少し硬い声で答えた。
「……最初からいました」
「そうだっけ? ハハハ、悪い悪い。小さいから見落としちゃったかな」
その言葉で確信した。ヨーゼフは加護持ちではないのだ。つまり、テオのことを忘れてしまう人達である。
存在を忘れられて、うっかり置いてけぼりにされないようにしよう、とテオは密かに心に誓った。西の最果て で置いてけぼりは、流石に悲しすぎる。
隠れんぼをして、アレン以外に置いてけぼりにされた悲しい過去を思い出していると、誰かがテオの服の裾を握った。カルラだ。
「……わたしは、見落とさない、から」
「めふん!」
同時にテオの服のポケットから、レニーが頭を出して鳴く。
テオは強張っていた顔を緩めて、「ありがとう」と笑った。
* * *
第五騎士団長ディエゴは、灰色騎士の若者達を見て、密かに考える。
(……なるほど、これが忘却の呪いってやつか)
加護持ちではないヨーゼフは、テオの存在をすぐに忘れてしまうらしい。
加護持ちであるディエゴは、テオを認識するのに特に苦労はないが、テオがその呪いの力を強めたらどうなるのだろう?
(人の記憶に残らない呪い……いくらでも悪用できちまうなぁ)
こういう時、元傭兵のディエゴは、呪いのろくでもない使い方ばかり想像してしまう。人智を超えた力を、性善説に委ねるのは危険だ。
どうか面倒は起こしてくれるなよ、と胸の内で呟き、「そろそろ乗船しましょうか」と促す。
それに乗じて、ヨーゼフが声を張り上げた。
「さぁ、乗ってくれ! 俺の『M・ジェネシス号』に! 羽持つ者達が独占していた、素晴らしい空が待ってるぞ!」




