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忘却のカースナイト  作者: 依空 まつり
五章 西の最果て
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【10】存じ上げ

【10】存じ上げ


 西の最果て(ウェスト・エンド) へ遠征に行く灰色騎士四名と、準職員一名は、燃え滓邸(シンダー・ハウス)を出た後、レイエル聖区から比較的近い、ワードレーン格納庫に向かった。そこに聖騎士団の飛行船が格納されているのだ。

 飛行船。空を飛ぶ船。テオは何度も本で目にする度に、信じられない気持ちだったし、故郷のウォルグの空にそれらしきシルエットを見つけた時は、大興奮のあまりアレンにちょっと引かれた。

 そんな憧れの飛行船が今、目の前にある。

 細長い筒状の気嚢というガス袋。その下に繋がる蒸気機関を搭載したゴンドラ。初めて飛行船を絵で見た時は、あの巨大な袋の中に人が乗り込むのかと思っていたのだが、あそこには浮遊ガスが詰め込まれているらしい。当然だが人は乗れない。巨大なガス袋の下にあるゴンドラに、テオ達は乗るのだ。

 乗船可能人数は、飛行船の運行に必要な操縦士や技師、観測手等を除くとおよそ二十人。

 当たり前だが、遠征に行く聖騎士達の全てが、この飛行船に乗るわけではない。大半は蒸気機関車と馬を利用し、急ぎの者だけが飛行船に乗るのだ。

 今回は即戦力になる灰色騎士と、〈破壊〉の聖女、第五騎士団団長、その他聖騎士十数名が飛行船に搭乗する。テオの憧れの英雄エルバート・ランドルフは蒸気機関車組だそうだ。

 飛行船にしろ蒸気機関車にしろ、事故が起こる可能性はありうる。だから、騎士団長は分かれて乗るのだという。


「おいテオ、見ろよ。あれ、聖女様じゃね?」


 飛行船乗り場で、ヒューゴがテオの脇を突いた。

 なるほど、聖騎士団の団員達の中に、一人だけ服装の違う女性がいる。聖女の青いローブを動きやすいように調整した装束を身につけているのは、ダークブラウンの髪を綺麗にまとめた長身の女性だった。

 涼やかな目元が印象的な美人で、眼鏡をかけている。


(あの人が、〈破壊〉の聖女パメラ様……)


 他者の傷を癒す〈再生〉の聖女グレイスは穏やかな老婆、聖剣を作り出す〈創造〉の聖女シェリルはおっとりしてたおやかな女性である。

〈破壊〉の聖女パメラは、そのどちらとも違うタイプの聖女だった。

 ついさっきまで「行きたくない働きたくない」とボヤいていたヒューゴの目に生気が戻る。ついでに鼻の下も伸びる。


「うっひょー……ちょっとエッチな美人女秘書って感じだな」


「何を言ってるんだ? 秘書じゃなくて聖女だろう?」


 テオの指摘に、ヒューゴはプッスーと鼻から息を吐いて肩をすくめた。腹が立つほど小憎たらしい顔だ。


「は〜ぁ〜、これだからお子ちゃまは。分〜かってねぇなぁ〜」


 自分が何を分かっていないかが分からない……が、ヒューゴの言うことなので、別に分からなくていいや、とテオは思った。

 テオのポケットから顔を出したレニーも、めふっと呆れたように鳴いている。

 その時、聖騎士団の団員たちの間から、一人の少年が飛び出してきた。

 黙っていれば美しい黒髪の少年は、限界まで眉を吊り上げ、唾を飛ばして喚き散らす。


「おいゴラァ、なんでテメェらが来てやがる!?」


 たちまち、ヒューゴが顔をしかめた。以前、聖騎士団本部に行った時、ヒューゴは彼に首を絞められているのだ。


「うげぇ……聖女シェリル様のシスコン弟……」


「キース・ウォルフォードだ!」


 アレンと同じ祝福二つ(ダブル)であるキースと、テオは一度だけ手合わせしている。

 加護に頼り気味ではあるが、身体能力が非常に高く、また自前で剣を創造できる。心強い味方だ。

 テオはキースに右手を差し出した。


「キース、この間は兄とヒューゴがすまなかった。今回の任務、一緒に頑張ろう」


「おい、調子良く話しかけてきてんじゃねぇぞ……あぁ?」


 キースは顎をしゃくってテオを睨んだ。

 黙っていれば人形のような美少年だが、その美しさを自ら破壊していく表情の豊かさは大変に人間的だ。


「俺はな、お前らと仲良くつるむ気はねぇんだよ。灰色騎士なんかいなくても、呪魔(テルメア)ぐらい俺ら聖騎士だけで……」


 その時、テオとキースの間に音もなく割り込む者がいた。白髪を二つに分けて結った、仮面の少女──カルラだ。

 仮面の奥の赤い目が、ジッとキースを見る。キースが口をつぐんだ。

 カルラはキースを見据えたまま、ボソリと言う。


「……喧嘩?」


「違うよ、挨拶をしていたんだ。カルラ、彼はキースと言って、〈創造〉の聖女シェリル様の弟さんなんだよ」


 テオが声をかける間も、カルラはジッとキースを見ていた──もしかして、これは睨んでいるのだろうか?

 カルラに睨まれたキースは全身を戦慄かせ、酷く動揺した様子で呟く。


「なんで聖女以外の女性が……」


「灰色騎士だから」


 カルラが淡々と答えると、何故かキースの目が泳いだ。そして、その視線の先──ロゼを見つけてバッと目を逸らし、今度は逸らした先に聖女パメラを見つけて下を向く。

 結局キースは俯いたままジリジリと後ずさった。

 あまりにも不自然な動きなので、テオは近づいて声をかける。


「キース、どうしたんだ?」


「…………うるせ」


 返ってきた悪態に勢いがない。急病を疑いたくなるキースのおとなしさに、テオが困惑していると、ヒューゴがいやらしく笑いながら近づいてきた。


「あ〜はいはいはいはい、そーいうことかぁ……」


 キースの顔に脂汗が浮かぶ。

 ヒューゴは歯茎が見えるほどニヤニヤしながら腰を折り、俯くキースの顔を覗き込んだ。


「お前さぁ〜、家族以外の女と話したことないんだろ?」


 キースはバッと顔を上げてヒューゴを睨む。まさに図星と言わんばかりの反応だ。

 その反応に、ヒューゴはますます気を良くしたらしい。


「聖騎士の名門だとたまにいるよなー、そういうやつ」


「ぐっ……だったらなんだよ」


 ヒューゴは完全に勝ち誇った顔で、テオの肩を組んだ。

 そして、小鼻をプクプクとさせて言い放つ。


「テオなんて、年上のおねーさまにマッサージしてもらったり、肩車したりする仲なんだぜ」


「なんだと……っ!?」


 キースがくわっと目を見開いた。

 ヒューゴの言う「年上のおねーさまにマッサージ」はベリルの頭皮マッサージだろう。まぁ、間違ってはいない。

 肩車はロゼか。確かに足を負傷した時に肩車をされた(、、、)

 だが、それをヒューゴは意図的に誤解されるよう語っている気がする。案の定、キースが凄まじい形相でテオを睨んだ。


「肩車ってことは、女性の太ももに顔を挟まれてデレデレしてたのか……てめぇ、破廉恥にもほどがあるだろ!」


「待ってくれ。おそらく誤解が生じてる」


「兄貴だけじゃなくて、弟も破廉恥クソ野郎だったか……!」


 その言いぐさには、流石のテオもカチンときた。

 テオが剣呑な目つきになったその時、青いローブが割って入る。


「喧嘩は良くないわ」


 そう言い放ったのは、ダークブラウンの髪をまとめて眼鏡をかけた長身の女性──〈破壊〉の聖女パメラだ。

 途端にキースが真っ赤になって下を向き、ヒューゴは鼻の下を伸ばした。なんて対照的な反応だろう。

 テオは聖女相手に失礼があってはいけないと、すかさず頭を下げた。


「任務前に大変失礼しました。どうかお許しください」


 返事はない。テオは恐る恐る聖女パメラを見上げた。

 彼女は表情一つ変えず、じっとテオを見ている。


「これって、私が許したり、許さなかったりするものなのかしら?」


「え、えぇと…………はい」


「そう。じゃあ、許すわ。これで解決ね」


 とりあえず許されたらしい。

 ホッと胸を撫で下ろすテオに、聖女パメラは淡々と言う。


「あなた、灰色騎士ね。灰色の制服を着ているから、すぐに分かったわ」


「テオと言います」


「良い名前ね、覚えやすくて…………そういえば、私、自己紹介したかしら?」


「〈破壊〉の聖女パメラ様ですよね。存じ上げております」


 聖女パメラの目が鋭くなる。何か失礼なことを言ってしまっただろうか。

 テオがドキドキしていると、聖女パメラは眼鏡を指先でクイと持ち上げた。知的な仕草だ。


「あなた、難しい言葉を知っているのね」


「……え?」


「『存じ上げております』……とても頭が良さそうだわ」


 これは、彼女なりの褒め言葉なのだろうか? とりあえずお礼を言うべきか? テオが悩んでいると、聖騎士団の団員達の中から黒髪の男がすっ飛んできた。無精髭を生やした痩せた男だが、貧相な感じはしない。寧ろ独特の抜け目のなさそうな雰囲気がある。


「あー、お前はもう喋るなパメラ」


「存じ上げたわ」


「『分かったわ』でいいんだよ、そこは……どうも、灰色騎士団の皆さん。第五騎士団団長のディエゴ・ファルケです」


 聖女パメラに辛辣なツッコミを入れ、ディエゴはヘラリと愛想笑いを浮かべる。

 正直、あまり聖騎士らしさを感じない男だ。少なくともテオが尊敬する第一騎士団長エルバート・ランドルフとはだいぶ違うタイプである。

 ディエゴは聖女パメラを自身の背後に押しやり、ペラペラと捲し立てた。


「今回、我々は西の最果て(ウェスト・エンド) の北側にある骨喰い入り江に向かうわけですが……あの辺りは、手強い呪魔(テルメア)が多い。皆さんのご活躍を期待してますよ……それと、キース・ウォルフォード。お前は、第三騎士団からの預かりなんだから、あまり勝手な行動はするなよ」


 キースはムッとしていたが、ディエゴのすぐそばにいる聖女パメラを見ると、しおらしい態度で「……はい」と頷いた。



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